031「彷徨う魂 1」
日ノ本の年末年始は日本とあまり変わりがない。近代化と共に西洋文化が流入しているとはいえ、世界大戦は一度しか起こっていないこの世界では、瘴気汚染の事もあり、東洋文化圏は西洋国家に蹂躙されることなく歴史を紡いでいる。
そのためか、日ノ本は昔から続くしきたりが日本よりも色濃く残り、それが引き継がれ続けている。
「童がいつ戻るか?そんなこと知らぬわ。知りたければ天の神々に直接訪ねよ。それより、酒じゃ、酒っ。新たな年を祝い、古き年の禍を祓うは酒が一番じゃ」
新年が明け、日ノ本全国で新年の祝賀が開かれ、喜びの声が流れる。この時期に日ノ本では各々が故郷に帰り、家族や親族、友人と無事の姿を見せ合い、新たな年の健康と繁栄を願い、古き年の禍を祓うために祝い合う時間を過ごす。
だが、そこに仁成が加わることは無い。彼を護衛する里香子達もまた、例年とは違った年末年始を送っていた。
京の都洛外。その一角にカブキヤはある。表向きはホビーショップとして、日々閑古鳥が鳴く店だが、近年は通販事業を手掛け、その見た目からは想像できないほどの利益を叩き出している。
さらにその裏では、今日の都を裏から護って来た御庭番としての顔を持ち、今は仁成の護衛任務を任されていた。
そして、その護衛対象は去年の暮れから、カブキヤの裏手にある住居兼店舗物件に移り住んでいる。
新たな隠れ家の二階の一番広い部屋には介護用ベッドが設けられ、そこに火葬で全身に重度の火傷を負った仁成が寝かされていた。
だが、まだ彼は目覚めていない。今も謎の女が仁成の魄に入り、その身体を維持し続けている。何時頃、仁成が目覚めるのか分からないまま、新年を迎えていた。
仁成の魄を維持する謎の女は、年末まで身体の治癒と再生に集中すると言い、大人しくベッドの住民となっていた。だが、年が明けてから彼女本来の傍若無人な性が顔を見せ始めると、終日酒浸りの毎日を送る様になっていた。
しかし、まだ全身に包帯が巻かれているからか、ベッドから出ることはあまりない。背もたれと上半身を起こし、世話をする者にあれやこれやと我儘を言い続けていた。
そんな荒れる彼女を甲斐甲斐しく世話をするのは、密かに織田家から派遣された超有能メイド達。彼女達は一切文句を言わず、仁成の介護と世話をし続けている。今も二人のメイドが彼女が持つ升に酒を注ぎ、摘みをせっせと用意しては、目の前に運んでいる。
「ところで、その傷はすぐには癒せなかったの?」
ベッドの脇で、女の荒酒に付き合っているのは里香子。彼女の魔人特性は身体特化。その特性の中には内臓器官の強化も含まれる。無限の胃袋と無敵の肝臓によって、一日中飲んでいても健康に害はなく、それどころか一日でも食事を抜けば、体重が激減するため彼女は四六時中何かを摘まんでいる。
そんな彼女だからこそ、荒れる女の酒にも付き合える。ちなみに、一馬や琴音は半日もしない内に潰されたため、御役目御免どころか女が酒を飲んでいる所に出くわすと逃げ出す始末である。
そして、酒に酔い荒れている今のうちに、彼女から色々聞き出せないかと、里香子は毎日付き合っているのだが、成果はあまりない。肝心な事ははぐらかすかきっぱりと拒否されていた。
「あぁん。おお、これか。話してなかったかの?」
「えぇ。年明けまで毎日寝てたでしょ」
「そうじゃったな。これは我でもすぐには無理じゃ」
「そうなの?前は脳も再生させてたじゃない」
「あれと一緒にするでない。火葬は魄を大地に返し、次なる依り代に生まれ変わらせる儀式とも言われておる。そこに放たれる火はただの火ではない。神聖な火じゃ。その聖火に炙られたのじゃ。癒すのに刻を要するのは当たり前じゃ。さらに言えば、そこに神事も執り行ったからの。火はより神聖を得てしまっておった。あれを消すのは我でも時間が掛かる。まっこと、加護持ちや愛し児の祝詞は強力じゃ」
「なら、さっさと飛び出せばよかったじゃない」
「阿保。葬儀とはそのものが神事と言える。神に死者の安寧を願うのじゃからな。それを執り止めるのは、神々に無礼を働くも同じ。火葬を受ける本人が生きているなら別じゃが、今回は違う。今もじゃが、この魄は童のもの。我は仮の柱となって、童の魄が一部でも親元に届くように願っただけじゃ。つまり、あの段階で火葬を執り止めるのは、あの場にわざわざ足を運んで下さり、我らの乞えに耳を傾けて下さった神々を無視することになる。あの時、火が掻き消えたのは天の神々からの神託があったからじゃ。我が消したわけではないぞ」
「…それであんなに怒ってたの?」
「当たり前じゃ!我とて痛みを感じる。あの業火の中、それを耐えておったのじゃぞ。文句の一つや二つ、出るというものじゃ!」
「文句言ってると神罰が降りそうだけど?」
「献身を神々が罰することなどあるものか。逆に憐れんで業火が消えた後も、しばらくの間、我の精神と童の魄を護って下さっておったわ。でなければ今頃、童の魄は火によって清められ、新たな魂の依り代に生まれ変わっておったかもしれん」
「そ、そうなのね。それにしても、どうして仁成君は天から追い返されるのかしら?」
「ん?それは我にも分からぬ。しかし、まさか天に拒絶されたとはな。我でも想像しておらんかった。ほんに笑えるわ。かかかかかかかかか」
女は笑っているが、里香子達は笑えなかった。彼女達の油断が仁成の死を招いたに事に変わりなく、今も後悔の念を強く持っていた。
今は包帯で隠れているが、その下には全身に重度の火傷を負い、今だ皮膚の再生は終わっていない。その姿を見る度に、里香子は胸が締め付けられていた。
「まぁ、何があったかは童から聞くことじゃな。ただ、天での出来事を覚えておるかは怪しいがの。その時は、現世に縛られておる命の定めと思うて諦めるんじゃな。それも天の御心よ。それと、あまり自分らを責めるでないわ。全てがうぬらの思い通りになると思わぬことじゃ。かかかかかかかかか」
里香子達の胸の内などお見通しと言わんばかりに、女はそれを笑い飛ばす。
その姿を見て、里香子は改めて彼女は何者なのか疑問に思う。
彼女の名前は今だ誰も知らない。琴音でさえ知らないし、聞かされている気配はない。また彼女自身に肉体はあるのか。あるなら今を生きる人なのか。それとも彼女の言葉を借りるなら、現世に留まる魂だけの存在なのか。それならば、行った何時から現世を彷徨っているのか。少なくとも蕪木家初代当主を知っていることは確認出来るているが、それ以前の情報は無い。
さらに天界を含む世の理と魔導の知識。特に魔導に関しては、里香子達では束になっても及ばないほどの技量と知識を持ち、現代魔法には存在しない魔法も扱う。何よりも瘴気としか思えないモノを生み出せるほどの魔力を持つ者を、里香子は知らないし聞いた事もなかった。
もし彼女ほどの力の持ち主なら、歴史にその名を残していてもおかしくないが、調べてもそれらしき人物は見当たらない。
しかし、こうして共に酒を飲みながら話す姿は、俗世を知る同じ人間であるようにも感じた。
謎多き女はそれからも、京が誇る料理の数々を摘まみに酒を煽り続けるのだった。
時は仁成が火葬される前、隆愛が景月の元を訪れた翌日の事。
仁成がいない間の月夜達は、数日に一度拠点に詰める魔導兵に同行して、周辺に流れて来た魔獣を狩ったり、時に遺物探しに付き合っていた。
拠点に戻ると、世話役の女性達と共にシャワーを浴び、身体に付いた土や埃を洗い流し、魔法で乾かした後、寝床で彼女達から献身的なブラッシングを受けるのが常となっていた。
狩りに出かけない日は、黙っていても餌が用意され、時間の空いた女性陣が率先してブラッシングを行ってくれる。もちろん、運動がてら外に出ることもある。
ここまで聞けばわかる通り、月夜達は仁成よりも自由で優雅な生活を送っていた。
そんなある日、景月からの要請で月夜は花井町の関所まで出向くことになった。普段の彼女なら出向くことは無かったが、餌やブラッシングの礼の一つと考え、この要請を受け入れた。ただし、琥珀や千影は連れて行くことは拒否し、二頭は月夜がいない間、拠点からも離れることになった。
そして、月夜はそこである男と出会うことになる。
「おっ!この子が彼の従魔っ、ぶへっ」
会って早々飛びつくだけでなく、魔力もまともに扱えぬ小僧の従魔呼ばわりされたことに、少し不快に感じた月夜は容赦なくその頭を前足で抑え、尻尾で足を払い押し倒した。
「…先程言ったはずですよ、殿下。彼女は仁成君の従魔ではないと。謝れば放してくれますよ。たぶん」
「そうですよ。さっさと謝って下さい」
護衛達は慌てて動こうとするも、それらを押し退けて月夜の世話係の女性隊員が男の元に集まり、呆れた顔で制圧された隆愛を見下ろしていた。
景月の元に出向いた足で、そのまま花井町に向かった隆愛は、彼の希望通り仁成と共に暮らしていた魔獣と会うことが叶った。
「わ、悪かったよ。仁成君の主人だったね。悪かった。この通りだ」
素直に女性陣の指示に従った隆愛は、その後すぐに解放されたが、月夜からは距離を取られることになってしまった。
「失敗したなぁ」
そうぼやきつつも、隆愛は何処か嬉しそうに服に着いた土埃を払った。
『やぁ、初めまして。僕の名前は隆愛。姓は無い。この国の皇族に名を連なる者だ。君の名前は月夜であっているかな?』
突如、目の前でぼやきながら土を払う男から飛んで来た念話に、月夜は警戒を強める。同時に琥珀たちを連れて来なかくて正解だったと安堵もした。
『あれ?届いてないかな?』
『…届いている。まさかあの小僧以外で我と話せるものがいようとはな。確か、念話だったか』
隆愛と名乗る男は器用に護衛達に軽く叱られながら、月夜との念話を続ける。そのあまりの自然体な様から、念話を呼吸と同じレベルで使いこなしていると月夜は感じた。
『あぁ、安心して欲しい。君と話せるのは撲を除いて一人くらいしか知らない。その人も君に害を成すような人じゃないよ。どちらかと言うと君のことを気に入ってた。他にも一応使い手はいるけど、魔獣と話せるほど念話を理解していないし、植物限定なんて珍しい人もいる』
『ほう。そのもう一人とは、小僧の中にいるナニかの事か?』
『あれ?知ってたの』
『いや、確信はない。話したことも無ければ、会ったこともない。小僧とは違う気配を度々感じることがあった。特に小僧が魔力を集中させようとする時、自身の再生力では癒せぬほどの怪我を負った時だ。…あぁ、なるほどな。小僧が念話を使えるのも、そのナニかのおかげだな』
月夜と隆愛の念話での密談の傍ら、護衛が月夜の前にケースを置き、その中に並べられた偽物の枷について、隆愛は念話を続けながら自ら説明を始めた。
『なら話は早い。数ヵ月前、君達を拉致しようとした部隊の事は覚えているかな?」
『あぁ、あの猿共か。生き残りでもいたか?』
『その生き残りの手によって、仁成君が亡くなった』
月夜は枷の説明を受けると、それを地面に置き前足を乗せて魔力を流す。説明の通り、ただ光るだけでその他の嫌な気配は感じられなかった。
そして全身に魔力を隙間なく行き渡らせた月夜は、軽く枷を前脚に嵌めて魔力を流す。
『確かに光るだけ...小僧、極々弱いが何か違和感があるぞ?これは何だ?』
『聞いてた?』
驚くどころか平然と枷を嵌めてその性能を確かめ始めた月夜に対し、隆愛は逆に驚き、少し声が上ずってしまう。
幸い、周りにいる月夜達の世話をしている女性たちや、他の隊員、そして護衛達も同じように驚いていたため、不審がられることは無かった。
『聞いている。それより先にこの枷だが、何を隠している。吐け小僧』
『えぇ~。彼よりそっちの方が大事なの?』
『これは我らが町の外に出るために必要な物だ。何故あの小僧の方が大事だと思うのだ。阿呆か』
「『…何だか可哀そうになって来たよ。望月教授は分かる?』その枷は光る以外に、君達の居場所が分かるようになっている」
『あぁ、雷神だったか。大層な二つ名だが、確かにそう呼ばれるだけの魔法使いであったな』
『(ははは、教授は魔人を除けば、上から数えた方が強い方なんだけどなぁ)その教授と撲とで、位置特定術式を改造して従属術式に偽装している。他の無害な術式でも試したけど、今はこれが限界なんだ。それと、外に出たければ、位置特定は受け入れてくれ』こればかりは安全上の理由から外せないんだ。それと光の強弱を調整が出来るよ。うおおおおお。ちょっと~、使いこなすの早すぎいいいい」
説明を聞いた月夜は、遠慮なく最大光量で腕輪型の枷を光らせた。その不意の輝きに隆愛含む全員が怯み、目を手や腕で隠した。
『ふむ。面白い。狩りにも使えそうだ。普段は光らない様にも出来るのだな』
「あぁ、もう。試すなら何か合図出してよ。『彼の話、続けていいかな?』あと嵌めた時に気付いたと思うけど、素材も厳選して伸縮性を持たせてる」
『好きにしろ』
『はぁ。本当に可哀そうだね。さっきも言ったけど、彼は亡くなった。けど、彼の中にいた彼女が癒したことで、身体だけは生きてる』
『身体だけ?』
『そう身体だけ。魂は天に昇った可能性が高いけど、この世を彷徨っている可能性もまだある。つまり、生き返る可能性があるってことだ。ただ、問題は長く魂と身体が離れていると、つながりが薄れ、戻れなくなることもある。もしくは、魂と身体が分離しやすくなって、違う問題も出て来る』
『ははははは。あの小僧、外に出ても相変わらずだな』
『彼は次の満月の日、火葬される。魂が戻るまで待つ事ももちろん出来る。だけど彼女曰く、彼の魂は既に現世から離れ、天に昇っている。その手前、僕達は三途の川と呼んでいる現世と天を繋ぐ場所に留まっているなら、還って来る事は出来るそうだが、そこにも彼の魂はいなかったそうだ』
『つまり、あの小僧は死を受け入れ、さっさと天に昇ったと。ならば、さっさと逝かせてやればいいだろう。何故しない?』
『それは僕にも分からない。彼女が生かした。ただ期限を設けてだけどね』
『それで、其方らは我に何を望む』
『あぁ、それはこっちが聞きたいんだよね。火葬後の事だけど、君はどうしたい?一応、幾つか案は用意してるけど。聞く?』
『話してみろ』
『一つ、今まで通りこの町の拠点に留まる。これからも協力してくれるなら、待遇もこれまで通り保証しよう。姿が消えたからと言って、敵対しなければ追う事もしないし、討伐もしない。ただし、町の外で確認された場合は討伐する。二つ、第20旅団の従魔となる。これは偽の枷を使わせるわけにはいかない。正規の枷で安全は確保させてもらう。三つ、彼女の従魔となる。三つ目が一番おすすめだよ。彼女は少し立場が特別でね。枷もそれを使っていい』
『ふむ。まぁ、考えておこう。二つ目は選ばぬが、一つ目と三つ目に関しては一行の余地があるだろう。用は終わりか?』
「『伝えておきたい事は伝えたよ。…立場的に、君の様な賢い魔獣を放置する訳にはいかない。だが、互いに協力できるなら、そうしたいと思っている』さて、子供達の分は預けるから、君達で嵌めてくれ。彼女が確認したいなら、させてやれ。僕はそろそろ戻らないと叱られそうだからね」
終始、念話と同時に通常の会話もこなして去る隆愛に、月夜は疑いの眼差しを向けたまま見送る。
隆愛は枷は偽物だと言っていたが、月夜はその言葉を信じていない。ただの勘だが、他にも何か隠してある。だが、今はこれでいいと納得し、隆愛に背を向けて歩き始めた。
「絶対バレてるよ」
隆愛は帰って早々、京都洛外の一角にある日ノ本魔導大学の研究室に足を運んだ。そこで和彦に枷を届けたことと、月夜に会ったことを報告していた。
隆愛は皇族だが、その立場は公にはされていない。大学では瀧川隆の名を使い、世にも珍しい完全魔力喪失症の研究のために、学生兼研究助手として和彦の研究室に所属していることになっている。
「ははは。彼女は賢かっただろう?仁成君が言葉を教えていたそうだ。子供達も彼女ほどではないらしいが、分かるらしい。あと、これは私の勘だが、文字も読めるはずだ」
「…教授、やはり」
「あぁ、おそらくね。あの忌まわしき研究『人口魔人開発計画』の生き残りの可能性がある。それも聖獣を用いた個体かもしれない」
「典孝元外親王か…。彼は亡命後に亡くなったとされてますが、生きているでしょうね」
「あぁ、彼とは大学時代の同期で親友だった。魔法士の才は平均的だったけど、魔力操作は群を抜いていたし、座学でも彼は私より優秀だった。将来は優秀な研究者としての道が約束されていたよ。その頃はまだ、外親王の称号を持っていたから、確実に大学に籍を残せていたはずだ。けど、後に皇族からも籍を除外され、称号も剥奪された。それが関係しているかは分からないけどね。大学から卒業後について何か言われたらしい。外圧があった事は容易に想像がついたよ。それに幼少時から、周りからは不義の子として、母親と共に相当酷い扱いを受けていたそうだ。その事を恨んでいたかは分からない。だがそれで、彼の行ったことが赦される訳じゃないのも確かだ」
皇族最大の汚点とも、禁忌の実験とも呼ばれる計画があった。
その名も『人口魔人計画』。
月夜を含む数多の人口魔物生物は、人体実験以前に造られた実験動物であり、それを主導していたのが典孝元外親王だった。
彼は魔蔵こそ持って生まれたが、神の加護により神通力を持ち合わせていた稀有な人物だった。だが、成長と共に神通力は徐々に失われ、残ったのは一般的な魔法士の才のみ。
そんな彼が、禁忌とも呼べる実験に手を染める切欠になったのは、母の死ではないかと言われている。
当時、既に生家からも見放されていた二人は、その事を憐れんだ下級華族からの支援を受けて庶民程度の生活は出来ていた。
しかし、大学卒業を待つばかりとなった典孝の元に、朝廷から報せが届く。その報せは、彼の称号剥奪と皇族からの除籍だった。
その知らせを受けた母親は心労で倒れると数日で帰らぬ人となった。
典孝は世話になっている華族の支援で小さいながら母の葬儀を執り仕切ると、その数日後には親友である和彦にも別れを告げず、また大学卒業も待たずに行方を眩ませた。
その後の彼の足取りはほとんど分かっていない。唯一分かっていることは、この行方不明の間に、日ノ本と大戦時に敵対していた大陸国家と接触していたこと。彼が何時頃、人口魔人の開発に手を染めたのか、またどこまで大陸国家と繋がっていたのかは、今だに詳細は伏せられている。
「これは僕の想像だけどね。彼自身が魔人になるつもりで研究を始めたんじゃないのかなと考えている。彼が口癖のように言っていた言葉がある。「俺にも君の様な才があれば」とね。当時の私は雷神の二つ名を下賜され、少し浮かれていたかもしれない。彼はどんな目で私を見ていたかも憶えていないくらいだ。若かったとはいえ、愚かだったと今でも当時を振り返る度に思うよ。とはいえ、所詮は一学生の庶民でしかなかった私に、彼の家庭の事情に首を突っ込む事なんて出来るはずもなくてね。何もしてやれなかった。それでも彼は、姿を消すまで私を親友と言ってくれた。私も同じだ。今でも彼のことを親友と思っている。例え、あの悲惨な事件を起こした人物とは言えね。…典孝と最後に会ったのは、彼が亡命する前日だ」
和彦の学生時代を想い懐かしむ横顔は、何処か切なく、そして後悔の念を感じさせる。
「通報はしたんですか?」
「いいや。会ったことを話したのも君が初めてだよ。妻にも、誰にも話したことは無い。彼は学生の頃の様に気軽に会いに来た。よく一緒に飲んでいた安酒を手に持ってね。それを一杯だけ。そう一杯だけ飲みながら、昔話に花を咲かせた。学生の頃に戻った気分だったよ。同時に、これが今生の別れとなるんだろうと、何となく察した。だから、何も言わず、ただ少し背を押して、笑顔で彼を送り出すことにした。実際はぐしゃぐしゃに泣いていたけどね。軽蔑するかい?」
和彦の視線の先に、様々な高級銘柄が酒瓶が並ぶ棚がある。その中に一本。そこらのスーパーでも売っている低価格が売りの酒瓶が飾られていた。
目を凝らしてよく見れば、中身は半分以上残ったままなのが分かる。
それを見た隆愛はただ首を横に振った。
「いいえ。この事は僕の胸の内に留めておきます」
「悪いね。若者を共犯者にするようで」
「いいえ。これでも継承順位二位です。教授にはお伝え出来ない隠し事が一杯あるんですよ」
「まぁ、当たり前だね。僕は所詮庶民出の外様朝廷議員だ。知らされていない事など山ほどあるだろう。それに対して憤りを覚えることは無いから安心しなさい。これでも五十年以上の人生を歩いて来た先輩だからね」
「そこは疑ったことは無いですよ。だから、あなたに彼の所持品を託したんですから」
「…仁成君は助かりそうかい?」
「まだ何とも言えません。意識不明のまま、このまま目覚めないかもしれません」
「そうか…。彼とは面白いことが出来そうだと、内心ワクワクしながら待っていたんだけどね」
「例の鎧魔改造計画ですか?」
「あぁ。これを見ても分かるが、彼の頭の中にはこれ以上の案が有る筈だよ」
和彦の机の上には、仁成がこれまで書き溜めたメモやノート。その中には魔力や瘴気、魔物についての考察から、魔導鎧の素案が数体分。その他に仁成のいた世界について書かれたものまである。
一般的に魔導鎧は五つから八つの規格の中から、使用者が自分の体格に一番合う大きさを選び、微調整を行う。軍の魔導兵も一部のエースを除けば、この方法で魔導鎧は支給されている。それに対し、一部の魔人や魔法士は完全オーダーメイドが認められており、和彦の雷雲もその一体である。
だが、仁成のメモやノートには、同じ朧でも指揮官用や格闘、射撃、砲撃など様々なアタッチメントにより形態変化を持たせるなど、複数の案が載っていた。その中でも特に面白いのは、一般兵でも使える簡易鎧の制作案である。
そのメモの端には、ゆくゆくは介護や建設現場などの重労働現場でも使える物の開発を目指すことが書かれてある。そして同じ個所に、何故もっと汎用化を目指さないのかと疑問を問う声も書かれてあった。
魔導鎧は魔法士や魔人が身に付ける物。その概念が邪魔し、今まで研究もほとんどされていないことに気付いた和彦は、仁成の汎用化と言う文字に衝撃を受けた。
そして、自分は今まで何をしていたのかと反省させられた。
「汎用化とはつまり、特定の使用に限定されていた物を、幅広く使用できるようにすることを指す。魔導鎧に関していえば、私達は使用者の魔力を増幅させる方向で解決した。だが、今だに一般人が使うには必要な魔力が多く、各装置の小型化も行き詰っている。そして仁成君の思想は全く逆だ。必要な魔力をいかに減らし効率化するか、そして小型化による汎用性と生産性、コスト削減など、引き算の思想だ。この中には電力と魔力を併用する案など、まだ絵空事だがかなり現実的な解決策も書かれていた」
「これは彼の世界では当たり前なのでしょうか?」
「それは本人に聞いてみる他ないだろう。私宛の手紙には『同じ民族なんだから出来るでしょ』と書いてあったよ」
「ははは。同じか」
「このメモのおかげで、新たな視点を得た。すぐにとはいかないかもしれないが、実現できると言われたなら、挑戦するしかないだろう」
「これから忙しくなりますね」
「あぁ。幾つかの研究を知り合いに振り分ける必要もある。出来れば春までにその辺りを整理し終えようか」
机に広がるメモを楽し気に読み始める隆愛。既に何度も読み返しているはずだが、彼は和彦同様に飽きることがないらしい。
魔力を一切持たず、皇族でも随一の神通力を持ちながら、魔導学に傾倒する異端児。それを弟子に迎えた和彦もまた、異端と言えるかもしれない。
「(典孝。君にもこのノートを見せたかったよ。君なら、これからどんな発想を得るか聞かせて欲しかった。君は今、何処にいるんだい?)」
陽の時間が短くなり、暗くなり始めた夕刻の空を見上げ、和彦はもう会えない友に思いを馳せる。
そして、ひたむきに魔導を追い求める弟子の姿に友の姿を重ねた。
今度は決して見捨てない。
そう固く誓う和彦だった。




