020「分かれ道 10」
警察署から出た近藤達は、魔物が積み上がっている空き地に足を運び、そこで改めて魔物を検分していた。
「…相当変異が進んでいるね」
「えぇ。どれも三回以上の変異を遂げている個体ばかりです」
近藤と和彦の前には、隊員が検分用として基地に持ち帰る魔物数体が並んでいる。変異の度合い毎に二体から三体。
その中で最も変異が進んでいる個体が兎。魔物化が進み変異を繰り返した個体は、生態まで変貌する場合がある。五回ほど変異が進んでいるとみられる兎も、口元に生々しい血痕があることから草食から雑食に変貌しているとみられ、胃の内容物を調べるために持ち帰ることになった。
「瘴気濃度が影響しているのは確実だね」
魔物の変異についてはまだ研究中ではっきりとした事は解っていない。ただ、瘴気に高い順応を示した個体程、変異が進みやすい事は解っているのみ。そして、その変異の仕方も様々で法則性も解っていない。
「琥珀ちゃんは女の子なのねぇ。千影ちゃんは?男の子ね。じゃあ千影君だねぇ。二人共とっても賢いのねぇ。モフモフしたいけど。…駄目?」
真剣に話す二人を他所に、絵美は少し離れた所で三頭の親子を観察していた。
本当はその毛並みを撫でまわしたいのだが、二頭は決して人の手が届く範囲に近づかないし、近づけさせない。何より、その背後には鋭い視線で監視している母親がいる。絵美は撫でることを我慢して、近くで見守ることにしていた。
これは仁成が月夜と話し合って、琥珀と千影に人の手が届く範囲に近づかない様に言い聞かせているからである。その理由はもちろん、精神系魔法を懸念してのことだった。
そんな琥珀と千影だが、母である月夜に見守られながら、今日も昨日と同様に、魔臓をかっ喰らっていた。
魔臓が抜かれた死骸は、すぐに隊員の手によって少し離れた畑に掘られた穴に運ばれ、炎で焼却されている。
「顔付きは二人共凛々しいわねぇ。お母さんの面影もあるけど、どちらかというと父親の血統が強いのかしら?狼系の顔付き。う~ん、でもどことなく可愛らしさもあって、たまらないわねぇ」
「絵美。あまり近付いて警戒させちゃだめだよ」
「えぇ、分かってるわ。でも本当に賢いわよ、この子達」
「ん。その線は何だい?」
絵美の前には線が引いてある。というよりも月夜達を囲むように線が引いてあるが正しい。
「この線のこと?これ以上近づくと、月夜ちゃんが牙を剥く範囲よ。琥珀ちゃんと月夜君も、この線から先に誰かが入ろうとしたら、食べるのを止めてすぐに月夜ちゃんの近くに行くわ」
「そうなのか…」
和彦はそれを聞き、試しに一歩。線のぎりぎりまで足を出した。だが、三頭は一切反応しない。
さらに少し足を前に出し、指先が線の上に乗った。
「もう和彦さん。邪魔しちゃだめよ」
絵美の叱責に和彦は足を下げ、絵美の隣までゆっくりと下がる。
「…悪かったね。もう邪魔はしないから、ゆっくり食事を楽しんでくれ」
和彦の足先が線にかかった瞬間。琥珀と千影はその場から一瞬で月夜の傍に移動し、姿勢を低く保ちながらじっと和彦の動きを探っていた。
和彦を見るその眼は暗く、光はない。目の前にいるはずなのに、まるでそこにいないかのように気配が無くなっていた。
逆に月夜はその存在を知らしめるように、その鋭い眼光で和彦を射抜いていた。
「いやぁ、凄いね」
再び裂かれた腹の中に鼻先を突っ込んで、魔臓を漁り始めた二頭を見ながら、和彦は改めて仁成が共に暮らしている三頭の魔獣の評価を上げた。
母親の月夜と呼ばれる個体は、額の白い丸の模様の周りに、小さな丸模様が五つ。変異を5回、あるいは6回遂げている証拠。
子供の方も此処に来る間に見て、変異を少なくとも2回はしていることが分かっている。
「教授少しこちらに」
近藤に呼ばれ、和彦は月夜達に背を向けて離れた。その背に突き刺さる月夜からの鋭い視線は、しばらくの間解かれることは無かった。
一体の魔獣を近藤達が囲んでいた。和仁はその近くに着くと、すぐに膝をついて異形の魔獣を調べ始める。
「変異したてで間違いないね。息はあったのかね?」
「我々が見つけた時には既に息はしていませんでした。ですが、念のため止めだけは刺しておきました」
「良い判断だ。皆も知っていると思うが、合成獣は第一変異と第二変異を遂げる時、一度仮死状態になる。そして生まれ変わる。一度殺したからと言って、油断してはいけない。確実に首や急所に致命傷を与えることを忘れてはいけない」
頭が三つ。脚は五つ。尾は七本。最低でも四体は捕食したであろう合成獣。だが、合成獣に生まれ変わる第一変異前に、和彦の魔法が致命傷を受け瀕死になっていたのか、彼らが見つけた時には既に息絶えていた。
「でも助かったね。こんな餌だらけの所で合成獣が生き延びてたらと思うと、ぞっとするね」
「ですが、この短期間で合成獣が二体も生まれるなど異常です」
「そうだね。それに瘴気が広がったのも気になるね。確かここは初期の汚染度は4だったね」
「はい。それから30年ほどで5に上がりました」
「10年もしない内に広域化は異常だ。出来れば、これ以上広がらない内に対処したいところだけど」
「予定ではまだ先です」
「そうだろうね。本来なら6に上がるまで50年以上猶予があったはずだ。先送りにされていても仕方ない。政府の判断次第だけど、少し私の方からも意見書を上げておくよ。さすがに無視はしないだろう」
「お願いします。…教授、これも瘴気の影響でしょうか」
「あぁ、瘴気は噴出した時と広がった時が一番濃度が上昇して危険だからね。火山の噴火の様なものだ。もしかしたら、この合成獣もその余波で生まれたのかもしれない。これも持ち帰ってくれ」
「はい。分かりました」
「まだ元となった魔物が解るかもしれない」
合成獣の厄介な所は、元となった魔物次第では強さが大きく変わること。仁成が数か月前に遭遇した合成獣は、元の魔物が判別不可能なまでに変貌していたことに加え、瀕死になった途端に魔獣が殺到し、骨まで平らげたことで調査はされていない。
だが、今回の合成獣はまだ小さい。捕食数も少なく、まだ元の魔物が辿れる可能性が高い段階だった。
合成獣の死骸は他の魔物の死骸と違い、用意されていた密閉出来る大袋に入れられると、予備の荷車に乗せられた。
「まず言っておきます。今、只野君が話した内容について、私から言えることは何もありません。肯定も否定も出来ない。それは分かってくれるかしら?」
「分かるよ。軍人さんだ。上の命令云々の前に、身元不明の怪しい男にあれこれ話すこと事態が危険だしね」
「分かってくれてありがとう。それで、只野君はどうするつもりかしら?」
「どうすると言われてもねぇ。とりあえず、こっちからも先に伝えておくよ。俺は別に此処に拘ってるわけじゃないからね」
「それは天月軍曹から聞いた話から、此方も察しています」
「此処に留まってる理由はさっき話した通りだけど、もう一つあげるとするなら、月夜達のことかな。なし崩し的とはいえ面倒を見る羽目になったから、此処に置いて行くことは出来ない。そっちはどう対応する予定?」
「一つは私達がこの花井町内に設けている要塞化済みの拠点が、監視小屋を置いている峠を越えた先、関所との中間にあります。そこに三頭は留まってもらう案。もう一つは名義上を第20旅団として従魔登録し、只野君に用意している偽の軍籍身分証と紐づけし、三頭を預ける形にする案の二つを用意してます」
「ちなみに聞きたいんだけど、その拠点ってシャワーとかある?」
「あります。拠点は瘴気を中和する装置があり、自家発電で電気も通ってます」
「…初めからそこに行けば良かったかなぁ~」
「そうね。そうしてくれていたら、私達も楽だったのだけど」
「だよねぇ。まぁ、いいや。何れはこの町から出るつもりではいたし。とりあえず、その拠点までは行こうかな」
「では、準備を手伝いましょう。空の荷台を一台用意してます」
「あぁ、それは必要ないかな。一応、持って出る物はある程度準備は終わらせてるんだよね。あとはこの魔法生活とかの雑貨類くらい。あぁ、そうだ。ついて来て」
仁成は珈琲を急いで飲み干すと、香を連れて先程魔法生活を取りに行った部屋に向かった。
その部屋は普段仁成が生活している部屋であり、貴重品類もこの部屋にまとめていた。
「…只野君。この地図は持ち出すのかしら?」
部屋に入ってすぐ、香は壁に貼られた数枚の地図を目敏く見つける。天月が話していた警察署周辺。つまり市街地入口の詳細な地図。
「欲しいならあげるよ。まだ予備はあるし、複製した手書きの地図もあるからね」
香は仁成の返事に、少し困惑した。あれだけこちらの足元を見ておいて、この地図の価値に気付いていないのか。そんな事を考えながらも、香は仁成の気が変わらない内に貼られていた地図を手にした。
「…凄い」
剥がした地図を事細かく見て、航空写真だけでは分からないかった情報が書き出されている地図に、香は釘付けになった。
瘴気汚染区域は薄紫の幕で覆われる。これは瘴気が太陽の紫外線に反応しているのではないかと言われているが、詳細は判明していない。
この膜は汚染度が4以上になると色の濃度も上がって行き、航空写真では鮮明な写真や映像が撮れなくなる。
そのため現地に実際に赴き撮影するか、手書きでの更新が必要不可欠になる。それを専門にする地図屋もいるくらいで、高値で取引されている。これを魔獣狩りなどに売れば、一般人の10年分くらいの稼ぎは余裕で叩き出せるだろう。
だが、仁成にとってはあまり価値がないらしい。
これをタダで手に入れ持ち帰った香は、年末の表彰時に特別褒賞金が与えられることになる。
「ちょっとこれらを見て欲しいんだよね」
仁成は棚に置いてある幾つかの雑貨をテーブルに並べながら、地図に夢中の香に声を掛け、また違う棚から様々な雑貨を並べ続ける。
「これは?」
「俺にも分からないんだよねぇ」
香の目の前には、年代も用途もバラバラの道具や武器、そして雑貨。古い物は見た目から一世紀以上前のものと思われるものもある。
「これらは何処で?」
「町の至る所かな?この警察署の中で見つけた物もあるよ。これとかね」
仁成が新たに取り出したのは、デザインからかなり昔の制服と思われる上着。近代化の波が到来し、西洋文化が本格的に日ノ本にも入って来た頃のものと思われた。
「…どれも使い込まれてるけど、腐敗も劣化も見られない。まるで最近まで実際に使用されていたみたい」
実際に並べられた物を手に取って確認していた香は、そこに生々しい人の温もりを感じた。そして、その中にはあるはずのないものまであることに困惑した。
「町の至る所と言ったけど、どんな場所にあったのか分かるものはある?」
「う~んと。ちょい待って」
仁成は違う棚からノートを一冊取り出すと、適当にパラパラと捲りながら見つけた日付と場所、そして発見物を香に教えた。
それらの物は普通の民家や庭先、崩れたアスファルトの中、遺体が身に付けていた物まである。
仁成は知らなかったが、初日に見つけた魔法生活も本来ならこの町にあるはずの無い物だった。何故なら、この雑誌が発行されたのは、この町が汚染区域に指定された約10年後だからである。
特に香が驚いたのが、一月前に発売されたばかりの成人向け雑誌があったこと。香は自分の眼が可笑しくなったのかと思い、何度も発行年と日付けを確認した。
「…只野君。近藤中佐も交えて話したいのだけど、此処に呼んでもいいかしら?」
「いいよ。あと教授も呼べば?絵美さんは外してね。やっぱりおかしいよねぇ」
「えぇ。おかしいなんてものじゃない。異常過ぎる。こちら渡辺少佐。近藤中佐、応答願います・・・・・・。すぐに教授と共にこちらに。先程の部屋の南側に二つ目の部屋に。はい、絵美さんは遠慮を。お願いします」
仁成でさえ気づいていることを、この世界の住人である彼女が気付かない訳がない。この異常現象は、出来るだけ知るものは少ない方が良い。そう判断した仁成は、和彦に着いて来そうな絵美だけは外すように言い、渡辺も同じ判断をした。
「ところで何故、近藤中佐と教授がいる時に出さなかったの?」
「あぁ、単純だよ。忘れてた」
「・・・そう。それなら、仕方ないわね」
単純明快な答えに、少しだけ香は肩の力が抜けた。
数分後。香の声色から緊急事態が発生したと感じた近藤は、和彦を連れて急いで仁成たちの元に駆け付けた。
そして二人は、香から渡された発売されたばかりの成人向け雑誌や、テーブルに並ぶ品々を見て絶句した。
「教授…」
「すまない。私にも訳が分からない。只野君。この雑誌は何時手に入れたんだい?」
さすがの和彦も理論上では可能と言われ、その可能性を世界中の学者が追い求めているが、今だに魔導学でも実現していない時間移動。そうとしか思えない現象の証拠の数々に、余裕のない顔を仁成に向けた。
「その雑誌なら、魔法生活と一緒に手に入れたから半年前だね。ここから東に行った住宅街。地図だとこの辺りにあるモータースって言えば分かる?車やバイクの整備とか請け負う小さな町工場」
「あぁ、分かるとも。それより、手に入れた場所よりも時期が問題だ。近藤君。直ちにこの場から離れることを提案する。出来るだけ早く、離れた方が良い」
「分かりました。只野君もそれでいいかな?」
「まぁ、いいよ。とりあえず持って行きたい物を選ぶから、手伝ってよ」
「分かった。3人程付けよう。こちら近藤だ。紫雨大尉。5人警察署に寄越してくれ。裏口から入れば一方通行だ。四階まで迷うことは無いはずだ。それと只野君の荷物を運ぶための箱も全て持って来てくれ。それと、何時でも拠点まで撤収できる様に準備をしてくれ。最悪魔物の処理は途中でも構わない。以上だ」
手早く指示を出した近藤は、並ぶ品々を手に取って見ている和彦と一緒に、自らも一つ一つ手に取って確かめ始める。
「時期が問題ってことは、この雑誌が此処にあること事態が異常ってことだよね?」
「そうね。近藤中佐。話しても?」
「あぁ、そのくらいは良いだろう。何より、実際に手に入れた彼から、撤収後にも詳細を聞きたいからな」
「只野君。この雑誌が発売されたのは先月なの」
「…それは、確かに異常だね」
「それだけじゃないぞ。君が持っている魔法生活も、本来は此処にあるのもおかしいんだ。ただ、魔物狩りの連中が持ち込んだ可能性もあって、そこまで重要視されていなかった」
「そうなんだ。そういえば、此処に半年近くいるけどその魔物狩りなんて会ったことないな」
「詳細は話せないけど、灰炎の討伐作戦が実施される予定だったの。万全を期すために、その前後の期間、この町は封鎖されていたの。その後は只野君。あなたのこともあって、封鎖が継続されていたという訳よ」
「あぁ、そうなんだ。…もしかして天月さんって、その事前準備で事故った感じかな?」
「えぇ、そうね。彼女は灰炎討伐作戦前の偵察任務中に行方不明になって、只野君に保護されたの」
「ありゃ~。もしかして俺余計なことした?」
仁成は小声で、だが近藤達に聴こえる様に「それなら、悪いことしちゃったなぁ」と呟く。
だが聴いていた三人は、仁成の声色から全く悪いことをしたとは思っていない事が伝わった。その態度に大人三人は少し呆れた顔を向けていた。
「そうね。見方によっては余計な事で間違いないわね」
「だが、そのおかげで此方は被害0で灰炎と合成獣を同時に排除できたとも言えるからな。全てが余計だったとも言い切れない。もちろん、天月軍曹の無事に保護できたことも含めてな。これは…凄いな。100年以上前のライターだ」
近藤は変わった形状の小物を手に取って、壊さない様に隅々まで丁寧に観察を始めた。
「あぁ、それライターだったんだ」
実の所、仁成が集めていた品々の中には用途不明の物も幾つかあった。だが、何故か不思議と仁成は集めていた。理由は今考えても分からない。何となく気になったからとしか言えなかった。
「ん?あぁ。私は愛煙家でね。その延長線でライターの収集を趣味にしている。このライターは130年前に主流だった形状のものだ。私も幾つか持っているが、これ程状態の良い物は持っていない」
「なら、それあげるよ」
「ありがたい所ではあるが、これは今起きている異常現象の物的証拠だ。撤収後に提出義務がある。私の手元には来ないだろう」
ライターをそっとテーブルに置く近藤の顔は、誰から見ても諦めきれない感情が滲み出ていた。
「そうなんだ。じゃあ、一筆書いてあげるよ。これは俺から近藤辰巳氏に友好の証に譲渡されたライターですって」
「……お願いできるかな?」
若干、職権乱用にも取れる提案だが、近藤は珍しい骨董品。それも傷一つ付いていない品の前に屈した。
「それくらい別に良いよ」
「滝軍曹以下、四名到着しました」
丁度、仁成と近藤の裏取引が完了したその時、近藤が手配したお手伝い要因の兵士が到着した。
「来たか。まず初めに、此処で見た物は口外禁止とする。良いな?」
「了解」
「三人は只野君が持って出る物を箱詰めと運搬を手伝う様に。二人、私の付け。テーブルに並んでいる物品を箱詰めするが、出来るだけ傷がつかない様に梱包する」
滝軍曹と他二名が仁成の元に、その他二人が近藤の元に集まり、それぞれの指示に従いながら荷造りに入った。
「これとこれは持って行って、これは…いいかな。あっ、そうだ。雑誌だけは渡さないよ?魔法生活は教授と取引の最中だしね」
先にも話していた通り、仁成は町から出る時に備えて荷造り済みの台車を用意している。今は持ち出す必要はないが、此処に帰って来ない事を想定して、仁成の部屋に置いてある貴重品を中心に荷造りを進めている。
「只野君。君は今何歳かな?」
「18歳だけど」
「なら問題ないだろう。君が持っている雑誌の半分は、成人雑誌だ。18歳未満だったら、残念だが所持を許可できなかったかもしれない。個人的には問題無いと思うのだがね」
「ほうほう。こっちでもこの手の類の雑誌やコンテンツは18歳が基準になってるんだね。個人的には、15歳くらいで解禁してもいいと思うけどね」
「それは少し早いんじゃないかしら?」
それに異を唱えたのは渡辺だった。この中では唯一の女性だからか、思春期の男のおサルさん事情がどれほど大変か、分からなくても仕方ないのかもしれない。
「早くないと思うよ?知ってるか分からないけど、男って定期的に出さないと生殖能力が落ちるんだよね。禁欲生活をした結果、無精子症になる人もいるらしいいからね。ちなみに、やり過ぎても刺激に慣れて不能になったり、遅漏になったりする」
「・・・そ、そうなのね」
仁成の真剣な顔と、部屋にいる男達が力強く頷くさまに気圧されたのか、渡辺はそれ以上この話題に触れることは避け、テーブルの上にある骨董品の梱包に集中し始めた。
「運動を推奨する癖に、その辺りの配慮が無いのも駄目だよねぇ」
「あぁ、確かに。運動すれば発散されるというが、そんなことは無いからな」
「滝軍曹は、話が分かるねぇ。疲れると、本能がどうしてもそっちに向かっちゃうからね。俺の世界にはオリンピックって言う世界的なスポーツの祭典があるんだけど?こっちには無いの?」
「あぁ、それはヨーロッパ地域の祭典だな。一時期は世界大会に広げる話もあったらしいが、瘴気災害が広がると同時になくなった。君の世界ではあるのか?」
「あるよ。四年に一度の祭典だね。陸上から球技、水泳やら色んな競技を国の代表が集まって競い合ってるよ。障碍者用のパラリンピックも日付をずらして開催される一大イベントだね」
「それで、そのオリンピックがどう話に繋がるんだ?」
滝以外の隊員も、仁成の話に興味を持ったのか、手は止めることは無かったが会話に加わってくる。もちろん、近藤達もその会話は聞いていた。
「あのね。代表選手は不正防止のために選手村って場所に隔離されるんだ。そこでは何故か、運営から避妊具が選手に大量に無料で配られるんだけど、毎年足らなくなるんだってさ」
「「…ははははははははははは」」
これには聞き耳を立てていた和彦や近藤達も笑いを堪えることが出来ず、部屋は大きな笑いで包まれた。ただ一人、香だけが呆れた顔で黙々と作業を続けてた。
「体力が有り余るんだろうな。枯れているよりも余程健全と言えるが、どのくらい配布されるんだ?」
「万単位だったかなぁ」
「「はははははははははははは」」
「中には外でヤッてる猛者もいるんだとか。他にもこんな話があったね。人類では不可能と言われてた壁を破って、記録を出した選手がいるんだけど、その人の部屋の前には世界中の女性アスリートが列を作ってたそうだよ」
「それは、つまり?」
「単に世界一の選手とヤリたいって人と。認知しなくてもいいから、本気で子種を欲した人に分かれてたみたいだね」
「羨ましい限りだなぁ」
「俺も並ばれてぇ」
「…はぁ、男っていつまで経ってもあれなんだから。んっ、これは何かしら?」
下ネタ話で盛り上がる男達に呆れつつ、香は仁成が集めた品の中に奇妙なものを見つけた。
形状は腕輪。表面はメッキ加工が施されているが、一部が剥がれ落ち、下地が覗いている。一見すればただの装飾品にも見えるが、下地には魔道具に用いられる術式回路らしきものも見える。
しかし、その用途は一切不明。そして他の品と比べて、その腕輪だけは劣化が進んでいるようにも見えた。
「教授、これを」
香はすぐに和彦にその魔道具と思われる腕輪を見せたが、魔力を通しても反応はなく、和彦でも用途は不明だった。
ただ、今の魔導技術では再現できないほど緻密な術式回路に、和彦はある可能性を感じた。
「只野君。この腕輪に見憶えは?」
和彦は滝達と雑談しながら作業をしている仁成に腕輪を見せた。
「あぁ、それかぁ。何時の間にか、俺の鞄の中にあったんだよねぇ」
「分からないという訳か…。近藤君。この腕輪は厳重に保管してくれ。現代では再現できないほど、精密な魔道具だ」
「分かりました」
近藤は渡された腕輪を、特に頑丈なケースの中に収めると、その周りに緩衝材を敷き詰めて蓋を閉じた。
一時間程で荷造りが終わると、仁成は近藤達と共に警察署前に集合した部隊に合流した。
「お~い。行くぞぉ」
集合する日ノ本軍から少し離れた位置で様子を窺っていた月夜達に仁成が手を振ると、彼女達はゆっくりと動き出し、彼の傍に集まった。
「あぁ、そうだ。月夜達は賢い。人の手が届く範囲には決して近づかない。もし、無理矢理近づいて来る人間がいたら、距離を保つ様に離れるとは思うけど、最悪は噛まれると思ってね」
「せっかくこんなにも近くにいるのに、もふもふできないなんて…残念ね」
「ごめんねぇ。こいつら人見知りだから」
仁成が注意事項を近藤達に伝えると、月夜達は隊員達にその鋭い牙と爪を剥き出しにして、軽く威嚇の唸り声を上げる。
その横では、仁成に並んで残念そうに溜息を吐く絵美の姿があった。
「皆。聞いての通りだ。魔獣には近づかない様に。撤収を始める。行動開始」
近藤の号令の元、仁成たちを中央に隊列を組んだ特殊魔導戦技大隊は警察署を後にした。
仁成がこの世界に来て約半年。誰もいない廃墟となった町から、仁成は外の世界に飛び出した。




