025「華の都 5」
日ノ本皇国首都京都。その中心である洛中から外れているとはいえ、仁成の身柄を手に入れようとする政敵がいる首都に、景月は仁成の隠れ家を用意した。まさに、木を隠すなら森の中を体現する大胆な一手で味方さえも欺いた。
その結果、多くの者がいまだ仁成は花衣町にいると思い込んでおり、第20旅団が所有する施設に間者を潜り込ませていた。
だが、それが余計に仁成が花衣町にいると思い込ませる要因にもなっていた。何故なら、仁成が花衣町から出たことを知る者は、第20旅団の中でも上層部と直接関わった部隊のみだからである。
各施設にいる職員、士官を含む兵士達も知らされていない。
一歩間違えれば危険な状況だが、護衛に就く兵士達とは逆に仁成はこの状況を楽しんでいた。
元々仁成は親の仕事の都合で、地方の田舎を転々とする生活を送っていた。義務教育の間はそれこそ長くても一年、短ければ学期が終わる前に転校を繰り返していた。
友達を作ってもすぐに別れる。また転校先によっては、全く馴染めない事もあった。いじめの的になることもよくあった。
特に面倒だったのが、一学年の学生数がそれなりにいる田舎の学校。今でも仁成は不思議で仕方ないのだが、地方のそれなりに人口がいる田舎町は、変にプライドが高い大人や子供が多かった。おそらく、外の世界には此処よりもっと大きくて華やかな世界があることを知らないから。
逆に一学年に一クラスしかない様な田舎町や、多すぎて学年全員の名前と顔が一致しない地方都市では、いじめを受けた記憶はほとんど無い。あっても、さほど気にならない程度のもので、仁成が気付かなかったか無視できるほど軽いものばかりだった。
そんな生活を送っていたからか、仁成は他人とあまり関わらない人間に成長していった。
話しかけられれば話を合わせて会話は続けれる。休日に遊ぶこともある。
だが、知り合い以上友人未満に抑える。決して、それ以上踏み込まない。別れがつらいのはもちろんだが、それ以上に仁成自身が人との付き合いに疲れていた。
自分で自分を守るため、仁成が子供時代に身に付けた処世術だったのかもしれない。そして、同時に仁成は都会に憧れを持つようにもなった。
そんな達観した、あるいは枯れかけた仁成とは逆に、姉は違った。いつでもどこでも、すぐに友人を作り、皆の輪の中に溶け込める才能を持っていた。それを、仁成は今でも羨ましいと思っている。もし自分ではなく、姉がこの世界に来ていたらもっと違った形で、この世界の人間に溶け込んでいたに違い。自分とは違って。
だが、そんなことを想いつつも、自分で良かったと思っている。
仁成は知っている。一人になるのが怖い。だから姉はどんなに短い付き合いになろうとも友達を作るのだ。寂しがり屋で優しい。それが姉の本当の姿だと。
だからよかった。自分で。一人でも生きて行ける自分で。こんな危険な世界に姉ではなく、自分が飛ばされたことに安堵していた。
そして今、仁成は田舎のなんちゃって都会とは違う本物の都会にいた。
首都京都は大きく分けて天皇御所がある洛中と、それ以外の洛外で分かれる。洛中は御所を越える高さが禁じられており、三階建て以下の建物しか存在しない。
それとは逆に洛外の規制は緩く、大都市らしく高層ビルやマンション、大型施設が立ち並んでいる。
仁成は一度だけ京都の田舎に住んだことがあり、休みには洛外、洛中にも足を運んで観光したこともある。
その時の記憶にある景色と比べ、日ノ本の京都は東京や大阪と言った大都市の姿と重なるものがある。
「風情を捨てた華の都か」
隠れ家のマンションから眺める日ノ本の首都は、確かに華はあるかもしれないが、歴史ある町としての風情は時代と共に置き去りにされている様に映る。
「なんだそりゃ?」
仁成が清涼飲料水を飲みながら物思いに耽る中、その背後で筋トレで汗をかく一馬と里香子の姿があった。
普段仁成は隠れ家のマンションで、景月が手配した教師からこの世界と日ノ本の一般常識や知っておくべき法律や制度を学ぶか、マンション内にある練兵場で一馬と里香子の二人から護身術や武器術を習っている。
授業がない日は、京都内観光をしたり、里香子の並々ならぬ食への探求に付き合う形で、食べ歩きなどをしている。
そして今日はその授業も鍛錬も無い完全な休日。だが、二日前に周囲を警戒する護衛部隊が怪しい人物を目撃し、それを取り逃がした。安全を考慮して数日は外出の禁止を言い渡されたことで、仁成は暇をつぶすために二人が何時も行っている鍛錬メニューに挑戦してみることにした。
「いやね。あっちだと、京都って古都なんだ。正確には天皇陛下がいる場所が首都って扱いになるから、間違った表現なんだけどね。ただ、色々あって今は東京に移ってるから、首都は東京ってことになってる。んで、あっちの京都は景観を守るために建物の高さ制限があったり、昔ながらの街並みを残すために、勝手に建て替えとかできない法令が制定されてて、規制されてるんだよ」
「えぇ?じゃあ、高層ビルとかないの?」
「あるにはあるけど、想像するビルじゃないと思うよ。どれくらいかなぁ…。あ、あれ。あのビルくらいかな」
仁成は眼下の高層ビル群の中にある少し古め七階建てのビルを指差した。
「ひっく」
「確かに低いな。そんなに人口がいないのか?」
「さぁ、そこまで知らないよ。単に歴史的文化価値として、街並みを保存してるんだよ。それに外国から来る観光客に人気の観光地だし、今更街並みを崩すのは観光事業を潰すだけだしね」
「本当に俺達の歴史とは違うな。徳川が江戸に幕府を開いたとか、こっちじゃ考えられねぇよ」
「こっちだと天下分け目の大戦も起きてないし、豊臣秀吉もいない。戦国時代の将軍家の足利家が盤石で、信長でさえそれを崩せず臣従してる。その後の歴史も大きく違う。徳川家康も関東地方を完全に制覇できずに没してる。その後の後継がそれなりに盛り上げたようだけど、結局は天下人になれずじまい。瘴気災害が発生し始めて、幕府政権から大政奉還までの期間も短いし、内戦らしき内戦も起きていない。世界大戦も一度起きたきりだし。かなり違うよ」
「そっちは二回目の大戦で、こっちで言う北アメリア大陸にある大国に負けたんだったな」
「そだよ。とはいえ、当時の大統領が天皇も廃止しなかったし、国家を潰すような事もしかなかった。おかげで、存続できたけどね」
「そっから技術大国に返り咲き、世界でも有数の経済大国に昇り詰める訳か」
「まぁ、俺が生まれた頃には政治家と官僚が腐りきってて、見てられなかったよ。それなのに、何時まで経っても政権を変えようとしないんだから、国民も馬鹿だけどね」
「まぁ話を聞く限り、そうだよな。完全民主化してるなら、ちゃんと国民全員が政治に向き合うべきだ。なのに、日常で政治の話は禁句とか馬鹿だろ」
「こっちは違うの?」
「あぁ~。一応天皇陛下を侮辱したり、国旗を貶めたりすると不敬罪に問われるな。だけど、朝廷が決めた政策に対して意見を述べることを阻むのは、天皇と国民の対話を阻むのと同じとされ、重罪とされてる。直談判は出来ないが、今でも正規の手順を踏めば、例えそれが子供の陳述書でも必ず天皇陛下の元に届けられる」
「へぇ、凄いねぇ」
「ただし内容は精査され、朝廷の面接もある。不敬な内容やそもそも陳述書の体を成していなければ、逆に呼び出されて説教だ。ただ日ノ本人なら、必ず一度は陳述書を書く機会がある」
「…授業でとか?」
「正解だ。中学生の時に一度だけ、授業の一環として認められている。全部の陳述書が届けられるわけじゃない。学校側と教育委員会が精査して、選別される。ちなみに、過去にはその陳述書の中から、実際に朝廷議会に通されて、法令化されたこともあるぞ」
「それは凄いね。でも何ともリスクの高い制度だね。まぁ、殺されないだけましか」
「いや、さすがに極刑にはならないぞ。まぁ、中には労役を課されて奴もいるがな」
「あっちの世界のことだけど、江戸時代に平民や農民が将軍に直談判の使節を送れる法があったんだ、それを阻んではならないという法もあった。ただし、直談判は命と引き換え」
「やべぇ、法だな」
「そうかな?当時は勝手に移住なんて出来ないほど、しっかりした身分制度が敷かれてた。そんな時に飢饉や不作が数年続いて、このままじゃあ村が全滅する。ならどうするか。村ごと夜逃げか、子供や老人を山に捨てるか。それでも、まだ足りない。そうやって、飢饉が去るのを待ってる間に、とうとう村は復興できないほど人が減り、全滅しましたとさ。めでたしめでたし。それとも、村が全滅する前に使節団を江戸に送って、年貢を数年免除してもらおう。なら、自分達が行こう。その代わり、家族は村で養ってくれ。そうして、命と引き換えに家族と村を護るために使節団に志願した村人が江戸にと旅立ち、無事に将軍に直談判を果たし、自分達の命と引き換えに年貢の免除が果たされました。そのおかげで彼らの故郷の村は、犠牲者はいたものの飢饉を乗り越え、全滅しませんでした。めでたしめでたし。どう?どっちがましだと思う?」
「…後者だな」
「でしょ。もし村を捨てたとしても、それはどこか違う土地に住む人たちとの争いを産む。実際、飢饉や不作で近隣の村同士の争いはかなりあったそうだよ。その結果、どちらも甚大な被害を出して、共倒れなんてのも珍しくない。そんな中、数人の勇気と献身が村を救える。身分制度があった当時の事を考えれば、平民、特に農民に対する温情ある法だよ」
「言われてみれば、たしかにそうか。しっかし、やっぱり面白いな」
「面白いよね」
見た目は少しチャラい兄ちゃんの一馬だが、意外にも世界史と日ノ本史、歴史に関する知識は、教師よりも豊富に持っている。そのため、歴史学の授業は一馬が行っているほどである。また、その軽い語り口と共に時代背景やちょっとした豆知識も織り交ぜる授業は、教師も舌を巻くほど楽しく、覚えやすいものだった。
ちなみに里香子は…。楽しく話す二人を横目に、会話に入って来ないあたりで、察してあげて欲しい。
コミュ力という点で一馬と里香子の二人にあまり差はない。どちらかというと、物怖じしない里香子の方が高いだろう。
だが、あらゆることに一定の知識を持ち、見た目とは裏腹に常識人の一馬。その一方で、その細見からは考えられないほど、食に対して並々ならぬ執着と執念を見せる理香子。
凸凹コンビだった。
直接護衛に選ばれた一馬と里香子の二人は、仁成と年齢が近い事と、若手ながら対人戦評価が高い事で選ばれた。仁成には伏せられているが、二人共実は魔人である。
一馬は魔人の中では能力は低い。元々魔法士としての才が無く、魔人に覚醒したことで魔力を得た元一般人。覚醒後の増加量が高かったおかげで、魔法士、魔導兵の基準に満たし、スカウトされたことを切欠に軍に籍を置いている。元々、魔導鎧に憧れがあったことも、スカウトを受けた理由の一つ。
カブキヤにあった魔導鎧の玩具。幾つかは彼も持っており、今でも実家に保管されているほどである。
里香子は違う。生まれながらに魔法士として高い才を持ち、将来は上級魔法士の道が約束されていた逸材だ。だが、運命は彼女に別の選択を与えた。
彼女が魔人に覚醒し得た力は、身体特化。
その細く見える身体からは想像できないほどの力をその身に宿しており、片手で100kgのダンベルを軽々と持ち上げることが出来る。さらに、そこに持ち前の魔力による身体強化を重ねれば、下手な魔導銃でも彼女の身体に傷を負わせることは出来ず、雷神こと望月和彦の全力の雷撃を一発ではあるが弾き返せるほどの能力を出せる。
その代わり、彼女の新陳代謝は常人よりも高い。一度の食事で成人男性三人分が最低でも必要。それを維持するために、彼女には特別手当が支給されているほどだ。
が、今回の任務中の食費は全て仁成が出している。仁成には体質だと説明したところ、「あっちにもいたよ?それを活かして芸能活動してる人もいっぱいいたし」と、特に気にした様子も無く受け入れられた。
ただ、仁成本人は会ったことが無かったのか、初めて里香子と食事を共にした時、目の前から次々と消えていく料理と皿に若干引いた。ラーメン屋に行けば、彼女だけ替え玉10個は当たり前。スープが圧倒的に足りない為、替え玉が5個を超える辺りで、追加料金を払ってスープを追加してもらうのも彼女にとっては日常だった。そこに仁成がいることで、彼女はトッピングも毎回追加している。それでも彼女にとっては腹六か七分目というのだから、驚きである。
そんな彼女にとって、この任務は天国と言っても過言ではなかった。何故なら、他人の金で飯が腹いっぱい食えるからである。
ホビーショップに立ち寄った日も、ファミレスでは一番大きいステーキとハンバーグを二枚ずつ。パスタ数種にサラダも数種。そこにライス大を五つ追加してと、フードファイター顔負けの喰いっぷりを見せている。それだけに飽き足らず、仁成がカブキヤにいる間には、戸成のカフェでケーキ全種をコンプリートしている。
そんなこんなで、今回の任務を誰よりも楽しんでいるのは、里香子で間違いないだろう。
それから終日、仁成は新人兵士が行うトレーニングメニューを二人から教わりながら、時折休憩と雑談を挟みながらそれなりに充実な一日を過ごした。
高校に上がってからは帰宅部で、ほとんど運動らしき運動をして来なかった仁成だったが、半年のサバイバル生活で自然と鍛えられていた肉体のおかげか、筋肉痛もさほど感じずに翌朝を迎えるのだった。
あれから数日、ようやく外出の許可が下りたものの、授業と鍛錬の日は決まっている。昼食や夕食の外食以外での外出も無く、さらに数日が過ぎ、完全休日の日が訪れた。
「それで、今日はどこ行くの?」
この日は仁成の希望する観光名所や施設ではなく、一馬から「連れて行く所がある」と言われ、車で移動していた。
「この間行ったホビーショップを覚えてるか?」
運転席に座り、ハンドルを握りながら応える一馬と、仁成と一緒に後部座席に座り、コンビニで買った大量のおにぎりと総菜を食べながら、密かに周囲に視線を張り巡らせる里香子。これが車で移動する際の何時もの配置だった。
「覚えてるよ。カブキヤでしょ?でも、何で?二人は用ないでしょ?」
「あぁ、まぁ、それは…」
「少し面倒な連中に目を付けられちゃったのよ。それで話を付けに行く感じ」
「面倒?」
「まぁ、それも含めて行けば解るからよ」
歯切れの悪い二人に、いったいカブキヤに何が待ち受けているのか。仁成はいろいろな想像を膨らませ、大人しく車に揺られ、徒歩とは違う景色の流れを楽しむのだった。
ーカラン、コロンー
同じチャイムベルが店内に鳴り響き、三人は揃って店の扉を潜った。
「うわっ!なにこれ?足場の踏み場もないじゃん!?」
前回来て知っている一馬驚きこそしなかったが、その顔は困った顔を見せている。前回はこの道の半ばでリタイアしたが、今回は店主に用がある以上、店の奥まで行く必要がある。それを考え、一馬は遠い眼で雑多な店内を眺めていた。
そして、今回初めて訪れた里香子は、店内のカオスぶりに思わず声を上げるも、その後はしばらく口を大きく開けて立ち尽くしていた。
「おっ!前来た時には置いてなかったプラモがある。新作かな?どれどれ」
そんな二人を他所に、仁成は何時の間にかすいすいと通路を進み、入口近くに積まれていた箱を手に取って、表紙に描かれる四足歩行のSFロボットに夢中になっていた。
「ちょっと、あいつ何であんなに軽々進めるの?」
「俺も知らねぇよ。それより、お前ならあいつより細いんだ。俺より楽に進めるだろ。先に行け」
「いやいや。確かに私は細い方だけど、これはさすがに…」
「仕事だ。俺が先に行って、周りを崩して巻き込まれるのと、少し間を開けて先に進むのどっちがいいんだ?」
「…先に進むわ。というか、その言い方。この間来た時、やらかしたの?」
「…ほら、さっさと行け」
「崩したんだ。ははは」
一馬の失敗を肴に、里香子は仁成の後ろを追う様に通路に足を踏み入れた。詰み上がった箱に規則性は無く、小さい箱の上に大きな箱が積まれていたりと、此処の店主のずぼらさが如実に表れている。
「少しは整理しないのかしら、ねっ。歩きにくいったら」
「俺を見てそれ言えるか?」
「…大変そうね」
細身故に、少しなら体を動かせる里香子は、腰をねじって振り向いた。そこには積み上がった箱を動かし、通路を少しずつ広げながら進む一馬がいた。
「こうでもしないと、進めねぇんだよ」
「それにしてもあいつ凄いわね。何であんなに早く進めるの?」
「慣れてんだと。こういう店は向こうにもあって、通ってたんだよと」
「はぁ、私も手伝うから」
「頼む。さすがに時間かかり過ぎる。というか、前よりひどくなってねぇか?」
「そうなの?」
「なってるよ~。たぶん片付けようとして、さらに酷くなったんじゃないかな~」
先に進む仁成から少し大きめの声で返事が返ってくる。その返事を聞いた一馬はうんざりとした顔で、通路の片付けを里香子に手伝ってもらいながら、進むのだった。
「なんだい?文句あるのかい?」
「ん?俺は無いよ。後ろから来てる二人はいっぱいありそうだけど」
一足先に店奥にあるカウンターに辿り着いた仁成を、カグラヤ店主が以前と同様に頬杖をついて待ち受けていた。その背後にあるモニターには、ゲームのポーズ画面が表示されている。
「なぁ、あんた。真剣にうちで働くこと考えとくれ。店に客はいないけど、それなりに儲かってはいるから、バイト代もケチらず出せるからさ。どうだい?」
「う~ん。この間も言ったけど、今は無理かな。それよりさ、お姉さん何やらかしたの?」
「…何のことかさっぱりだね」
「あっそ。まぁ、お姉さんに用があるのは後ろの怖いお兄さんとお姉さんみたいだから、話はそっちでしてよ」
「あぁ、そうさせてもらうよ」
「んじゃ、俺は店の中見て回ってるから、あとは頑張ってぇ~」
「今日は何か買って帰っておくれよ」
「うん、そのつもり~。宅配できる?」
「出来るよ」
返事を聞いた仁成は、後ろから少しずつカウンターに迫る二人を置いて、そそくさとプラモ作りに必要な道具や工具が置いてある棚に向かって逃げ出した。
それを見送るカブキヤ店主蕪木琴音は、通路で四苦八苦する若い二人の精鋭魔導兵を見て、「失敗したねぇ」と大きな溜息をつくのだった。
「はぁ、ようやく抜けれた」
「助かった」
10分以上かけて通路を踏破した二人は、右手の通路奥で楽しそうに商品を選ぶ仁成を見て、何なんだあいつはと言いたげに大きな溜息を吐く。
「悪かったね。それで、此処じゃあれだから、奥に来て頂戴な」
「あぁ、頼む」
相変わらず頬杖をついたまま二人を出迎える店主に案内され、二人はカウンターの奥に続く展墓の裏に向かった。
カウンター裏は仁成が予想した通り倉庫となっており、表以上の商品が天井まで積み上がっていた。
ただ、奥に続く通路だけは確保されていた。
「少しは…言っても無駄か」
「悪いねぇ。私は整理が苦手なんだよ。ちょっと、誰か店番しておくれっ。私は客の相手しないといけないからねぇ」
「は~い」
琴音が倉庫の奥に声を張り上げると、若い女の声が返ってくる。返事を聞いた琴音が一瞬止めていた足を進め始め、二人もそれに続くように再び足を動かし始める。
「ねぇ、あの子。うちで雇いたいんだけど、駄目かい?もちろん表の話だよ」
「はぁ、それは本人次第だし、今は無理だ。それはあんたも知ってるだろ?」
「まぁね。おかげで怒られちまったよ。…余計なことして悪かったね。でも、こっちの立場も分かってくれるとありがたいね」
「気にしないでくれ。今日は上からの指示で顔見せついでに、協力する様に言われてる」
「こっちにも既に話は来てるよ。本当は違う番が担当する予定だったらしくてねぇ。そっちにも既に話は行ってたそうだよ。偶然とはいえ、こっちが先に接触しちまったもんだから、私達が担当することになった。こっちだよ」
二人を案内する琴音は、地下に続く階段を降りて行った。二階に続く階段もあるが、上った先には子供やペットが降りて来ない様に柵がしてあり、その先は彼女と家族の生活空間に繋がっていることが窺えた。
地下に続く階段を降りてすぐの部屋に案内された二人が、最初に感じた感想は「綺麗」だった。
部屋の中は男女一組が事務机に座り、パソコンを弄っていた。
壁際には書類棚が数個並べられ、まるで零細企業や立ち上がったばかりのベンチャー企業のオフィス然とした空間に、手前に置かれた申し訳程度の簡易応接セットがまた、この空間に味を出していた。
琴音たちが入って生きたことに気付いた従業員の内、女の方が椅子から立ち上がると、一馬と里香子を出迎えた。
「ようこそ。どうぞ、お座りください。お茶か珈琲どちらにしますか?」
女の従業員が自然に二人を席に誘導し、テーブルの上に菓子が入った皿を置き、二人の返事を待つ。
「俺は珈琲を。砂糖もミルクもいらない」
「私も。砂糖二つとミルクも入れて」
「はい。分かりました」
二人は勧められた席に座りながら注文し、その向かいに琴音が座った。
「此処は裏か」
「そうだね。あの二人もそうだよ」
「これだけ、綺麗に出来るのに、何で店はああなの?」
「簡単に言うと、表と裏で分かれてるのさ」
「あぁ、そういうことか。会社が違うと言った感じか」
「そういうことだね。だから、手伝ってもくれないよ。これでも棟梁なんだけどねぇ」
珈琲が来るまでの間、琴音の愚痴を交えた世間話をしつつ、店内とは対照的な整理整頓された事務所に納得する二人だった。
「えっ?じゃあ、なんでお店の方は汚いの?」
遠慮なく、出された菓子を頬張りながら、里香子は気になったことを口にする。
「今は通販事業がカブキヤの主事業になっちまってね。さっきは見えてなかったと思うけど、奥から何かしてる音は聞こえてただろ?」
「あぁ。ガムテープを張るような音や箱を移動させてるような音が聞こえたな」
「親族総出で注文品を梱包して、発送してるのさ。倉庫にあるのは殆どそっち向けの商品ばかりでね。そのせいで店舗の方に皺寄せが行ってるのさ。来年に隣が空くから、そっちに通販事業は移すつもりだよ」
「あぁ、それで物が溢れてる訳なのね」
「まぁ、私が整理下手ってのもあるけどね」
「お待たせしました」
珈琲が三人の前に置かれると、それぞれ一口飲み、改めて向き直った。
「ようこそ、時津一馬曹長、そして佐那里香子少佐。京都御庭番四番衆を率います。蕪木家当主兼四番衆棟梁の蕪木琴音です」




