023「華の都 3」
洛外にある中流層向けの住宅やマンション、そして生活用品店が密集するその中に、仁成が密かに逗留するマンションがある。
遠い故郷日本では古都として知られる京都。だが、同じでいて違うこの日ノ本では、首都として国の中枢機関が集まり、近代化による大都市にと生まれ変わっている。
その中で唯一、天皇御所がある洛中だけは今も昔ながらの街並みを維持し続け、朝廷の威厳を保つ一助にもなっている。
「首都だけあって、それなりに物価は高いと予想してたけど、予想より少し高いかな」
仁成は護衛を伴って、日本とは違う商品や物価を調査するために、周辺のスーパーマーケットやドラッグストアなどの生活用品店から、本屋など幅広く見て周っていた。
「首都で大都市だぞ。物価が高いのは当たり前だろ」
仁成と親し気に話す若い男女。彼らは仁成と並んで歩いても違和感が無い様に、見た目が若く優秀な隊員で構成された分隊が付けられている。基本的に外に出掛ける場合は、最も年が近く若い時津一真と佐那里香子の二人が、友人のように振舞いながら直接護衛に付くことになっている。
「そうよね。これくらいなら普通かなって思うけど?」
「あぁ、いや。そうなんだけど、全体的に高いかなって。さすがに塩とか絶対に必要な物の価格は一定で抑えられてるけど、それ以外は全体的に高いかなって。まだ日ノ本の税制とか厚生制度。それに経済が資本寄りなのか、それとも社会寄りなのか分からないから、はっきりとしたことは言えないけど、食材関係がこれだけ高いとなると他で均衡を保たないと一般庶民の生活が成り立たないでしょ?」
「そういう事か…。お前、本当に18か?年齢詐称してるだろ?」
ここ数日、一馬と里佳子は仁成と一緒に街に繰り出している。主に仁成の価値観を日ノ本基準に慣らすためだが、仁成自身は物価や質を重視して見て周っていた。
「そんな事ないよ?ある程度世の中の仕組み、特に経済かな。それを知ってれば、これくらい誰でも気づくよ」
「そんなもんか?」
一馬は隣にいる理香子に話しかけたが、彼女もまた一馬同様に年齢詐称を疑う同士だった。
「絶対詐称してるでしょ。私達が18の頃、そんなこと考えてた?」
「いや。女のケツ追いかけるか、あとはバイクのことしか頭になかったな」
「…まぁ、男なら健全か」
「だろ。俺は健全な青春を送ってきた自信だけはある」
「はいはい。でも、あんたの場合は今もでしょ。それで、他に周りたいところはある?」
「あるにはあるけど、今はいいかな。目立ちそうだし。それにしても魔物の肉とか売ってることにビックリしたよ」
店を周る中で仁成を最も驚愕させたのは、魔物の肉や素材を使った商品が当たり前のように打っていた事だった。
仁成の勝手な想像では、魔物は忌避の対象であり、活用されているとは思ってもいなかったのである。
「瘴気を抜く必要はあるが、内包されてる魔力が普通の動物に比べて多いからな。何というか美味いんだよ。特に魔力が一定以上ある奴が食べると、その美味しさがより強く感じられるんだ」
「というか、家で出されてる料理。魔力を多く含んだ食材ばかりよ?肉に関しては、魔物肉しか使われていないし。気付かなかった?」
「まじかっ!」
「・・・こいつ、これだけ魔力持ってる癖に、本当に感知も出来ないんだな」
「不思議ね。普通ならとっくに感知くらいできててもよさそうなのに…。残念な子ねぇ」
「言いたい放題言いますやん。これでも気にしてるんだけ~ど」
呆れる二人に対し、仁成はわざとらしく拗ねたふりをして、二人を置いて歩き始めた。
それを見た二人は、やれやれと言った感じで仁成の後を追いながら、店内に掛けられた時計を見て、その背中に声を掛けるのだった。
仁成は関所を通過後、一度だけ第20旅団が持つ秘匿施設に立ち寄っている。そこで服装や髪形を変えると同時に、瘴気汚染度や魔力量を調べた。
その結果は驚愕すべきものだった。
まず瘴気汚染度だが、半年以上瘴気溜りの近くに住んでいたにも拘らず、その汚染度はほぼ0だった。しかし、この数値はある程度予想されていたのか、渡辺達は少し興奮はしたが、驚きはしなかった。
彼女達が驚愕したのは魔力の方だった。
仁成の魔力は常に身体全体から少しだけ漏れている。魔力感知に秀でている者なら、それなりに離れた距離からでも分かるが、一般的な魔法士なら近づかなければ気付かないほどの量ではある。
もちろんのことだが渡辺達も気付いてはいる。だが、たまに魔力が多い弊害で漏れる魔法士もいるにはいる。それに魔力障碍による生まれつきの体質の場合もあるため、これもさほど気にされていなかった。
だが、測定結果の数値を見た渡辺達は、すぐにその検査結果をデータごと破棄し、隠蔽した。それ程までに、あり得ない数値が測定されたからである。
仁成本人も本当の計測結果は知らない。しかし、渡された検査結果と渡辺達の様子から、何かを隠していることだけは確信していた。ただ、何を隠しているのかまでは分からなかった。
「それで、これからどうするんだ?」
丁度いい時間だからと近くのファミレスに入った三人は、それぞれ注文した料理を食べ終えると、追加で注文した飲み物を飲みながら午後からの予定を話始めた。
「とりあえず、見て周りたいところは周れたから、一度くらい教授の所に顔を出しておきたいかな。例の物も渡しておきたいし」
「あぁ、あの厳重に封がされてる箱か」
例の物。それは仁成が持つプレミア価格100万超えの雑誌「魔法生活」。仁成は花衣町にいる時から、保存状態を保つために保管場所は直射日光が当たらない場所を選び、ジップロックの様に密閉できる袋に入れて保管していた。
そのため、和彦に実際に見せた時以外は開封することなく、持ち出す時も誰にも触れさせずに、自ら箱に緩衝材を入れて準備したほどである。
そのため、実物を見たのは渡辺と近藤、望月夫妻。そして天月の五人のみ。他は誰も表紙さえ見たことがない。
「なに、あんた。雷神の奥さんの裸見たかったの?」
「いや。そっちは何か気が引けるから遠慮したい。どっちかというとマイナー魔導雑誌に何が書かれてるのか気になる」
「「あっそっ」」
「・・・おい。お前ら、信じてないだろ」
「「何を?」」
スケベ大魔神こと一馬の答えを、一切信じていない仁成と理香子の二人はの返事は怖い程にぴったり揃っていた。
「かぁ~。お前ら姉弟かよってくらい、息ぴったりだな」
「ほほほ。私としては、こんな生意気な弟、勘弁だわ」
「ははは。俺としては、こんなガサツな姉、勘弁だよ」
「……やっぱり姉弟だろ、お前ら」
ほとんど同じどころか、双子かと間違えるほど息ぴったりな二人。そんな二人を見て、一馬は一人頭を抱えるのだった。
当初は魔獣を相手にする事が無く、面倒な瘴気汚染度管理から解放されると喜んでいた。だが、蓋を開けてみれば癖の強い問題児二人のお守り役を押し付けられただけだと気付き、今は喜び勇んで返事をしたことに後悔し始めていた。
「はぁ。まぁいい。教授は忙しいからな。アポを取らないと無理だ。そっちはこっちで調整中だから、決まったら上から連絡が来るはずだから待て。他に行きたい場所があれば、付き合うがどうする?」
少し片頭痛を覚え始めた頭を魔力で無理矢理抑え込んだ一馬は、無糖のブラックコーヒーで気を紛らわせながら、仁成の返事を待った。
「う~ん。あぁ、そういえばこっちにはプラモデル文化はあるの?」
「あぁ~、あるにはあるがマイナーだな」
「あまり人に自慢しにくい趣味って感じかしらね」
歯切れの悪い二人の答えに、仁成はここ数日感じていたとある懸念をより強く感じ始めていた。
二人が言い淀むその理由は、日ノ本の国策と、とある風潮が関係している。
日ノ本皇国はスポーツや武道といった身体を動かすことに関して、国を挙げて推奨している。特に魔導が絡む競技や武道は優遇措置が取られているほど力を入れている。
これは、若いうちから魔導に興味を持たせ、将来の魔導兵や魔法士となれる人材を育てるための国策である。この国策に対し国民は、瘴気と魔物という脅威がすぐ傍に存在することもあり、一定の理解を示している。
また、魔法士は魔物の脅威から国を護る守り人として、古くから庶民の間では畏敬の念を持たれて来た。さらに言えば、魔法士の総数は少ない。魔物と戦えない低級魔法士でも魔導関連の一般企業からすれば立派な魔法使い。例え準魔法士でも、非魔法士の一般人に比べれば年収も高く、地位も高い。
我が子が後天的に魔力が目覚めることを願い、例え魔力に目覚めていなくても魔導を学ばせ、それと共に心体を鍛えるためにスポーツや武道も学ばせる家庭は多い。この政策は日ノ本以外の多くの国で取り入れられ、一定の成果を出していた。
また日ノ本人の美徳として、己を律することがある。だらしない生活を送る人は嫌悪される風潮も手伝って、多くの国民が心体を鍛えることが当たり前となっている。
仁成はそれらを二人から聞き出すと同時に、自分が感じていた懸念が正しかったことを知った。
近代化によって建物が密集した都会となっている京都。そんな中でも街中には、様々な競技や運動が出来る公共施設が充実していた。さらに平日の昼間にも拘らず、それら施設には老若男女問わず、多くの人が競技を楽しみ、鍛錬を行っている姿も見られた。
その反面、現代日本では当たり前だった映画やアニメの映像作品や漫画、コンピューターゲームなどの代表的な室内娯楽に関連する施設や店舗は少ない。
日本ではネットが普及したことで、ネットショッピングの普及とダウンロード版の登場で、店舗にわざわざ足を運ばずとも購入できるため、街からそれらの店舗が姿を消すか、全く違う業種に転身する企業が増えていた。
だが、ネットの普及率がまだ低いこの世界なら、ゲームショップなどの店舗事業は需要が有るはず。それこそ人口が密集している都会なら、一定範囲に複数店舗があってもおかしくないのだが、それら店舗は大通りから遠く離れた場所や、商業施設内では人通りが少ない場所か、見通しの悪い場所に追いやられている。
決して無い訳ではない。映画館は元々施設数が少ないため省くとしても、その他の娯楽に関しては、日本と比べると確実に少ないことは確かだった。
ただ歌や絵画、書物などの芸術に関わる娯楽に関しては、日本と日ノ本にあまり差はないと感じた。日本では特に活字文化を、政府が推奨し優遇するほど守っている。この日ノ本でもそれは同じなのかもしれないと、仁成は本屋に立ち寄った際に感じた。
「と言った感じで、ぎりぎり中学生までなら教育や玩具として見られなくもないが、大人が趣味とするにはあまり良い眼で見られないだろうな」
「最近は少しずつ見直されてはいるけど、それ一本となると印象は悪いのよねぇ。実の所、私もそんな人はちょっとね」
言葉は濁しているが、理香子の顔には少しの嫌悪が見え隠れしていた。
もしこの場に、仁成の親から上の世代のオタク達がいれば、ある者は見慣れた眼だと冷静に、またはトラウマを思い出すかもしれない。
仁成は違う。彼が生まれた時には既に、それまで見下していた側の人間でさえ、当たり前にアニメや漫画、ゲームの話をする時代になっていた。それこそ国が手のひらを返して、擦り寄ってくらいには受け入れられていた。
だから仁成は、初めて受ける嘲笑の混じるその嫌悪の眼に、心の中で怯えていた。
「…なるほどなぁ。これが先人が通って来た道。オタク差別か…」
「オタク?」
怯えを隠すように神妙な面持ちで仁成が呟いた聞き慣れぬ単語に、里香子が反応した。
「あぁ。えーと、何て言えばいいのかなぁ。今と昔だと意味というか範囲が変わるんだけど、両方説明しないと分かりづらいんだよねぇ」
「なにそれ?」
「何か知らないが、気になるな」
「仕方ないなぁ。オタクって言う言葉はね。元々は敬語の「お宅」から来てるんらしいんだ。ひらがなの「お」に「自宅」の「宅」ね。それが好事家だったかな?確か、そうだったと思う。いや、ごめん。間違ってるかも。まぁ、何処かの界隈が使い始めて広まった。そこからさらに、里香ちゃんが嫌悪してる趣味を持ってる人達のことを指す言葉に変化した訳。最初に名付けた人がどういった感情で付けたのかは分からないけど、言葉が広まるとオタク=気持ち悪いっていう印象と風潮が広まった。はっきり言って差別だね。広まってからしばらくの間は、学生の間だとヒエラルキーのまさに最下層と言ってもいいくらいに、嫌悪や嘲笑の的にされてたらしいよ」
「…ごめん」
説明を聞き終えた里佳子は自分が嫌悪する対象の中に、仁成が好きなものがあるのだと気付き、声は小さかったが素直に謝罪した。
「あぁ、里香ちゃんを責めてるわけじゃないからね。人にはそれぞれ趣味嗜好があって、違うのが当たり前だから。里香ちゃんはころころ女を変えて、妊娠が発覚したら逃げるような男って好き?」
里佳子は急な問いに戸惑いつつも「そんな男、好きになる奴いるの?」と返した。
「だよねぇ。俺も好きになれないかなぁ。でも、そんな男を好きになる女がいるのも事実でしょ?」
「まぁ、そうね。否定は出来ないわ」
「つまるところ、その程度の話なんだよ。嫌いなら嫌いでいいし、好きなら好きでいい。ただそれだけ。そこにわざわざ近付いて嫌味を言わなきゃいいだけだよ。言わなきゃ、死んじゃう病を患っているなら仕方ないけど、そうじゃないならほっとけよって話だね」
「…ありがと」
年下の仁成に諭されるとは思ってもいなかった里佳子は、そこに仁成なりの優しさ、あるいは配慮を感じた。確かに一部の趣味は、自分には受け入れられないかもしれないが、それだけでその人に嫌悪を向けるのはあまりにも自分の器が小さく見える。
その事に気付いた里佳子は、風潮で凝り固まった自分の考えに自問自答することになる。そして、少しだけ寛容な気持ちで仁成が言った「オタク」たちを見る様になっていくことになる。
「そういや「されてた」と言っていたな。今は違うのか?」
仁成が思いの外大人の対応したことで、悪くなりかけた空気が戻ったのを感じた一馬は、仁成の話はまだ終わっていない事に気付き、続きを促した。
「全く違うというわけじゃないけど、オタクの定義が広がったことで、オタク=気持ち悪いって印象が薄くなったんだよね。もちろん、一部の人達からは嫌悪はされてるよ」
「定義が広がった?」
「ん~とねぇ。カズ君と里香ちゃんの好きなものは何?例えば歌手とかでもいいし、スポーツでもいい」
「私は何と言っても魔法ね」
「俺は…バイクだな」
「「(こいつ、女って言い掛けたな)」」
喉元まで出かかった言葉を、寸での所で止めた一馬だが、二人には通じなかった。呆れる様な二人の視線を受けた一馬は「…女だ」と敗北宣言に等しいその言葉を呟くのだった。
拗ねた一馬を宥め、話しを再開した仁成は、現代日本におけるオタクとは何かを語り出した。
「とりあえず、カズ君はバイクということにしといてあげよう。それで里香ちゃんは魔法ね。オタクって言葉を言い換えるなら「愛好家」かな」
「愛好家…」
「さっきも言ったけど、オタクが広まった当初は差別の対象だった。それが変化したのは、オタク趣味が世代を重ねるごとに広がって行ったんだよね。そして世界中に広まって、国内経済規模は一兆円を超える規模に成長した」
「「一兆円!」」
億どころか、それを遥かに飛び越え兆円規模の市場になっていることに、二人はテーブルを揺らすほど驚いた。
「凄いでしょ?でもこれは国内だけの話だから、世界経済にすれば百兆円を超えるかもしれない。まぁ、そこまで追ってる人がいるか分からないけどね。さて、話を戻そうかな。オタク趣味が受け入れられると、オタクという言葉の意味が拡大解釈され始めたんだ。例えば、車の事が好きな人を車オタク。動物が好きなら動物オタク。ワインが好きならワインオタクって感じでね」
「それなら、俺はバイクオタクか?」
「私は魔法オタクって事よね?」
「そゆこと。ネガティブな印象を持たれてたオタクという言葉が、ポジティブに使われるようになった訳。でも勘違いしないでね。中にはまじで嫌悪される様なオタクもいるにはいるからね」
「例えば?」
「撮り鉄とかかなぁ」
「撮り鉄…そっちにもいたのね」
まるで親の仇かと思うほどの嫌悪感を示す里佳子に、仁成は地雷を踏んだかと少し焦った。
「まさか…こっちにもいるの?」
仁成の問いかけに応えない里香子の代わりに、その隣で笑いを堪えていた一馬が代わりに口を開いた。
「同じかは分からねぇが、列車や電車を専門に撮影してる奴等の事でいいか?」
「そうそれ。で?何で里香ちゃん、こんなに怒ってるの?」
今も仁成の目の前には、強く握られた拳を震わせ、般若の面を付けた里香子がじっとテーブルの真ん中を睨み続けていた。
「あぁ、それはな。三年前に世界的な魔法士が日ノ本で講演を開いたんだ。その時、こいつは一年目のペーペー。おいそれと休みなんか取れねぇ。そんな中で必死に仕事をこなして、褒賞で休みと公演チケットを勝ち取った。あとは分かるだろ?」
「あぁ~」
それだけ言われれば、どんな鈍い奴でも分かる。里香子はその楽しみにしていた公演に、撮り鉄のせいで間に合わず、その魔法士とも会えずに休みが潰れたのだろうと想像できた。
「そういうこった。そのうち元に戻る。それでこっちだと、一部の撮り鉄たちが電車に乗る訳でもねぇのに駅のホームを占領したり、カメラのフレームに入った途端、一般客だろうがお構いなしに罵倒する奴もいる。他人の敷地内に無断で入ったり、線路内に入って運行を邪魔する奴までいてな。社会問題になってる。そっちはどうなんだ?」
「うわぁ、まじで全く同じじゃん。こっちもほぼ一緒だよ。他人の敷地に生えてた桜が邪魔だから伐採したり、駅員さんを困らせたりしてる。電車を止めた人もいるよ」
「まぁ、マナーを守って撮影してる奴が大半なんだろうが、一部の猿のせいで印象は最悪だわな」
「意外な共通点だねぇ」
「嬉しくねぇ、共通点だがな」
「確かにそうだね」
「ふぅーーーー。ごめん。もう大丈夫」
ようやく復活した里香子の顔から般若の面は消えているが、目は笑っていない。それだけ、里香子にとって許せなかった出来事だったのだろう。
仁成はこれ以上地雷を踏まない為にも、にこやかな笑顔を貼り付けた。
「いいよ~。気にしないで。ということで、オタクについてでした。俺も当時を知らないから、昔のオタクについては間違ってるかもしれないけど、こんな感じだよ」
「ありがとよ。まぁ、こっちでは使われてないからな。口には出すな」
「了解。それで、ちょっと覗いてみたいんだけど、いい?」
「一番近いプラモ屋なら、此処から歩いて一時間くらいの所だな。バスで行くか」
「案内よろしこ」
食後の一服も終えた三人は、次の目的地に向かって混み始めた店内を眺めながら、会計のために店の入り口に向かった。
会計は一馬が代表して毎回行っているが、その手に持っている財布は仁成の物である。
彼は一部の遺物を無償で提供することにしたが、その他の遺物に関してはオークションに出品することを決めていた。ただ、先立つものが無ければなんとやら。
現金財産を一切持たない仁成は渡辺経由で景月に相談し、一部の遺物を現金に換えることにした。
遺物は仁成より先に、関所から第20旅団所有の施設に運び込まれており、その中の一部を景月が信頼を置く鑑定士を呼んで、査定と買取を行ってもらった。
手数料を引いた収益は全て、景月の部下が用意していた仁成の口座に振り込まれ、クレジットカードと数万円が入った財布が仁成の元に届いた。
こうして仁成は、無職のままたった一日で一財産を築くことに成功したわけである。
そして、仁成はぼかし気味にその事を一馬と里香子に伝えたところ、二人は一瞬で大人というプライドを何処かに置き去りにして、仁成の財布で飲食を共にする選択をした。
ちなみに、毎回この二人だけが良い思いをしていては、他の護衛が不満に思うだろうと、仁成は毎回何かしら土産を持ち帰っている。
およそ一時間後、仁成と一馬の二人は開店しているのかどうかも分からない店の入口の前にいた。
里香子は二つほど建物を跨いだカフェで、一人食後のデザートを満喫中である。もちろん仁成の財布で。まだ偏見根強いオタク趣味の店。そこに女性である里香子が入るのは何かと勇気がいる。それにもしも万が一、彼女の知り合いにでも入る所を見られれば、彼女の今後の交友関係にもヒビが入るかもしれない。それらを考慮して、今回は一馬だけが仁成と一緒に店に入ることになった。
一馬が案内した店は、一応通りに面してはいるが正面には看板も入り口も無く、路地に入った先に隠れるように入り口が設置されている個人店舗。
普通なら客寄せ用のショーケースがあってもよさそうな所だが、入口の硝子戸にはカーテンが閉められ、店内を見る事も出来ない。
扉に「ホビーショップ・カブキヤ」と「開店」と書かれた二つの看板が掛けられているのみだった。
「これだけで、オタク趣味のカーストが窺い知れるねぇ」
「まぁ、その何だ。ご時世的な面でも敬遠されがちなんだよ」
「まぁ、その言い分は何となく分かるよ。プラモ作って魔獣を倒せるくらい強くなれるなら、文句は言われないだろうけど、そうじゃないからね」
「そういうことだ。入るぞ」
一馬が扉を押して開くと、軽いチャイムベルが静かな店内に響いた。
その音を聞きながら、一歩踏み出した一馬は思わず後退る。
そのすぐ後ろにいた仁成は、ギリギリで身体を仰け反らせぶつかるのを回避すると、一馬の脇から店内を覗き見て、その目を輝かせた。
一歩入った瞬間から足の踏み場がない程の商品が二人を出迎える。
天井まで伸びる高い棚には、どうやって取ればいいのか分からないほど、商品がぎっしりと詰まり、中には箱が大きいのかはみ出して通路に暗い影を落としている。
通路は人が横にならないと通れないほど狭い。その理由はもちろん棚に入りきらなかったであろう商品が絶妙なバランスを維持して、積み上がっているからである。
明るいはずの白い蛍光灯は、どことなく夜の暗い道を照らす街灯のような雰囲気を演出していた。
その混沌とした店内を見て、一人は口を大きく開けて固まり、一人は満面の笑顔で視線をあちこちに動かしていた。
仁成が知るホビー系の個人店舗は、整理整頓がされたタイプと、目の前に広がる混沌タイプに分かれていた。
特に気にしたことは無いが、仁成は混沌とした店の方が好きな傾向があった。何故なら、そういった店には古いフィギアやプラモがが転がっていることがあり、その中にはプレミアが付いている物が定価以下で売られていたりもする。そういった掘り出し物を探す時間も、仁成は好きだった。時には何も買わずに、只々店舗内を目的もなく探検することもあった。
そんな記憶が蘇った仁成は一馬を押し退け、狭い通路を器用にすり抜けながら奥へと進んで行った。
「あっ。おい、待て」
それに慌てて追いかけようとした一馬だったが、少しでも触れれば崩れ落ちそうな商品の前に、店の奥に迷わず進む仁成の背をただ見送ることしか出来ず、途方に暮れるのだった。
「いらっしゃい。初めて見るお客さんだね。通路の商品は好きに取って見ていいけど、崩さないよう気を付けてね。あと、棚の高い所の商品は言ってくれれば取るから、勝手に触らないでね」




