表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ただの人也。  作者: 梅酒
彷徨う魂
2/51

002「崩壊した町で 2」

 部屋の中は天井付近まで届く棚が並び、概ね全ての棚に物が残っていた。

「これは期待できるのでは?」

 仁成は一応部屋の電灯が点かないか、入ってすぐのスイッチを押したが明かりが点くことは無かった。

「駄目かぁ。どのくらい経ってるか分からないけど、諦めるかぁ」

 明かりを諦め、薄暗い部屋の中を進んだ仁成は、整備工場から持って来た懐中電灯の明かりを頼りに、棚ごとに何が置かれているのか表記を見ながらまずは目当ての食料を探し始めた。

 教室一つ分ほどの広さの部屋に並ぶ棚。その間を歩くこと三列目で、目当ての物を見つけた。

「…思ったよりあっさり見つかったな。こういうサバイバルものって、まず食糧確保に苦労するのが定番じゃね?」

 そんなことを言いつつも、内心では食料を無事に見つけたことに安堵した仁成は、一つ一つ箱の中身を確認しながら、とりあえず一週間分の乾パンと水、ビタミンなどの健康錠剤をカートに積み込んだ。この際消費期限など一切気にしない。腹を壊すかもしれないが、それ以上に飢える事の方が怖かった。

「ビタミン剤とかもあるんだなぁ。感謝感謝」

 そして、他に何があるか確認すべく、備品庫漁りを始めた。


 備品庫と書かれていただけあり、中には様々な物が揃っていた。その中からソーラー充電可能なランタン型のランプを二つ。そして乾電池を区分ごとに一束ずつ、そしてガス缶もダースでカートに放り込んだ。

 その他にノートなどの筆記用具一式から鋏などの小物を詰めると、仁成はひとまず部屋を後にした。

 部屋を出る際、野犬やらが入り込まないとも限らないため一応鍵を掛けてから出ることも忘れない。

 部屋から出た仁成はロビーまで戻ると、壁掛け時計に目を向けた。この町が放棄されてどれほど立っているか分からないが、その時計はいまだに時を刻み続けていた。時刻は既に午後二時を少し過ぎたところだった。

 一応腕時計も確認すると少しずれはあるが概ね同じ時刻を指していたので、探索はここまでにして仮拠点にした整備場に戻ることに決めた。

 一瞬、ここの方が良くないかとも考えたが、水道や電気のインフラは止まっている事は同じで、入口の硝子戸は割れて侵入し放題。さらに周辺には好戦的な化け物と言っても差し支えない野生動物が闊歩している事まで考え、仁成は町の中心から外れている整備場に戻ることに決めた。

 こうして仁成は、遺体から拝借した長めの警棒?を新たな相棒にして、危険な野生動物が闊歩する町に踏み出した。



 帰りのルートは通って来た道をそのまま通ることにした。別ルートを進んでもよさそうではあるが、もし瓦礫や別の野生動物の縄張りに入ってしまう事故も起きなくはない。

 今は確実に仮拠点に帰ることを優先することを仁成は選んだ。そのついでに、通って来たルートが安全かどうかも確認する意図もある。

 出来ればこれからも警察署には世話になる予定でいる。特に備品庫はまだ大量の物資が残っており、貴重な保管庫と最悪は避難所として機能してもらうつもりだった。また二階以降の部屋は殆ど漁っていない為、何かこの場所のことが分かる手掛かりが無いとも限らない。

 そのため、仁成は出来る限り危険の少ないルートを確保しておきたかったのである。

「詰め込み過ぎたな」

 行きは軽かったカートも、今は重たい銃や弾薬、装備品。そして水を積んでいるおかげでかなり重くなっていた。引っ張れない訳ではないが、帰りは少し時間が掛かるかもしれない。



 出来るだけ段差や亀裂の無い場所を進みながら、カートを引く事一時間。それは現れた。

「で、でけぇ」

 それを遠目から見つけた仁成はすぐに近くの瓦礫にカートと一緒に身を隠し、隙間からそれを覗いた。

 胴体だけで軽自動車くらいはありそうな狐が、その長く太い尻尾をゆらゆらと揺らしながら、住宅の瓦礫の影からのっそりと姿を現した。

「見た目狐だけど、でか過ぎだろ」

 日本が誇るアニメーションの巨匠が手掛けた長編アニメ作品。その一つに出て来てもおかしくないほど大きい狐。

 本来の狐は0.5~1.0mほどのはず。立ち上がっても仁成の胸元にも届かないはずである。だが、その狐は立ち上がらずとも、既に仁成の身長を越えている様に見えた。

 仁成の記憶では狐は人慣れもする動物だが、野生下の狐が人に懐くかは知らない。だからこそ、仁成は慎重に巨狐の動向を観察し、過ぎ去るのをただ待つことにした。さすがにあんな大きさの動物が疾走して来たらどうしようもない。


 待つこと数分。巨狐は道に出て来てからしばらくの間その場を動かず、相変らず尻尾をゆらゆらと揺らしながら何処かを見詰めていた。

 生憎、その視線の先を確かめようにも、仁成の横には瓦礫と化した住宅で視界が遮られているため分からない。

 だが、すぐに狐が何を見ていたか、仁成も目撃することになる。

「…ん?」

 まだ遠いが、何かを引きずる様な音が近づいてくる。その重量感のある音は徐々に大きくなり、そして止まった。

 仁成は顔は出さない様に、地面を這うようにして瓦礫の山を迂回し、狐から死角になる位置で顔を覗かせた。

「おいおい」

 少し離れた場所の半壊した住宅の影から、口の先端から舌を出して小刻みに震わせる蛇が顔を覗かせていた。見た目は狐の方が大きそうに見えるが、全長となるとおそらく蛇の圧勝だろう。

 仁成はその蛇を見て、小さい頃に父親が見ていた古いモンスターパニック映画を思い出した。人を軽々と飲み込めるほど大きい蛇が、ジャングルに何かをしに来た主人公達に襲い掛かる話だった気がするが、詳細は覚えていない。ただ憶えているのは、その蛇の体長が数十mもあることくらい。

 実際にはそんな個体は観測されていないが、今まさに仁成はその個体を観測した唯一の人類になったかもしれない。

 昔の記憶を思い出していた仁成だが、狐と蛇はそんな彼のことなどお構いなしに、互いに徐々に距離を詰め始めていた。

「…迂回するしかないかな?」

 まだ距離は十分にあるが、あの巨躯ならば仁成の所まで数秒で辿り居つくに違いない。鹿の跳躍力を見ていた仁成はすぐに道を引き返すためにカートの元まで戻ると、二頭の巨獣から離れる様にゆっくりと来た道を引き返した。


 結局あのあと、背後から聴こえる奇声と住宅が崩れる音にビビった仁成は、警察署まで一目散に逃げ帰った。

 そして一番上の階まで上り、署内に転がっていた双眼鏡を使って狐と蛇がいた辺りを観察した。

「まるで特撮映画見てるみたいだな…」

 四階とはいえ、二頭がいる場所と警察署の間にはマンションやビル、公営住宅などの背の高い建物が崩れずに残っている。

 その合間から見える二頭の争いは映画やゲームの中でしか見たことが無いような激しいものだった。同時に、現実離れした野生動物が暴れている所に、人が住めるはずがないとも納得もした。

 今も二匹がいる場所からは砂煙が高く舞い上がり、轟音が警察署まで届いている。

「…今日ここで夜を明かすしかないなぁ。…んっ」

 振り返った仁成は、扉の影にブーツを見つけた。

「誰かいる?」

 慎重に近づいた仁成が見つけたのは、特殊部隊が着用するような装備に身を包んだ白骨遺体。軽く遺体を探ってみると、着用しているベストには鉄板らしきものが入っている。

 さらにその遺体はアサルトライフルとショットガンを一丁ずつ、身に付けていた。

「使わせて頂きます」

 遺体に手を合わせ、仁成は遺体から使えそうな装備などを全て剥ぎ取ると、遺体を丁寧に寝かせ手を重ねてから部屋を後にした。


 予定とはだいぶ違うが、仁成は警察署での夜明かしに変更せざる負えなくなったため急いで動き始めた。

 巨獣の戦いも確かに気になるが、それよりも署内に散らばっている白骨遺体を、一番広い部屋に安置する作業に取り掛かった。

 一番広い部屋にした理由は物が少なかったことが上げられる。あるのは長机とパイプ椅子くらいでそれらは隣の部屋に放り込み、一階の遺体から運び、二階、そして三階、四階と続いた。四階で入れる部屋に遺体は無い事は確認しているので、銃を持っていた遺体を最期に運び終える頃には、既に日が傾きかけ夜が訪れようとしていた。

 部屋から出る前に再度手を合わせ、仁成はそこでようやく腹が減っている事に気付いた。

 今日は朝から何も食べていない。緊張でお腹がすかなかったのもあるが、白骨遺体が転がる中で食べれるほど、仁成の神経は図太くはない。だが、さすがにそれも限界に来ていた。

 遺体運びの最中に見つけた給湯室から、携帯ガスコンロと鍋を持ち出した仁成は、四階の上等なソファのある部屋でレトルトカレーと電子レンジ不要で炊ける御飯を用意して、最低限の水だけで調理を始めた。とは言ってもレトルトカレーをお湯で暖め、ご飯は紐を引っ張って数分待つだけである。

 待っている間、仁成は再び双眼鏡を手に二頭の戦いがどうなったか確認した。遺体運びをしている最中も、常に轟音が響いていたので戦いが終わっていない事は解っている。

「…おうふ。まさかの第三勢力、今度はでっかい鳥ですかぁ…」

 丁度仁成が観戦を再開すると、狐と蛇の戦いは決着がつきそうなところだった。しかし、上空には狐よりもデカそうな第三勢力が虎視眈々と二頭の戦いを狙う動きを見せていた。

 そして、狐が蛇に止めを刺した瞬間。巨鳥は一切の迷いなく急降下を始めた。その姿は一瞬で消え、次の瞬間には狐が咥える蛇を大きな鉤爪でつかみ取り、空高く舞い上がった。

 それに慌てた狐は蛇から口を離すと、綺麗に身を翻しながら地上に着地して飛び去る巨鳥を睨みつけていた。

 その一部始終を観戦していた仁成は、あんなのがどうやって自力で飛ぶのか不思議と思いつつ、背後からお湯が沸いた音を聞き、巨狐がこちらに来ない事だけを確認して窓の傍を離れた。


 コポコポとお湯が沸く鍋の中、レトルトカレーの袋が踊ることも無く半身浴で優雅に風呂に浸かるのを眺めながら、先に白米が出来上がりの合図を出した。

 すぐに触ると火傷しそうなほど湯気が出ている白米の容器を、署内で見つけたライダー手袋を嵌めてから触る。

「おぉ~。本当に出来てるすげぇ~」

 噂では聞いたことがあるが実際に見たことが無かったその技術に、仁成は科学文明に生まれたことを感謝した。すかさずプラスチックの使い捨てスプーンで軽く白米をかき混ぜる手から右側に白米寄せた。

 さらに一分ほど待ってからレトルトカレーを鍋から引き上げた。

 封を切り、白米の乗る容器に開けたスペースに中身を注ぎ、一日ぶりの食事を開始した。

 時刻は午後五時半。少し早めの夕食と考えれば悪くない。それに電気が通っていないこの状況で、夜遅くまで起きている事も出来ない。

「いただきます」

 普段は滅多にしない手を合わせての感謝の挨拶。

 仁成は白米とカレーをスプーンで少し混ぜる様に掬い上げ、口元に運ぶ。唇に少し触れさせ、意外に熱いルーに少し顔顰めるが、すぐに数回息を吹きかけ少し覚ましてから再び口に運んだ。

「う~ん。少し甘め」

 おそらく子供や胃腸の弱い人を前提にしている辛さ控えめのカレー。だが。

「うめぇ」

 空腹は最高の調味料とは誰が言ったのか知らないが、仁成はその言葉を噛みしめていた。

 一口一口噛みしめながら、カレーライスを口に運び続け、五分もしない内に容器は空になった。お茶も飲み干し、出たゴミは一緒くたに部屋の隅に置かれたゴミ箱に捨てる。

 そして、明るい間に済ませておきたいことを済ませるため、仁成は一度外に向かった。


 スコップとトイレットペーパーを手に警察署の裏手にいある生垣に来た仁成は、生垣の隙間に適当に穴を掘り始めた。深さは適当だ。隠せればいい程度の気持ちで掘り進め、スコップの先部分が埋まるほどの穴を掘ると、その上にズボンとパンツを降ろして座り込んだ。

「ふぅ」

 実は半日ほど前から押し寄せていた便意を我慢していた仁成は、トイレ問題をどうするか悩んでいた。小便は適当にそこらで済ませていた。が、大便となると話は変わる。まず尻を拭くための紙が必要になるし、そこらに放置するのも人気が無いとはいえ何となく気まずい。

 トイレを見つける度に試すもどこも流れなかった。そして、仕方なく仁成は警察署の敷地内にある生垣に穴掘り式トイレを作成することにした訳である。

 出来ればもう少し広い場所で、なおかつ掘りやすい田んぼなどを利用したかったが、生憎警察署の周りには田んぼなどは無かったため、消去法で生垣となった。

 用を足し終えた仁成は、すっきりとした顔でケツを拭き終えたトイレットペーパーを糞が落ちている穴に放り込むと、その上から土をかぶせて隠した。

「すっきりしたぁ。さて、暗くなるまで中の探索を続けようかな」

 穴式トイレに背を向けて歩き出した仁成の上に、先程の巨鳥とは違う自動車くらいの鳥が、巨鳥が飛び去った方角に飛び去る姿を目撃した。

「あれもでけぇな」

 それを立ち止まって見送った仁成は、暗くなるまで警察署内を片付けつつ、役に立つ物はないかを漁るのだった。



 翌朝。仁成は少し方針を変えた。仮拠点に戻るより警察署を拠点にする事を選んだ。

 この方針転換は単に安全のため。崩れかけの廃工場よりも造りがしっかりしている警察署の方が拠点に適している。また、今すぐこの場から離れようにも、周りは変異した好戦的な動物だらけで、丸腰の仁成では危険過ぎて出来なかった。

 そのためにまずは警察署内の探索を全て終わらせることにした。一応鍵の掛かっていない部屋は全て、一通り探索は済んでいる。が、隅々まで終わったわけじゃない。出来れば貴重な物資は上の階にも分散して置いておきたいとも考えていた。

 さらに、警察署の地下で見つけた簡易射撃場。そこで最低限銃の性能の把握と使い方を学び、練習しておきたかった。

 この場所に何時までいるかは分からないが、せめて自衛できる様になるまで引き籠るつもりで、仁成は今後の計画を立て始めた。


 仁成がまずしたことは玄関の封鎖。

 硝子戸の玄関扉は割れて、誰でも入れる状態になっている。もちろん変異した動物も例外なく入って来れる。

 仁成は運べる棚や机を玄関に運び、それらを一日かけて積み上げていった。

 所々隙間はあるが、猫くらいの小動物くらいしか入って来れない。大型化している動物では、入って来れないだろう。

 だが、これで仁成は満足していなかった。昨日見た狐や蛇、そして警察署に来る前に見た猪なら、このバリケードを容易く突破する可能性が高く、そこからさらに警察署内にある運べる机や棚を三日かけて敷き詰めて行った。

 そうしてようやく警察署内の片づけに入った。

 この日から仁成の一日はルーティン化されていった。朝食後に12時まで署内の片づけと清掃。片付けは使える物と使えない物を選別し、それらをダンポールや空き箱に入れ整理していった。その後、選別した物資を保管する場所に決めた部屋に運び入れる。

 12時から13時までは休憩。昼食は取らないことにした。

 水は濾過装置を作って川の水を汲めばいいが、食料はそうはいかない。自給自足が出来る環境なら一日三食も考えたかもしれないが、整えられている訳ではない以上、食料は今の仁成にとって生命線の一つ。決して妥協は出来なかった。

 午後からは体力造りと地下の射撃場で射撃訓練をする予定だった。が、仁成は銃の詳細な知識を持っていない。プラモを趣味の一つにしている仁成でも、モデルガンは高くて持っていないし、本物の銃なんて昨日触ったばかりである。

 ド素人の仁成がいきなり何の知識もない状態で練習をしても意味がないしい、壊す可能性だってある。だからまずは勉強から始めることにした。

 まずは銃に関する書物は無いか、署内を漁りまくりそれらしいものを複数見つけた。午後は体力造りの前にそれらを読み、実際の武器に触れながら銃の機構から仕組み、そして扱い方を学ぶ時間にした。


 まず最初に使いやすいだろうと思い、拳銃から始めた。指南書通りに拳銃のリロードを試しに行う。空のマガジンを外し、押し入れる。初弾を薬室に送るためにスライドを後ろに引く。これでリロードは終わる。あとはセーフティを忘れず外して、引き金を絞るだけ。

 リロード時も暴発を防ぐためにセーフティを掛けた方が良いのだろうかと悩みながら、次はアサルトライフルに手を伸ばした。

 こちらも同様にリロードを試しに行ってみる。その次はショットガン。

 二つとも特に問題無く、一連の動作を終えた。

 そして、ショットガンを机の上に置こうとした時、あることに気付いた。

「あれ?これって魔法生活にあったマークと一緒じゃん」

 三つの銃、それぞれに目立たない位置に魔法陣のマークが刻まれていた。それは仮拠点に置いて来た大聖典の表と裏の表紙に書かれていたものと同じものだった。

「…何か関係あるのか?」

 が、幾ら考えてもこのマークの意味が分からない。こんな事なら大聖典を持って来ればよかったと少し後悔したが、戻るのはまだ先だ。仕方なくそれは無視して、リロードから初弾を討つまでの動作を指南書の解説と絵図を見ながら練習する。

 腕が疲れてきた頃、仁成は手入れ方法についても学ぶため、別の冊子に手を伸ばした。各銃の手引書(マニュアル)が一冊ずつ、これも署内で見つけた。

 出来れば動画を参考にしたいが、生憎スマホは常に圏外で使えない。一応充電はできるが、貴重な乾電池を消費することを考えると使えないスマホより、他に仕える道具に使用した方が良いと考え、仁成はスマホの充電は諦めていた。

 一応、細かいパーツを扱うプラモ仕込みの器用さで、銃の分解作業はそこまで苦戦することなく終えた。が、組み立てはそうもいかなかった。

 もし壊したらと思うと手が少し震えた。

 今のところこの三丁以外の銃は手に入っていない。署内で見つかった遺体を漁る時、確認したが誰も身に付けていなかった。

 ゆっくりと丁寧に、震える手を抑えながら分解とは逆の手順で組み上げていく。たっぷり時間を掛け、ようやく拳銃の組み立てを終えた。

「緊張するぅ~」

 そして動作確認。特に問題無く動いたことに安堵しつつ、仁成は大聞く息を吐き休憩に入った。

 集中していたのもあるが、やはり今の環境に不安を抱えた状態が相当なストレスとなって仁成を襲っている。少しでも気を抜けば、泣き出しそうになる自分を、無意識に抑え込んでいる事も関係しているかもしれない。

 一度思い切り泣けば、少しは気持ちがすっきりするかもしれないが、極限の状態に置かれている仁成は、今を生き抜くことに必死で弱音を吐けないと思い込んでいた。


 気付けば時刻は午後五時を回っていた。少し目を瞑っていただけのはずが、何時の間にか眠っていたらしい。

「…ははは」

 一歩外に出れば自分より強い怪物が闊歩する世界で、暢気に昼寝をしていたことに自然と笑みが零れる。

「まぁ、仕方ないよな。出来る事から始めよっか」

 少しだけ、ほんの少しだけ肩の力が抜けた気がした。

 それからしばらく、ソファーに腰かけたまま窓から見える夕日と少し紫にも見る空を見詰める。同じ様に見える太陽と空だが、此処が自分の知る地球ではない事は確かだった。



 警察署生活7日目。昨日と同じルーティンで始まった署内の片づけと仕分け、その中に全国地図と地方地図、そして県内地図三つの種類の地図を見つけた。

「…地名分かんねぇ~」

 仁成が生まれる100年以上前に使われていた旧国名が、そのまま使われている印象が全体的にある。特に会津や薩摩など、仁成でも知っている地名もあれば、東北などは全く分からない地名が並んでいる。北海道にはアイヌ自治区が存在し、沖縄は琉球州という名で書かれていた。

「…まさか、並行世界?」

 この手のオカルト話はかなり存在するが、まさか自分がそれを体験するとは思っても見なかった。だが、もしそうなら色々と説明がつくことが多い。

 まず見慣れない街並みに社名や店舗名。それに車の形とエンブレム。ナンバープレートも仁成の世界の日本は資格に近い長方形だが、こっちはアメリカや欧州寄りの細長い形をしている。

 それに文字にも違和感はあった。仮拠点に置いて来た雑誌と昨日手にした銃の指南書。今のところ不自由は感じていないが、時々日本では見かけない漢字が使われている事もあれば、見知らぬ造語が幾つかあった。

 他には乾電池の表記の違いなど、身近にある当たり前の物が少し違ったり、全く違う事もあった。

 そして何より、町中を闊歩する動物だ。日本にあれだけ大きい狐や蛇、そして鳥はいない。ましてや猫や犬など全体的に一回りから二回りは大きい。

「…まじかぁ」

 地図を前に項垂れた仁成は、しばらくの間その場から動けなかった。

 これからどうなるのか。元の世界に帰れるのか。魔法が本当にあるのかな?など、色々な不安と興味が頭を過ぎっては消え行った。

「まぁ、今は生き抜く事だな。現地民でもいれば話は違うけど、どうもいなさそうだし」

 仁成はとりあえず、この件について考えることを止めた。考えても分からない事を何時までも考えていても仕方ない。そう割り切って、彼は地図を畳むと持ち帰り用の箱の中に入れた。



 警察署生活10日目。今日から実際に射撃場で銃を撃つ練習に入った。

 午前の片づけと仕分けも順調に進んでいる。

 その中で署内にあるロッカーから手に入れた下着類などの衣服は、とても役に立っている。水の節約もしている今、洗濯など軽々しく出来ないうえ、風呂にも入っていない。痒い頭を掻きむしりながら、中々寝れない日もある。

 そんな中で手に入れた清潔な衣類は、仁成の精神を少しは安定させる一助になっていた。何れは衣類関係の店舗やデパートなどで手に入れる予定だったが、その前に少しでも手に入ったことは嬉しい誤算と言えたかもしれない。

 ちなみに、仁成は誰の物か分からない衣服を貰うため、遺体安置所になっている広間に行き、手を合わせて謝罪と感謝を伝えている。


 今回は初めての射撃ということもあり、ランタン型のランプを備品庫から追加で四つ持ち込み、邪魔にならない位置で自分の周りを照らすように多めに配置した。

 射撃場にあった遮音機能の付いたヘッドセットを耳に当て、目元を護る眼鏡を付けた仁成は、ゲームや動画で見た射撃場にそっくりそのまま再現された場所に立った。

 既に装填済みの拳銃を指南書通りの姿勢で構える。

 まだ引き金には指を掛けない。人差し指は伸ばすかトリガーガードに掛けて、直接引き金には触れない。

 セーフティを外し、的の中心からやや下に標準を定める。

 一つ一つの動作を確認する様に声に出して次の動作を行いながら、指南書を思い出す。

 ゆっくりと伸ばしていた人差し指を引き金に掛け、まずは軽く当てる様に引き金の遊び分だけ引き金を引いた。

 まだ弾は発射されない。ここからさらに人差し指を押し込めば、弾が出るはず。

 仁成はたっぷりと時間を掛けて、引き金を引いた。

ーパンっー

 射撃場内に乾いた音が一度だけ響く。そして仁成の腕は銃の反動で予想より跳ね上がり、力んだ人差し指が第二射を天井に向けては押し込まれた。

ーパンッー

「うわっ」

 さらに反動で肘が上がり、銃口は真上を向く。

「…あっぶねぇ」

 仁成は震える人差し指をゆっくり引き金から外し、セーフティを掛けてから銃口を前方に向けて置いた。

「はぁはぁはぁ。はぁああああ」

 予定外の二発目の暴発に呼吸は自然に荒く、早くなる。それを大きく息を吐くことで落ち着かせ、ゆっくりと一射目の結果を見るため的に視線を移した。

「( ^ω^)・・・」

 的には弾痕は無く綺麗なまま。盛大に的から外したことが一目で分かった。

「むずくね?」

 仁成はそこでようやく銃と言う武器を実感した。初めてとはいえ、たかが10m先の的にさえまともに当てられない。それが銃なのだと。

「それに反動結構でかい。舐めてたわ。あぁ、くっそぉ」

 的の中心とはいかないまでも、何処かには当たるだろうと勝手に思い込んでいた。だが、結果は惨敗。しかも予定外の二射目で、一発弾を無駄にした。

 その事に仁成は自分自身に苛立ち、焦りを覚える。

「すぅー、ふぅー」

 再び息を大きく吐ききり、数秒、目を閉じて怒りを抑える。アンガーマネジメント。本来は怒りを顕わにする前に行うのだが、仁成はひとまず今の怒りを抑えるために、心の中でゆっくりと10秒ほど数えてから目を開いた。

「もう一度、初めから」

 敢えて声に出して、自分に言い聞かせる。

 今度は失敗しない。反動は経験した。でもまだ覚えたわけではない。次は反動に気を付け、引き金に置く人差し指に余計な力は掛けない。何より慌てないことを心掛ける。

 的に当たらなくてもいい。まずは身体に銃の反動を覚えさせることから。

 何度も自分に言い聞かせ、三発目の銃弾を発射した。

 その後も一発ごとに動作を確認し、身体に銃と言う武器の使い方を覚えこませる作業を続ける仁成の姿があった。 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ