024「華の都 4」
カウンター越しに頬杖をついて話しかけて来た店主は、見た目は30に届かないくらいの女性。だが、その容姿とは逆に纏う雰囲気は見た目よりも上に感じられた。
「どもども。ここってプラモ以外に何が置いてあるの?あと、何処に何があるか大まかでいいから教えてくれる?」
それでも、仁成にとっては関係ない、親し気に店主の目の前まで進んで話しかけた。
「ん~、色々かな。プラモはそこの通路から右…、君から見て左のエリア全般。一部は違う物も置いてるけど、殆どプラモだよ。奥の列からミリタリー、車、航空機、船舶、アニメやゲーム、それに映画関連のプラモと続くよ。あと工作用の工具や道具、塗料やらはそこに並んでる。けど、コンプレッサーとエアブラシは出してないから、私に言いな。エアブラシなら実物で使用感を試させて上げれるけど、コンプレッサーはカタログから選んでもらう形になるね。右側のエリアはフィギュアや合金玩具、ラジコン、ジグソーパズルとかその他色々」
「今日は見に来ただけなんだ。引っ越して来たばかりで、街を散策してる途中」
「あっそ。さっきも言ったけど、棚の上部にある商品は私に声を掛けて頂戴。代わりに取るから。勝手に触って崩されたら面倒だからね」
「通路はいいの?」
仁成は振り返り、ようやく半分ほど進んで来た一馬を見た。仁成と違い、慣れていないのかその足取りは慎重になり過ぎて、逆に危なっかしく見えた。
「通路のは、崩した奴が積み直せるだろ」
「あぁーーーー」
足を何処かに引っ掛けたのか、扱けそうになった一馬は咄嗟に出た手が積まれた商品に当たり、そのまま前のめりに扱けながら崩れてきた商品の中に埋もれて消えた。
「そこのあんた。自分で積み直しておくれよ。そのくらい出来るだろ」
埋もれた一馬を助ける素振りすら見せず、女店主はそれだけ伝えると仁成に背を向けて、テレビゲームの続きを始めた。
「す、すまない。もし壊れてたら弁償を―――」
埋もれていた一馬は謝罪を述べつつ、顔だけを何とかプラモの山から出すと、店主の方に顔を向けた。
「店主の姉ちゃんなら、取り込み中だよ。手伝うから、ちゃっちゃっと片付けよ」
そこには店主の代わりに駆け付けた仁成がいた。そして、一馬の上に覆いかぶさるプラモの箱を一つずつ、脇に避けて片付け始める。
「わりぃ」
「まぁ、仕方ないよ。慣れてないと歩くの難しいからね」
「お前は慣れてるみたいだな。コツとかあるのか?」
「なんていうのかな。…前に歩いた人の足跡を追う感じで歩くんだよ」
「むずくねぇか、それ」
「難しいよ?だから慣れが必要なんだよ。はい。もう立てるでしょ」
一馬の上にあったプラモの箱を避けた仁成は、通路の端に大きい箱から順に積み上げ始める。
「…手慣れ過ぎだろ」
仁成はただ積み上げるだけではなく、メーカーや品名別に仕分けも行っている。さらには崩れていないプラモのタワーをわざわざ崩して、仕分けと積み上げまで行っていた。
「あっ、それ下の方が良いよ。あとそれ、右側の一番下にして」
「これと、これか?」
「そうそれ。あと、その隣。そうそれ。手前を奥にして」
「…こうか?」
「そうそう。そうすれば、箱の歪みのおかげで棚の方に傾くから、崩れにくくなるよ」
「…お前、この道のプロか?」
「いや、違うけど。この店と同じ様なところに通ってたから、そこも高い場所にある商品以外は、自分で崩して積み直すのが基本だったんだよ」
「俺なら絶対来ないな」
「まぁ、人は選ぶと思うよ。でもこういう店って、数十年以上続く老舗な事があるからね。中にはプレミアがついたお宝がそこらに転がってる事もあるんだよね。例えば、生産数量が少なかった超合金とか、フィギュアとかね」
「他にもあるのか?」
「あるよ。プラモなら、大昔に出たものが未開封で眠ってたりする。物によるけど、数千円から数万円くらいにはなるよ。中には数十万する物もあるかもしれない。そんなものが当時の価格のまま、安ければ数百円の投げ売り状態で売ってたりすることがあるんだよ」
「まじでお宝じゃねぇか」
「だけど、こういう店は少ないよ。例えば、このプラモ。えーと、何処にあったかなぁ。ここら辺に…あった。これ見て」
仁成が取り出した二つのプラモ。表紙の絵柄や構図は違うが、名前は同じ。
「ん?同じプラモだな」
「でもこの二つは違うんだよ。こっちが古い方で、こっちは新しい方だね。同じ名前のプラモだけど、新しい金型で細かなデザインを再現したり、もしくはデザイナーが変わってリニューアルバージョンが発売されたりするんだよ」
「…つまり?」
「量販店なんかは売れ筋の物や、新作を中心に置いてる所ばかりだけど、こういった店は新古関係なく置いてる。量販店なんか、新し目の商品でも在庫になりそうな物は廃棄するか、中古市場や業者に流して売り上げの足しにしたりするから、置いてないんだよね」
「まぁ、利益が出ねぇんじゃ、仕方ねぇか」
「あとは新しいバージョンが出ても、古い方が人気がある場合もあったりする」
「何でだ?」
「単純にデザインが良いからとかもあるけど、改造のし易さとか、壊れにくいとかが主な理由かな」
「新しい方が壊れにくそうだけどなぁ」
「意外とあるんだよ。素材が変わってパーツ同士のつなぎ目が強度不足で折れたりとか、ひけが多かったりだね。あとは改造する時に手を加える余地がないと、改造する楽しみが減るとかもあるね」
「なら、金型を見直せばいいだろ?」
「大きさにもよるけど、安くても数十万。高ければ数千万する金型を?」
「…そんなにするのか?」
「当たり前じゃん。金型って作るの大変だよ?プラモの様な小さなパーツを成形する金型を作るんだから、精密加工技術が要求される。そもそも金型成型の強みって均一な形、重さ、質を保ったまま量産出来る所だよ。一度に造る量を増やすなら成形機械と金型の大型化は必須。設備投資と金型製作費も増える。金型事体の寿命だってある。試作用の金型で実際の完成品に不備がないか確認する必要もある。そこで問題が発覚すれば、設計から見直して、また試作用の金型を作っての繰り返し。もちろん試作用は費用を抑えて小さい金型だろうけど、それでも数十万はするはずだよ」
「…新しい製品だしても、売れないと大赤字だな」
「そうなるね。だから人気のプラモデルなんかは、金型を新しくしてよりリアルなディティールを再現したバージョンが発売され続ける傾向にあるね」
「まぁ、企業も利益が無いと潰れちまうからな。それは分かる。…あぁ、なるほどな。このプラモは新しいバージョンが出てるってことは、売れ筋なんだな?」
「そうとも言えるね。実際に組んだことがないから、キットの良し悪しは分からないけど。…よし。終わり」
話している間に、一馬が崩したプラモの山は綺麗に両サイドに積み直された。気のせいかもしれないが、元より少し通路が広がった様に一馬には見えた。
「ありがとよ。俺は歩くとまた崩しそうだ。入口近くにいるから、好きに見ろ」
「いいの?」
「あぁ、飯奢って貰ってるからな」
「じゃぁ、遠慮なく探検してくるよ」
一馬から自由行動を得た仁成は、意気揚々と店の奥に消えていく。その足取りに迷いがなく、どんどん奥に進んでいく。その姿を見て、一馬は改めて思う。
「どうやって、ぶつけずに歩けるんだ?」
無造作に詰み上がり、少しでも当たれば崩れそうな製品の山の中、一馬何とか身体を入り口に向け、カニ歩きでヨチヨチと歩き始めた。
一馬と店内で分かれた仁成はまず、プラモエリアとは反対のホビーエリアに向かった。フィギュアなどに興味はないが、この世界と仁成の世界でホビーにどのような違いがあるか気になっただけとも言える。
「意外と似てるな」
流し見をしながら、時折気になった玩具やフィギュアを手に取り、その質や姿形を観察する。
それらは仁成が幼い頃に慣れ親しんだゴム製のものから、プラ製で造られたよくある玩具。特撮ヒーローや彼らが乗り込むロボットに怪獣と、仁成が知らない玩具が並ぶ。
ただ、日本なら当たり前にある美少女系フィギュアなどは一切見当たらない。規制されているのか、それとも歴史や文化の違いによるものなのかは分からなかった。
仁成はそれからも店内を周りながら、自分の知らないキャラクターや作品の玩具を見て、手に取り続けた。
そして全ての列を見終えた仁成は、結局は行きつく姿形は似通るのだろうと結論付けた。
「さて、ここはもういいかな」
一通り歩いて見た仁成は、本命たるプラモデルエリアに向かった。
反対のエリアに向かおうと、店主がいるカウンターの前を通り過ぎようとした時、店主と目が合った。
「ちょい待ちな。あんた、良い仕事するね。どうだい?暇な時でいいから、整理手伝ってくれないかい?ちゃんとバイト代も出すよ」
引き留められ、少し褒められ、そして流れるようにバイトの話を持ち出す女店主。
それに対し、仁成は少しだけ考え、返事を返した。
「う~ん、面白そうな提案だけど、今は無理かな。さっきも言ったけど、引っ越して来たばかりで、まだ荷解きもまだ終わってないんだ」
仁成の返答に、店主は少しだけ残念そうな顔を向けたが、すぐに気怠家中尾に戻ると仁成に背を向けて、ゲームの続きを始めた。
「まぁ、覚えてたら何時でも歓迎するよ。あぁ、そうだ。プレミア品は探すだけ無駄だよ。棚にも通路にも無いからね。欲しいなら、私に言いな。プレミア価格で売ってあげるよ」
「ありゃりゃ。客商売してるのか怪しいのに、ちゃっかりしてるね」
「当たり前だろ。こっちは商売してるんだからね。…さっきの話、結構真面目に考えてくれると助かるよ。邪魔したね。ゆっくり見て帰りな」
それを最後に女店主はゲームに集中し始める。仁成はその姿に少し呆れつつ、止めていた足を動かし始めた。
プラモデルエリアは店主が言っていた通り、種類別に通路で分けられ、右のホビーエリアよりも整頓されている印象がある。ただ、相変らず通路にも商品が積まれ、棚の下段にある商品は全く見えない。
カウンターの奥にも店舗スペースが続いているのが見えた事から、裏に倉庫スペースがあるのだろう。だが、あのずぼらな店主のこと。おそらく通路に積まれているのが新しいもので、棚に並んでいるのが古い商品なのだろうと、予想が出来た。
「ちゃんと在庫管理とか出来てるのかな?してなさそう~。でも、プレミア品は確保してるあたり、強かだねぇ~」
足の踏み場もなさそうなほど狭い通路を、まるで猫のようにすいすいと進む仁成は、一番奥の列まで辿り着いた。
その列に並べられているのは、戦車を始めとしたミリタリー系のプラモデル。車、船、航空機別にエリア分けされていて見易くはあった。
仁成はとりあえず一番近くの戦車のプラモを手に取り、箱に描かれている外観を確かめる。
やはりというべきか、街中を走る車の形状から分かっていた事だが、戦車の形状は概ね同じ。細かなデザインの違いはあれど。二つの世界で大きな違いは無い。
あるとすれば、魔導技術。
仁成はその事に気付くと、棚や通路に積み上がる箱に視線を飛ばし探す。
あった。
その戦車プラモの箱には、商品名の横に括弧閉じで「魔導機型」と追記表示がされていた。
つまり、この世界には魔導技術が施された乗物と、そうでない乗物の二つの型が存在することを意味していた。
仁成はとりあえず、棚に置かれている魔導機型と書かれた箱を取り出すと、それを通路に積まれた箱の上に置いた。
次に探すのも同じ戦車のプラモだが、魔導機じゃない型。あるかは分からないが、とにかく探してみる。
それから戦車が置かれた棚と、その前に積まれた箱を中心に探すこと10分。同じ商品名だが「魔導機型」とは書かれていない物を見つけた。
その箱を手に取った仁成は魔動機型の箱を置いた場所に戻ると、二つのパッケージに描かれた外観に違いは無いか、あれば何が違うのかを事細かく見比べた。
「外観に大きな違い無し。まぁ、当たり前か」
外観が違えば、それだけで敵に魔動機かそうでないかを看破される。全く違う型に偽装を施すか、全く同じ外観で仕上げるのは当たり前の話。
ただ、これはあくまで玩具用。様々なしがらみと条件のある中で描かれていない部品があるかもしれない。実際には違いがある可能性も十分にある。
「…後で聞いてみるか」
とりあえず箱を元の場所に戻した仁成は、航空機や船、その他装甲車などでも魔導機型を見つけると、隣の列に移動した。
隣の列は一般車からショベルカーなどの重機、ミリタリー以外の船舶や航空機が並んでいた。そこでも魔導機型は無いか探してみたが、一つもなかった。
「一般に魔導技術は普及してない?」
また一つ疑問が生まれる。魔法があって、それを道具にする技術もある。なのに普及していない。そうなると市場はそこまで大きくない可能性がある。だが、仁成は一つだけ魔道具をもっていた。それが金属探知機。
「…もしかして、あれも遺物だった?…まぁ、今更考えても仕方ないか。一応、伝えておくくらいかな」
仁成は金属探知機の件を頭の片隅に残しつつ、車のプラモを一つ一つ確認し、聞いたことがない社名と車名を見ながら、免許を取ったらどんな車に乗るか考えながら、ゆっくりとその列を見て周った。
そしていよいよ、店主の店内説明の時から気になっていた場所に辿り着く。
アニメやゲーム、SF映画に出て来るロボットや関連する車両などが並んでいる列は、最初に通った列を含めて三列。
一馬達の語り口から、そもそもアニメやゲーム産業は発展していないと思っていたが、意外とあるじゃないかと仁成はウキウキしながら、その列に足を進めた。
手前から一歩ずつ止まっては、この世界のメカやロボデザインを元の世界と比較しながら、たまに見間違うくらい同じデザインをしたロボットやメカもあり、仁成は一人盛り上がっていた。
だがしかし、並ぶメカやロボットはどうしても幼い子供向けの物が多かった。いわゆるスーパーロボット系に近い造形の物が多く、リアル系ロボットの作品は思った以上に少ない。
そこに二つの世界の違いが大きく現れていた。
日本では子供から大人まで楽しめるエンタメ。それがアニメや漫画、ゲームだった。しかし、この日ノ本では一馬達が言っていた様に、子供が楽しむものという認識が強いことが分かる。
そんな中、思いもしない物を仁成は見つけた。
「魔導鎧?あるとは思ってたけど、ここに並べてるのか」
物は様々。合金やプラ素材の完成品玩具もあれば、プラモデルもある。さらには魔導銃の玩具もあった。
「おう。一通り周れたか?」
仁成が幾つか魔導鎧の玩具を手に取り見ていると、入口に近かったことも有り、一馬も仁成に並んで商品を眺め始めた。
「一通り見たよ。それにしても、魔導鎧の玩具もあるんだね。入って来た時には気付かなったよ」
「あぁ、子供にはかなり人気があるぞ。俺も小さい頃に買ってもらったな。おっ、もう朧も出てるのか」
「朧って結構新しいの?」
「んっ?あぁ、数年前に三式が正式採用されて、御披露目されたばかりだ。その前の二式は、上級魔法士や魔人専用機みたいな扱いだったな」
「あぁ、なるほど。二式までは試作機も兼ねてた感じなんだね」
「そうだな。おそらくそんな感じだ。まだ見てくか?」
「いや、一通りは見れたからいいかな。日が暮れる前に帰った方が良いでしょ」
「まぁな。そうしてくれ」
「んじゃ、帰りますか」
仁成は持っていた玩具を棚に戻すと、一馬と一緒に店を後にした。
扉を潜る直前、仁成は振り向きカウンターに目を向けた。
そこには、相変らずゲームに熱中している女店主の後ろ姿があった。
「…満喫してますねぇ」
「だなぁ」
店を出た仁成たちは、里香子を迎えに二軒先にあるカフェに向かった。そこで窓越しに中を覗いた二人は、里香子が様々なケーキをテーブルに並べ、一人バイキングを楽しんでいる姿を眺めていた。
二人が見ているとは知らず、里香子はモンブランを口に運ぶと満面の笑みを浮かべる。そして、そのまま次のケーキにフォークを動かした。
「…帰る?」
「いや、それはさすがにな。しっかし、ここまで他人の財布を当てにする奴は初めて見たな」
「呆れた大人だねぇ」
「とりあえず、食べ終わるまで俺達も中で待つか」
「そうしよっか。ついでに俺も何か頼もうかな?カズ君は?」
「いや、いい。俺はガキの頃から甘いものが苦手でな。珈琲でも頼んで待つさ。まだ暗くなるまで時間はあるしな」
店に入って来た二人を見つけた里香子は、苦笑いを浮かべつつ仁成に「ごちっ」と言い放つのだった。
カブキヤ店主蕪木琴音は何時も通り、閑古鳥の鳴く店を定時通りに開き、無造作に置かれた商品の山を見て、どうすべきか考える。
店の事を考えるなら、少しでも歩き易いように通路に積まれた商品を整理し、片付けるべきなのだろうが、彼女はそれを見てみ無ふりをして、そそくさとカウンターに引っ込んだ。
そして現実逃避をするかのように、ゲーム機とそれに繋がるモニターの電源を入れて、発売されたばかりの新作ゲームを遊び始めた。
自国は昼過ぎの13時を回ったところ、時間も忘れ、昼食も食べずに熱中していた所に、珍しく店の扉が開く音共に、チャイムベルが店内に響いた。
「珍しいねぇ。土日以外で、それも平日の昼間に客なんて、いつぶりだい?」
カブキヤは店を開いていはいるが、常連客以外に客は滅多に来ない。その常連も基本は土日に集中して来る。その他は、たまに子供の誕生日や祝い事の品を求めて来る客がいるくらい。
平日ともなると、客が0の日も珍しくない。閑古鳥でさえ鳴かなくなるのがこの店の日常。
それでも店が潰れないのには訳がある。
近年、インターネットの普及が少しずつ進み、それと同時に通販産業の成長を始めたの見逃さなかった琴音は、客が店に運ばずとも商品を買って受け取れる時代になると踏んで、店を引き継ぐ前から店のサイトを開き、通販での販売に力を入れた。
当初は赤字続きで、先代店主である母に愚痴を言われ続けていたが、ネットが庶民にも使いやすいように普及が進むにつれて、徐々に客足を伸ばしてき、今では過去最高売り上げを叩き出し続け、業界でもかなりの利益を上げている。
閑古鳥が鳴く店がこれほどの躍進を遂げたのはもちろん、先見の明があった琴音の手腕もあるが、同時に日ノ本国内における偏見も大きな追い風となった結果だった。
近年は少しずつ理解され始めてきたとはいえ、基本的にプラモやフィギュア、それに関連するアニメやゲームは、子供の玩具という偏見が根強くある。
だが、そんな中でも隠れて玩具を収集したり、嗜む大人はそれなり存在していた。そして、その悪印象を変えようと一部の有名人や業界人が立ち上がり、積極的に表でも活動を広める運動を始めたことで、数年前から売り上げがうなぎ上りに上がり続けているのである。
何より、カブキヤが今の事業を始めたのは100年以上前。業界では古参にあたり、今では絶版となった貴重な玩具も多く抱える老舗。この事も手伝って、収集家やこれらを趣味に持つ人たちの間では、それなりに名が知られており、 それなりに常連を抱えているのである。
そんなカブキヤだが、実は裏の家業も存在する。
表の顔は閑古鳥が鳴くホビーショップだが、その裏では情報屋兼諜報活動を行う天皇直下の御庭番としての顔を持っている。
日ノ本の首都である京の都を、裏で護り続ける影の存在。それこそが、カブキヤの真の姿であり本業。
蕪木家が御庭番になったのは、300年ほど前のこと。
後に天皇となる皇族の非嫡出子だった女児が、皇族には珍しく魔力を持って生まれた事から始まる。
初代蕪木家当主になるその女児は、密かに御庭番総領に預けられ育てられた。後に蕪木の姓と共に四番の数を与えられ、京の都を陰から護り続ける一族として現代まで続くことになる。
現政府でさえ、その存在を知らない陰の一族。それこそが琴音が生まれた家だった。
彼女は幼少の頃から、諜報のイロハを叩きこまれ、数年前に先代である母から蕪木家当主とこの店を引き継ぐと、カブキヤ店主として表では振舞い、その裏では御庭番第四衆の棟梁として、京の都を陰から今も護り続けている。
入って来たのは若い男客が二人。どちらの顔も見憶えがない。初めて来る客だった。
一人は何処にでもいそうなモブ顔。はっきり言って、影が薄い。
逆にその後ろについて歩く男は、どう見てもこんな店に来なさそうなこれぞ日ノ本男児と言った身嗜みをしていた。
二人の姿を見た琴音は、たまに来る冷やかし客だろうと予想しながらも、一応カウンターに顔だけは出して、その様子を見ることにした。
前を歩く若い男は足の踏み場が少ない狭い通路を難なく歩いて来るが、その反対に後ろから追いかけて来る男は、身体を横にして慎重にカニ歩きで進んでいた。だが、その無駄にでかい胸板が邪魔をして、中々前に進めず四苦八苦していた。
まるで歩き始めた子供の様なその姿に琴音は吹き出しそうになるが、すぐそこにモブ顔の客が来ているのを見て、何時もの気怠けな顔に戻した。
冷やかしとはいえ、一応は客。琴音は注意事項を通路をヨチヨチ歩く男にも聞こえるように伝えると、すぐにゲームの続きを始めようとした。
だが、意外にもそのモブ顔は琴音に気さくに話しかけ、店内の情報を聞いて来た。
琴音からすれば、悪さをしなければ勝手に見てくれというスタンスなのだが、聞かれたなら仕方ないと琴音はモブ顔の注文通り、店内の商品配置を説明をした。
そして説明が終わりかけたその時、通路に積まれていた商品が崩れる音が店内に響き渡った。
「あちゃ~。ごめんね」
「わざとじゃなきゃ、気にしないよ。そこのあんた。自分で積み直しなよ。それくらいできるだろ」
琴音はこけた男に声を掛けると、モブ顔にも早く助けに行けと手で追い払い、そのまま背を向けてゲームの続きを始めた。
その背後では、モブ顔が「仕方ないなぁ」と呟きながらも、通路を戻る足音が聴こえた。
琴音はそっとゲーム画面から視線を外すと、その様子をしばらく窺った。
「使えるな…雇うか?」
様子を窺うこと数分。意外にも、モブ顔の男は出来る奴だった。どうしてかは分からないが右手は一切使わず、左手だけで器用に崩れた商品を仕分けし、立ち上がった男に時折指示を出しながらも自分の手は止めない。
何より、モブ顔の話している内容はそこらの一般人には縁のない話。業界人か、関係会社に勤める人間なら話は別だが、話して見た感じから受ける印象は社会人ではない。
だからだろうか、琴音は余計にモブ顔の青年の事が気になった。
そして、ものの数分で琴音が積むよりも綺麗に崩れた商品を積み直して魅せた。
その過程の一部始終を観察していた琴音は、真剣にモブ顔を雇うかどうか考え始めた。
「とりあえず、もう少し観察してみるか」
そう呟いた琴音は、カウンター下に設けてある監視カメラのモニターを見ながら、モブの姿を追った。
モブは入って来た時同様、狭い店内をすいすいと泳ぐ様に進み続け、たまに商品を手に取り独り言を呟いては、すぐに商品を元に戻していた。初めに言っていた様に、本当に見に来ただけの様だった。
ただ、時折深く考えるように立ち止まることがあるのが気になっていた。
普段なら特に気にならない客の行動。買うか買わないか、あるいはどちらを買うかで迷うような素振りは、この店に足を運ぶ数少ない常連の中でも良く見られる行動だからだ。
だが、琴音は何故かそれが気になった。
また、もう一人の男の事も少し引っ掛かっていた。商品を崩して以降、その男は大人しく入口近くのスペースで何をするでもなく、大人しく待ち続けていた。
洛中や市街地から外れているとはいえ、ここは京の都。少し歩けば、時間を潰せる店などいくらでもある。だが、その男は店から離れる気配がなかった。
「…やるな。上手く隠してるが、軍人だな」
モニター越しに映る男が見せたほんの一瞬の仕草。それだけで、琴音は男が軍人であること看破した。
「それにしても、随分と自然に隠していたな。まだ若いが相当な腕前だ。…あのモブとの関係は何だ?友人?にしては少し年が離れているし、何故軍人がこんなところに?」
琴音は対照的な二人の関係を不審に思い、密かに手勢の者に探りを入れるように指示を出すのだった。




