032「彷徨う魂 2」
仁成が堕ちた先は、真っ白な光の世界とは真逆の真っ黒な闇な世界。自分の手さえ見えないほどの暗闇が支配する世界だった。
「何処だよここ」
一寸先は闇どころか、その一寸先さえ見えない世界で、仁成は無意識に歩き始めていた。何故そうしたのか、仁成にも分からない。だが、そうしなければいけないと直感が働いた。仁成の好きだったSF作品の台詞を真似るなら。
ー魂がそうしろと囁いたからー
歩き始めて数十歩。そこで仁成はある事に気付く。
「あれっ?自由に動かせる」
白の世界では脚と視線以外は動かせなかった身体。だが、今は仁成の意志で自由に動かせた。
試しに手を顔に近づけるが、目に密着させても自分の手の平は全く見えなかった。
「おいおい。まじで何も見えねぇのかよ」
歩みは止めず、首を回したり、伸びをしてみたりと様々な動きを試し、問題無く動かせることを確認した仁成は、軽く前方にジャンプしてみた。
「うおっ!やべ」
仁成のイメージでは1mほど飛んだつもりが、体感で数十mほど宙に浮き、身体は半回転して上下が逆さまになり、そのまま着地した。
「意味分かんねぇ」
その後も、何度かジャンプを続けてみたが、身体を横にして飛んでも何時の間にか地面に足が着く感覚が伝わり、何事もなく歩き始めれた。
仁成の想像では頭から着地するはずなのだが、何度試しても何時の間にか地面に足が着いているという摩訶不思議な体験を繰り返すことになった。
それは、重力があるのに宇宙にいる。そんな感覚だった。
そんな状況でも酔わずに歩き続けれるのは、周りが見えないからかもしれない。
上下左右の概念があるのかないのか分からないヘンテコな空間に閉じ込められた仁成は歩き、走り、転がり、時には空から落ちる様に飛び続けた。
「何処にも辿り着かねぇどころか、誰にも会わねぇぞ?」
当初は白の世界と同じ様に、何れは誰かに出会うか、役所の受付の様な場所に辿り着くだろうと、楽観的に考えながら進んでいた仁成だったが、どれだけ進んでも誰にも会えず、受付にも着かないことに不安になって来ていた。
「まじで何処だよ、ここ」
「虚だ」
「うおおお。ビックリしたぁ」
突然耳元で囁き声で話しかけられ、仁成は思わずその場で飛び上がった。
「聞かれたから答えてやったのに、失礼な魂だな」
再び耳元から声が聞こえ、仁成は飛びながら首を回して辺りを見渡すが、声の主らしき者はいない。と言うよりも真っ暗で何も見えなかった。
「無駄だぞ?ここは虚ろ。在るのに無い。無いのに在る。それが虚だ」
「在るのに無い…」
「そうだ」
「だから在るのに見えない訳か。…この声も聞こえている様で聴こえていない?」
「ははは。面白い奴だな。ここに堕ちてきた奴は虚ろに取り込まれ、そこまで気付かないぞ。お前の言う通り、この声さえも虚ろだ」
「変な場所だな」
「ははははははははは。本当に面白いぞ、お前。名は?」
「………。あぁ、ごめん。俺って世界を越えてこっちに来て死んだんだけど、国籍と言うか俺の魂の情報?とでも言えばいいのかな。それが元の世界に残ったままらしくてさ。存在はこっちにあるのに、存在を示すものがない状態なんだよ」
白世でも同じだったが、仁成は自分の魂の名前を答えることが出来なかった。謎の声に説明した通り、魂の情報がないからに他ならない。
「あぁ、なるほどな。それでか」
「何がそれでかなんだよ?」
「普通なら、徐々に魂が虚ろになり、有るのか無いのか分からない状態になる。そして取り込まれ虚ろになる。だが、お前は違う。さっき自分で言っていただろう。有るのに無い。お前の存在そのものが虚ろだと。だから、初めからお前は虚ろだ」
「…おう。まさかの驚愕の新事実~」
声の主に見えているか分からないが、仁成はムンクの叫びのように両頬に手を当てて、わざとらしく驚いた。まぁ、仁成自身も見えていないのだが。
「この空間そのものと言っても良いだろう。私もお前の様な者に会うのは初めてだ」
「あ、そう。俺以外にもいたのね。で。あんたは何なの?」
「私か?私にも分からない。何故なら」
「虚ろだから」
「その通りだ。まぁ、私のことなど些末な問題だ」
「まぁ、自分のことが分からないんじゃ、仕方ないよな」
「そういう事だ」
「…ここから出る方法はあるの?」
「出たければ出ればいい。言っただろう?此処は虚ろだ」
謎の声の答えに、仁成はしばらくその意味を考える。
謎の声は言った。『在るのに無い』それが『虚ろ』だと。
「…あぁ~、そうかよ。なるほどね、なるほどだ。確かにそうだ。そういう事か!そもそも、この場所が在るのか無いのか分からないんだっ!在るとも言えるし、無いとも言える。だけど、この場所はその二つの矛盾が同時に在って、そして無い。つまり、在ると思えば無いし、無いと思えば在るとも言える訳だな。この野郎おおおおお」
「ははははははははははははは」
仁成が辿り着いたその答えに、謎の声の主は満足気に、そして楽し気に笑い続ける。
その耳障りな笑いは、仁成を不快にさせるのに十分だった。
仁成が虚ろに堕ちて謎の存在と問答を繰り広げていた頃、白世では大混乱に陥っていた。
「で?どうなってるの」
白世の管理者の一人である女は、白世のあちこちから上がってくるとある問題とその対処に追われる中、仁成の件を任せていたスーツ姿の男を呼出し、白世から突如消えた仁成についての報告を聞いていた。
「おそらく虚ろに堕ちた可能性が高いかと」
虚ろに堕ちた。その報告に女は顔を顰める。
「…面倒なことになったわね。あそこの管理者は真面目で怠惰。寂しがり屋の癖に孤独を愛する。変化を拒み、不変も拒む。娯楽を求めながら、退屈でも構わない。どちらにしろ此方から彼方に声は届かない。そもそも存在していても存在しない特殊な管理者。あの魂の事情を知れば、どう対応するかも分からない」
ここ最近、白世を彷徨い続ける魂の存在は、目の前の男から報告を受けて知っていた。だが、その魂の問題は解決する目途が立ったことで、彼女は男に事後を任せ、自身は管理者が集う会を開き、今回の件の説明を行うために参加していた。
そして会の最中、それ以上に厄介な問題が発生し、急遽自身が管理する白世に戻る羽目になっていた。
「とりあえず、先に白世に出現する『空の魂』の原因究明が先よ」
今、白世のあちこちでは、いないはずの魂が現れ、現場を混乱させていた。
この居ないはずの魂は『空の魂』と呼ばれ、これまでにも極稀にだが、出現することはあった。仁成の事も発見当初は、この空の魂だと考えられていた。
空の魂は通常であれば無害な存在だ。中身のない空っぽ故に、何も出来ないし、ただ彷徨うだけ。しばらくすれば自然に消えていないくなる。
だから、当初は仁成も放置されていた。白世の各所にもそのように伝達され、もし選定所に姿を現しても追い返すように指示が出されていた。
だが、その魂は中々消えることがなく、不審に思ったスーツ姿の男が調査をし、彷徨う魂が空の魂ではないことが発覚したことで、ようやく仁成は認知された訳である。
そして、対処を始めてようやく解決の目途が立った矢先、対象の魂は突如暗い穴に堕ちた。同時に空の魂が出現するようになった。
最初に出現した空の魂は誰に気付かれることもなく消えた。それに続けて出現した空の魂も同じだった。二体、三体、四体…。出現してすぐに消えていった。
100体目を越えた辺りから変化が生まれた。同時に二体、三体と出現する様になり、また消えて行った。
さらにそれが千体目を越えると、消えるまでの時間が徐々に長くなり、白世内でも認知され始め、その目撃例は時間と共に増えて行った。
この時はまだ仁成が消えたばかりで、スーツ姿の男もその捜索に専念しており、白世内で空の魂が大量発生していることを知らなかった。
そして一万体目を越えると、いよいよ洒落にならない事態が起こり始めた。
何と空の魂が白世を訪れる魂に擬態し始めたのである。
この擬態した空の魂の厄介な所は、空の癖に魂の体は要していること。一目では本来の魂との見分けがつかず、時には職員がそれと気づかずに輪廻または常世に通してしまう事も発生し始めた。
まだ一体だけなら処理は簡単だ。そもそも空っぽ故に、現世にも常世にも与える影響は小さく、修正は容易。擬態元の魂が消えたわけではないため、そちらも問題無い。
だが、それが数百、数千、数万ともなれば話が変わってくる。今現在も空の魂は白世内に増え続け、消え続け、そして魂に擬態し続けた。
その結果、魂の選定の場である白世内には、選定待ちの魂と擬態する空の魂で溢れかえる事態となった。
ここまで来ると選定を進めること事態が危険と判断され、白世では空の魂かどうかの選定と除去に追われ、魂の選定は一時中断されることになった。
「その原因についてですが、その彷徨う魂が関係しているかもしれません」
「…話しなさい」
「経過報告でもお話しましたが、件の彷徨う魂について彼方の管理局とも話がつき、此方で新たな情報を創ることになったのは御存知かと思われます。ですが、何処かで行き違いがあり、此方が創っている最中に、彼方で情報が削除されてしまったようなのです」
「最中ということは、まだ創ってないのね?」
「はい。こちらで情報を創るに当たり、彼の生まれに適した起源を探し、調整をしている最中の出来事でした。また、彼の現世の魄には啓示を与え保護だけは完了しています」
「はぁ…。つまり今の彼は、既にあちらに無く、こちらでは存在して居るのか居ないのか分からないまま、魂魄だけは存在しているのね?」
そこでようやく彼女は、この問題の根本的な原因に辿り着いた。他でもない、自分達こそがその原因だったことに。
本来の手順では、此方で新たな情報を元の情報にある程度近づけて創り、彼の魂に上書き、そして彼方の世界の情報を削除することで移行は完了するはずだった。男の説明通り、その最中に何処かで行き違いがあり、彼の情報を上書きする前に元の情報が削除され、彷徨う魂は何処にもいないのにいる存在。つまり虚ろになってしまったわけである。
「はい。それと、魂が居るのか居ないのか分からない為、情報が創れなくなりました」
「だろうな。存在して居ないのだから当たり前よ。だけど、存在して居る。せめて、虚ろ以外の場所に堕ちたなら対処のしようもあったけど、あそこはそもそも存在するのかしないのか分からない場所。探すことも出来ない。仕方ない。今は出来る所まで進めなさい。貴方は、彷徨う魂に注力。空の魂については他で対処します。何か進展があればすぐに報告を。行っていいわよ」
「はい。では私はこれで下がります」
一人になった管理者は、今の状況を少しでも改善するために上司である管理長の下に転移するのだった。
在るのか無いのかさえ誰にも分からない虚ろの世界。そこに住む者も居れば、居ないとも言える。
何故なら、この場所は入ることも出来るし、入ることも出来ない。出る事も出来るし、出ることも出来ないからである。
そんな場所だが、少なくとも一つの魂と謎の声の主。二つの存在が住んでいる。
そして、その内の一つの魂である仁成は、延々と続く暗闇を様々な理屈を立てて、進み続けていた。
「だぁああああああ。わっかんねえええええええ~。俺の考えが正しければ、出れるはずなのに、全く出れる気がしねぇ~」
上手くいかない現状に苛つきを抑えられず、頭を抱えて身を捩る。だが、歩みだけは決して止めない。
一度だけ、興味本位で足を止めた。ほんの数秒だったが、仁成はすぐにその場から離れる様に走った。
たった数秒。されどその数秒で、底無しの泥沼に足を取られるが如く、じわじわとこの暗闇に自分が溶け込むような感覚に全身が襲われた。
おそらく白の世界とは違う。白の世界では消滅すると言われたが、それは仁成の魂の情報がなかったからであり、あそこに長く居続けても情報さえあれば消滅することは無い。
だが、この虚ろの世界は違う。例え魂の情報があったとしても、この場所では意味がない。その情報事、この世界は魂を虚ろにするのだ。
そう結論付けた仁成はそれ以降、決して歩みだけは止めないと決め、暗闇の中を進み続けていた。
「はははははは。足掻け、足掻け」
相変わらず謎の声は楽し気に、足掻き続ける仁成を見て笑い、そして仁成の尻に火をつける様に挑発も忘れない。
そんな声にうんざりしながらも、仁成は考え続けていた。
「入れないはずなのに入れる。出れるはずなのに出れない。まるで地球だな」
「お前は頓珍漢な事を言うな。星から出ようと思えば出れるだろう。既にお前の…」
声は途切れ、沈黙が続く。その沈黙を破ったのは仁成だった。
「ひひふは、ははははは…やっぱりな。お前、あの白い世界に居た連中と同じ穴のムジナだな。さすがに俺と同じ魂だけの存在じゃないだろう。まぁ、この虚ろに存在し続けるだけの力ある神の一柱って所かな。そう考えると、白の世界に居る神より格が高い神かもしれないのか。西洋風に言えば『天使』かな?」
仁成の指摘に、謎の声は中々答えない。だが、その沈黙からは怒りなどの負の感情は伝わっては来ない。
「…はははははは。これは、嵌められた。確かに私はお前の認識で言えば神であり、天使とも言える存在だ。ただ、格は高くない。何なら下級神だ」
「えっ?そうなの。…まぁ、こんなヘンテコな場所の管理なんて、日本風で言えばド田舎にある工場に出向させられるようなもんか。左遷先の一つって感じなのかな?」
意外。仁成は素直に驚いた。少なくとも、今いる虚ろと呼ばれる空間は白の世界と比べても異質過ぎた。だからこそ、仁成はそれなりに力と格を持つ、神や天使が配されていると思っていた。
「それは違う。確かにここは天界でも一際面倒で、異質な空間だ。僻地と言ってもいい。だが、天界でも重要な場所だ。ここを管理できるのは、私達の中にもそう多くはいないと言うだけだ。役目も楽だしな」
「管理に手間がかからないってこと?」
「此処に在り続け、此処に溶け込めればいい。それだけだ」
たったそれだけ。仁成はあまりにも簡単な内容に言葉が出なかった。
つまりそれは、学生なら登校するだけ。社会人なら出社するだけでいいと言っている様なもの。日がな一日、漫画や小説を読んだり、ゲームをしたり、スマホやタブレットで動画を見たり、昼寝をしていても怒られないと言う事。
何てホワイトなお仕事。それが仁成の感想だった。
「組織的に管理者を置いておく必要があるだけで、そもそも管理する必要がないわけね」
「その通りとも言える。だが、それも少し違う。ここが在ることが重要でな。そのために管理者が配置される。だから格が低かろうが、問題にならない。ここに自由に出入りできる。それだけが此処の管理者に求められる力であり、それ以外は何もいらない」
「なるほどねぇ。誰にも認識されなければ、それは無い。在り続けるためには、認識される必要がある訳か」
「お前達の認識ではそこが限界だろう。さて、私の事が分かったとして、どうする?」
「何も。特に変わらない。けど、一つ気付いたことがある」
「それは何だ?」
「此処に入れないなら、初めから此処から出るという選択肢は生まれない。つまりそれは、俺には此処から出るという選択肢があるはずだ。だからあんたは、「出たければ出ればいい」と言ったんだ」
「それが分かったとして、出るのは簡単ではないぞ」
「そうなんだよなぁ。その裏には、入れないと出れないっていう全く逆の事実が同時に存在するのがこの虚ろって場所だ。そもそも正解と不正解が同じ…」
そこで仁成は急に黙り込み、さらには足を止めた。
「溶け込めるのが条件…。溶けないということは、溶け込める。溶けるということは、溶け込めない…。おい、この糞野郎。俺は初めから虚ろに溶け込んでいたんだな」
「はははははははははは。ようやく気付いたか。お前はとっくに…『虚ろう魂』だ」
管理者から告げられた『虚ろう魂』が何なのか、仁成には解らなかった。説明を求めても、管理者からは理解が出来ないから無理だと言われた。それでも仁成は説明を求めた。
その結果、すぐに理解することを諦めた。
説明された内容を、仁成は一つも理解出来なかったからだ。一つもである。管理者からは「だから言っただろ?理解できないと」と馬鹿にされ、笑われた。
「お前は初めから自分の姿を見ることが出来ていなかったな。違うか?」
ひとしきり馬鹿にされ笑われた後、拗ねる仁成に満足したのか、管理者の方から仁成に話を始めた。
「たぶん。ここに来てから、説明は出来居ないけど歩き続けた。歩かないと駄目だと思ったんだよな。それから少し歩いたところで、身体を自由に動かせることに気付いた。その時にはもう何も見えてなかった。その直後に、あんたが話しかけて来た」
既に仁成が立ち止まって三分以上が経つ。だが、試しに立ち止まった時の様な不快感は一切は無い。むしろ真冬の布団の中、あるいは真夏のプールにただ浮かんでいる時の様な心地良さを感じる。
仁成はこれを、自分が虚ろに溶け込みながらも、溶けていないことに気付き、認識したからだと考えた。そして、それは概ね正しかった。
何故なら、仁成は虚ろに溶けているのに、存在し続けていられたから。
「虚ろに堕ちた魂は徐々に消えて行く。これは文字通りの意味だ。ここは魂が歩んだ道を見せる。初めに遠くの景色から見えなくなる。それが徐々に狭まり、手足の先が、身体が、最期には何も見えなくなり、そして消える。それがここでの普通だ」
「だが、俺は初めから何も見えなかった。真っ暗だった」
「そう。つまり、お前は虚ろに堕ちる前から、此処に出入り出来る存在になっていたということだな」
「…う~ん、やっぱりそれって魂の情報が無いのに、こっちの世界に存在してたから?」
「いや、少し違う。お前が命を与えられた世界では、既にいない存在になっている」
「…情報が削除されたってことだよな?でも、こっちで創り直すとか言ってたけど?」
「お前の魂の情報。言い換えれば設計図は彼方にあった。何処で生まれ、誰の下に生まれるのかというな。そこから先は、与えられた自由の範囲で自ら書き加えていくことになる。お前達の言い方を真似れば、それが人生ということだ。そして、お前の設計図は17と7ヵ月で止まっている」
「俺がこっちに来た時点で更新が止まってんのか」
「そしてここからが重要だ。此方にお前の設計図は無い。出自が無いのに存在する矛盾する命。それが、虚ろに堕ちる前までのお前だった。居るはずが無いのに何故か其処に居る。矛盾した存在だな」
「だったってことは、今の俺は?」
「さっきも言っただろう。『虚ろう魂』だと。その前に、そうなった経緯を教えてやる」
「…ちょっと待て。あんたが知ってるってことは、俺が何かしたからとかじゃないってことだよな?」
「ははははは。そうだ。お前は何もしていない。彼方と此方の白世の連中が原因だ。だから、教えてやることにした」
「なんか、因縁でもあるの?」
「あいつらは虚ろを下に見ているからな。そこを管理する私達のことも、例え此方の方が格が高くとも下に見る。此処に入ることも、出る事も出来ない癖にな」
「あぁ、日本にもいっぱい居たわぁ~。そういう奴。必要な仕事をしてくれてるのに、自分の方が立派な仕事してると勘違いしてる奴でしょ」
「話しを戻す。お前は偶然でも必然でもない方法で世界を渡った。そのことで、設計図を持たずに渡ってしまった。と言うよりも、渡った事実がない」
「…渡った事実がない?」
「解り易く言えば、履歴が無いんだ。お前の世界では国境を行き来する時、パスポートが必要なはずだ。何処に行くか。何処から来たかを記録するためのな。それがお前には無い」
「わおっ!じゃあ、俺って密入国したってこと?」
「そういう事だ。だから、誰にも気づかれなかった。お前が死ぬまでな。当初、白世の連中でさえ、お前が白世に居ることに気付かなかった。お前、何度も追い返されなかったか?」
「確かに追い返されてたね。最初の頃は、此処じゃないから引き返せとか、愚鈍な魂だなとか、散々な謂われようだったよ」
「だろうな。末端の奴等は訪れる魂をただ規則通りに選別するだけだからな。自分の担当する魂じゃないと分かると追い返す。大抵は一回か二回、歩けば担当する職員の下に辿り着けるからな」
「職員?」
「お前に解り易い様に言い換えてやっている。いちいち突っ込むな。だが、お前は辿り着かないどころか、数日も彷徨い続けていたことでようやく何かがおかしいと連中が気付いた。そこで調べてみれば、お前が密入国した魂だと判明した訳だ」
「でも俺悪くないよ?」
「そうだな。お前は悪くない。白世の連中もな。だが起きてしまったからには対処する必要がある。そこから、何処の現世から渡って来たか調査が始まった。それに一週間以上かかり、彼方の白世との協議が始まった。彼方もお前が居なくなっていることに気付いていなかったのだろうさ。そのせいで、両方の世界では様々な輪廻に影響が出始め、死ぬはずの無かった者が死んだり、生まれてくるはずの者が生まれなかったりしている。小さな歪みだが、永い刻を見れば大きな歪みになる。だから、彼方は焦ったのだろうな。此方がお前の新たな設計図を用意し上書きする前に、お前の設計図は削除された。結果、設計図を完全に失ったお前は『虚ろう魂』になった訳だ」
「へぇ~。じゃあ、俺って死ぬことも出来ない?」
「はははははははははは。そうだ、その通りだ。死んだことを書き込めないからな。白世では今、お前を『虚ろう魂』にしてしまったことで、大混乱に陥っている」
「何が起きてるの?」
「お前は居ないはずの魂だ。だが、設計図はあった。だから白世でも存在し得た。だから、まだそこまで大きな問題にならなかった。この虚ろの特性は何だ?」
「『在るのに無い。無いのに在る』だったな」
「そうだ。そしてお前も今やその虚ろだ。白世では今、お前が居るのに居ない状況が生まれ、あちこちで『空の魂』が現れては消えを繰り返している。そのせいで輪廻の処理に遅れが生じ、空の魂に間違って輪廻を与えたりと、混乱が広がっている。ははははははははは」
楽しそうに笑う管理者の声に、仁成は先程の彼が話したある事を思い出していた。
「…ちょっとこれから、独り言を大きいな声で呟くんだけどさ」
「独り言か…。ならば、私が偶然それを聞いてしまっても、仕方ないことだな」
仁成はわざとらしく前置きを告げると、それを正しく理解した虚ろの管理者もまた、わざとらしく独り言で会話を繋げた。
「いやぁ~、俺が偶然にも、偶然にも虚ろに堕ちるなんて、白世の奴等は運がないなぁ~。どうして、こんなタイミングで堕ちちゃうかなぁ~。偶然にしては出来過ぎてるなぁ~。もしかしたら、誰かがわざと堕としたのかもなぁ~」
「いやぁ~、ただの偶然だろう。だがもし、誰かがそんなことをしたのなら、誰なんだろうなぁ~。もしそんな奴が居れば、私が成敗してくれようぞ」
互いに独り言をわざとらしく呟き終えると、虚ろに沈黙が戻る。そして―――。
「「ははははははははははははは」」
姿が見えている訳ではない。だが、この時の二人は互いに眼を併せ、悪い高笑いを上げた。
その笑い声は何時までも虚ろに木霊し、そして溶けて行った。
「ただ勘違いするなよ。確かにちょっとした悪戯と意趣返しでもあるのは間違いないが、私がお前を虚ろに堕とさなければ、白世は今頃虚ろに染まっていたはずだ」
「あぁ、それもお仕事?」
「一応な。滅多にあるどころか、管理者をしている間に一度でもあるかないかの珍事だ。私は一度だけ話を聞いたことはあったが、経験は無い。初めての事で対処が遅れた」
「その結果、白世に空の魂が大量に発生したわけね」
「そうだな。結果的にだがな。まぁ、白世が消えるよりも遥かにましだろう。しばらくの間、お前を此処から出す訳にはいかない。今出て行けば、白世が一つ消えかねないからな」
「仕方ないか…じゃあ、此処で遊んで待ってるよ」
「…ははははははははは。そうしろ。正直、白世に居る神如きじゃ、もう対処は出来ないだろう。上位神でもなけりゃ、無理だろうからな。ははははははは」
出ても意味がないことが分かると、すぐに頭を切り替えた仁成は、虚ろの摩訶不思議な物理現象のなかで、虚ろの管理者と共に遊び始めるのだった。




