036「運命を狂わされた女 1」
此処から五話ほど、天月を主人公にした外伝的な話しになります。救助された後の天月彩音がどうしていたかを描きます。一話ごとの文字数も少なくなるかと思います。
当初、華の都編で彼女を再登場させる予定でした。が、間抜けな事に私が彼女の事を忘れ、出し忘れると言う失態を犯してしまいました。その事に気付いたのは、華の都編を書き終わり、投稿後の事です。書き直そうかと彷徨う魂編を書きながら悩んだあげく、外伝として再登場の伏線を作ることに相成りました。
かつて、彼女は死ぬ運命にあった。
だが、何の因果か彼女の運命は死から逃れ、生き続けた。
そして今、彼女は新たな運命をその魂に刻み始めている。
その新たな運命を刻み始めた女の名は天月彩音。第20旅団特殊魔導戦技部隊に所属する女兵士。
仁成がこの世界来て初めて出会った生きた人間である。
彼女は生まれながらの魔法士ではない。後天的に魔力が覚醒した後発組とも呼ばれる魔法師。
後発組の特徴の一つとして、先天的に魔力を覚醒させたものに比べて瘴気耐性が低い事が上げられる。
彼女の場合はぎりぎり魔導兵になれるかどうかであり、もし彼女に魔力操作の感覚の高さと、唯一無二とも呼べる長距離射撃の天性の才能が無ければ、特殊魔導戦技部隊に配属されることは無かっただろう。
だが、例え瘴気耐性の基準が満たしていなかったとしても、彼女の運命は変わらなかった。その射撃センスを買われ、必ず特殊魔導戦技部隊に配属されることになる。それは、生まれた時から決まっていた定め。
自由与えられた魂には二つの核が存在する。それが記憶と因果。
記憶は自ら運命を定める力であり、己の選択次第で運命は如何様にも変化する。
因果はその逆。これまでの輪廻で蓄積された記憶から、生まれる前から定められ、変える事の出来ない運命を指す。
彼女の因果は先に述べた通り、特殊魔導戦技部隊に配属される運命だったこと。後天的に魔力が覚醒したのもそのためである。
そして本来、彼女は仁成と出会うことなく、花井町で魔獣に生きたまま食い殺される運命にあった。
ただ勘違いして欲しくはない。彼女が魔獣に食い殺される運命に、因果は関係無い。その運命は彼女が選んだ運命だった。
もし彼女がもっと早くに魔力を覚醒させていれば、もしくは魔力覚醒後に進路をいち早く定めていれば、彼女はあの日、あの場所で、その生涯を終える事は無かった。
順調に軍でキャリアを積み、景月の紹介で善き伴侶と出会い、結婚し、子と孫にも恵まれた人生を歩み、そして家族に見守られて白世に旅立っていただろう。
だが、彼女はその未来を選ばなかった。
それにより、彼女はあの日。仁成と出会ったあの日に死ぬはずだった。
だが、出会ってしまった。この世界に居るはずの無い魂。現世にいる神々でさえもその存在に気付かず、そこにただ在る存在。記憶も、因果も持ち合わせない異質な魂を持つ青年と、彼女は運命とは違う力によって出会った。
この出会いにより、天月彩音の記憶は刻まれ続けることになる。そして同時に因果は大きく歪んむことになった。その歪みは果たして、彼女の運命にどのように影響するのかは誰にも分からない。
ただ一つだけ、はっきりと分かっていることがある。
彼女こそ、仁成によって運命を大きく狂わされた一番の被害者だということである。
仁成が灰炎と合成獣を同士討ちさせたあの日。天月は無事に紫雨大尉の部隊に保護され、その身を軍病院に移送された。
移送先の病院では、すぐに体内の瘴気汚染度の計測と各検査が同時に行われた。
その結果、体内汚染度は5。これは瘴気耐性の低い天月にとっては命に関わる危険な領域だった。
だが、不思議な事に彼女の体内瘴気は魔蔵には達しておらず、彼女の魔力とは別の魔力で護られ、それ以上の汚染を防いでいた。
瘴気汚染の最も怖い点は、魔蔵が汚染される点である。
汚染された魔臓は、汚染された魔力を生み出し続ける。その結果、体内汚染度は急激に跳ね上がり、最悪は中毒を引き起こして死ぬ。
魔蔵が汚染されているか否か、もしくは汚染されていたとしても、その進行具合によって、生死が分かれると言っても過言ではない訳である。
この天月を護っていた魔力には、不思議な点が二つ存在する。
一つは瘴気以外に他者の魔力も一切通さず、その逆に天月自身が魔蔵から生み出す魔力だけを通す点。
そして二つ目は、計測しても数値も魔力波類型も測定できない事だった。
つまり、在るのか無いのか分からない魔力ということである。
ただ、この魔力のおかげで天月は魔蔵を汚染されることなく、自身の魔力で体内瘴気を少しずつではあるが薄め続けられていた。
そのおかげもあり、彼女の瘴気耐性では昏睡していてもおかしくないほどの汚染値でも、意識を保ち、生存し続けられたと考えられた。
「報告書になんて書けばいいのか…」
「測定が出来ないから、この魔蔵を覆う魔力に関して、魔導医学的な根拠が一切ありませんからね」
「…事実をそのまま書いて、提出するしかないだろう。私も直接確認はしている。私の名前も付けたして提出してくれ。説明を求められたら、私につなげ。幸い、景月の事はよく知っている」
この事態に頭を抱えたのは、彼女の担当医である福田軍医少佐。魔法士でもある彼は、20旅団付きの治癒士の肩書も併せ持ち、その腕前は治癒士の中でも高い技術を有している。
彼のように軍医であり、治癒士の資格を両方持つ者は実は珍しい。
それは何故かと言うと、治癒魔法の才を持つ者が必ずしも医者になれるほどの頭脳を持ち合わせていないからである。
治癒魔法の才を持つ者は準医療従事者の資格は持つが、その知識は看護師には届かない事も多く、治癒士の資格は細かく区分され、それによって出来る医療施術の幅が大きく異なる。
だが、福田のように医師免許も持つ治癒士は、その制約がないため三十に上がる前には佐官になるものも多い。福田もその一人、まだ29歳ながら既に少佐に任官されていた。
だが、今回の件は福田だけではない。彼の上官でもある大佐や将官でさえ聞いたことがない事例だった。
そのため、主治医である福田だけでなく、直属の上官である大佐と軍病院院長の将官の連名も添えて、報告書は景月の元に提出されることになった。
この不思議な魔力だが、後に『空魔力』と呼称されることになり、報告書の中にのみその記述が残ることになる。
だが、この空魔力のおかげで、本来なら一年以上の汚染治療が必要な所を、天月は僅か二ヵ月で体内汚染の除去に成功することになる。
しかし、彼女にはまだ全身の骨の歪みを治す治療が全て済んでいなかったため、原隊復帰は見送られることになる。
さらにもう一つ、彼女の原隊復帰が遠のく出来事が発生する。
彼女は骨の歪みを治すために、治癒魔法を併用した外科手術を数十回。衰えた筋力を戻すためのリハビリ。そして退院から数週間で運動の許可が降りると、失った体力を戻すための訓練の日々を過ごしていた。
退院後から運動の許可が降りる期間が短い理由は単純に治癒魔法を併用していたからである。本来なら数ヵ月は安静にしていなければならない所を、治癒魔法による治療によって、その期間が大幅に短縮された訳である。
ただ、折れやすいことに変わりはなく、一ヵ月の間は制限が付けられた。
そして、ようやく本格的な訓練の許可が降りると、彼女は新兵に混じって基礎訓練からやり直し、さらに魔導兵基準の体力に戻すために、幾つかの訓練課程にも再教育を希望した。
その過程で、魔力の定期検査を受けた時、事件は起こる。
その検査で、彼女の止まっていたはずの魔力の成長が、再び成長を始めていたことが判明したのである。
魔力の成長は身体の成長と同期していると言われている。
特に10歳から16歳の間。身体が大きく成長するこの期間は魔力の成長率も跳ね上がる。そして身体の成長が止まると、魔力の成長も緩やかになり、2年から3年で完全に成長が止まる。
後天性魔力覚醒者が魔法士を目指すなら、遅くとも10歳前後には魔力が覚醒することが望ましいとされる。または、覚醒時の魔力上昇量に期待する以外にない。
成人後に覚醒し、その後も成長を続けた一部の例外は確かに存在するが、多くは通例通り覚醒時の魔力値のままの事が多い。天月も成人後に覚醒したため成長しなかった一人である。
その他に魔力が成長する例は魔人化があるが、魔人化は元の魔力値を基準に数倍に跳ね上がるだけで、成長し続けた例は一つもない。
つまり、天月は成長が止まった後に、再成長を始めた稀有な事例の一つとなったわけである。
その結果。彼女の原隊復帰はさらに見送られ、魔導研究機関に出向することになってしまった。
花井町脱出から約半年。天月は日ノ本陸軍に協力している魔導科学研究所に、陸軍から出向する形で務めることになった。
この間軍務は免除されるだけでなく、基礎訓練を希望すれば週の半分を軍の施設に通う事も許可された。それも有給扱いと言う好待遇である。
もちろん天月は訓練を希望し、新しい生活が始まった。
完全休日の日曜を省いた彼女の一週間の予定は次の通り。
週の前半に当たる月火水は研究所に出勤し、魔力が再成長し始めた原因を突き止めるための調査と、友好国ドイツから提供された新魔術理論の試験。
後半の木金土は軍の訓練施設で、体力維持のための基礎訓練から射撃訓練まで一通りをこなす。それにプラスして、上昇した魔力に適応するための習熟訓練も行う。この時のデータも、研究所に送られることになっている。
そうして半月が経つと、休むにも申請が必要かつ、タイミングが悪ければ休みが潰れてしまう事が日常の軍との違いに、彼女は戸惑いつつも満喫していた。
「天月軍曹。新生活は順調か?」
「紫雨大尉、お久しぶりです。はい、順調といいますか…その」
「急な出動や、隊舎臨検に怯えなくて済んで、快適だろう?」
天月は自分の様子とデータを受け取りに来た紫雨に誘われ、訓練施設の食堂で昼食を共にしていた。
そして、挨拶がてらの質問に素直に答えながらも言い淀んだ。
「はいぃ。快適過ぎて、駄目になりそうですぅ」
「ははははは。今のうちだ。楽しんでおけ。さて、少し真剣に話しをしようか。先程、研究所で君のデータを見させてもらった」
「はい」
天月は姿勢を正すと、紫雨から自分も既に見ている資料を提示された。
「これが以前の君。そしてこっちが現在の君の魔力量だ」
三つの資料を見比べながら、紫雨は話しを続ける。
天月から見て右の資料が、花井町で行方不明になる二月前のもの。それに対し左が、花井町脱出後の定期検査のもの。そして最後の資料が、今月に入って研究所で測ったものだった。
「これを見て分かる通り、君は今右肩上がりで魔力が成長を続けている」
「はい。研究所の教授からはあり得ない事だと、興奮気味に言われました」
「教授の言う通りだろうな。確かに例外はある。だが、その例外でもここまで成長率が高いことはない。この数値からみて、魔力成長期に入っているのではないかと言われた」
「はい。私も同様の事を言われました。ですが、それはあり得ないのではないでしょうか。魔力成長期は、第二次成長期から思春期。それも身体の成長が止まると、魔力成長期も終わると学びました」
「あぁ、私もそう学んだし、今でも最有力説だ。此方では魔人化の可能性もあると視野に入れて、研究所には調査を頼んでいる。が、おそらく違うだろう」
「根拠をお聞きしても?」
「魔人化は魔力総量と魔臓が強化されるが、継続的な成長はしない事が分かっている。これは、全世界共通だ。魔力を伸ばすには四つの方法があるとされるが、天月は覚えているか?」
「はい。まず一つ目が―――」
魔力を成長させる方法は四つ。
一つ目は、身体の成長と共に自然と上がる自然成長魔力。二つ目は、覚醒時の魔力総量の跳ね上がり。三つ目は、魔人化。そして四つ目は、地道な鍛錬による上限の底上げである。
「四つ目は、魔法師ごとにその上げられる上限に限界があり、元の魔力総量の1から10%ほどと言われています」
「よく学んでいるな。それでだ。天月は既に魔力上限解放鍛錬は終えていたな?」
「はい。入隊後に魔導課程を履修した際に、凡そ4%ほど上昇しました」
「ならば、もう一度受けてもらう」
「もう一度ですか?」
「あぁ、もう一度だ。ただし、今の成長が完全に止まってからだ。その後、魔力上限解放を行い変化があるかを見る」
「分かりました」
それから、幾つかの連絡事項を口頭で交わし終えると、近況報告を兼ねた雑談をしながら昼食を共にした。
食事を終えた二人はそのまま食堂で別れると、紫雨は原隊に。天月は午後からの射撃訓練のために、射撃場にとそれぞれ向かうのだった。




