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ただの人也。  作者: 梅酒
彷徨う魂
30/51

030「華の都 10」

 仁成は真っ白な世界にいた。

 何処を見渡しても何も無い。大地も無く、空も無い。雪よりも、光よりも白い世界。

 浮いているのか、それとも立っているのかさえも分からない。

 だが、仁成は歩き続けていた。何時から?そんな事は解らない。

 ただ、周りの景色が変わらないからか、自分が本当に進んでいるのかさえ分からず、まるでルームランナーの上を歩いているような感覚で進み続けていた。

 そんな終わりの見えない真っ白な世界を、仁成は歩き続ける。


 どれほど歩いただろうか、数時間?それとも一日?。時間の感覚さえ分からない世界で、仁成は疲れることも飽きることも無く、何故か歩き続けていた。

 そして何時の間にか、彼の目の前には市役所などで見られる事務カウンターがあった。そして役人然としたシャツに身を包み、見慣れたパソコンを睨みながらキーボードを忙しなく叩く男が座っている。

 それはこの白い世界に来てから初めて出会う人と音。そして白以外の色だった。

 仁成の脚は自然にその男の元に向かう。そしてカウンターの手前で脚が止まった。

「もう来たのか。悪いが、処理が終わってないからまた来てくれ」

 気配を感じたのか、気難しそうな眼鏡の男は仁成を一瞥だけすると、すぐにまたパソコンに視線を戻し、キーボードを叩き始める。

 仁成はそれに返事をする事も、抗議することも無く、元来た道とも呼べない白い空間に向かって歩き始めた。


「まだ終わってないって言ったでしょう!何度も言わせないで頂戴」

 何度目だろうか。仁成がカウンターに到着する度、そこに座る役人は違うが同じ事を言われ、追い返される。そしてまた回れ右をして、歩き続けることを繰り返していた。


「あぁ~、悪い。まだ終わってねぇんだ。ちょっと処理がお前さんの場合、面倒でな。何度も追い返して悪いが、また後で来てくれ」

 また同じ事を言われ、再び引き返そうとした仁成に変化が少し生まれた。

 ほんの少し、勝手に回れ右を始めた身体が抵抗し、一瞬止まる。だが、すぐに何時もと同じ様に歩き始めた。


 それからも同じことが何度も繰り返され、たまに動きが止まる。

 それを繰り返していくうちに、徐々に仁成の中に何かが生まれた。


「…また後で」

 今度の役人は何ともやる気のなさそうなダウナー系美女だった。

 そしてその女も、これまであって来た役人と同じことを告げると、仁成から目を離した。

「…?まだ終わってないから。後で来て」

 なかなか去らない仁成を不審に思った女は、少し口調を強めに同じことを告げる。だが、何故か仁成はその場から動かなかった。

「…はぁ。こちら××××××。はい、例の…えぇ、そうです。えぇ、はい、はい。分かりました」

 女はカウンターに備え付けられた電話で誰かに連絡を入れると、少しの間その相手と話し、受話器を置いた。

「えいっ」

 受話器を置くと同時、女は躊躇なく仁成に向かってテイザー銃に似た拳銃を向け、仁成の眉間に何かを打ち込んだ。

「…よしよし。後で来て」

 女が再び仁成に告げると、彼は大人しくそれに従い、白い空間に戻って行った。

「やれやれ。本当に面倒ね。こっちも暇じゃないってのに。次~」

 女がそう告げると、彼女の前に仁成とは違う人間が姿を見せる。

「え~と。あんたは左に進んで。そう真っ直ぐ進んで。次~」

 そうして、次々と現れる様々な人や何かを左右に振り分ける作業が進む。やがて女が姿を消すと、何時の間にか男がそこに座って、女と同じ作業を始めた。



 ダウナー系美女に何かを打ち込まれた仁成は、再び白い空間をひたすら歩き続けていた。

「ここが俗に言う三途の川とかあの世なんかなぁ」

 これまで仁成に意識は無かった。断片的な記憶はあるが、そのどれもがピンボケし、はっきりと映っていない写真に似て、真っ白な背景の中にポツンと何かがある事しか分からない。

 また歩くことを止めようとしても、自分の意志に反して脚は止まらず、歩みが止まることも無かった。

「確か三途の川を渡るのに必要な船賃は六文銭とか言われてたけど、現代価値にすると何円くらいになるんだ?てか、持ってるかも怪しいんだけど。それに川は何処にあるんだ?」

 変わらない景色に進んでいるのか、それともその場を歩き続けているのか分からない状況でも、仁成は何故かそれを受け入れてた。

「あぁ、そうか。ここに居るってことは死んだってことだよなぁ。そうか、死んだのか。う~ん、思い出せん。まぁ、いいか」


「そこの君」


 音も色も匂いも無いただ真っ白な世界で、仁成の耳に声が届く。

 脚は止まらず声のする方に顔だけが向くと、そこには何時の間にか隣を歩くスーツ姿の男がいた。

「あ、どうも」

「…はぁ」

 返事を返した仁成を見て、男は大きな溜息を吐いた。

「どしたの?話し、聞こうか?」

 そんな男に対し、仁成はよくあるフレーズで問い返すと、再び男は溜息を吐いた。

「…君。××××××××であってる?」

「なに?その……」

 聞き慣れない名前らしき言葉に、聞き返した仁成は言葉を詰まらせる。彼では発音するどころか口に出すことも出来なかった。

「あぁ、もう大丈夫。分かったから。とりあえず、このまま歩き続けて、もし誰かにあっても話しかけず、話しかけられても返事もしてはいけないよ。脚が止まったら引き返して。分かったね」

 そう告げた男は、仁成の返事を待たずに姿を消した。

「…?何だったんだぁ」

 男が姿を消した瞬間から、仁成の記憶には男が最後に告げたこと以外が消える。顔も背丈も、どんな服を着ていたからも。覚えているのは「歩き続けろ」「誰とも話すな」「引き返せ」の三つだけ。

 仕方なくと言っても、止まろうにも止まらない脚の向くまま、仁成はその後も歩き続けるのだった。


 男の忠告通り、役所の受付の様な場所に行き当たる度に、話しかけて来る様々な男女の言葉を無視して引き返し続け、既に100往復くらいは軽く超えた辺りで、なんだか面倒になって来た仁成は強く止まれと念じた。

「あれ?」

 それまで何度試しても止まらなかった脚が急に止まる。だが、相変らず視線も動かせないし、手も動かせない。

 ただ、また歩こうと意識すると脚は勝手に動き出した。

「分からん」

 再び歩き始めた脚に止まれと何度か試すも、先程の様に動きが止まることは無かった。それでも、仁成は何か変化は起きないかと何度も繰り返す。

 そうしていくうちに、何時の間にかまたスーツ姿の男が隣を歩いていた。

「遅くなったね。あぁ~、もしかして止まった?」

「・・・」

 だが仁成の口は開かない。男に言われた通り「誰とも話さない」ことを強いられていた。男は自分が言ったことを思い出したのか、少し照れ臭そうに話しかけてきた。

「忘れてたよ。返事してもいいよ」

「一回だけ、止まった。まずかった?」

「一回か。なら、まだ大丈夫か。君に起こっている事を説明するよ。けど、絶対に脚を止めないで。いいね」

「分かったよ」

 脚を止めるな。おそらくそれも今の仁成の状態に関係しているのか、男はかなり強調して仁成に告げた。

「君は世界を偶然でも必然でもない方法で渡った。君に解りやすく言えばシステムエラーと言えば分かるかな?」

「バグか…でもそれな偶然とも言えそうだけど?」

「偶然と必然は、どちらも運命の中にあるものなんだよ」

「へぇ~。じゃあ、必然も偶然であり、偶然も必然ってことか」

「そうだね。必然は一つしか用意されていない偶然であり、偶然は用意された選択肢の一つでしかない。君は本来、生まれた世界で生を終えるはずの魂だった。だけど、君は用意された選択肢から逸脱し、別世界に渡ったことでどちらの世界においても、()()()()()()()という矛盾を孕んだ命になった。ここまではいいかな?」

「うん。要は無国籍状態ってことね」

「おっ、いいねそれ。その例えを使わせてもらうなら、国籍は今だ生まれた世界にあるのにいない。逆に国籍がないのにこちらの世界にいる。それが今の君だ。そしてここはこちらの世界を含む、幾つかの世界の魂を管理する場所だ」

「まさかの管轄外だったかぁ」

「そうなんだよ。だから僕達も困ってるんだ。国籍を移せないか試してはいるんだけど、君が世界を渡ったことで異変が生じていてね。二つの世界で本来生まれるはずだった命や、死ぬはずだった命が生き延びたりと大変なことになってる。その調整に手が掛かって、君にまで手が回らない」

「あちゃ~。俺どうなるの?」

「このままだと消滅させることになるかな。だけど、それはそれで困ったことになる。君は消滅させる魂のリストには載っていないし、何れはあちらの世界の輪廻に戻すか、もしくは国籍を移してこのまま此方の輪廻に載せる予定だったんだ」

「ところがどっこい。俺がいきなり死んじゃった」

「そう、君は死んだ。世界に留まってくれればもう少し違う対処も出来たけど、君は此処に昇って来た。地獄に送ることも出来たけど、それは向こうから断られた。何を根拠に自由を与えればいいか分からないからだ。転生させようにも国籍がないから、次の命の準備も出来ない。現場はさらに混乱中だ」

「ありゃ~。そうなんだ。気付いたらここに居たからさ。魂を元の世界に戻せないの?」

「それも難しいんだ。向こうは国籍があるけど、君の存在は既に世界から居ないと認識されてる。逆にこちらの世界では国籍がないのに、認知されててね。これもバグの様なものなんだけど。それを治すとなるとまた別の命がね…」

「あぁ、別のバグが発生するかもってやつか。その~、なんか申し訳ありません」

「いやいや。君の責任じゃないよ。それで提案なんだが、君の国籍を一度抹消し、此方の世界で作り直そうと思う。いいかな?」

「…そうするとどうなるの?」

「君は二度と生まれた世界に戻ることは出来ない。そう調整がなされる。例え、君が今生で世界を渡る術を身に付けたとしても、君は此方の世界から出る事は出来ない。君がこの提案を受け入れてくれた時点から、彼方の世界は君がいないことを前提に輪廻の調整が行われ、こちらも君がいることを前提に輪廻が調整される」

「そっか…」

「この提案を受け入れてくれれば、君の家族には何らかの形で君の死が伝わる様にする。約束しよう」

「…わかった。その提案を受け入れます」

「ありがとう。それで、まだ歩き続けて欲しい。それと、どうする?」

「どうするとは?」

「あぁ、伝えてなかったか。君の魄、つまり身体はまだ生きている。君がまだ今生を謳歌するなら戻れる。戻らないなら、次の転生先を準備するけど」

「あぁ、それでさっきも今生って言い方したんだね。う~ん。まだやりたいことあるし、綺麗なお姉さんで筆卸しも終わってないし、戻ろうかな」

「分かった。ならそれで調整しよう。さっきも言ったけど、歩き続けて。決して止まっちゃだめだよ。あと話しかけられても」

「返事をしない。脚が自然に止まったら引き返すでしょ」

「そう。それを守ってね。じゃあ、準備が出来たら迎えに来るから」

 男は仁成の隣から姿を消し、仁成はまた一人になる。

 そしてまた、いつ終わるとも知れないただ往復するだけの散歩が始まるのだった。



 仁成の火葬がされるその日、洛中にある朝廷議会では望月和彦による花井町の超常現象が語られ、仁成が集めていた遺物の返還も同時に滞りなく行われた。

 そして議会が閉幕後、数人の朝廷議員は和彦に案内され、洛外からも外れた山中に足を運んでいた。

 暗い山道を歩く顔触れは、織田家当主を始めとした仁成から無償で家宝級の遺物を返還された家の者達。

「それで、ここで何が行われるんだ?」

「火葬だ」

「火葬?誰の?」

 和彦は信定の問いには答えず、黙したまま案内を続ける。彼らがいる場所は皇族が所有する山林。その中腹に目的の場所があった。

 道中の山道には等間隔に足元を照らす篝火と共に、完全武装の魔導兵が配置され厳戒態勢が敷かれていた。

 ただひたすらに足を動かすだけの時間が過ぎると、一向は中腹にある少し開けた場所に出た。

 広場を見渡した信定達は、そこにも完全武装の魔導兵の小隊が配置されていることに気付き、これから行われる火葬がただの火葬ではないことを悟る。

 改めて広場を見渡せば、中央には供え物が置かれた神棚と、その奥には直径3mほど大穴が掘られているのが見えた。

 信定達は落ちない様にその大穴を覗き、5mほどの深さの底に寝台が置かれているのを見つけた。

 その周りには横穴が全部で八つ開けられ。それらを辿ると大穴を囲むように少し離れた場所の地面に繋がっている様に見えた。

「周りの穴と繋がってる。そこから魔法で火と風を送るんだよ」

 和彦が横穴の用途を説明すると、信定を含め首をかしげていた面々は納得した顔で頷き合う。

 和彦の言った通り、その小さな穴から魔法で火と風を送り、深く掘られた穴の寝台に寝かされる仁成の魄を灰にする予定となっている。

「それで遺体は?」

「あぁ、そのうち此処に来るだろう」

「来る?何だその言い方は、まるで自分から歩いて来るかのような言い方だな」

「ははは。まぁ、待ってれば分かるよ。すぐに始まるだろうから、神棚の前に位の高い順に並んでくれ」

 信定の問いをはぐらかし、和彦は綺麗に整地され引かれた線に沿う様に、一人一人丁寧に案内を始める。

 信定達はその態度に少し不満を募らせるも、それに従った。天皇から直接参加する様に言われた手前、無下にも出来ないという事情もある。

 それを知ってたか知らずか、和彦は淡々と事を進めた。

 もちろん和彦も全てを知っている訳ではない。

 仁成の所有物を託された関係者ということで、特別に仁成の現状を知らされている。もちろん女についても。ただ、その正体までは知らないし、会ったこともないし、言葉を交わしたこともない。

 だから、彼自身も信じ切れていなかった。

 そして、この火葬に参列が許可された者は、天皇が信を置く家の者の中でも、特に口が堅いものだけに限られていた。

 議員一同が並び終え、その背後に軍服に喪章をつけた関係者が並び始める


「集まったかな?」


 そこに継承権を持ちながら魔導学に傾倒する異端の皇子こと隆愛と、ベンチコートに身を包み顔も面で隠した謎の人物が姿を見せた。

「隆愛殿下?何故ここにおられるのですか?それにその者は?」

「あぁ、僕が火葬を執り仕切ることになっているんだよ。それと、彼の事は気にしないで。僕は最後の準備があるからこれで」

 この火葬を執り仕切ることになった隆愛は、前日からこの山中に滞在しており、今朝早くに到着した仁成をテントに迎えて待機していた。

 日ノ本の男性皇族は、生まれながらに神職についている。神学校に通うことはないが、幼い頃より神職の知識と儀式の作法や取り決めを教え込まれ、各地の大きな神事には必ず誰かが参加することになっている。

 この火葬は女の助言通り、日ノ本の神々に仁成の魄を異世界に届けてもらう願いも込めねばならない。そのため神事も兼ねて火葬を執り行う必要がある。

 そういった事情から、神職であり、女についてもある程度事情を知る隆愛が選ばれた訳である。


 続々と参列者が並び、最期の一人琴音が並び終えると、隆愛の護衛兼神事の補助を行う袴姿の男が、参列者に注意事項を述べ、それが終わると同時に仁成の魄を届けるための神事と火葬が始まった。



 時刻は既に陽が落ち、闇夜に輝く星空が満ちる刻。

 秋が過ぎ、頬撫でる風が刺し始めた夜の寒空の下、広場には篝火が煌々と焚かれ、神棚の前に立つ隆愛による祝詞が始まる。

 神事を執り行う隆愛は正装を纏い、普段の軽い口調からは信じられないくらいの、力強く、去れど澄み切った通る声で祝詞を詠み上げていく。

 参列する者達は少し首を垂れ、静かにその祝詞を聴く。

 その中でただ一人、仮面をつけた謎の人物だけは神棚の奥、火葬場となる大穴の縁に立ち、背後から詠み上げられる祝詞を静かに聞いていた。

 その事に疑問を持つ者はいたが、隆愛が一切気にせず神事を始めたため、彼らは首を少し垂れた姿勢で祝詞が終わる時を待った。


 日ノ本の皇族は基本的に魔力を持たない。その代わりに神通力を持ち、魔を祓う力を有している。この力は魔力とは全く違う力であり、使い方次第では魔法の様に火や雷を生み出すことも出来る。

 ただ魔力の様な純粋な力ではなく、日ノ本神話に語られる神々からの祝福や加護の賜物であり、皇族以外にも高名な神官にも持つ者はいる。

 ただ、古来から続く皇族ほどの強い加護を持つ者は早々おらず、現代ではその数も減少している。


「(ふむ。童にしてはよく使いこなしておる。余程加護が強いか、大神に愛されておるのだろう。一句ごとに力強く言霊が乗っておる。これならば、童の魄の灰も届けて下さるであろう)」

 刻一刻と迫る終りと始まり。女は終ぞ至ることが出来なかった白世に思いを馳せ、仁成の次生が実り豊かな物であることを願った。

 そして、背後から聴こえる祝詞が途切れると、ゆっくりと最後の一句が詠みあげられた。

 それを合図に、少し離れた位置で待機していた魔導兵が女と穴を囲むように配置に着く。そこは丁度横穴に繋がる穴が掘られている地点だった。

「では、行くとするかの」

 女は来ていたベンチコートを脱ぎ捨て白装束姿になると、ふわりと宙に浮くようにその身を大穴に投げた。

 その後ろではどよめきが起き、大穴に近づこうとする足音が続く。だが、それを隆愛の神通力の乗った言霊が遮り、足音は止んだ。

 女はそれを背後で感じつつ、笑みを浮かべる。

 そしてゆっくりと寝台に降り立つと、仁成の魄を仰向けに寝かせた。

 その身体には満月からの光が注がれる。


「始めよ」


 何処からともなくする声を合図に、待機していた正装に喪章をつけた魔導兵が八人。それぞれ目の前にある穴に向けて、火と風の魔法を紡ぐ詠唱が始まった。

「和彦。これはいったいどういう事だ」

 隆愛の言霊で身体を縛られた信定達は、すぐ隣で静かに見守る和彦に問いただす。

「火葬だと言ったはずだよ」

「ならば何故、生きた者を火葬にかけようとする」

 信定の和彦を問いただす声は強く、焦りの色が見えた。

 だがそれも仕方ない。彼らからすればどう見ても、生きている人間が火葬場に飛び込んだようにしか見えないのだから。

 その周りにいる信定と同様に、詳細を聞かされぬまま参列した議員も、和彦に視線を集中させた。

 

「タダノヒトナリの火葬だ」


 告げられた名に、信定を始めとした議員は目を見開き、言葉を失う。そしてゆっくりと神棚の奥に見える大穴に視線は向けられた。

「冗談…」

「冗談ではないよ。京近郊に瘴気が発生したあの日、あの場所で、タダノヒトナリは命を落とした。第四師団の魔導兵部隊の生き残りの手によってね」

「待て、それは半月も前の話だぞ。それに今飛び込んだのがタダノヒトナリ?生きている様にしか見えなかったぞ」

「生きている様に見えるだけで、タダノヒトナリはすでに亡くなっている。あれは本当に躯なんだ。彼の身体を生かし、動かしていたのが誰なのか。それは私にも分からない。だが、私よりも遥か高みにいる魔導師であるという事だけは分かる」

「…陛下はこのことを」

「知ってるよ」

 和彦の代わりに、神事を終えた隆愛が列に加わり答える。

「殿下も御存じなのか」

「もちろん知ってるさ。君達に下げられた遺物は、彼の遺言によるものだ。スマホだったかな。あちらの世界の技術が詰まった機器を伯父上に献上する旨もね」

「…だから陛下は我らに参列せよと」

「でも、口が堅く信を置く家の者だけに限ったけどね。君達には教授が預かった遺物やスマホ。それらの解析と研究に力を貸して欲しいのさ。今回は後れを取ったけど、これまで中立だった家もこれを機に少しは此方に流れるだろうしね」

「まさか、あちらの家々の遺物がなかったのは…」

「あぁ、わざとだ。遺物がない家ももちろんあった。けど、それらの家で中立もしくは左寄りの中立の家には、優先的に他の遺物を譲渡した。そして、あちらの遺物は全て、海外でオークションに賭けられる。と言うか、今頃アメリアやヨーロピアを中心に競りに賭けられてる頃だよ。これも彼の遺言通りだよ」

 信定達はようやく、今回の議会が最初から茶番だったことに気付いた。ならばどこからどこまでが本当の事なのか、その疑問が残る。それが顔に出ていたのか、隆愛は彼らを一瞥した後、丁寧に画衣装を繰り返す魔導兵を見詰めながら口を開いた。

「あれら遺物が、花井町で見つかったことは確かだ。だが、面白いことにね。彼以外に遺物を見つけることが出来なかったんだ。彼を保護した後、密か彼が行かなかったエリアを徹底的に捜索させた。だが、一つも見つからなかった。なのに、彼は花井町の拠点に居る三日ほどの間に二つも見つけた。それも拠点内でだ」

「つまり、あの話は餌と言う訳ですか」

「そうだね。もし見つかったとしても、それはそれで構わない。今回の件で色々と足を出してくれたからね。それらを使って没収してもいいし、議会から永久に追放してもいいだろう。まぁ、それを決めるのは伯父上だけどね」

 それを最後に隆愛は口を閉じ、正面で上がり始めた炎に黙祷を捧げ始める。

 それに習う様に信定達も口を閉じた。

 そして満天の星空と満月が浮かぶ夜空の下、煌々と地上から空を照らす送り火に、感謝と共に若くして亡くなった異界の青年を悼もうと目を閉じた。

 そして、炎が上がって三分程でそれは起こった。


 広場を照らしていた篝火から、テントに付けられた明かり、そして仁成の魄を弔う炎。その全てが掻き消えると、穴から大慌てで這い出て来る仁成がいた。


「止めじゃ、止め。あの童め。どうやったか知らぬが、白世まで行ったにも関わらず、戻れるようじゃ。それならそうと、天の神々ももう少し早う神託を降ろせなんだのか。これでは、ただ我が焼かれただけではないか」


 這い出て来た仁成は、文句をブツブツと大きな声で呟きながら、神棚に置かれた清酒を、皆が呆然と見つめる中で煽り始めた。

 その姿は決して無事とは言えない。着ていた白装束も仮面も焼け落ち、ほぼ全身に中度以上の火傷を抱えている。酷い箇所は皮膚の下の筋組織が覗いている状態である。

「かぁ~、髪も全部燃えておるではないか。これを再生するのが一番難儀なんじゃがのう。これは飲まんとやってられんぞ。おい、そこの。まだあるじゃろ。持って来いっ。ついでに何か摘まめる物もじゃ。何をしとる。早うせぇ!」

 指を差された魔導兵は呆気にとられつつも、その剣幕に押されてテントに走り出した。

 それを機に、一同も動き出す。

「何があった?」

 仁成を囲むように集まった一同を代表し、隆愛が女に問いただす。

「どうもこうもないわ。あの童め。天から追い返されよった」

「いやいや。それだけじゃ分からないよ。詳しく」

「はぁ~。何処まで話して良いか…。あぁ、そうか。ならば良いか」

 女は返事を待つ一同他所に、何やらブツブツと聞き取れるか聞き取れないかの小声で独り言を呟き続ける。そして、独り言が終わると同時、女は周りを囲む者達の顔を指を差しながらテントに入る様に告げると、テントに一早く歩き始めた。

「なんじゃ?聞かぬのか?」

 動き出そうとしない面々に対し、女は苛立ちを隠そうともせず告げた。

 誰かは知らないが、これ以上怒らせるのは得策ではないと考えた和彦を始めたとした朝廷議員と、彼女の事を少しは知っている里香子と琴音。そしてここに居る誰よりも彼女のことを知る隆愛は、仁成の背を追ってテントに向かって歩き始めた。



 あれから仁成は、度々隣を歩くスーツ姿の男からの質問に答えつつ、歩き続けていた。

 一度だけ、その場で足踏みすればいいのではと思い聞いてみると、全力で止められた。

「ここは魂が一時的に寄る場所なんだ。う~ん、そうだなぁ。君に解りやすく言えば、路線が何本もある大きな駅と言えばいいかな」

「ここで行き先が分かれる訳か」

「そうだね。その認識でいいよ。だからここは、魂が定着しない様に創られている。留まろうとしても必ずいずれかの路線に乗ることになるだけど、君の場合はそもそも切符が買えない状態なんだ。つまり、ここに留まるほかないんだけど、そうなると消滅するかもしれない」

「あ~、止まっちゃダメってそういう事なのか。同じ場所に居続けるなってことね」

「そう、その通り。ただ歩き続けてるだけでも駄目だから、こっちで変化をつけてる。とりあえず今まで通り歩き続けて、誰かと会ったり足が止まったら引き返してね」

「了解。そういえば、俺の身体ってどうなってんだ?」

「君の身体なら…あっ!」

 突如、仁成の足元に黒い空間が広がると、そのまま吸い込まれる様に仁成は堕ちて行った。


「うわっ!ああああああああああああ」


 

 現世は年の瀬近づく師走。

 街は新たな年に向かって華を着飾り、人々は彩どり《いつわり》、欲に溺れていく。そして、許された自由を謳歌する。

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