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ただの人也。  作者: 梅酒
彷徨う魂
18/51

018「分かれ道 8」

 撤収した第20旅団105大隊は、渡辺少佐が待機する拠点に立ち寄ると、そこで待機していた106大隊に回収した第四師団の魔導兵の遺体や遺品、甲牙の討伐照明となる牙。そして金崎と小番の身柄を渡した。

「近藤中佐。景月少将からの伝言です」

 106大隊を率いる鈴木中佐から受け取った用紙を一読した近藤は、それをすぐに燃やした。

「了解した。道中、無事を祈る」

 撤収に入った106大隊を見送った近藤は、麾下の105大隊の元に向かった。


 既に整列を終えていた大隊に向け、今日の任務達成をねぎらった近藤は、翌日の任務を告げた。

「諸君。我らはこのまま渡辺少佐の中隊を加え、この拠点で一夜を明かす。明朝、回収しきれなかった遺体や遺品を回収すると共に、物資の搬送も同時に行う。だが、対象が保護を受け入れるか、それとも町に残るかでその後の対応が変わる。各中隊長は解散後、この場に残れ。明日の作戦行動について通達をおこなう。106大隊が食事を運んでくれている。各隊順番に食事に入り、休息に入る様に。以上だ。解散」


 解散後、拠点内の小会議室に集まった中隊長と大隊幹部。そこに渡辺少佐と望月夫妻を加えた小会議が開かれた。

 この拠点には、瘴気を中和する魔導装置が設置されている。しかし装置での中和には限界があり、食事以外では瘴気用の防護マスクの着用が義務付けられている。

 集まった大隊幹部含め、一人を除いて全員がマスクを着用しいていた。使用していないのは魔人である望月絵美だけである。

「私達も聞いてよいのかね?」

「はい。景月少将から、御二人にも協力を仰ぐように連絡を受け取りました」

「そう。なら私も聞かせてもらうわね」

 望月夫妻は今回、民間からの外部協力者という立場にいる。和彦に至ってはその場にいたから志願しての協力であり、本来は会議への出席が出来ない立場だった。

「まず、対象が私達と共に区域外に出る場合について話しておく。彼の存在は秘匿される。ここを出る際も荷物に紛れて出てもらう。口外も禁止とする。渡辺少佐が既に彼を運び出す隊員を選抜済みだ。次に、今回持ち込んだ物資の一部で、日持ちのする食料や弾薬などはこの拠点で活用するため、撤収時に置いて帰る。また、対象が持ち出す物資もあると予想されるため、空の荷台を一台用意する。これも渡辺少佐の中隊にお願いする」

「了解しました」

「あらぁ、私のグラビア雑誌は持ち出すかしら?」

「むぅ。あれはかなり稀少本になってるぞ。廃刊になる最後の号だが、その前に出版社が倒産して、先行で印刷されていた数千部ほどしかなかったはずだ。その数千部も店舗ではなく、予約していた消費者用で一般店舗には一部も並んでいないからな」

 そんな希少本だとは知らなかったのか、近藤も話を止めて聞いてしまっていた。それに気付いた紫雨が、軽く合図を送ると近藤は咳ばらいでそれを無かったことにし、話しを戻すために口を開いた。

「き、気を取り直して。これは保護ではないということを念頭に入れておいて欲しい。紫雨大尉そうだな?」

「はい。対象の話から、面倒事になれば、すぐに此処に戻ることを示唆していました。それに目的も明確です。まずは魔法を学ぶこと。その次に警察署内での生活改善のための準備だと明言していました」

「その中に、此方に庇護を求めるような内容は無かったのだな?」

「一切ありませんでした」

 紫雨が断言したことで、集まる者達から口々に「此処に定住する気か?」「それこそありえないだろう」など、口々に仁成の正気を疑う声が相次いだ。

 それも仕方ないだろう。報告から、警察署付近に灰炎や雷亀に近い狐型の魔物や、それに続く格を持つ魔物が最低でも10体はいる。そんな場所に誰が戻りたいのかというのが彼らの常識であり、それこそ残り続ける仁成こそ非常識だった。

「ということだ。彼自身の考えを聞かねば分からないが、対象は相当慎重だ。こちらに名目を与えないあたり、その事が解るだろう。次に魔獣の親子だが、この拠点に留まってもらう。もしくは偽の首輪を用意次第、対象の元に送ることになるだろう。来月の派兵の件もあり、派兵組が帰還するまでの間、花衣町は封鎖されることが決定している。事情を知る部隊のみで定期的に様子をみることになる」

「偽物ですか…。大人しく従うでしょうか?」

「そこは分からないが、景月陸将補はそれで問題無いと判断された様だ。不安もあるだろうが、これも命令だ。不測の事態に陥る可能性も十分にある。皆気を引き締め直して欲しい」

「了解」

「では、対象が留まる選択をした場合だが、予め渡辺少佐が景月陸将補から幾つかの交渉を任されている。我々は物資を届けると同時に、周囲の警戒と残っている遺体や遺品の回収。交渉が終わり次第、渡辺少佐の中隊と共に撤収する。以上だ。何か質問は?」

 しばらく待っても、誰からも手が上がらない事を確認した近藤は、続けて口を開いた。

「では、明日については以上だ。ここからは、対象について皆が感じたことを聞きたい」

 近藤の言葉に、真っ先に手を挙げたのは和彦だった。

「さっきまで金崎君の雷電を調べてたんだがね。術式と魔導回路がほぼ焼き切れていたよ。一から作り直した方が早いくらいにね」

「それは本当ですか?」

「本当だ。私もだが、皆も気になっていたんじゃないかな?甲牙の頭蓋を吹き飛ばしたあの威力。あれは何処からでたのかと。此処に集められる前まで時間があったからね。それを探るために、中を検分させてもらった」

 中隊長の一人が疑問を呈する中、和彦は言い切った。

 魔導学の分野において、望月和彦はその道の第一人者として知られている。雷電の開発には彼も深く関わっており、この場で彼以上に雷電を知る者はいない。

「教授。分かったことはありますか?」

「あぁ、ある。だが、その前に勘違いしないでくれ。雷電に施されている術式を焼き切るなら、二級以上の魔法士や魔人なら可能だ。それこそ、一級以上なら誰でもできるだろう。これは開発段階で証明されているからね」

「なら、私でも可能なのね?」

「そうだね。絵美でも可能だろう。さて、私見にはなるが分かったことは二つ。一つ目は、術式全体が隅々まで原形をとどめないほど焼き切れていること。二つ目に、弾倉内の銃弾全てに魔力の残滓が残っていた」

「それは何を意味するのですか?」

「それを説明するためにはまず、雷電と朧の魔力の入出力を説明しなければいけない。知っているとは思うが、出力する朧は両の手の平にある。そして入力側は雷電のグリップだ。朧の手の平にある魔力出力孔からグリップを伝う設計だ。利き手の違いもあるから、出力側は両手、グリップは両側面だね」

「それは私達も知っています。雷電を扱う上で基本知識です」

「そう基本だ。基本通りグリップから魔力が注がれたのなら、グリップから近い術式や回路から焼き切れていくはずだ。そうなると魔力供給がそこで断たれ、銃身など離れた位置の術式や回路が焼き切れることは無いはずだ」

「ですが、先程教授は全体が焼き切れていたと」

「その通りだ。これはおそらくだが、彼は銃のあらゆる方向から魔力を無理矢理注いだのではないかと推察できる」

「それは可能なのですか?」

「一応可能だ。まぁ、かなり無理矢理だがね。魔力だから出来る事とも言える。あの時、屋上にいた対象は魔力の渦とも呼べるほど高密度の魔力で、自身と銃を包み込んでいた。あの状態でどうやって狙いを定めたのか不思議だが、あれなら雷電にあらゆる角度から魔力を注ぐことは可能だ」

「私達にも可能だと?」

「可能だ。ただし、魔力が通りやすいように設計されているグリップ部分と違い、他の部分は魔力を外に逃がさない様に設計されている。もちろん、外から魔力を注ぐことも難しい」

「試してみましょう」

「試すか、それはとても大事な事だ。あぁ、君達のことを馬鹿にしている訳じゃないよ。世界で最も馬鹿な生物はと問われれば、私は自分だと答えるだろう。何故なら、解らないから試すを日ごろから行っているのは、私達学者だからね」

「そんなことは…」

「いやいや、真実だよ。失敗の数と成功の数。比較すれば失敗は九割以上。成功は一割未満。どれだけ頭が良かろうと、実績だけ見れば周りの人々より余程失敗を繰り返しいている。近藤君。100通りのルートがあって、君の指揮する部隊が全てのルートをくまなく調査したとしようと。その中で安全なルートは三つしかなかった。だが、そのおかげで君達の後に続く部隊は、規模や道幅や状態から自分達の部隊に適したルートで通過できる様になる。君達の97回の調査は無駄かね?」

「いえ。無駄ではないでしょう」

「学問問わず、あらゆる分野でこれは同じだ。失敗したではない。失敗する方法を見つけたんだよ。これを理解しない者に成功は一生訪れないだろう。覚えておきなさい。試さずに失敗を叫ぶ者はただの愚者だ。もちろん、明らかに失敗すると解っていることに挑むのも愚かではあるがね。さぁ、実験を始めようか」

 和彦が意気揚々と部屋を出て行く中、妻の絵美は「あの人ったら、ごめんなさいねぇ」と近藤を始めとした面々に謝罪をしつつ、皆と一緒に和彦の後を追いかけるのだった。


 拠点の外。元は駐車場だったその場所に集まった近藤達。その周りには、見張り以外の非番の隊員達が「何だ?」「何かするらしい」と、互いにひそひそと話しながら野次馬のように集まり始めていた。

 近藤は特にそれを咎めることはなく、和彦に至っては実験の被験者が多くなったことを喜んでいる始末である。

「近藤君。彼らを使っても良いかね?」

「えぇ、どうぞ。聞け。これから教授が雷電の検証実験を始める。ある程度の試験回数と被験者が欲しい。皆も協力する様に」

「了解。ですが、これから何を?」

 野次馬の中から一人、手を上げて応えた兵士。彼らに解っているのは雷電を使って何かをするらしいということくらいだった。

「あぁ、それは私から説明しよう。この雷電の―――」

 和彦が嬉々として説明を始めると、聴いていた隊員達は魔力比べかと言わんばかりに、率先して参加を表明した。その参加人数に一丁では足りないと、予備の雷電を九丁が追加され、合計十丁の雷電が用意された。

 さらに、隊毎に分かれ、魔力視が得意な者が観測係となり、思った以上の大規模な実験に何時の間かなっていた。

 そして準備が整った隊から、順番に小番の雷電を使用した魔力注入実験が始まった。


「ふんっ!」「おりゃあああ」「あ、くそぉ」「これならどうだ」

「がんばれっ」「お前なら出来る!もう少しだ!」「…あぁ~」

「次は俺だ」「もう一回!」

 次々と立ち替わり、入れ替わり行われる実験。中には二度三度と挑戦する者も現れる。だが、多くの隊員が魔力を均一に雷電に流し込むことは出来ず、どうしてもグリップ部分とその周辺に魔力が偏る結果となった。成功と言える結果を出せたのは参加者700名前後の内、僅か61人。

 実験開始から数時間。既に陽が落ちかけている中で、見張りの交代時に聞いてやって来た隊員も加わったことで、何時の間にか拠点に詰める約七割にも及ぶ隊員が挑戦していた。

「教授は行わないのですか?」

「あぁ、私は開発中に一度壊したことがあるからね。遠慮しておこう。それにしても、やはり皆優秀だね。予想より成功人数が多い」

「予想では?」

「いても20人前後と予想していた。特に面白いのは、魔力の多さで成功と失敗がわかれていない点だ。開発段階では、魔力を多く保有するものほど成功していたから、このデータは貴重だよ。何かに活かせるかもしれない」

「それは良かったです。よし、もう日が陰ってきている。実験はここまでだ。皆の協力に感謝する。明日に向けて、休息を取るものはしっかりと休むように。解散」

 集まった有志の隊員達は、各々割り振られた部屋に帰り始める。その背中や聞こえてくる声からは、悔しさと同時に魔力鍛錬について見直す声もある。

 その後ろ姿を見送る近藤達は、隊員達にとって良い息抜きと同時に、自分達の技量を見直す良い機会になったと感じていた。

「それにしても近藤君が失敗するとは思わなかったな」

「ははは。面目次第も御座いません。自分でも失敗するとは思いもしませんでした」

「帰ったら、本格的にデータを集めて違いを調べてみよう。ここでは魔力視頼りだからね。正確なデータが取れる機器が揃っている試験場で取り直そう」

「えぇ、もし時間があれば私も再度挑戦させてください。このままでは隊員に示しがつきませんから。しかし、意外と言えば田辺軍曹でしょうか」

「あぁ、私も意外だった。彼は自己申告で五級魔法士と言っていたが、本当かね?」

「本当です。田辺はこの隊でもギリギリ基準を満たしている隊員です。その代わり魔力操作はかなり繊細で、数値1未満の細かい数値まで操作が出来る才能を持っています」

「それは貴重な人材だね。彼は必ず参加させてくれ」

「分かりました。…教授。実際に対象はどの様に術式を焼き尽くすほどの魔力を同時に注いだのでしょうか?」

「それは分からない。可能性があるとすれば、只々高密度の魔力を無理矢理押し込んだとしか思えない壊れ方をしている」

「教授にも可能ですか?」

「可能だが、それはとてもつもなく非効率な方法だ。コップにプールの水を一度に注ぐようなものだね」

「それは確かに無駄ですな」

「だろう?だが、そんなことを彼はしたかもしれないということだよ。だが、真に恐ろしいのは…」

「それを行ってなお、魔力の枯渇が見られない点ですな」

「その通りだ。悪く言うつもりはないが、近藤君たちでは彼の様な事は出来ない。私でも同じことをし続ければ、半日で魔力が枯渇するだろう。彼は間違いなく、魔力だけ見れば特級だ」

「それに加え、あの瘴気耐性ですか…」

「あぁ、魔人でも彼と同じことが出来るのは世界でも数百人程しかいないだろう。ましてや、日ノ本に彼と同じことが出来る魔人は五人もいるかどうかだ。ますます気になるね」

「その分、彼は危険に晒されるでしょうな」

「だね。私は何だかんだで運が良かった。若気の至りとはいえ、あんな無茶をしたおかげで帝からもお声が掛かり、二つ名も直々に頂いた。皆が牽制し合ってるうちに、確固たる地盤を形成できた」

「政治家を引退した祖父から聞かされたことがあります。当時は望月和彦の名前を出すだけで、他派閥から牽制が飛んできて厄介だったと。皆が教授のことをアンタッチャブル認定していたと言っていました」

「だろうね。誰もかれもが自派閥に取り入れたいが、近づけば何処からともなく矢が飛んで来るんだ。私もある意味苦労したよ。こっちから仲良くしようと手を伸ばしても、中々手を握ってくれなくてね。地盤を固めるのに苦労した」

「彼の場合は違いますか?」

「40年前なら、私と同じように地盤を築けたかもしれないが、今の政情では難しいだろう。他国が彼の存在を知れば、スカウトに来るのは目に見えている。友好国ならまだ良いが、仮想敵国に渡りそうになれば手段など選べないだろう」

「…できれば穏便に事が運んでほしい所です」

「あぁ、私もそう願うよ」

 夕闇に染まる空の下。一人の異質な存在を巡る激動の一日が終わろうとしていた。



 時は、仁成が住む警察署を第四師団から派遣された臨時魔導兵部隊が、魔獣に囲まれていた頃に遡る。

 表向きは第20旅団の外国派遣に配慮し、彼らの代わりに甲牙の討伐に名乗り出た第四師団臨時魔導兵部隊。だが、その本当の目的は身元不明の魔人「タダノヒトナリ」の捕縛であり、甲牙の討伐はする気も無かった。

 そして彼らはヒトナリに手を出し、第20旅団でも把握しきれていない数多の未確認高位魔獣に囲まれることになっていた。


「こちら藍堂だ。全隊交戦を続けながら聞け。東西部隊で北部部隊に合流出来る部隊は、直ちに北部部隊に合流を始めろ。出来ない部隊は殿となり、合流を支援せよ。合流後は坂田大尉の指揮下に入れ。坂田大尉は合流した部隊を指揮し、即刻撤退を開始せよ!」

「こちら坂田大尉。まだこちらには余裕があり―――」

「その余裕がある内に撤退しろと言っているんだ!分からんのか!この馬鹿者!全体行動を開始せよ!以上だ。皆のこれからの武運を祈る!通信終わり」

「藍堂しょう―――」

 坂田からの通信を遮断した藍堂は、魔獣がひしめき合う地獄の中で、目の前で優雅に佇む六本尾の狐と対峙していた。

 既に本隊と分断され、魔物の群れに警察署の入り口に押し込まれた彼らは、脱出の機会と行き場を失っていた。

「藍堂少佐。これまで共に戦えたこと、光栄に存じます」

「ふん。まだ死ぬと決まった訳ではない。諦めるな」

「はっ!。それにしても、あの青年にはしてやられましたな」

 叱咤を受けた部隊幹部は、自分達の背後を一瞥する。そこには車や瓦礫、あらゆる物で隙間なく塞がれた警察所の入り口がある。

 一度試しに全員で押してみたが、とても突破出来るとは思えないほど強固なそれに、警察署内への非難は諦めざる負えなかった。

 ならば屋上にと考えたが、既にその時には魔物に囲まれ、その機会も失ってしまっていた。

 藍堂達は知らないが、一階全ての部屋が入口同様に塞がれている。例え朧を装着した金崎や小番でも、突破は出来ないほどだった。

 実際に藍堂達を見捨てた金崎と小番は、一階の窓から中に入ろうとしたが失敗している。では二階にと考えた二人だが、そこにも瓦礫が見えたことで屋上にまで駆け上がる羽目になっていた。

 その視覚効果で断念した二人だが、実際の所は違う。

 さすがに二階から上を埋める時間も無ければ、建物が耐えれるか分からなかった仁成は、ただ窓際に一階と同じだぞと言わんばかりに瓦礫を積んでいるだけで、中身はスカスカのままにしてある。

 朧を装着した彼らなら、誰でも突破できただろう。

 そんなことなど知らない金崎達は、仁成の思惑通り警察署への侵入を諦めたわけである。

「ふっ。今思えば金崎達を見習うべきだったな」

「えぇ。さすが裏の依頼もこなしているだけある。引き際を弁えていましたね」

 藍堂達と共に警察署に押し込まれていた魔人の二人。形勢不利と見るや否や、藍堂達のことなど見捨てて、何時の間にか姿を消していた。

 今は頭上から、金崎の怒号が微かに聴こえることから、屋上まで逃げたことが窺える。

「それよりもだ。我らは出来る限り時間を稼ぐ。特に狐を始めとした高位魔獣をここから離すな」

「「了解」」

 死地である事を理解し、部隊全滅を避けるために死兵になることを選んでくれた部下達に感謝しつつ、藍堂も自ら前線に立ち雷電を構え、その咆哮を放った。



 地獄の中を生き残った兵士達は、警察署の北にある小山沿いの道から花衣町からの脱出を狙っていた。

 藍堂から部隊を任された坂田大尉は、背後から追って来た魔獣を足止めするために、殿部隊を切り離す苦渋の決断を下した。

「坂田大尉。分かれ道です」

「西に向かう!」

 坂田は迷わず小山沿いを東西に延びる分かれ道の内、西に進む道を選んだ。

「(今はただ生き延びる。例え、敵対派閥である景月陸将補に借りを作ることになったとしてもだ)」


 この作戦のために編成された臨時部隊は、完全民主化を叫ぶ極左翼に関わりのある者達で構成されている。彼ら自身も軍人ではありながらも、民主化運動に傾倒している者達だった。

 だからこそ、自分達とは主義主張が異なる景月陸将補率いる第20旅団に助けを求める行為は、今後の軍内でも情勢が大きく傾くことなる行為だった。

 何より、今回の彼らの任務はあくまでも甲牙の討伐である。それを隠れ蓑に、仁成を捕獲することが彼らの目的だった。

 それに加え、花衣町は第20旅団の管轄内であり、彼らが立案した作戦を横取りしてまで強行した作戦。失敗は決して許されなかった。

 だが、彼らは失敗した。部隊壊滅というおまけ付きで。

 おそらく、第20旅団の偵察部隊がどこかからかこの様子を見て、把握されているだけでなく、上層部ではこの件の追及が進められていることだろう。

 例えここから脱出が叶ったとしても、彼ら全員が軍法会議にかけられることは決定事項。それも、決して言い逃れが出来ないほどの負け戦であることが決まっていた。

「それでも、生き延びる。藍堂少佐たちが稼いでくれた時間を無駄にはしない」

 そう自分を鼓舞し、坂田大尉は託された部隊と共に一路、小山沿いの道を西に進んだ。


 数時間後。

 小山沿いの道には、中身の無い朧やバラバラとなった残骸が転がり、坂田大尉含む臨時魔導兵部隊の生き残りは姿を消した。

 それら残骸には、指先程の大きさの蟻の軍団が隙間なく群がり、そして小山に向けて列を作っていた。



「報告。藍堂少佐以下、部隊幹部と思われる遺体の一部を回収しました」

 近藤中佐は部下からの報告を聞くと、通信から流れて来る紫雨と仁成の会話を聞きながら、目の前に積み上がる魔獣の死骸を見詰める。

 警察署の入り口前には、魔獣の死骸がひしめき合う形で積み重なっており、その山は二階まで達している。

 金崎と小番の聞き出した話によれば、この山の下に藍堂達がいる。

 部下達がその山を少し図切り崩し、まだ息のある魔獣に止めを刺し、死骸を北側の空き地にピストン輸送で運んでいく。

 そしてようやく一つだけ見つかった所だった。

 まだまだ積み上がっている死骸を前に、近藤はため息が出そうになるのを堪え、遺体の元に向かった。


「識別は分かるか?」

 見つかった遺体の一部は右脚。足先はない。それを前に、身元を照会している部下に近藤は問いかけた。

「少しお待ちください。…紹介終わりました。藍堂少佐の副官。土井中尉です」

「藍堂ではないか…」

 これまで見つかった遺体で、五体満足な遺体は一つもない。頭部など体の一部が残っていれば良い方で、朧の残骸を残して何一つ残っていない遺体の方が多い。そのため、近藤も全ての遺体を回収するつもりはない。時間制限の中で、士官クラスで識別できる遺体を数体。物的証拠として確保しておくことが目的だった。

「これは魔獣が咥えていたそうです。中には腹の中で消化待ちの状態で残っているかもしれません」

「はぁ。そこまでする必要はない。同じ日ノ本人ではあるが、管轄外で余計な事をした馬鹿に、これ以上我々が出来る事は何も無い」

 非情の様にも聞こえる近藤の判断だが、此処は危険な魔獣が闊歩し、朧の瘴気対策装置が無ければ数日も滞在が出来ない危険地帯。

 黙祷し敬意を示すことはあれど、彼ら全員の遺品を探すことで自分達の身が危険に晒さすような事はしないだけである。

「南側は殆ど何も残ってないそうですね」

「あぁ、私も少し覗いたが、探すだけ無駄だと一目でわかるほど、血溜りと朧らしき残骸があるだけだ。本格的な回収は明日になるだろう。今は魔獣の死骸を片付ける事を優先し、士官の遺体とその他は遺品の未回収して今日は撤収する」

 遺体の回収を続けるように指示を出した近藤は、その場で屋上を見上げた。今回は一度面識がある紫雨に対話を全て託し、近藤自身は全体指揮を執り続けている。

 その近藤の耳には、今も仁成と紫雨、そして治癒士の会話が届けられていた。

「こちら指揮官。親魔獣が飛び出したが気にするな。甲牙の魔臓を食いに出かけただけだ。甲牙を回収している隊は少し離れていろ」

 仁成たちの会話を盗み聞きしていた近藤は、先回りして指示を出した。そして指示を出し終えた直後、頭上に影が生まれる。

 その影は一足飛びで三棟ほどの敷地を飛び越え、道に降り立つと悠然とした歩みで甲牙が倒れている場所に進み始めた。

「こちら紫雨。親魔獣が甲牙の元に向かいました。それと片付けている魔獣から魔臓を子魔獣に与えたいそうです。どうぞ」

「こちら指揮官。既に親魔獣の方は指示を出している。子共の方も許可する。そうだな、腹を裂くか聞いてくれ。どうぞ」

「・・・こちら紫雨。腹は裂いて欲しいそうです。どうぞ」

「こちら指揮官。聞いていたな?そちらに魔獣が二頭向かう。適当に腹を裂いて並べておけ。紫雨。二頭に北の空き地に向かう様に伝えてくれ。終わり」

 通信を終え、再び盗み聞きに入った近藤は、誰にも見られていないのを確認してゆっくりと大きく息を吐いた。そこには、誰に向けた者か分からない呆れが籠っていた。

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