037「運命を狂わされた女 2」
天月の起床時間は6時。今の生活に入ってからもそれが変わることは無い。これは軍の生活サイクルが身体に染み込んでいる証拠でもあるが、天月の出向期間は三ヵ月と決まっている。
三ヵ月後は原隊に復帰し軍生活が再会する。此処でそのサイクルを崩すことは真面目な彼女には出来なかった。
しかし、研究所への出勤は9時。それも住んでいるマンションから徒歩10分ほどと近いため、天月は出勤前に自主トレを行っている。
スポーツウェアに着替え、魔法で身体を温めながら固まった身体を解すために柔軟。20㎞ほどの軽いランニング後、マンションに併設されているジムで自重トレーニングで汗を流す。
自主トレが終わるとシャワーで汗を流し、各サプリが入った栄養食品とプロテインを溶かした豆乳(ココア味)で朝食を済ませると、軍に入隊してからはあまり着る機会の無かったビジネススーツに着替える。
姿見に映る自分を見て、天月は普通の社会人ぽいと毎回テンションを上げてから、マンションを後にする。
「おはようございます」
元気よく挨拶をしながら、自分の職場である実験室に入った天月は、同僚の研究員一人一人と挨拶を交わしながら、奥へと進んでいく。
「教授、おはようございます。今日もよろしくお願いします」
「やあ、天月君おはよう。今週も予定通りの日程で調査を進めるよ。何時ものように、まずは鎧無しで始めよう。準備してくれ」
天月の挨拶に優しく返したのは、この調査チームの主任研究員である遠藤拓哉。白髪交じりの長髪を無造作に頭の後ろでまとめたスタイルは、研究以外に興味が無いと主張しているようにも見えるが、単にずぼらなだけで、研究発表などで壇上に立つときは全く違う。
だが、天月はここに来て一月以上経つが、その姿を一度も見たことがなかった。
「お願いします」
何時も通り、部屋の一番奥に用意されているパーティション裏で下着姿になった天月は、一緒に入ってきた女性研究員に手伝ってもらいながら、身体のあちこちにセンサーを貼り付けていく。
「つめた~い」
「我慢、我慢」
既に季節は冬。研究所内は実験や、研究用の媒体を管理するために一定の温度と湿度を保っているとはいえ、貼り付けるセンサーが暖かい訳ではない。
容赦なく冷たいセンサーを貼り付けられるたびに、天月は少し身を震わせ、声が出した。
「はい、終わり」
「あぁ~、これだけは何度やっても慣れませんね」
天月はセンサーが剥がれない様に検査着に着替え終わると、その上からダウンコートを羽織るとパーティションから出て、部屋の中央に設置されている卵型のカプセルに向かう。
「そこは我慢してもうしかないかなぁ」
天月のすぐ後ろを歩きながら、くすくすと笑う研究員。それにつられて天月も笑顔になる。
「それは分かってはいるんですけど…。ところで教授。徹夜でもされたんですか?」
カプセルの近くにいた遠藤の目元は、よく見れば隈が薄っすらと浮かんでいた。
「あぁ、これかい?徹夜ではないよ。少し恩師に呼ばれて、土日に京都に行っていたんだよ。帰りの列車に間に合わなかくてね。仕方なく車で送ってもらったんだ。さすがに40も過ぎると、長時間の車移動は身体中が凝るね。歳を感じるよ」
遠藤は肩を解しながら、カプセルの蓋を開けるスイッチを押し、天月に入るように促した。
「無理はしないで下さい。一日くらいなら調査を飛ばしても問題無いと思います」
天月がカプセルに入り横たわると、研究員が天月の身体から伸びる無数の管を、カプセルの内側にある差込口に次々と繋ぎ始める。
「さすがに今回のような事は滅多にないよ。でも、君の言う通りだね。体を労わることにするよ。さすがに堪えた。今日は午前中だけにさせてくれ」
遠藤のお願いに、天月は快く頷き了承した。
研究所の主任研究員と、地元の魔導大学で教授職を兼任している遠藤は基本忙しい。今は天月の調査を優先しなければならないため、遠藤は普段とは違うサイクルで研究所と大学を行き来している。その事も少なからず影響しているのかもしれない。
「教授、繋ぎ終わりました。これから観測モニターと連動させます」
「あぁ、頼むよ」
この研究所では、皆が遠藤のことを教授と呼んでいる。
その理由は、彼の本業が大学教授であるため。
その事を天月は、拳銃所に来る前に聞かされていたため、彼女は初めから遠藤のことを教授と呼んでいる。
「そう言えば、教授の恩師とはどなたなんですか?」
「京の都魔導大学名誉教授、望月和彦教授だよ。雷神と言えば分かりやすいかな」
「えっ。あの雷神が恩師なんですか?」
日ノ本人なら誰もが知る有名人の名前が出て来て、天月は食い気味に聞き返していた。
「あぁ、そうだよ。この研究所で行わている研究の幾つかは、望月教授から委託されているものある。それに、君の件についても教授に相談していてね。興味を持たれてたけど、今は別の案件で忙しいからと助言だけ貰った。本人は直接、君の調査をしたかったと悔しそうに溢していたよ」
「こ、光栄です」
「ははは。そこまで畏まるほどのことじゃないよ。教授は気さくな方だし、魔導の事となると子供のように熱中する。それで、君に関して幾つか助言を貰ったと言ったね?」
「はい」
「それなんだけど、幾つか開示できない情報がある。関係各所に連絡して、君に開示していいか確認しなければいけない。来週には開示の許可の成否が分かるはずだから、今週は予定通りタスクをこなしてくれ」
「分かりました。それにしても、ここに来て一月になりますが、まだ慣れませんね」
天月の身体中に張り付けられたセンサーは、周囲の機器に有線で繋がっている。
「ははは。それは仕方ないよ。普通はもっと簡易的な測定器を使うからね。それに無線では拾えない微細な変動を感知するには、有線の方が確実だからね。此方の準備が終わったみたいだね。それじゃ、蓋を閉めるよ」
「はい」
遠藤が手元の操作盤のスイッチを押すと、カプセルの蓋はゆっくりと閉じ始める。蓋が完全に閉まると横になっていたカプセルは、90度近い角度まで起き上がる。
「準備良いかね?天月君」
「こちらは何時でも」
「では、始めよう。まずは―――」
遠藤の指示で、天月は一つ一つ魔力測定のタスクをこなして行く。
そして、最期のタスクを終えた頃には、既に時計の針は12時を差していた。
「始めに言った通り、今日はここまでにさせてもらうよ」
「はい。ありがとうございました」
遠藤は計測が始まる前に言った通り、午後からの計測予定をキャンセルし、一足先に測定室から去って行った。
おそらく、これから仮眠室に向かうのか、それとも―――。
天月は遠藤が部屋から去るのを見送ると、近くにいた研究員に目配せする。
天月と視線が合った男性研究員は、この中で遠藤の次に役職を持っている。そして彼は正しく、その意図に気付き頷いた。
「皆、午後からも頼む。何時も通り測定鎧を準備してくれ」
副主任からの指示に対し、片づけと並行して準備を進めていた研究員達は口々に、「分かってますよ」「こっちで午後の準備しときます」と、既に分かっていたかのように返事を返しながら、作業を進めていく。
「天月さんも、午後からよろしく」
「えぇ、此方こそお願いします」
午後からの測定は、午前に使用したカプセルは使用しない。その代わりに測定用の魔導鎧を使用する。
この魔導鎧は測定用ではあるがその性能は別格。特級魔法士や魔人が使用しても耐えられるように、採算度外視で制作されていることで、最新の魔導鎧『朧』以上の性能と機能を有している。
天月はこの一月の間、この魔導鎧を着て、研究所に併設されている大型実験場で測定を行っていた。
昼食を挟み、大型実験場に天月が足を運ぶと、そこには既に魔導鎧が準備され、その周りでは研究所の研究員と共に測定準備をしている数人の軍人がいた。
彼らは第20旅団から派遣されている技術士官であり、午後の測定には必ず同席しいる。その理由は、使用する測定用の魔導鎧が陸軍の所有物だからである。と同時に、天月の朧を新調するためのデータ収集を兼ねているため。
「大崎技術少佐。今日もよろしくお願いします」
西洋人の男性の前で足を止めた天月は、何時もの癖で敬礼と共に挨拶を行う。それに対し大崎こと、アレックスは苦笑いで敬礼を返した。
「よろしく頼む。それにしても、君は軍務免除中だろうに」
アレックス・バルト・大崎。日ノ本人の母とドイツ人の父を持つハーフ。10歳の頃までドイツで育ったが、母親の故郷である日ノ本に家族で移住後は、そのまま日ノ本に定住している。
元軍人で魔導鎧の開発にも携わっていた母方祖父の影響で、自身も魔導鎧に興味を持ち、工科大学卒業後に日ノ本陸軍に技術士官として入隊した。入隊後は本人の希望通り、魔導鎧の研究開発部署に配属され、朧の開発にも参加している。
「す、すみません。どうも癖で」
「ははは。それなら仕方ない。あぁ、そうだ。旅団本営から君に伝達事項がある。はははは、楽な姿勢で聞いてくれ」
伝達事項と聞き、自然と休めの姿勢を執った天月に、アレックスは再び笑いを溢した。
「す、すみません」
恥ずかしそうに休めの姿勢を崩す天月の姿に、周りにいる技術士官たちの顔も綻ぶ。
「謝罪は不要だよ。さて、改めて伝達事項を伝える。君の魔力成長度合いが予想より高い。このまま成長を続けた場合、2級相当の魔力量まで確実に成長すると予想される。君の朧はこれまでの二式から、三式に変更されることが検討されている」
「さ、三式…」
アレックスの口から伝えられた内容に、天月は言葉を失い固まった。
朧を含む魔導鎧には幾つかの型が存在する。
一式は汎用型。言い換えれば量産機。三級以下の魔法士に配備される型であり、一般的に朧と言えばこの一式を指す。
二式は改造型。一式を基に手が加えられた型。二級以上の魔法士、または一部の特殊技能を持つ魔法士に許可されている。
天月が以前使用していた朧もこの二式。彼女の朧は、長距離射撃に合わせた調整と改造が施されていた。
三式は専用型。二級以上かつ、戦闘・魔法技能の高い魔法士、または替えの効かない特殊技能を持つ魔法士にのみ与えられる完全オーダーメイド型。いわゆるエース具。
以前、仁成を保護しようと警察署に来た二人の魔人、金崎と小番の朧がこの型にあたる。そして、今回天月に用意される朧もこの型になる予定となっている。
三式のさらにもう一つ上に四式がある。『|特別専用型《SPECIAL・ONE》』。通称『特型』と呼ばれるこの型は、別名『特級魔法士専用具』とも呼ばれている正真正銘専用鎧。
開発、製造及び、整備と保管に掛かる費用は全て国家持ち。その上で所有は個人という異例の待遇が用意されている。
解りやすく言えば、「貴方の希望通りに、貴方専用の戦闘機を、国家予算を使って、一から設計し、開発、製造します。完成後は貴方の個人所有として自由に使って下さい。もちろん整備と保管費用も、貴方が亡くなるか、廃棄するまで、国家が全て負担します」ということである。
この日ノ本で一番有名な特型は、雷神望月和彦の『雷雲』。彼の魔法特性『雷』の能力を最大限引き出すために、あらゆる特殊素材と技術が使われた世界に一具しかない鎧となっている。
「まだ正式に認可が降りたわけではない。残り二ヵ月で、君の魔力の成長度合いを見て、正式に認可が下される予定だ。ただ、これは私の予想だが、三級止まりでも三式の認可が降りる可能性が高い。君のその長距離射撃能力は他に替えことが出来ない技能だからな」
天月の顔は緊張で強張り、絞り出すような声で「了解」と返事を返すことしか出来なかった。
誰の眼から見ても「私に専用型?本当に?嘘でしょ?」と信じられないという感情が見て取れた。
「天月君は日ノ本女性の中でも背が高い方だな?何㎝ある」
「身長ですか?174cmあります」
いきなり身長を聞かれ、少し戸惑いながら天月は答えた。それに対し、アレックスは続けて質問を天月に投げる。
「身長が一番伸びた時は何cm伸びた?あと伸びにくくなった年までどのくらいある」
「え、と。中学一年時が一番伸びて、10cm以上は伸びたと思います。夏服も冬服も買い替えた記憶がありますから。期間は小学6年時から、中学二年時までに170近くまで伸びました。それから年に少しずつ伸びて止まりました」
「止まるまでの期間が長いな…。男と女で身長が伸びる時期は違う。女の場合は11歳前後と言われていたはずだ。そこから2年から3年は成長期が続いて、緩やかに止まる場合が多い」
「そ、そうなんですか。ちなみに男性は?」
「男は12から14歳くらいだ。だが、これはあくまで一般論だ。15歳を過ぎても伸び続ける者もいれば、一年程で止まる者もいる」
「それで、何故身長の話に?」
「…それは何れ解る。さて、測定機器の準備が終わりそうだ。天月君も準備してくれ」
「は、はい」
最期の質問の答えをはぐらかされ、少しもやもやした気持ちのまま、天月は魔導鎧を装着し始めるのだった。




