021「華の都 1」
正式名称日ノ本皇国は極東に位置する島国として、建国から3000年の歴史ある国家として知られている。
武士政権から再び王政国家となっていた日ノ本皇国だが、近代化が進む中で平民の中から優秀な者にも政治参加の機会が与えられると、段階を踏んで民主化が進められた。そして、立憲君主制国家として生まれ変わりつつある。
だが、仁成がいた日本と違い、完全民主化は果たしていない。天皇を始めとする皇族の政治参加権、公家や武士から華族に名を変えた特権階級は残ったままである。
選挙で選ばれる中央上下院議会の議員と違い、その上に朝廷議会には選挙ではなく血筋によって選ばれた議員が就くことも変わらない。
朝廷議会の主な役割は二つ。中央議会の監査と、緊急時に中央議会を飛ばして迅速に事を進める最高意思決定機関としての役割を担っている。
朝廷議会での決定は原則覆すことは出来ないが、国民総選挙によって是非を問う事は可能。ただし、毎回朝廷議会の決定に異議を申し立てられれば、迅速に事を進めることも、最高意思決定機関として威厳を損なうとし、是非を問う国民総選挙は四年に一度しかその権利を行使できないとしている。
そしてもう一つ重要な点は、議員になるための資格。一つ、皇族あるいは公家、そして華族である事。一つ、本家当主から三親等内かつ、各家の議席は一つ。一つ、18歳以上の成人であること。議員本人が当主である場合は15歳以上であること。一つ、議員本人が諸事情で出席が叶わない場合、代理を立てることは認める。代理資格は18歳以上、本家筋の者であること。などがある。
しかし民主化の影響を受けて、近年になって平民にも朝廷議員の資格を得る機会が与えられた。
機会を得るには現職朝廷議員、あるいは議員資格を持つ皇族、氏族からの推薦を受ける必要がある。しかし、これはまだ議員になれる機会を得られたにすぎない。その後、厳正な身辺調査を合格し、現職朝廷議員の過半数から『可』を得る必要がある。
この三つの関門を突破した者にだけ、一代華族の称号と共に議員資格が与えられる。
魔導大学教授にして、雷神の二つ名で知られる特級魔法士望月和彦は、この資格を40歳の頃に皇族からの推薦を受け、旧知の間柄である現職議員の派閥の力を借りて、無事に過半数から『可』を得て朝廷議会に籍を置いている。
この事から分かる通り、英雄として国民からの人気も高く、魔導学においては日ノ本随一の見識を誇る和彦であっても、決して簡単に資格を得ることが出来ない。普通の一般人では機会さえ得ることは到底不可能とされている。
ちなみに中央議会の議員とは異なり、朝廷議会の議員は完全名誉職であり、議員報酬は一切無く、外遊の際に政府専用機が使用できるくらいの特権しか与えられていない。
首都京都。その洛中の一角に朝廷議会は設けられている。
かつては皇族専用御所として建てられた歴史ある建物を、議会のために解放されている。
基本的な国家運営は政府と中央上下院議会が進めるため、朝廷議会は奇数月のみの開かれ、議題の量によっては数日、あるいは数週間ほど。
だが、今回は違う。天皇直々に招集された緊急議会。
現職議員のみならず、有力氏族の当主や皇族も招集されていた。
「和彦君。今回の招集は君が皇族に強く働き掛け、天皇陛下をも動かしたと聞いた。本当か?」
何時も通り、早めに議会の席についていた和彦に話しかけて来たのは、中部地方に勢力を築く織田家現当主織田信定。その隣には長男の信秀がいた。
信定と和彦は旧知の中であり、議員推薦を受けた折りには織田家の派閥が和彦を後押したことで、和彦は無事に議員に迎えられた過去がある。
「信定君。それに信秀君も。壮健そうで何よりだ。玲子さんは元気かい?」
「あぁ、玲子も元気だ」
信定は暢気に近況を聞いて来る和彦に、変わらない奴だなと思いつつ応えながら、まだ空いている隣の席に着いた。息子の信秀は軽く頭を下げると、彼らの後ろの席に着き、聞き耳を立て始める。
「確かに私が働きかけたが、尾ひれがつき過ぎてるね。確かに議員後見人になって下さった皇族家を通したとはいえ、ここまで早く議会が開かれるとは思ってもみなかった。来月の定例議会でと伝えたんだがね…」
「…例の瘴気溜りが絡んでいるのか?それとも、洛外で度々報告が上がる不審死体の件かな?」
織田家は和彦が花衣町に数日滞在していたことに加え、同時期に完全民主化を叫ぶ極左翼の息が掛かっていた魔導兵部隊の全滅していることも掴んでいる。
そして、議会が開かれない偶数月、それも年末が迫る師走に招集された事で、今回の議題が京近郊に生まれた瘴気溜りについてではないかと予想されていた。
「関係してるかしてないかで言えば、してるだろうね。だけどもう少し時間が欲しかったね。私も今回の緊急招集には焦ったよ。資料もまだ未完成だから年明けにと念押しして伝えたんだけど、それでも構わないと言われたらしょうがない」
「そうか。それで?何があった」
「すぐに分かるよ。私が説明のために壇上に立つ様にも言われているからね」
「少しくらい教えてくれてもいいだろう」
「ははは。例の子も絡んでるとだけ」
「あの身元不明の魔人か。彼の情報も教えてくれるのかな?」
「織田家ならある程度知ってるだろ。関係があるから、少しは開示するつもりだ」
「なら、楽しみにしていよう。そうだ。絵美さんもこちらに来ているのか?来てるなら今夜食事でもどうだ?玲子も来ているんだ」
「長男夫婦と孫達と一緒に観光しているよ」
「なら子供と孫も呼ぶと言い」
「そらはありがたい。でも、今日は予定がある。残念だ」
「そうか。私も残念だ。では」
「また次の機会に」
既に議員を長男の信秀に譲っている信定に本来席は無い。だが、今回は彼以外にも全国から有力氏族の当主や次期当主も招集されていることで、何時もより多くの椅子が用意されている。
信定は信秀を伴って、織田家の席に向かって行った。
「さて、どうなることやら」
離れていく友の背を眼だけで追い掛け、和彦は急いで仕上げた資料を見て不安を吐露した。
数十分後、一部の氏族家を除いて召集された全ての議員と氏族家が席に着くと、奥の間に今回彼らを招集した人物が姿を現した。
「天皇陛下、御成~り~」
侍従の張り上げた発声と共に、議場に集った氏族や華族全員が立ち上がり、深く頭を下げる。
同時に奥の間からまだ若々しい声がかかる。
「皆。よく集まってくれた。今回、出来る限り速やかに情報を共有すべきと判断し、余自らが皆を招集した。望月和彦。前に出よ」
「はっ」
名を直々に呼ばれた和彦は腹から声を出し応えると、議員の間を縫って壇上にと上がった。
その眼線の先には、奥の間から和彦を見ている天皇の姿があった。
日ノ本の天皇は神氣を身に纏う。長命ではないがほぼ老化現象とは無縁であり、死後にその神氣は直系筋の子孫に必ず受け継がれる。その代わりに魔力は一切持たない。この世界では最も稀有な存在の一人。
今代の天皇は20代の頃に、先代より神気を受け継いだことで見た眼こそ若いが、実年齢は60歳を超えている。
「今議題は望月に取り仕切らせる。始めよ」
天皇が奥の間に用意された椅子に腰かけると、和彦は天皇に一礼したあと居並ぶ氏族や華族を見渡した。
そこには、詳細を全く知らされないまま招集された事で、少し機嫌の悪い者が和彦を遠慮なく睨みつけていた。
「今回、皆様に集まって頂いたのは、花衣町で起こっている異常現象について情報を開示し、また共有させて頂くことを目的にしています」
「首都近郊の瘴気溜りの件ではないのか?」
招集された目的が議論ではなく、情報の共有である事。何より、その情報が京の都からそう遠くない山中で発生した瘴気溜りの件でないと知ると、議場は喧噪に包まれた。
「皆様。お静かに。確かに危急の案件は京の都近郊に発生した瘴気溜りではありますが、今は第一師団による防衛線が間に合い、魔獣は一体も外に出ていないとのことです。広がる気配も今はありません。話を続けされてもらってよろしいでしょうか?」
和彦の言葉に、数人の議員が食い下がるも、徐々に静かになる議場の雰囲気に押され口を閉ざした。
「御理解頂き感謝申し上げます。改めて申し上げます。今日皆様にお集まりいただいたのは、現在花井町で発生している異常現象についてお話したいことがあったためです」
約八か月前から、色々と話題に事欠かない花衣町の名が出たことで、議場は再び囁き声で埋め尽くされた。
「花衣町に滞在していた身元不明の魔人がいることは、皆様もご存知かと思います。彼の魔人については現在、陸軍第20旅団が身柄を保護し、町から離れています。安全上の理由から滞在地は秘匿とさせて頂きたい」
「ほう。それは初耳だ。そういえば、魔導兵千人程が魔人と接触以後、その姿を消したと聞いたが?」
民主化に対して一定の理解を示している議員からの追及。しかし、予想されていた質問に和彦が焦ることは無かった。
「軍事機密を私の口から申し上げることは出来ません。さて、用意してくれ給え」
軽く受け流した和彦を睨みつけつつも、彼の言い分はもっともであり、追及は逆に自身の立場を悪くすると気付いたのか、その議員はすぐに追及を諦めだんまりを決め込む。
それを尻目に、和彦は控えていた職員達に合図を送り壇上にテーブルを用意させると、その上に仁成が収集していた数々の品が並べるように指示した。
テーブルに並べられる品に統一性はなく、大衆向け雑誌から骨董品まで様々な品が並ぶ。
「なっ!それは」「おい。あれはまさか」
目利きの出来る者の中には、次々と運ばれてくる品の中に混じる刀や槍などを見て、思わず声を上げた者達もいた。
「何故、それが此処にある!それは遺失したはずの遺物ではないのか!」
「待て。それは――――」
次々と声を上げる氏族家の面々に、和彦は冷静に手を上げて静まる様に促す。それでも、口々に囁く声の多さに、議場は鎮まることは無かった。
「皆。まずは望月の話を聞け。この場が終わり次第、所有者が判明している遺物に関しては、余の見守る前で各家や個人に返却することを約す」
奥の間からの声に議場は一瞬で静まり返る。和彦は振り向いて、助け舟を出した御前に深くお辞儀をした。
「皆様。陛下が仰りました通り、この場が終わり次第、所有者が分かっている遺物に関して御渡し致します。まずは何故ここにこれらがあるのか、その説明をさせて頂きたい」
「進めてくれ」
静まり返る議場に信定の声が通る。彼もまた落ち着いている風を装って入るが、内心では乱れていた。
織田家が中部の雄として名を馳せることになったのは戦国時代に、信定の先祖である織田上総介信長の手腕によるものである。
同時に信長は、かつて平安の都に暗い陰を落とした悪鬼『酒呑童子』が復活した際、一早く駆けつけ、酒呑童子を自ら斬り伏し、京の都を救った英雄でもある。しかし、信長自身は酒呑童子が放った死に際の呪いによって、戦いから一年も経たずに亡くなっている。
そして酒呑童子に止めを刺し、その後行方が分からなくなっていた刀こそ、信長の愛刀「へし切長谷部」である。
織田家にとって家宝とも呼べるその刀が、信定と信秀が見詰める先にあった。
「これら全ての品は魔人タダノヒトナリが、花衣町の各所から集めたものになります」
和彦の語る話しに、その場にいる全員が緊張を高めた。特に同じ瘴気汚染区域を有している氏族家にとっては他人事ではない。
もし和彦の話が本当ならば、彼らの目の前に並ぶ数々の品が、時間と空間を越え、花衣町に出現したことになるからである。
「望月君、君の話を疑うつもりはない。だが確認したい。それらの品は本当に件の魔人が花衣町の中で集めたもので間違いないんだな?」
信定は少し震える声で和彦に問いかけた。彼以外にも同じ問いを掛けようとした者は大勢いた。それ程までに信じられない事でもあった。
「事実です。これをご覧下さい」
「それは?」
「成人向けの大衆雑誌です。この雑誌は先月発売されたばかりの物です。これをタダノヒトナリ本人の証言では、半年以上前に手に入れたそうです」
「それを証明する証拠はあるのかね?先月と言うなら、花井町を管轄する第20旅団が渡していた可能性もあるだろう」
「はい。その指摘は尤もかと思います。こちらをご覧下さい」
和彦は議場のモニターにある映像を映した。そこには、モザイクが掛けられた人物が、雑誌を眺めている所だった。
和彦は少し映像を進める。
すると女性の声で「何をにやついているんだ」と謎の人物に話しかけた。話しかけられた謎の人物は表紙を見せながら堂々と「女の裸」と言ってのける。
「この映像は、軍がタダノヒトナリを把握した前後、正確には灰炎討伐の三日前の映像です。灰炎討伐作戦前、偵察に出て行方不明になっていた天月軍曹が、タダノヒトナリに保護され、所持していた記録媒体で撮影したものになります。この時、天月軍曹は気付かなったそうですが、見て頂いている通り彼が手にしている雑誌は間違いなくこの雑誌です。草壁君。聞きたいことがある」
和彦はそこで、一際驚きを隠せずにいる同じ一代華族の草壁朋美に視線を向けた。だが、その前に別の議員が声を上げた。
「何故、モザイクが掛かっているのだ?これでは、件の魔人かどうかわからないではないか」
声を上げたのは、仁成捕縛を指示した派閥に属する桂平蔵。だが、彼は派閥内でも良識ある人物と知られ、仁成を強制連行することに強く反対している一人であり、人権活動家でもある。
「タダノヒトナリの身の安全のためです。実は既に数回。未遂ではありますが誘拐、あるいは暗殺されかけています。また民間人が数名巻き込まれています。ご理解頂きたい」
「…分かった」
桂は自派閥の議員数人に鋭い視線を送る。彼もまた魑魅魍魎跋扈する政治の世界に生きる者。心当たりどころか、何かしらの情報を既に手にしているのだろう。それ以上は食い下がらず、腕を組み静かになった。
「改めて草薙君。聞きたい事がある」
「……先に確認したい事があります」
皆の視線が集中する中、草壁朋美の声は大きく震えていた。
「何でしょうか?」
「灰炎が討伐されたのは、五ヵ月以上前でしたね」
「はい、その通りです」
「そうですか…。その雑誌は先月発売されたもので間違いなく、その表紙は発売の一ヵ月前、つまり今から二ヵ月前に撮られたものです」
草壁朋美は和彦同様に推薦によって議席を得た一代華族である。彼女の本業は出版社を含む幾つか会社経営。和彦が手に持つ成人向けグラビア雑誌『逢体』も彼女が経営する出版社の雑誌である。
彼女が複数の会社を経営していることは知っていても、出版社を所持していることを知っている者は少ない。和彦もこの件が無ければ、調べることもしなかっただろう。
この件を調べる内にそのことを知った和彦は、皆に説明するための証拠としてこの雑誌を使うことにしたのである。そして、それは間違いなく正しかった。
「草壁君。この雑誌について君から説明を頼めるかな?」
「はい。私が経営している会社の出版物です。雑誌の表紙は一月から二月前に撮影をする様にしています。先月発売された『逢体』の表紙を飾る女優は私自ら出演を交渉したので、撮影現場に私も顔を出しています」
「皆様。今お聞きになった通り、草壁君が証人となってくれました。もう一度、お聞き頂きたい。この雑誌は少なくとも二ヵ月前には存在せず、四ヵ月前には花衣町に存在したことになります。私が調べたところ、この雑誌が印刷所で刷られたのは一ヵ月半前のことです。そして、もう一つ。科学的な調査の結果。この雑誌は刷られてから一年ほど経過しています」
「望月君。いいかね?」
和彦が説明を一度区切ったところで、かつては花衣町が存在する備前国(現岡山)を納めていた華族宇喜多家現当主直昌だった。
「どうぞ。御遠慮なく、私から説明できることは何でもお答えします」
「他の高濃度汚染区域にも同じ異常現象は確認されいるのか聞きたい」
「まだ調査中です。何せタダノヒトナリから聞き出した話では、見つけた場所や時間に統一性は一切なく、中には遺体が身に付けていた物まであります。織田家の家宝とも言えるこの『へし切長谷部』は陥没した道路の真ん中に突き刺さっていたそうです。その道は何度も彼自身が通っており、最初にその陥没を確認した時には無かったそうです」
「増々不穏な話になって来たな。もう二つ。その件の魔人は並行世界の日ノ本から来たという話を耳にした。事実か?事実なら、今回の異常現象に関係していると思うか?」
「事実かは不明です。彼の証言のみでは確実性に欠けるためです。ただ、彼が並行世界の人物である可能性は高い。後ほど物的証拠をお見せします。今回の異常現象にダタノヒトナリが関係しているかは不明です。もし仮に彼が並行世界から来た人間だとするならば、巻き込まれただけの可能性もあります。または彼自身がこちらに来たことで発生している異常とも言えるかもしれない。私の見解は、少なからず関係していると予想しています。では、先程話した証拠をお見せします。これを実際に触れて見て頂きたいと思います」
和彦は仁成から許可を貰って持参したスマートフォンを皆に見せる。その小さな手帳ほどの薄い板状の機器は、近年アメリアが開発した携帯型通信機器に似ていなくもない。
和彦はまず、一番近くにいる年長の議員に手渡した。
「源様。ここを押してください」
「ここだな」
一番年長にして、元は皇族の家系でもある氏族源家の前々当主の老人は、和彦の指示通りに機器の側面にある小さなボタンを押した。すると、暗い液晶が一瞬で明るくなる。
「おお…。これは最近アメリアが開発した通信機器に似ているが?」
「いいえ、違います。これはタダノヒトナリが所持していた物です。あちらの世界では、20年以上前から流通し始め、今では誰もが持つ一般的な携帯型通話機器だそうです。名前をスマートフォンと呼ぶそうです。これ一つで、ビデオ通話からメール、ネット通信機能まで網羅しています。また、様々なアプリと呼ばれるソフトを用いることで、文章の作成から会計、歩数計など様々な機能を持たせることも出来るそうです。どうぞ、順番に触って見て下さい。ただお気を付け頂きたい。これは一つしかないため、破損だけはご注意いただきたい。中の精密部品の大部分が、現在の日ノ本の技術力では再現が難しい物ばかりです」
「わかった。皆も気を付けて触る様に」
皆からは長老とも呼ばれる重鎮からの言葉に、皆は頷きながらも通信機器が気になるのか、視線は常に彼の手元に集中していた。
それから少し時間を設け、通信機器を触りたい者は和彦の元に、それに興味が無い者はテーブルに並べられた品々を見て回った。
天皇自身も奥の間から降りて、皆に混ざってスマートフォンの検分を始めた。
「…雷神よ。これを再現できるか?」
スマートフォンは直前になって持参することが決まったため、天皇も報告は受けていたが、実物に触れるとは思っていなかったためか、触る手は少し緊張を帯びて、慎重だった。
「…これは私の意見ではありませんが、タダノヒトナリは出来ると申していました」
「まだ十代の子供のはずだが?」
「彼曰く、『同じ民族なら、実物があるのだから、数年もあれば技術は追いつけるだろう』と。それと、もう一つ」
「何だ?」
「『こっちには魔導技術があるんだから、もう少し生活に活かしなよ』だそうです。実際、彼の世界で同じ様に魔導技術があるなら、今頃一般市民でも使える魔道具が溢れているだろうと。この機器の小型化に一早く成功したのも、あちらの世界の日ノ本だそうです」
「ふっ。同じ民族か。言ってくれるではないか。ならば、その期待に応えて見せようか。この機器を余の名で接収する」
「畏まりました。ですが、接収は響きが悪うございます。タダノヒトナリからは、献上する旨を聞いております」
「では、これを余から…織田家に預けるとしよう。そこから其方が自由にせよ」
「はっ。畏まりました」
「それで、通話は出来るのか?」
「いいえ。こちらの世界に来てから、一部の機能を除けば通話も通信も出来なくなったとのことです。そのため、研究用に当初は対価を払って貰い受ける予定でした」
「対価か…。献上品ではあるが払っても良かろう。何を望んだ?」
「陛下の御耳に入れるには…」
「良い。申してみよ」
「…それでしたら。こちらの逢体に出て来る専門女優複数名に筆卸しをと。既に彼の希望に沿った女優複数名と話を進めておりました」
「…ふふふ。はははははははははははは。それだけか?これは世界中が欲する技術の塊のはずだぞ?ははははは」
「はい。ですが、ただ一つ問題が」
「何だ?」
「これもタダノヒトナリから提供された情報ですが、この機器の液晶に使われている技術の一つに、青色発光ダイオードが使われております」
「…確か、いまだに実現に至っていなかったな?」
「はい。テレビなどのモニターは色を発色させてカラー映像を映し出しています。このスマートフォンもそこは同様です。ここで重要なのが光の三原色である赤、緑、青の三色になります。この内、赤と緑は既に存在します。しかし青色は今だ開発されていません」
「難しいか?」
「はい。私も専門ではありませんが、二つの点で開発が困難となっていることは知っております。一つは半導体媒体の結晶化。二つ目は電気を流すための制御が困難なことです」
「それを、あちらの世界では開発に成功したと?」
「それも同じ日ノ本人の研究者によるものだそうです。彼の世界ではその功績で、開発者には世界的な賞が贈られたそうです」
「タダノ本人にその知識は?」
「無いとのことです。さすがに専門性の高い知識ですので」
「さすがにか…。仕方あるまい。慎重に解析を進め、技術の再現に務めよ。それと、さすがに対価が少なすぎるな」
「はい。それ点は此方も懸念しております。タダノヒトナリは朧や雷電の回収だけでなく、あちらに並ぶ品々も提供してもらっています。特に家宝級の物に関しては無償で返却する旨も一筆書いています。本人からは何か欲しいものが出来たらとは言われていますが、どうしたものかと思案している所であります」
「…無欲な様にも見えるが、強かだな」
「はい。これを恩に着ぬ者は此処にはいないでしょう。確実に、それを狙ってのことかと思います」
「源爺よ。其方の意見は?」
朝廷議会に置いて、天皇と直接話せる人物は少ない。その少ない人物の一人が源老人。若くして天皇になった今生天皇を陰で支え続けた一人。そのため、議席を息子に譲った後も朝廷議会への出入りが許されている人物でもある。
「…そうですな。長い者には巻かれろと言う諺がある様に、こちらを無視するつもりはないと暗に伝えたいのでしょう。まぁ、若造の考えそうな浅はかさはありますなぁ。一部の家は御しやすいと勘違いするかもしれません。ですが、もしそれがこちらを選別するためにわざと行っているなら、少々面倒な青年ですなぁ」
「面倒か…。和彦よ。其方から見てどうだ?」
「おそらく源老の仰った通りです。彼との会話は一見すると友好的に見える一方。決して互いに踏み込ませない壁を感じます。妻曰く、何かあれば何時でも関係を断ち切れる関係を維持している様に見えると」
「ならば、深入りせず一定の距離を保つのが良いか」
「おそらくは。ただ、不意に何処かに姿を消す可能性も十分にあり得ます」
「しばらくは様子を見るとしよう。ところで、持ち主不明の物はどうするのだ?」
「一部の品は幾つかの機関や個人に譲渡が既に決まっています。歴史的価値のある物は寄贈を。そうでない物は一旦研究所で預かり、一部は競売にかけて収益から手数料を引いたものを、タダノヒトナリの資産とする予定です」
「それで構わぬ。進めよ。それと、これの再現が不可能でも、その過程で得られた技術や知識は無駄にはならないだろう。決して焦らず、確実に。研究所にはそう伝えておくのだ」
「畏まりました。陛下もお気に召すものがあれば、仰ってください」
和彦の言葉に、天皇は少しだけ思案するふりを見せる。
「ならば余も見て回るとするか。源爺はどうする?一緒に見て回らぬか?」
「御供しましょう。へし切長谷部は当家の家宝に並ぶ伝説の遺物です。同じ悪鬼を討った刀、この眼で見れるとは思いもしませんでしたな」
「そうでな。童子切り長谷部とでも改名させるか?」
「ほほほ。それはさすがに。当家の家宝の太刀に既についておりますれば」
「冗談だ。しかし、これで悪鬼を斬り伏せた伝説が二振り。何か不吉なものを感じるな」
天皇と源老をお辞儀で見送った和彦は、それまで天皇に遠慮して控えていた議員たちに質問攻めにあうのだった。
朝廷議会が終わりを迎え、天皇が議場から退席するやいなや、一部の議員はそそくさと議場を後にしだした。
一足先に議場を後にした彼らは、言わゆるリベラル派と呼ばれる議員たち。民主化にも寛容で後押しもしている。だが、その実は皇族権力を削ぎたいだけであり、かつての武士政権時代に持っていた特権や権力に固執している者の集まりでしかない。ある意味では最右翼とも言える面倒な者達の集まり。
ヒトナリを捕獲するために、第四師団から魔導兵部隊を送り出した黒幕でもある。もちろんこの場に集まる議員の多くが、その事を調査し既に知っている。だが同時に、その情報を誰が誰に使うかで水面下では暗闘が繰り広げられ、誰も触れることなく今回の議会は閉幕することになった。
彼らリベラル派は、ある程度追及されることを覚悟で今回の議会に挑んでいた。だが、蓋を開けてみれば誰もその事に触れなかった。そして彼らは図々しくも、スマートフォンの解析と技術開発を申し出た。
だが、和彦の次の言葉でそれは阻止された。
「拒否させて頂く。先程タダノヒトナリから天皇陛下へ献上された。そして今は陛下より織田家に、そこから私が直々に預かっている」
和彦はこの時、天皇の意図を理解した。わざわざ接収するほどかと思っていたが、彼らに渡したくなかったのだと。
既に天皇の財産たるものを、勝手に譲渡など出来ない。するなら天皇本人に許可を貰えと言われた彼らは、ここでも歯がゆい思いをした。
さらに言えば、何故か彼らの派閥に関係する遺物だけが一つも存在しなかった。偶然とは思いたいが、何かしらの意図を感じずにはいられない出来事だった。
それを尻目に議会の閉幕後すぐに、再び登場した天皇が見守る中で各家由来の品が正式に返却された。
残っていた数人の左翼議員達は、再び登場した天皇の手前下がる事も出来ず、またもや歯がゆい思いをすることになるのだった。




