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ただの人也。  作者: 梅酒
彷徨う魂
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004「崩壊した町で 4」

 三頭を御供にした公園から北上を続けると、次第に住宅はまばらになり田畑が姿を見せ始める。さらに住宅街を抜けた先には、区画整理された田畑と農道、そして用水路が張り巡らされた耕作地区が姿を見せる。

 そのまま北上を続ければ、少し広めの十字路に出る。その十字路を北にそのまま行けば、隣接する市に繋がる山越えの道に続き、東に行けば河川沿いの土手道に出ることが出来る。西側も同様に違う市につづくが、距離が遠いため今回は見送った。


 仁成はその十字路までちょうど半分ほどまで進んだところで、小休憩に入った。

 この休憩ポイントから少し進むと県道と農道が交わる十字路があり、その農道を東に進む予定となっている。進んだ先の様子次第では、広い十字路まで進むことになるだろう。

 空き地に転がっていた農作物を入れる箱を椅子にして座った仁成は、こちらに背を向けて用水路に顔を突っ込んで水を飲む三頭の犬をぼんやりと眺めながら、道中の戦闘を振り返っていた。 

 警察署からここまで、母犬程の大きさの強個体はいなかった。いても猪が通常の成体よりも大きかった程度であり、仁成が持つ銃でも応戦できるレベル。

 そのため母犬の唸り声だけで逃げ出す個体や群れもいた。その逆に見境なく襲ってくる個体や群れも当たり前にいる。

 その都度、仁成のアサルトライフルで仕留めることもあれば、近づいて来た個体は親子犬が撃退するこもあった。

 何度かこの形を繰り返すこと数回。母犬が仁成の戦い方を覚えたのか、子犬たちが飛び出す前に母犬が必ず鳴き、子犬たちはそれを合図に飛び出すようになった。

 仁成も母犬の意図に気付くと、母犬の鳴き声で射撃を止めるようになった。

 その後は自然と、距離があれば仁成が銃で応戦し、一定距離に近づかれたら子犬たちが飛び出す連携が自然と生まれていた。


 ただ一つ、仁成が気になっているのが母犬のポジションだった。母犬は基本、移動中も戦闘中も常に少し離れた後ろにいる。さすがに子犬が苦戦しそうな相手には前に出て来るが、それ以外は常に後ろで全体を見ている。

 その動きを見て、仁成は狼の群れのリーダーだと感じていた。

 狼は基本群れで暮らす。そして移動する際は一列に隊列を組み、群れのリーダーは少し離れた一番後ろから移動する。これは背後からの奇襲を警戒するとともに、群れ全体を視界に収めるためだと言われてる。

 その事をテレビ番組を見て知っていた仁成は、母犬がこの群れのリーダーなんだろうなと、何となく理解した。

「まぁ、確実に俺より強いよな」

 母犬は確実にそこらの変異体など歯牙にもかけないほど強い。その子供である子犬たちも、まだ成体前だというのに二匹だけで群れを圧倒することもある。

 変異体についての知識を仁成は何も持っていない。

 警察署に残っていた資料を全て見つけたわけでも、目を通したわけでもない。だが、少なくとも見つけた資料の中に変異体について書かれた資料は殆どなかった。あったとしても不明瞭な記述が多く、情報としての価値は無かった。

 まだ未知の存在なのか、それとも見つけた資料は初期のもので、今は研究が進んでいるのかもしれない。

 また、鍵が見つからず放置している鍵付きの棚が幾つもある。仁成が見つけていないだけの可能性も十分にあった。


 水を飲み終えた三頭は仁成の前に座り直し、ぼんやりと見詰めて来る仁成の顔を不思議そうに見返していた。

 母犬は黒と茶、そして白の体毛を生やしている。やや茶が多めな印象だが、黒と茶でほぼ全身を占めている。眉間の少し上、黒毛の真ん中にポツンとのった白い丸が特徴的な顔を見て、仁成は夜空に浮かぶ月を連想した。

「お前の名前は月夜」

 不意に浮かんだ名前をそのまま告げると、それが自分の名前だと分かっているのか、母犬は嬉しそうに一声鳴くと仁成の近くに顔を寄せた。その頭を撫でながら、仁成は子犬に視線を向けた。

 二頭の子犬の毛色は全く違う。右の子犬は明るい茶と黒が八対二くらいの割合で、茶が多い。逆に左の子犬は黒が八割以上を占めて、茶色はほとんど分からない。どちらも母犬にある白は混じっていない。

「お前は琥珀。お前は千影」

 右を琥珀。左を千影と名付け頭を一撫でした後、立ち上がった。

 二頭の子犬も嬉しそうに尻尾を振っていた。

「行くぞ」

 仁成がカートを腰につなげ始めると、自然と三頭も立ち上がる。

 そして、歩き出した仁成の左右には琥珀と千影が並走し始め、月夜は少し遅れて数歩後ろを歩き出した。


 既に市街地にある高い建物や住宅はほぼ無くなり、山林と田畑が広がる風景に完全に変わった景色の中、仁成は東に進路を変える予定の十字路を右に曲がり、数十mほど進んだところで立ち止まっていた。

 主要道も田畑の間を流れ、耕作地と住宅地の線引きがはっきり分かれているのが特徴だろう。普通の日本の田舎町なら何処にでもある風景だ。

 しかし、今は誰も耕さなくなった田畑には雑草と野生と化した作物の苗が無造作に生え、田んぼと畦道の境界さえ見えなくなっていた。

 所々にあるビニールハウスも骨組みだけが残り、鬱蒼と生い茂る雑草に覆われている。

 本来なら開放的で長閑な景色が広がっているはずのこの場所は、誰にも刈られることのない雑草がすくすくと育ち、人の背丈を優に超える高さまで成長して楽園を築いていた。

 間違って入り込めば、方角を見失い迷子になるだろう。

「思ってたより見通し悪いな。これじゃ、市街地の大通りの方がまだましかも」

 予定していた道は舗装はされているが農業用の道であり、田舎のポルシェこと軽トラ同士でも擦れ違えるかどうかの狭い農道。

 しかも、仁成が溢していた様に左右に広がる田畑は荒れ果て、背の高い雑草で生い茂っている。数歩入れば、外からその姿は全く見えないだろう。

 つまり、奇襲や待ち伏せには持って来いの環境。それが音や気配を忍ばせ近づく野生の動物なら、なおさら仁成では気付けないし、分からないだろう。

 予定通りこの農道を突っ切れば、そこから住宅地を通って南下すれば仮拠点直接繋がる道に出れるため、二時間ほどで仮拠点に着くはずである。

 だが、ここからさらに北上して広い道を行くとすれば、到着時間は三時間から五時間ほど伸びることになるだろう。

「…ん、月夜?どうした」

 仁成は何時の間にか真後ろにいた月夜に振り返る。

 しかし、月夜は声を掛けた仁成の横をすり抜けると、数歩先に進み何かを探るように鼻をひくつかせた。

 ほんの数秒だったが月夜は何か見つけ、再び仁成の横をすり抜けて来た道を戻り始めた。

「…駄目なのねぇ」

 仁成は深い溜息を吐くと、月夜の後ろに続き十字路まで戻ることになった。

 そして十字路で待っていた月夜に、鼻先で北を示されると大人しくそれに従い、十字路を再び右に曲がって北上ルートに入った。

 仁成が素直に従ったのは、この一行のリーダーが月夜である事。何より、強個体と思われる月夜が警戒する何かが、農道の途中あるいは先で待っているこ戸を察したからである。

 月夜だけなら突破も可能かもしれないが、今はお荷物が一人と二頭もいる状態では、誰かが犠牲になる可能性が十分にあるのだろうと納得している。が、それとは反対に気持ちはどうしても沈んでしまうのは仕方のない事だった。



 第二予定ルートを進む一行は、その後も度々遭遇する変異体を撃退しつつ、順調に東に向かって足を進めた。

 その途中、南の方から砂煙と何かが衝突する激しい音が当たりに轟くと、仁成は月夜の判断が正しかったことを理解した。

「縄張り争いかな?」

 まだ遠いその激しい音をBGMに暢気に構えていた仁成だったが、ふと視線を南に移した先に見えた光景に言葉を失ってしまった。

 以前見た狐や猪、そして蛇よりも大きい熊が、雑草生い茂る田んぼの中で立ち上がり、苦しそうに藻掻いている所だった。

 それを見た仁成が最初に考えたことは「何故、こんな所に熊が?」だった。

 その考え自体が、まだここを並行世界の日本だということを理解していない証拠だが、比較できるものが他にない以上それも仕方の無いことなのかもしれない。

 仁成は道の端に止まっていた車の上に移動し、小型の単眼境をポシェットから取り出すと、熊に向けて覗いた。

「うわ~。気持ち悪っ」

 拡大された熊の身体中には、無数の拳大のスズメバチが群がり攻撃を続けていた。だが、熊も負けじと身体を地面に転がしたり、前脚でスズメバチを身体から剥がそうと藻掻き続けている。

 おそらく最初に聞いた衝突音は、すぐ横にある倉庫に熊が身体をぶつけた音。大きく凹んだ倉庫の壁には潰れたスズメバチが張り付いているのが何よりの証拠だろう。

「わふっ」

「おっ。びっくりしたぁ」

 仁成が熊とスズメバチの戦いに魅入っていると、後ろから月夜が一鳴きし鼻先を道の先に向けていた。

 その仕草に「早く行け」と言っている気がした仁成は、まだ観戦していたい気持ちを抑え、単眼境をしまうと少し早歩きで先に進み始める。

 あれが暴れて他の変異体の注目を集めているうちに、ここを通過してしまいたいのもそうだが、それよりも背中に感じる圧が自然と仁成の足を速めていた。

「こっちのルートもそれなりに危険だなぁ」

 仁成たちが進んでいる耕作地域は、市街地との間には小さな山林がある。この山林が邪魔をして、警察署からの偵察でも最初の休憩ポイント辺りまでしか見渡すことが出来なかった。

 そのため、今進んでいる辺りの状況を知る術はなく、耕作地域に入る手前の偵察情報と市街地から離れているからという理由で選んだに過ぎなかった。

 だが、これで仁成は町の中心以外にも強い変異体がいるということを理解した。下手をすれば、この町から離れた先にもいる可能性が有る。

 事前にその事を知れたことは、仁成にとって大きな成果と言えるかもしれない。


 無事に耕作地域を抜けた仁成は、河川て前に広がる住宅地に入りそのまま河川沿いの土手沿いの道に昇った。

「…このまま北に向かうか?」

 当初の予定では一度整備工場まで戻る予定を立てていた。だが、このまま北に向かって進み、さっさと隣接する市に抜ける方が良いのはないかとも思えて来ていた。

「とりあえず偵察を…あっ。無理だ」

 一応何があるか分からない。念のため単眼境を使って河川の北を覗いてすぐ、鰐の姿を見た仁成は早々に諦めた。

 以前仕留めた蜥蜴は、おそらく誰かが飼っていた大蜥蜴が変異しただろう個体。そんな蜥蜴でさえ、表面を覆う皮膚は硬かった。

 そして仁成が覗く単眼境から見える鰐に皮膚は、さらに硬い事は容易に想像できた。

 単眼境をしまった仁成は、すぐにその場を離れるために南に向けて歩きだした。

 このまましばらく進み、途中で土手から降りて西に向かえば、仁成が最初にいた住宅地域に出る。

 そこから最初の仮拠点までは一時間もかからずに付くはずである。


 仁成は降りるポイントまで進むと、時計を確認した。針は12時を指していた。そのまま土手上で休憩を取ることにした。

 土手は住宅地よりも高い。見通しも良く、それなりに町を見渡すことが出来た。

 遠くに仁成が最初にいた瓦礫の住宅地もわずかだが見える。その住宅地以外にも同じ様に瓦礫となっている地区が点在していた。

「此処で何があったんだろうなぁ」

 昼食はチョコ味の携帯食料で済ませ、長時間歩き続けた足を延ばした仁成は、相変らず人気が一切ない町を眺めた。

 月夜たちには、住宅地を抜ける最中に見つけたコンビニで手に入れたドッグフードを与えている。が、どうも警察署にあったドッグフードの方が美味しかったらしく、食べる勢いは何時もより無い。

「ぐっ、こいつらもグルメ犬になってしまうのか…」

 その姿にまた、家で飼っていた犬と猫を思い出してしまう。父と母、そして姉のまでは出された食べ物に文句は言わない二匹は、仁成だけだと分かるとドッグフードではなく少し高い缶詰を無言の圧で要求してくることがあった。

 父と母に聞いても、おねだりはしてくるが圧は感じたことが無いと言っていたことで、姉からは下僕認定されているんだろうと笑われた。

 家族のことを思い出しながら、仁成は物資を手に入れることが難しい今の状況で、三頭の下僕にならない事を願うばかりだった。


 土手沿いの道は比較的平和だった。というのも、見晴らしが良い事で仁成でも近づかれる前に変異体の姿を先に見つけることが出来た事。さらに高所を抑えている事が大きい。

 変異体が土手を上がって来ても、此方は高所から一方的に射撃ができる。それに今は近づかれても月夜達がいる。さらに月夜が敵の存在をいち早く知らせてくれるおかげで、仁成は少しではあるが心に余裕が生まれ、冷静に射撃体勢に入れていた。

「練習しといてよかったな」

 今も五匹の野犬が仁成に向かって土手を登って来ていたが、先頭の犬を二発で仕留めた。銃を握ったばかりの頃なら、慌ててトリガーから指を離せずにマガジンを空にしていたかもしれない。

 姿勢はそのまま、アサルトライフルを構えたまま次の標的に標準を合わせ、引き金を引く。

 一発の弾丸が吸い込まれる様に野犬の口から頭部を貫通し、さらに後ろを走る野犬にも命中する。

「おっ、ラッキー」

 また一匹が土手の中腹に転がり、その後ろを走っていた犬はのた打ち回り始めた。すると、他の二匹は諦めたのか身を翻して住宅地の中に消えて行った。

 その後ろ姿を見送りながら、止めていた足を再び動かし始めた。


 土手上の道にも放置された車が転がっている。おそらく隣の市との主要道路の一つなのだろう。住宅側、河川側問わずに、土手から転落して横転している運送会社などの大型トラックが多く転がっていた。

 仁成の世界でもこの河川と、隣の市に通じるこの道も存在する。だが、記憶にある河川よりも狭く、流れる形が違う気がした。

 これも並行世界故の違いだろう。豪雨災害を経験したあちらでは、基準が見直され日本各地で氾濫の可能性が有る河川に大幅な手が加えられている。

 仁成が当時住んでいた町は直接的な被害は無かったが、それでも国からの補助金が降りて、河川の幅拡張や土手の補強などで一時期公共事業が盛んに行われていた。

 そういった歴史の違いが、細かな違いとなって表れていた。そして、それ等の違いに気付く度に、仁成の心はまた一人になる。

 仁成の小さな変化に気付いたのか、琥珀と千影が仁成の身体に鼻を押し付けながら頭を撫でろとおねだりを始めた。

 仁成はそれに仕方ないなと応じ、二頭の頭を少し強めに撫でて寂しさを紛らわす。

「…もし帰れたとしても、こいつらは連れてけないよなぁ」

 人ではない。普通の犬でもない。だが、仁成にとっては誰も居ないこの町で出会った初めての仲間。ただ、絶対に離れがたいとまでの情は移ってはいない

 おそらくそこまで愛着が湧けば、この世界に縛られる枷となるだろう。まだ帰ることを諦めていない仁成は、此方の世界に深く踏み込むわけにはいかなかった。

 もし踏み込んだら、帰れなくなる。理由は分からないがそう感じていた。

 無邪気にじゃれつく琥珀と千影とは反対に、月夜は寂しそうに二頭の相手をする仁成をただじっと見つめるだけだった。



 仁成が最初にいた住宅地は、改めて目にすると酷い有様だった。住宅のほとんどが倒壊し、鉄筋コンクリート造りの建物も骨組みが僅かに残っているくらいで、ほぼ原形を留めていない。

 残された車も潰れたり、火災で焼け落ちていたりとスクラップになっていた。だが、そこに違和感を仁成は感じた。

「此処まで酷かったかな?」

 仁成の記憶ではここまで酷くなかった。確かに倒壊している家も多かったが、半壊程度の家はもっとあったと記憶している。車も原型を留めているものもあった。

 一瞬違う場所かもと考えた。だが、曖昧な記憶ではあるが周囲の景色や、辿った道からこの辺りが最初にいた住宅地であることは間違いないはずだった。

「大怪獣バトルでもあったのかなぁ」

 もう一つ考えられるとすれば、変異体同士の縄張り争いや喧嘩。しかし、ほぼ更地と言ってもおかしくない見通しの良い景色の中に、それらしい影は一つもない。

 仁成は違和感の正体を探りながら、記憶にある自分が歩いた道を辿りながら、目的の整備工場跡に向かうのだった。


 仁成の予定通り一時間もかからずに、記憶にある初日の夜を過ごした整備工場に戻って来た。

 しかし、ここでも幾つか違和感を仁成は感じていた。

 まず整備場周辺に変異体の数が増えていたこと。記憶ではもっと少なかったし、普通の野犬や野良猫などが多く、変異の度合いも少なかった。だが、住宅地からここまで遭遇した変異体の多くが、町の中心地にいる個体と遜色ないほど大型化が進んでいる様な気がした。

 さらに町並みだ。半壊程度の家屋はあったが、完全に倒壊している家はほとんどなかったはずである。倒壊の仕方も外から壊れたというよりも、中から崩れて行った印象を受ける。

 それは目的地の整備場も同じだった。離れる前から半分程屋根は崩れていた。しかし、今見ると全体的に劣化が進んでいる印象を受ける。何というか数年の時が進んでいる。そんな印象だった。

 慎重に中に足を踏み入れると、溜まった埃で足跡が付いた。二ヵ月いなかったとはいえ、積もるにはおかしな量の埃に仁成はさらに慎重に足を進める。

 月夜たちが入るには狭すぎるし埃が充満しているため、彼女達は外で待っている。

 そうして一番奥の部屋の扉を開けようと引っ張ると、そのまま蝶番が外れて大きな音と誇りを巻き上げならが地面に倒れた。

「うっ」

 一応マスクとゴーグルをしているが、仁成は舞った埃から顔を仰け反らせ、両手で払い続ける。

「おいおい。もう此処使えねぇじゃん」

 肩を落としながら部屋の中を覗くと、やはり埃が積もっていた。

 仁成は部屋の中に入り、ロッカーを一つずつ開けていく。そして出発前にしまっていた使えそうな物をあらかた袋に詰めると、最期に聖典である雑誌を全て別の袋に詰めてから部屋を後にした。


「うへぇ。埃塗れだよ」

 場外に出た仁成はその場で全身に着いた埃を払うと、改めて整備場を見る。

「無理だな」

 屋根はさらに抜け落ち、場内は以前よりも劣化が進んでいる。奥の部屋も一部の壁に穴が開き、扉も仁成が開けた時に壊れた。

 もう此処は使えない。そう結論付けた仁成は、目的の聖典は確保できただけで良しとし、月夜たちを連れて一旦夜を越すための場所を探すことにした。

 地図によれば、この辺りには大型店舗らしきものが幾つかある。そういった施設なら、地震にも強い構造と鉄筋コンクリート造りであることが予想できる。また仁成が探しているホムセンなどの店舗の可能性も十分にある。

 それらを中心に回ってみることにした仁成は、初めての夜を越した仮宿である整備場をあとにした。


 この世界に迷い込んだ二日目。仁成は警察署に行くために、地図を見ながらほぼ最短距離で西に向かって行った。その道中で何度か、瓦礫で埋まった道路や巨大な猪を避けるために迂回もしたが、大きく迂回した記憶は無い。

 だが、今回は違う。西ではなく南に向かい、仁成が土手上から偵察した時に目を付けた場所を周ることにした。

 今いる場所は町の市街地から少し外れ、所々に田畑が混在した住宅地。大抵は徒歩一時間圏内に何かしらの店舗がある。コンビニがその代表と言えるが、その他にスーパーマーケットやドラッグストアが上げられるだろう。

 特に町中に行けば行くほど、それら店舗は密集する傾向があり、一部の会社は一つの町に複数の店舗を出店している事もある。

 ホムセンは少し違う。集客範囲が被らない様に、町の中心ではなく少し外れた場所に点在している事が多い。

 ホムセンを探すなら町の中心ではなく、外れた地域の方が見つかる確率が高いと仁成は踏んでいた。


 一つ目に目星をつけていた建物は、残念ながら工場だった。中に入っても特に欲しい物がないため素通りし、次の建物に向かう。

 その道中、やはり変異体の群れに何度も遭遇した。時には数十m進んだだけで次の群れや個体に出くわすこともあった。

 ただ、好戦的な群れが多い中心部と違い、まだ月夜の威嚇や仁成の威嚇射撃だけで散る群れが多く、戦闘に発展することは思いの外少なかった。

 二番目の建物は中型のスーパーマーケット。建物自体はまだ健在だが、月夜が唸り声で警戒を始めたため、少し離れた位置から単眼境で覗き見た仁成は、すぐに中に入ることを諦めた。

 中は荒れ果て、無数の蜘蛛の巣がそこら中に張り巡らされていた。そして人の子供ほどの大きさの蜘蛛が数匹、それぞれの巣で獲物を待ち構えているのを見つけた。その中の一つに、迷い込んだ猫が蜘蛛の巣に絡め取られ、捕食されている最中だった。

「うえっ。あの糸、どれだけ強度あるんだよ」

 生の捕食シーンを見て気持ち悪くなった仁成は、すぐにその場を離れて次の建物に向けていきたかったが、その前にポシェットからメモとボールペンを取り出し、幾つかの疑問と出会った変異体の特徴を書き始める。

 スズメバチを見て分かっていた事だが、哺乳類以外の生物も変異の対象になっている事を改めて認識し、これからは建物に入る際の警戒も強くする必要があると改めて思うのだった。

「でも、あんまり見かけないよな?何でだろ?」

 哺乳類。特に犬や猫などの元からそれなりの大きさがある動物はよく見かけるが、小さな昆虫や節足動物の変異体は見掛けたことが無かった。スズメバチが初めて目撃した例であり、その次に目撃したのが先程の蜘蛛だった。

 哺乳類や元の身体が大きいほど変異の影響を受けるのかは不明だが、何かしら違いがあることは確か。

 メモに走り書きで記録し終えると、仁成は次の建物に向けて再び歩き始めた。

 それから数軒の建物を巡るも、どれも損壊が激しかったり目当てのホムセンやスーパーマーケットの類の店ではなかった。

 そして、陽が陰って来た夕方。目星を付けていた最後の建物に到着した。

「おっ?おおお。当たりじゃね?」

 仁成の前には無駄に大きい駐車場と、軒先に鬱蒼と生い茂る草花が見える横長の建物。

 よく見かけるホムセンあるあるだが、外の店先に園芸用の苗や支柱などが置いてあることが多い。会計も中に入らなくても、外に専用の小屋やレジ台が置かれている事が多い。このホムセンもそのタイプなのだろう。

 入口は左右の端に二つ見えるが、おそらく鬱蒼と生い茂る草花の中にも出入り口が一つあるはずだ。が、そこは完全にジャングルになっているため、仁成はひとまず近い北側の入り口に向けて歩き始めた。

「此処がもし無事なら、工具やらも手に入るぞ」

 ようやく見つけたホムセンに心躍らせる仁成だったが、蜘蛛の巣だらけのスーパーマーケットの件がある。

 慎重に駐車場から中の様子を窺いつつ、月夜が吠えないことを確認して入口まで進んだ。


 ホムセンの入り口は特に破壊された形跡はなく、自動ドアは固く閉ざされていた。

 仁成はカートを腰から外して、最初の相棒であるバールを手に持つとドアの隙間に捻じ込み、てこの原理を使ってこじ開け始める。こういった店舗の自動ドアは、何か不測の事態が起きた時には人の力でも開くようになっていることがある。防犯上の憂いはあるが、そもそも硝子の段階で防犯も何もあったものじゃないだろう。

 仁成の予想通り、力一杯バールを引くと少しずつ隙間が生まれ、腕が入る程度まで開いた。電気が通っていないためドアが閉じることも無い。

 あまり長くないバールではこの辺りが限界だろうと、仁成は直接手を隙間に入れて掴むと力の限りドアを開き始める。

 そこにぬっと顔出した月夜が前脚隙間に突っ込み、仁成が引いている方に押し出した。

「うおっ。いでっ」

 その一度の押しでドアは思い切り横に滑り、仁成は勢い余って尻餅をつく。

 月夜はそれを横目に開いた隙間に顔を突っ込み、無理やりドアを押し広げながら中に入って行った。

「お、お、おお」

 月夜が通れるだけの隙間が空いたドアに琥珀と千影が続いて入り、最期にカートを引きながら仁成も滑り込んだ。

 中は暗いが、入口から見た限り埃や蜘蛛の巣などは張っているが、荒れ果てている様には見えなかった。

「今日は入り口近くで寝るか」

 既に暗くなり始めている。中の探索をするにしても、出来る限り明るいに日中にすることにした。


 何処のホムセンも商品配置は似ている事が多い。店舗の広さや棚の配置にもよるが、大抵のホムセンは店の手前と奥で棚が通路で分かれている。

 さらに店の中央を起点に左右で商品の種類が分かれている事が多く、レジに一番近い手前の棚には一般消費者向けの日用品関連が並んでいる事も多い。

 奥のエリアは寝具や家具類。水道や電気に関係する商品がもっぱら置かれていたりする。店舗によってはドライヤーなどの家電もこのエリア。

 左右のどちらかの店舗端には、資材と工具類、草刈機などの工業関連の商品か、自転車や車の内装関連などで分かれていることも共通した特徴だろう。

 ペット関連の商品は店舗毎に少し違う場合がある。カー商品か家具類の近くの場合が多いが、ペットショップが併設している場合は専用エリアがあったりするため、そこは店舗次第な所がある。

 仁成が入ったホムセンは南北に縦長タイプの店舗。

 入り口傍には自転車が置かれたエリアと目の前の棚にはカー商品や文房具類、そしてアウトドア関連が並んでいた。

 並んでいる商品によっては劣化が激しく、箱が潰れていたり変色している物もある。自転車は使えそうだが、生憎道路状況が芳しくないため持ち運ぶだけ無駄。

 仁成はとりあえず、近くの棚にあった箒を手に取ると、床に積もった埃を端の方に片づけた。

 さらに棚から使えそうな寝袋やレジャーシートなどを拝借し、埃に隠れていた床にそれらを広げ、今日の寝床の完成である。

 開いている入り口には、適当にそこらの大型商品やカートなどで塞いだ。

 それらが終わると少し早いが月夜たちの夕食を用意し、仁成も昼と同じ物をたべると、そのまま寝袋を毛布代わりに硬い床の上で眠りに就いた。

 長い距離を重たい装備に身を包んで歩いたからか、それとも変異体との戦いを本格的に体験したからか、張り詰めていた緊張が切れる様に仁成はすぐに寝息を立て始めるのだった。

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