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ただの人也。  作者: 梅酒
外伝 天月彩音
39/56

039「運命を狂わされた女 4」

 親睦会の翌日。軍服姿の天月は、頭に響く鐘と渦を巻く視界を共にして、昨日訪れた技研に足を運んだ。

 受付の職員に来訪理由を告げるも、真っ直ぐ立つ事も出来ていない天月の姿を見た職員に椅子を勧められ、そこに腰を落とした。

 しばらくすると、目の前に一杯の水を差しだされ、天月はそれを少しずつ飲みながら礼を伝えた。

「大崎少佐の親睦会に出たんだろ?」

「は、はい。うぷっ。ふぅ~」

「あの人、ドイツ人らしくビールは水だからな。その部下も大酒飲みばかりの集団なんだよ」

「そ、それは。もう、昨日。実感しま、し、た」

「吐きそうなら、トイレはあそこだ。自分で歩けるか?」

「ふぅー、ふぅー」

「無理そうだな。お~い、ラガーマンの犠牲者だ。トイレに連れて行ってやってくれ。あと治癒士呼んでくれ」

 職員の要請に、受付の奥から女性の大きな声で「了解」と返事が返って来る。

 それからすぐに天月は女性職員に支えられ、受付横のトイレに立て籠ることになった。


「あ、ありがとうございます」

「あぁ、気にしなくて良いよ。ラガーマンの犠牲者は、この技研の名物んみたいなものだからな」

 駆けつけた治癒士に酔いを醒ましてもらった天月は、敬礼と共に感謝を伝えると、治癒士は苦笑いを浮かべながら返礼を返した。

「よくあるんですか?それにラガーマンとは?」

「大崎少佐の事さ。ラガービールを愛する男。だからラガーマン。本人も気に入っているらしい」

「確かに…お似合いですね」

「だろ。あの人に着いて行くとほぼタダ酒が飲めるから良いんだけど、翌日が忙しいんだよ」

「あぁ~、私みたいな人が?」

「そうそう。おかげで、酔い覚ましの技術は日の本一と自負してるよ。よし、もう大丈夫だろう。次は気を付けろよ」

「はい。ありがとうございました」

 やれやれと言った感じで去っていく治癒士の背を見送り、ほんの少し前まで吐いていたとは思えないほど快調になった天月は、職員の後について歩き始めた。



「おはよう、天月軍曹。昨日は良い飲みっぷりだったな」

「おはようございます。…少佐や皆さんに比べれば、私など子供です」

 全く二日酔いの四文字が仕事をしていないアレックスたちを見て、天月は昨日の自分に「行くな」と叫びたくなる。

「最後まで潰れずにいただけでも大したものだ。大抵は技研に運んで治癒士に見せるからな」

 偉そうに言っていはいるが、軍人としてそれはどうなんだと突っ込みそうになるのを抑え、天月は愛想笑いを浮かべるだけに留めた。

「早速始めようか。昨日も見せたが基本はこの資料の通りに、君に合わせた調整を行う。天月軍曹は一式と三式の違いを知っているか?」

「一式は量産型。三式は対象となる個人専用に製造されることしか知りません」

「まぁ、そうだろうな。基本となる骨格そのものは同じだ。違いは使われる素材、出力、特性が大きく異なる。例えば、軍曹の朧には通常よりも視認性の高いスコープが実装される。外観も狙撃姿勢の邪魔にならない様に設計し直す。魔導回路に使用する魔鉱石も、軍曹の魔力に馴染む物を使う。これまでより、魔力の通りはよくなるはずだ」

「魔鉱石に違いがあるんですか?」

「ある。朧以外の量産型の一式は、安価な魔鉱石が使われる。二式も同様だ。改造型とは言え、一式を基本に改造を施すからだ。ただ、朧には他の鎧よりも高価な魔鉱石が使われている。三式は朧に限らず、装備者の魔力と相性の良い魔鉱石が使われる。軍曹にはまず最初に、相性の良い魔鉱石の選定をしてもらう」

「了解」


 魔鉱石選定のため移動した部屋には、数多の魔晶化した鉱石サンプルが置かれた棚で埋め尽くされていた。

「凄い」

 想像の数倍以上もの鉱石の数に圧倒される天月を尻目に、アレックスの部下の一人橘は朧に使用される魔鉱石を棚から取り出すと、中央に置かれた机の上に広げ始める。

「天月軍曹こっちに来てくれ」

 位置口で口を開けて部屋をきょろきょろと見渡していた天月は、慌てて部屋の中央に足を向けた。

「こんなにも魔鉱石があるとは知りませんでした」

「そうだろうね。ここには一般には流通していない鉱石も置いてあるし、そもそも魔鉱石自体が高価だから、魔道具関連の企業や研究者でもない限り扱う事はまずないからね」

「あれも魔晶化したものですか?」

 ふと見上げた先、棚の上段に広葉樹や針葉樹の葉が詰められた瓶が並んでいた。

「そうだよ。この部屋には鉱石以外にも、魔晶化した素材サンプルが保管されてるんだ。魔物の骨や毛皮なんかもあるよ」

「そんなものまで」

 改めて周りを見渡した天月は、自分が普段使っている魔道具や魔動機に使わる素材がこれほどある事に、驚きを隠せなかった。


 魔力を保持する特性を持つ素材を『魔晶』と呼び、その現象を『魔晶化』と呼ぶ。

 魔晶化した素材そのものに魔力は宿っていない。瘴気に汚染されたことで、魔力を通し、溜める特性を得る。

 鉱石などの無機物が最もその特性を強く持つが、その他の有機物素材にも同じ特性が現れる。

 これら素材の全てに、五段階からなる品質が設けられ、瘴気汚染度が高い程その特性が強く、高価値とされる。だが、中には特性が強すぎて使用条件がほぼ無いものある。

 また、素材別に特性が異なることもある。例えば、植物は魔力を溜める以外に、魔力がその植物の持つ成分を引き上げたり、または変質させることがある。

 そして、今回天月が選ぶのは鉱石。鉱石の多くは魔力の通りが魔晶素材の中でも高い。魔導具や魔導鎧に使われる魔導回路に適した素材として、様々な鉱石がその用途に合わせて使用されている。

 ただ、魔鉱石の採掘は容易ではない。その理由は、鉱石が魔晶化する条件が中度汚染区域である事。そして、採掘したばかりの鉱石の汚染度が高い事が上げられる。

 採掘者は最低でも準魔法師以上であること。瘴気対策を施した装備。そして魔物の襲撃に対応する戦力。この三つは必須。

 さらに採掘されたばかりの鉱石は、高濃度の瘴気に汚染されている。そのままでは区域外に出すことが出来ないため、瘴気除染も必須となっている。その除染にも時間と費用が掛かることから、魔鉱石は一般鉱石よりも価値は二倍以上に膨れ上がる。


「ふぅ」

 ようやく半分。天月は溜息を着き、延々と続く選定作業に少し疲れを見せていた。

 作業そのものは難しいことはない。机に設置された測定機器に乗せられた鉱石に、天月が魔力を流すだけの単純作業。

 だが、一つの鉱石に対して数通りの流し方を試すため、思いの外時間が掛かっていた。

「少し休憩にしましょう」

「はい」

 素材の置かれた部屋は飲食禁止。測定に付き合ってくれている橘と共に部屋を出た天月は、技研の廊下途中に設けられた休憩所に向かった。

「意外に大変でしょ?」

 階級は同じ。だが、橘の方が軍歴も長く年上。その上彼の方が先任のため、天月は敬語を使っている。

「思った以上に疲れます。ですが、鉱石の違いであれ程数値が変わるとは思いもしませんでした」

「魔導学の研究者の中では当たり前の常識なんだけどね。特に魔道具や魔動機関連、それと魔法薬関連に携わっていると魔晶素材は必須だからね。魔法士でも知らない人の方が多いんだ」

「そうなんですね。まだこれは一つ目何ですよね?」

「そうだね。このあともまだいろいろ待ってるよ。一番面倒なのは、動きをトレースするための撮影かな」

「動きをですか?」

「各種動静姿勢から始まって、歩いたり走ったり、射撃姿勢やそれに移行する動き。あらゆる動作を撮影して、3D化して作成する朧に反映させる」

「…一日では終わりそうもないですね」

「そうなんだよね。この撮影が一番時間が掛かるんだ。順調なら二週間くらいで終わるけど、長引くと一月近く掛かるから、何時も一月は予定を空けてもらってるはずだ」

「確かに半月ほど、此方にお世話になるようになっています。その後も状況次第で延長と書かれていました。打ち合わせだけなのに、半月も予定が入れられていたので不思議に思っていましたが、そんな事情があったんですね」

「人によっては、緊張で動きがぎこちなくなったりして進まない事もあるんだよ。過去のデータから、此方であらゆる戦闘状況を用意している。班単位での動きも行ってもらうから、その時は複数人での撮影になる」

「言葉通り、あらゆる状況を想定した撮影なんですね」

「ヘリからの降下、装甲車空の乗り降りなんてのもある。だから時間が掛かるんだ」

「出来るだけ、早く終わらせたいですね」

「それはそれでいいけど、出来るだけ君の自然な動きを撮影することが目的だから、演技はNG」

「大変そうだなぁ…はぁ」

「あはははは。三式を造れると聞いて来た人は皆、今の君と同じ様に溜息を吐くよ。こんなに大変だとは思いもしなかったってね」

「私も今、それを実感中です」

「ははは。さて、今日中に全ての鉱石を試そうか。明日からの予定が詰まってるからね」

「了解」

 天月は重い腰を上げ、再び素材選定に向かうために立ち上がる。

 カメラを向けられること事態は問題じゃない。学生時代にその長身を生かしてモデルとして日銭を稼いでいたこともある。

 だが、アクション俳優やスタントマンのように撮影に挑むのは初めての事。その事を考えると少し憂鬱に感じていた。

 しかし、それらをこなし終えれば、自分専用の朧が受領できると考えれば、天月は意識を切り替え、目の前にぶら下がる朧という名の人参に食いつくために歩き始めた。



 技研に通い始めて約三週間。当初は順調に見えた撮影も、想定される状況の多さと撮影機器のトラブルで、予定よりも一週間滞在期間が延長された。

 だが、そのおかげで動作の3D化は無事に終わり、天月はようやく原隊復帰の日を迎えた。

 彼女を技研まで迎えに来たのは、研究所から技研まで送迎してくれた二人だった。

「おう、天月軍曹。お疲れさん。どうだった?」

「お迎えありがとうございます。想像以上に大変でした」

「良いじゃない。その苦労も数ヵ月後には報われるんだから」

「はい。今から楽しみで仕方ありません」

「よし、行くか。軍曹」

「はい」

「原隊復帰おめでとう」

「ありがとうございます」

 敬礼で返礼を返した天月は、花井町からの脱出から約半年ぶりに、特殊魔導戦技連隊に復帰した。

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