040「運命を狂わされた女 5」
天月が技研で様々なデータ採取と動作撮影をしていた裏では、隆愛親王の名で日ノ本陸軍上層部。そして望月和彦を始めとした魔導学者が京の都に集められていた。
その中には、天月が所属する第20旅団旅団長景月や、和彦の教え子でもある遠藤教授の姿もあった。
「さて、揃ったようだね。望月教授、それと遠藤教授。代表して二人から、天月彩音に起こっている事象の見解を発表してもらう」
隆愛の軽い開会の合図と共に、望月と遠藤の二人は大型モニターの前に進み出ると、モニターに三ヵ月間で得られた天月の魔力データが表示される。
そのデータを見た軍上層部の中でも、生来の魔力持ちの幹部達からどよめきが起こる。
「まず始めに基本的な話しをします。遠藤君」
モニター前に立つ望月から指名され、遠藤は一歩前に進み出て集まる関係者に頭を下げた。
「遠藤拓哉です。今回、天月軍曹の魔力測定を行っている責任者です。この場に集まっている方々ならお判りでしょうが、魔力の成長は最大でも三十歳前後で止まります。また、一度成長が止まると再び成長することはありません。これは世界共通の常識です。そして魔力が急激に成長する時期も決まっています。生後一年間と第二次性徴、つまり排卵と精通が始まってからの一年間の二回です。この内、先天性魔力覚醒者はこの二回の恩恵を必ず受けられます。後天性魔力覚醒者は、第二次性徴までに覚醒すれば一回受けられます。これはあまり知られていませんが、実はこの二回の恩恵は全人類が受け取っています」
「二回とも?」
「はい。非魔力持ちと区別されていますが、魔蔵は誰もが持つ臓器です。ただ、魔力を生み出す力が弱いため、その恩恵を感じられないだけなのです。そして、魔力は一度成長が止まると二度と成長しません。これは魔法士であれば、あるいは魔導学に精通している者なら、誰もが知る世界共通の常識です。ですが、現在問題となっている天月軍曹。このデータから、彼女は魔力成長最盛期を迎えていると言えます」
集められた面々の内、反応は二つに分かれる。
ある程度魔導知識はある者は驚きを見せ、そうでないものは嬉々とした笑顔を見せている。後者は軍部の面々に多く見られ、学者の中にも一部見られるが方向性は全く違う。
軍部の面々は、天月以外の魔法士にも魔力成長が見込める可能性が出たことに期待した喜び。それに対し学者は、喜ぶ軍部の御偉い方を小馬鹿にしたような笑み。
逆に驚きを見せている者の方が少ないことに、学者たちは呆れていたのかもしれない。
ただ一人、軍部側で冷静に場内の様子を見ていたのが景月だった。彼は自身も下級とはいえ魔法士。常識として、魔力は一度成長が止まると二度と成長しないことを知っている。何より、天月は彼が指揮する旅団員。彼が何も聞かされていない訳が無かった。
「他の魔法士にも同様に、再度成長する機会があるのか?」
どよめきが続く中、隆愛は場を沈めるため敢えて遠藤教授に問いかけた。
「殿下。断言は出来ませんが、無いと予想されます」
遠藤の答えに、場内のどよめきは波を引くように静かになる。だが、魔導学に精通していない者達の眼は、まだ諦めてはいなかった。
「断言が出来ないのなら、可能性はあるのか?」
「あるかもしれません。ですが、今回天月軍曹の身に起こった現象について、ある仮設を私共は立てました」
「仮説か…。聞こう」
「はい。皆様も良くお聞き頂きたい」
遠藤は静まり返る城内を見渡しながら、特に魔導学に精通していない軍部の面々に向けて言葉を発する。
「天月軍曹は時間を逆行、した可能性があります」
遠藤達、魔導学に限らず集められた有識者達が導き出した答え。その仮説に場内は再びどよめきが起こる。
「説明を求める」
既にその仮説を遠藤から聞いていた景月が予定通り、続きを促すように声を上げる。
「もちろんです。まず軍部の方々にお聞きしたい。花井町の異常現象について皆さんは御存知と伺っています。それは間違いないでしょうか?」
遠藤の問いかけに、軍部席側に座る幹部達はそれぞれ頷いたり、声に出して知っている旨を伝える。
「であれば、花井町に過去に喪失した遺物や、数年先の未来から移動してきた物体がある事も御存知と思います。そして、これらは全て花井町に滞在していた青年の周りで発見、あるいは起こっている現象です。そして天月軍曹は唯一、その青年と半月以上生活を共にしていました。この事から、天月軍曹の魔蔵に何らかの力が働き、若返った可能性があると私達は予想します」
「…若返った?」
「はい。そうです。何故、魔力の成長が止まるのか。それは魔臓が成長しきるからです」
「魔臓は成長しているのか?」
「はい。魔蔵は生まれた時は小指の先程の大きさしかありません。身体の成長と共に、凡そ親指一本から二本分の大きさに成長します。ですが、魔蔵そのものの大きさが成長しなくなっても、魔力の成長がすぐに止まる訳ではありません。身体が成熟し、魔蔵の成長も止まると、そこから平均十年程は魔力が成長し続けます。後天性魔力覚醒者は、この期間が短いため魔力の成長の伸びが低い要因の一つです」
「身長説は誤りだと?」
「いいえ。一つの指標として、身長は目安になります。統計上、身長の成長が止まると魔蔵の成長も緩やかになり、止まります。中には身長が止まっても、魔蔵の成長が数年続く者もいます。低身長ながら、魔力が高い者の多くがその例に当て嵌まります」
「では天月軍曹の魔蔵は物理的に小さくなっているのか?」
「その通りです。今、彼女の魔蔵は小学六年女児の平均程まで小さくなっています。これは女性の二次性徴時の期間と合致します」
遠藤は敢えて言わなかったが、天月の初潮も小学六年時であったことも、既に女性研究員がそれとなく聞き出し判明している。
つまり、天月の魔蔵は第二次性徴時まで若返り、第二魔力成長最盛期に突入していることになる。
この事を天月本人は知らない。何故なら、魔蔵を研究している専門家でさえ、説明が出来ない現象だからである。
「若返り…。それを魔導の力で再現することは?」
「皆さんは少し勘違いされている。まず、若返りとは文字通りの意味と捉えて頂きたい。つまり、第二次性徴時の状態に物理的に戻すことを指します。物体の時間を操作する魔法が開発されれば、可能かもしれません。ただし、天月軍曹のように今の魔力を保持したまま、成長するかは分かりません」
景月と遠藤の問答は途切れ、場内はしばらく軍部側の囁き声で支配される。
彼らとしては、不可能の三文字で終わらせたくはない。もし、天月と同じ様に現在の魔力を保持したまま、再度最盛期を迎えさせることが出来るなら、下級魔法士が中位に、中位が上位に、そして上位が特級の力を得る。
それは日ノ本にとって、これ以上ない戦力の底上げになり、世界議会における立場も頭一つ飛び抜けたものになることを示唆している。
「望月教授。時間逆行を魔導で再現は可能か?」
壇上正面。開会の宣言を行って以降、一言も発していなかった隆愛が発言した。
「時間に関する魔導技術及び魔法は。現段階では研究途上です。理論上、時間旅行は可能とされていますが、それはあくまで机上での計算によるものです。人類はいまだ、それを実現するだけの科学技術も、魔導技術の理論さえ開発できていません。ただ…」
「ただ?」
「一人、あるいは一つだけ、それを可能とした人物、あるいは存在がいます」
「…例の青年か」
「はい。彼の青年は、この世界とは少し違う並行世界から渡って来た人間です。時空を跨いだ可能性があります。そしておそらく、花井町の異常現象は彼が渡って来たことによる時空の歪みが発生し、過去と未来に在るはずべきものが、特異点である彼に引き寄せられているのではないか。それが、私共の見解です」
「特異点か…。景月陸将、今も花井町の調査は続けていたな?」
「はい、続けております。望月教授以下、複数の各有識者からなる調査団により、青年から聞き取りをした遺物の発見場所を中心に調査が進められています。ですが、その多くが町の中心部に近い場所のため、灰炎と同等の魔獣を刺激しない様に慎重に為らざる負えず、調査はあまり進んでおりません」
「灰炎と同等か…、例の報告にあった狐の魔獣か?」
「狐以外にも、第二等級の魔物が新たに三体。第三等級の魔獣も含めますと、合わせて17体確認されています」
景月の話に嘘偽りはない。特に危険視されているのが、二等級に届くかもしれない三等級の牡鹿に率いられた鹿の群れ。小鹿を除けば、成体のほとんどが五等級から四等級相当に分類され、危険群集体に認定されている。
この牡鹿はとにかく賢く、不可視の風魔法を使う厄介な魔獣。それだけでなく、群れの鹿たちもそれぞれが固有魔法を持ち、それを群れで巧みに操る。個体毎の強さはまだ対処できる範囲にいるが、それを群れと言う集団で補い合っている。等級以上に厄介な群れとなっている。
また仁成が町を離れた後、これら町の中心部にいた危険個体や群れは、町の各地に縄張りを張り始め、この数か月の間に新たな勢力図を構築していた。
「討伐は?」
「関所付近に近づいて来た三等級の危険個体を一体のみです。今はそれぞれの個体や群れの情報収集を優先。その後に、順次境界から近い個体や群れの討伐を進める予定です」
「期待している。さて、では総括としようか。天月軍曹に関しては、現状維持。第20旅団所属に変更なしとする。また、彼女の魔力測定を週に一度は最低でも行い、記録を続けてくれ。彼女には少し早いが朧三式の受領も許可する。望月教授以下には、花井町と天月軍曹の異常現象について引き続き調査、研究を続けて欲しい。ただし、優先度は3とする。以上だ」
「殿下。優先度が3と低いのは何故でしょうか?」
「簡単だ。実現できるかどうか分からない技術よりも、彼らにはそれぞれ実現可能な研究を持っている。そちらを優先させると言うだけの話だ。その多くに国費が投入されている。理解したか?」
「はっ。申し訳ございませんでした」
「他に何も無ければ、これで終わりとする。今日知り得た情報は機密指定される。ここに呼ばれていない者に明かすことを禁ずる。それと、例の青年についても、引き続き景月陸将に預ける。これ以上、問題を起こすな。最悪、私が直接手を下すことになる。この意味は分かるな?」
「はっ。御心のままに」
軍部関係者は即座に立ち上がり、敬礼で応えた。
その姿を見た隆愛も軽く敬礼で返答すると、景月と望月、そして遠藤に着いて来るように言い、会場から姿を消した。
天月彩音。たった一人の青年と出会いから、運命を大きく捻じ曲げられた女。彼女の新たな魂の記憶は、今も書き足され続けている。




