001「崩壊した町で 1」
家の扉を開け、入った先は入るはずの無い太陽の光が崩れた天井から差し込む廃屋が広がっていた。
「えっ?」
慌てて周囲を見渡せば、知らない廃墟が並ぶ住宅街。梅雨が明けた夏の爽快さは何処にもなく、薄っすら紫がかかった不穏な空が広がっていた。
変わらないのは仁成と、手に持っていた弁当とお茶が入ったクシャクシャのビニール袋だけ。
それ以外の全てが、仁成の知る景色とは違うものに変わっていた。
「何だ…これ」
ーリリリリリリリー
突然響いた音と振動で我に返った仁成は、すぐにスマホを鞄から取り出した。消し忘れていたバイトの時間を報せるアラームだった。
そして、すぐさま仁成は家族に電話を掛けた―――。
「繋がらない…。圏外…!?」
光る画面の隅にアンテナの表示は無く、圏外の文字だけが浮かんでいた。
だが、それはあり得ない。仁成が住んでいる家は町の中心から離れているとはいえ、携帯電話の電波が届かないほど僻地ではない。
仁成は焦りと恐怖から、震える手で何度も母親に、そして父親に掛け直し続けた。だが、そのどれも繋がらなかった。
「どうして、繋がらないんだよぉ」
繋がらず、充電も心許なくなってきたスマホを前に、仁成は途方に暮れるしかなかった。
あれからしばらくの間呆然としていた仁成は、ひとまず近くにある学校か警察署などの施設に向かう事にした。
しかし、逸る気持ちとは裏腹に歩く速度は上がらない。
綺麗に舗装されていたはずの道は、その舗装が剥がれ落ち大きな穴が開いていたり、段差や亀裂が走っていて仁成の歩みを妨害した。中には倒壊した電柱や瓦礫で塞がっている場所が何か所もあった。
その度に瓦礫を乗り越えるか、それも難しい所は迂回するしかなかった。
また、もう一つ仁成を困らせたのは、彼が知る町とは全く違う造りになっていたことだった。
あるはずの道が無く、無いはずの道がある。あるはずの建物は何処にも見当たらず、無いはずの建物がある。
ただ土地勘だけを頼りに、仁成は町の中心に向かうしかなかった。
そして、その道中。仁成は見つけてしまった。
「うっ。…これ、人骨か?」
映像作品か理科室に置かれた模型でしか見たことが無いそれが、瓦礫の隙間から覗いていた。見えているのは手首から先の手だけ。
仁成は恐る恐る身を屈め、瓦礫の暗がりにスマホのライトを当てた。
「ひいいいい」
一つだけではなかった。潰れた頭蓋骨の先、その胸元にもう一つ小さな頭蓋骨が見えた。おそらくまだ幼児。その小さな白骨を護る様に上に潰れた頭蓋骨の持ち主が覆い被さっていた。
「ああああああああ」
仁成はすぐにその場から走り出した。何度か躓き、転びかけた。そんな事などお構いなしに只々、あの場から離れたい。その一心で走った。
そして、瓦礫で塞がれた行き止まりでようやく足を止め、瓦礫の一つに崩れる様に腰を下ろした。
「何なんだよいったい。ここは何処だ?俺の知ってる町なのか?…あああ、あ」
また見つけた。今度は足。自分の足元から、自分が座る瓦礫の下から伸びていた。
仁成はまたその場から逃げる様に、暗くなり始めた瓦礫の中を走り始めた。
あれから何度も仁成は白骨遺体を見つけた。その度に逃げ出し、また見つけては逃げた。そのおかげで体力はもう無い。
今は見掛けても見ないふりを続けながら、土地勘を頼りにここまで歩いて来た。
普段なら徒歩で20分くらいあれば辿り着くはずの小学校に、仁成は一時間以上かけてようやく辿り着いた。
だが、小学校は何処にもなかった。あるのは見慣れない半壊した小さな町工場らしき建物と、それを囲むように小さな田畑と住宅があるだけだった。攻城らしき建屋の屋根は半分程剥がれ落ち、その下にある機械は錆び付いていた。
仕方なく警察署や小学校らしき建物は無いか辺りを散策し始めた仁成は、荒れ果てた町中を当ても無く歩き始めた。
誰も手入れする者が居なくなった小さな庭は雑草で埋まり、道の舗装もこれまで同様に段差や割れが目立つ。町全体がゴーストタウンと化している様だった。
さらにこれまでの道中で多く見掛けた放置されている車。そのどれもが、仁成の記憶にあるエンブレムは一つもなく、形や名前も見憶えの無いものばかりだった。
辺りが暗くなってきた頃、街灯もつかない中を歩き周るのは危険かもしれないと思い、近くの家屋を虱潰しに見て歩く。
だが、中を覗けば積み重なった埃や蜘蛛の巣、そしてネズミなどの小動物の糞だらけで、入る気にはなれなかった。
それでも自宅付近の家に比べればまだましと言えた。屋根が完全に残っている家もそれなりに残っており、中には手入れさえすれば住めそうな家もあったが、その家には仁成が見たくないものがあったため諦めた。
この街に一体何があったのか、仁成は気にはなったが今は少しでも安全そうな建物を探す事が先だと、足元に気を付けながらの探索は続いた。
そして、半壊していない数軒の家を周り、その中で一番ましな家に仁成は入ってみることにした。
「埃だらけ…」
仁成は口元にジャージの裾を当て、家の中の惨状に顔をしかめた。
これまで覗いてきた家と同じ、足跡が残るほど積み重なった埃は一歩進む毎に舞い上がる。あちらこちらにある蜘蛛の巣や鼠などの小動物の糞。それだけで仁成はすぐに入ったばかりの家から飛び出した。
「やっぱり無理!こんな所で寝れるかよ」
埃をまき散らしながら飛び出した仁成は、明りの無い曇り空を見上げて途方に暮れた。
「工場跡に戻った方が良いかな…」
小学校があるはずの場所、そこに在った町工場跡。屋根は崩れていたが、完全に崩れてはいなかった。雨風を凌げるくらいは残っている。
とぼとぼと来た道を引き返し始めた仁成は、遠くに見える崩れていない大型の建物や、その隣にある真っ二つに折れたマンションなど、破壊しつくされた街並みを改めて見つつ、夜の暗がりの中を歩き続けるのだった。
工場跡に戻って来た仁成は、崩れて落ちた屋根と機械を避けながら、工場の中を奥に進んだ。
壁や屋根などは一部剥がれ落ちてはいるが、鉄骨の柱や梁は健在で倒壊する気配は無い。屋根も半分以上は残っており、雨が降っても濡れる心配はなさそうだった。
所々散らばっている工具などに気を付けながら、工場の一番奥でおそらく休憩場所として使われていたであろう、手作り感のある部屋を見つけた。
一応天井もあるその部屋はプレハブ小屋ほどの大きさで、扉は少し歪んでいたが開閉自体は問題無く出来た。
中には学校でも見かける足が折り畳める長机が一つ部屋の真ん中に設置され、パイプ椅子が四つ並んでいた。その上には灰皿や見たことが無い雑誌が数冊。一冊はバイクに跨ったスタイルの良い女性が表紙を飾っていた。残りの雑誌は週刊誌のようだった。
部屋の壁際にはロッカーが並び、その隣には水道とシンク、そして電子レンジらしき家電とコップが数個置かれた机が続く。そして反対の壁際には仁成が十分横になれるクッション性のありそうな長椅子もあった。
窓ガラスは割れていた。今が冬なら困ったことになったが、まだ夏前ということもあって、今すぐ問題になることは無い。
仁成は扉を潜ってすぐ左右の壁を確認し、右手に二つ並んで設置されたスイッチを見つけた。スイッチの上には照明と書かれたステッカーが貼ってあったが、もう一つは分からなかった。
上下に動かすだけの簡易スイッチ。一応試しに両方とも動かしてみるが、天上に設置された蛍光灯が点くことは無かった。
仕方なく薄暗いまま部屋の中に入った仁成は、長机に弁当の入った袋を置くと、一番上にあるおそらく車やバイク関連の雑誌を手に取ってみた。
軽くページを捲った中身は、コンビニで立ち読みした事のある車雑誌によく似た構成で、様々な車の情報が載っていた。が、やはり見た事が無い車と社名ばかりが並んでいた。
「おっ!」
雑誌の三分の一程まで捲るとグラビアを発見した。モデルは表紙を飾っていた女性。そして仁成の眼はその曝け出された胸部に吸い寄せられた。数ページ続いたグラビアをじっくりと見たあと、さらに捲り続けると同じ様なグラビア写真が数か所あった。
「…ありがたや、ありがたや」
仁成は誰にとは言わないが感謝の気持ちを込め、雑誌をそっと置いて拝んだ後に、部屋の中を掃除するために一旦部屋の外に出た。
部屋から出て辺りを見回しながら、箒の様な物はないか探しているとロッカーを一つ見つけた。が、その前には棚から崩れた備品らしきもので埋まり、簡単には辿り着けそうもなかった。
さらに暗くなった工場内を、心許ないスマホの充電を気にして明かりも無しに歩き、ようやく箒を一つ見つけるとすぐに部屋に戻る。
扉は空けたまま、部屋の中に入り掃除を始めた仁成は、机の上と椅子、そして長椅子の上を軽く掃き、床に溜まった埃を適当に部屋の扉から外に追い出した。
掃除を終えた仁成はそこでようやく一息つき、弁当とお茶を出して夕食にする事にした。
今後どうなるか分からない不安を抱えたまま、お茶は二口だけ口にして蓋を閉じると、ハンバーグ弁当にがっつきながら、残りの雑誌にも一応目を通してみる。
全部で四冊の内一つは最初に見た聖典。残り三冊は週刊誌が二冊。この二冊にもグラビアがあり、大事に大事に拝んだ。
そして最後の一冊。これだけは他の雑誌よりも厚く、表紙の材質も硬かった。週刊誌や月刊誌の類ではなく、どうやら普通に装丁がされた本。
題名は『魔法生活』。そして何故か週刊誌の様にグラマーな女性が表紙を飾っていた。
「なんだこれ?雑誌?」
口に運んでいた箸の手を止め、仁成は適当にページを捲りながら、その内容を流し読みしていく。そして、やはりあった。
「うおおおおおおお」
表紙を飾る女性のあられもない姿を映したグラビア写真。仁成の好みど真ん中の女性の裸に興奮し、ついつい雄叫びを上げてしまった。
「す、素晴らしい。これは第一聖典として大事にせねば」
これまで以上に感謝と崇拝の念を送りながら、さらにページを進めると興味深い記事が目に入る。
「魔法を習得するために必要な事?」
仁成の世界には魔法は存在しない。概念はあってもそれは空想の中のものでしかない。だからか、仁成は題名を見てもオカルト系か車と同じ趣味系の本かと思っていた。
不審に思った仁成は最初から読み返すことにした。今度は一ページずつしっかりと。だが、暗がりで見る小さい文字は読みづらく、仕方なくスマホの光りを当てて読み進める。
流し読みしていた時には気付かなかったが、趣味系にしてはやけに凝った内容が並び、専門用語らしき単語もあちこちに並んでいた。どちらかと言うと専門誌に近いものに感じる。
「うわっ、何だよこの値段。それにR指定も入ってるじゃん」
裏表紙に書かれた表記と値段を見て驚愕した。一冊まさかの万超え、しかも年齢制限と共に違う制限表記も混ざっていた。
そっと本を閉じてスマホもしまうと、仁成は残りの御飯とおかずを口に運びながら本について考え始める。
年齢以外の制限表記があるということは、この本を買うには何かしら年齢以外の資格が必要なのではないか。そして通常の本かと思っていたが、まさかの隔月発行。つまり奇数月か偶数月の発行の雑誌だった。高すぎる値段も専門誌と年間発行回数が少ないからかもしれないが、それにしても値段が高いと仁成は思った。
「明日…いや。まずは食料だよなぁ」
最後の一口を口に運びながら、仁成は真っ暗になり始めた部屋の中でよちよち歩きで移動し、先程埃を払った長椅子に身体を横にした。
「寝て起きたら…夢から覚めてます、ように…」
そう願いながら目を閉じるた仁成は、不安と悪路を進んで来た疲れから、すぐに眠りに堕ちるのだった。
「な、なんだ!いでっ」
何時の間にか眠っていた仁成を起こしたのは、飛行機が上空を飛んでいる時に聴こえてくる重厚な音だった。
飛び起きた仁成は長椅子から落ちてしまい、肩を堅い床に打ち付けその場で悶絶してしまう。
「くそ、いてぇ。それに…夢じゃないかぁ」
少しの間、その場でうずくまって痛みが過ぎるのを待った仁成は、昨日と変わらない景色に落胆しつつ、音の正体を確かめるために痛みを堪えながら窓に近づいた。
「何処から聴こえる?」
まだ鋭い破片が残る隙間から、朝になってもまだ薄い膜が張ったような曇り空を見上げて、音の発生源を探す。
しかし、方角が違うのか影すら見つからず、仕方なく工場の外に向かう事にした。
「うへぇ。明るい所で見るとかなり散らかってるな」
昨夜は暗がりの中歩いたからか、あまり分からなかった工場内はそこら中に物が散らかり、金属製の棚は盛大に倒れていた。
そして、町工場と思っていたがどうやらここは車の整備場のようだった。
崩れ落ちた屋根の下には数代の車とバイクらしき影、そしてリフターなどが埋もれている。
「とりあえず、外と行き来しやすいように通路だけでも物をどかさないとな」
整備場に仁成の声だけが寂しく響く。それに応えてくれる人は誰も居ない事は解っているが、寂しさと不安を紛らわせるために、仁成は無意識に独り言を呟いていた。
軽く足でどかせるものはどかし、足元に気を付けながら屋外に。そして道路の真ん中まで出ると空を見上げた。
昨日と同じ薄い膜の様な雲が低い位置で空を覆っている。太陽の光を遮断する程濃くは無いが、それでも晴れた青空に比べれば地上をどんよりとさせている事に違いはない。
軽く手を翳しながら四方を見渡すように身体を回転させ、まだ聴こえる飛行機らしきジェット音の元を探す。仁成の土地勘が正しければ、東から始まり南、西、北と見回すが飛行機の影は何処にも無い。だが、確実にこの近くを何かが飛んでいる。
「見えねえなぁ…。それに音が遠ざかってるな。はぁ…」
仁成は見つかる事の無かった飛行機の影に落胆し、整備場の中に戻った。
休憩所に戻った仁成はロッカーの中や整備場内を漁り、使えそうな物を長机の上に並べ、実際に使用できるか確認を始めた。
まず最初は大小複数の懐中電灯。形はバラバラだが特に変わった形をしたライトは無い。仁成にも見慣れた円柱型の標準的な物から、長方形の持ち手を備えた物もあれば、側面全体にライトがある平面タイプの物まで揃っている。
一つ一つスイッチを付けて明かりが点かないか確認するが、どれも電池が切れているのが不発。中身は見慣れた電池ではあるものの、表記されている規格名称が違うし、御馴染みの電機メーカーの社名は一つもない。
一つでも使えればとは思ったが、点かないなら仕方ないと電池を抜いてから、それらを一番左のロッカーに片づけた。
次は形の違う複数のマルチツール。一つ目はキャンプやサバイバル動画でよく見掛ける手の平に収まるサイズのものが二つ。一つ一つどんな機能があるのか実際に手に取って確かめる。
標準のナイフから缶切りなどの仁成でも知っている機能から、一目見ただけではどんな場面で使えばいいのか分からない機能が10ほど揃っていた。二つあるキャンプツールには特にこれといった違いや差はなく、仁成はとりあえず手に馴染む赤色のツールを鞄に入れた。
次は整備工場ならではなのか、それとも個人の趣味なのかは分からないが、工具系のマルチツールが五個ほどローカーや棚から出て来た。二つを覗き他三つは違うタイプの工具で、プラスとマイナスドライバー系は種類の違うものが二つ。それに六角レンチ系、鋸やニッパーなどの切断系、物差しや分度器が一体化した測量系の四タイプがあった。
プラモ造りを趣味の一つにしている仁成は、六角レンチ以外は使い慣れた道具。全て専門分野が別れている事も使いやすいと感じた仁成は一応全て鞄に放り込んで置く。ドライバーツールは二つもいらないのではと思うかもしれないが、一目では分かりにくいが二つは規格が違うものだった。物によって標準規格が違うなら、使い分けが必要かもしれないと思った仁成は迷わず二つとも持ち運ぶことにした訳である。
最後に地図と腕時計。腕時計は崩れていない棚に置いてあったものを拝借した。地図は所謂ハザードマップが安い額縁に入れてあり、状態もそれほど劣化が見られなかったため、額縁から取り出して持ち運ぶことにした。
「やっぱり全く見覚えの無い町なんだよなぁ」
地図は町とその周辺を網羅していたが、仁成が知る地形とは少し違う。町の形や地名なども違うし、市役所や警察署と言った公共施設の位置も仁成が覚えている位置とは全く違う場所にある。
ただ、町の外れに流れている河川や一部を除く山林などの位置は同じで、全てが違うと言う訳でもなかった。
「とりあえず、食料と水の確保だな」
仁成は身支度を整え、鞄と少し大きめの丈夫な袋。そして整備場内で見つけた帽子を被り、キャリーケースに似たカートを引きながら整備場を出発した。
仁成がまず最初に目指したのは、市役所や警察署といった主要な公共施設だった。そういった施設には少なからず災害用の備蓄が保管されている。乾パンや水、レトルト系食品。そして燃料やライターの様な着火器具など。一応マルチツールの中に一つ火打石はあるが、使ったことが無いものよりも使いやすいものがあればそっちで済ましたい気持ちが強かった。
「スーパーマーケットらしき建物もあるけど…瓦礫で入れなさそうだなぁ」
ころころとカートを後ろに引き攣れ、仁成は崩壊した町の中をゆっくりと歩いていた。
昨日も見た光景だが、あの時は焦りと不安で周りが見えていなかった。今もそれは変わらないが、一晩ぐっすり寝たことで昨日よりも周りを見る余裕が少し生まれていた。
何があるか分からないので、これまた工場内で見つけた仁成でも持てる少し太めのバールをカートに括りつけて持って来ているが、おそらくそれを使う使わない以前に存在そのものを忘れて逃げ出すかもしれない。
それからしばらく、視界に嫌でも入る元人だったと思われる白骨遺体を見ない様にしながら、荒れ果てた町の通りを進んだ。
車の中にも見たくない白骨遺体はあった。だが不思議な事に、殆どの遺体は一瞬で命を落としたかのようにきれいな白骨化していた。
住宅には入らなかった。防塵マスクでもあれば漁ったかもしれないが、持って来るのを忘れた。埃と蜘蛛の巣、そして糞だらけの中を漁りたくないのと、いつ崩れるか分からない一般住宅に入るのは危険と判断したからである。
また道中では野生動物とも遭遇した。野犬や野良猫と言った町でもたまに見かける動物もいれば、鹿や猪など市街地には姿を見せない動物が街の中を闊歩していた。
時にそれらの野生動物の中には、仁成の記憶の中にある見た目や大きさが異なる個体がいた。
例えば犬。仁成の記憶では小型犬に分類される犬種が、大型犬ほどの大きさを有していたり、まるでサーベルタイガーを彷彿とさせる様に、犬歯が異常に発達した個体もいた。
仁成はそれらの動物を見かける度に、本能が近づいてはいけないと囁くその声に従い、出来る限り近付かない様に進路を変えた。時には大きく引き返して、通りを二つ以上開けて進むこともあった。
そして警察署らしき建物が遠くに見え始めた頃、それに遭遇した。
二車線の車道を塞ぐほど大きな猪。空に向かって伸びる牙は、仁成の太腿を優に超える太さを持っていた。
仁成は恐怖から震える身体を必死に抑え、来た道をゆっくりと引き返した。
そして最後に鹿。これも大きかったが、仁成を驚かせたのはその巨躯ではない。軽く飛んだだけで二階建ての家屋の上に飛び乗り、二車線の道路も軽々と飛び越えていけるほどの脚力を有していた。
そんな鹿が数十頭。仁成の頭上を飛び越えていった。
出発してから約五時間後。単独でいた野犬に二回ほど追いかけられ、持っていたバールをふりまわして追い返しながら、何とか辿り着いた先は最初の目的地である警察署。時刻は12時を回った所だった。
警察施設ということもあり、他と比べて堅牢な造りなのだろう四階建ての建屋は健在だった。ただ窓ガラスは他と同じで割れている箇所が複数あった。一応車両が無いか駐車場を見渡しが、軽自動車らしき車両が一台あるのみで他は一台も見当たらなかった。
「よし、入るぞ」
割れた正面玄関扉を開けて中に入ると、まずは受付ロビーが仁成を迎えた。署内に入ったことが無い仁成にとって、新鮮な気持ちになるのかと思ったが銀行や市役所とあまり変わらない事に少し落胆した。
「まぁ、警察も御役所だもんな。そこは同じか…。やっぱりあるんだな」
仁成の目の前には、受付の椅子に座ったまま白骨化した遺体があった。制服姿から警察官であることは間違いない。その他にも、一階のロビーの奥に広がるデスクや床に、同じ様に白骨化した遺体が複数転がっていた。
「どうか成仏してますように…」
仁成はそれらの遺体に手を合わせた後、まず一階から虱潰しに目的の食料と水を探し始めた。だが、ここで思わぬ壁にぶち当たる。
「鍵掛かってるのかよぉ」
全ての部屋ではないが、鍵の掛かっている部屋がそれなりにあり、その中の一つに備品庫もあった。おそらく災害用備蓄食料があるならここと言う部屋である。
一度外に出て窓から入れないか確認してみるも、その備蓄庫の窓は天井近くに小さな通気口程度の役割しかない小窓しか見当たらず、仁成の身体では入り込めそうになかったためすぐに諦めた。
仕方なく署内に戻った仁成は、鍵がありそうな場所を漁り、警察官の遺体も漁った。漁る前には手を合わせるのも忘れずに行った。
その途中、警察と言えば此処と言う部屋を見つける。
「装備庫?拳銃とかしまってる部屋か…開いた!」
備蓄庫は開かないのに何故か拳銃などが置いてある扉が開いたことに驚きながらも、その部屋に入った。
部屋内は仁成が思い浮かべる武器屋のような武器棚とケースが並び、その全てが空だった。
一応中を確認した仁成は床に転がっていたセミオートピストル一丁を手に取り、その感触を確かめる。
「意外に重いんだな…」
玩具間のある見た目とは違い、実際に手に取ってみると重い事に驚きつつ、一旦カートに入れて他にないか探し始めた。
本来なら棚にも鍵が掛かっていそうだが、全て開いていた。
「何かあったのは確かだよなぁ…」
銃の知識は無いが、それなりに動画やリアル思考のFPSゲームも遊んでいる仁成は、見た事の無い形をした銃を手に取り、実際に撃てるのか確認を始める。
もちろんカートの中には、それら銃に対応している弾も箱毎大量に確保済みである。他にも拳銃用ホルスターといったアクセサリーから整備用の小物も必要と思うものは何でもカートの中に放り込んで確保した。
本来は水や食料を優先すべきだが、道中出くわした野犬などの野生化した動物が思いの外好戦的だったことに、仁成は身の危険を感じていた。それこそ昨日出会っていたら危なかったかもしれない。
すぐには使えないだろう。使い方もそうだが、実際の銃の反動がどれ程か知らない仁成には練習も必要だ。
そうして、粗方今必要な物を確保した仁成は部屋から出て、目的の食料探しを再開した。
一応上階にも何かないか探し始めると、意外なほどあっさりと最初の遺体から鍵束を一つ見つけた。番号は書かれているが、それが何処の部屋の鍵なのか分からない。仁成はとりあえず鍵束を取ると、一階の備品庫に向かった。
数十もある鍵の中から一つを探し当てるのは困難。ここでも虱潰しに一つ一つ確認していくしかなかった。
そして16個目。ようやく鍵を開けることに成功した。
「よっしゃあ」
開かなかったらどうしようかと不安になりかけていた仁成は、その場でガッツポーズをしながら飛び跳ねた。
そしてゆっくりと扉を開けて中に入った。




