017「分かれ道 7」
「二人とも下がれ!伏せろおおおおおお」
金崎は少し離れた北側の道路上に陣取った日ノ本軍の陣形を見て、咄嗟に叫んでいた。叫ぶと同時、自分も屋上の真ん中まで走りながら、倒れ込むように伏せた。
「おい、あのガキは!?」
「えっ?えっ?ちょ、ちょっとあんた。早く伏せなさ――」
金崎と同じ様に飛び込んできた小番は慌てて背後を振り返り、いまだに銃を構えたまま微動だにしない仁成に叫ぶ。
その直後、大気を裂く轟音と共に激しい雷光が目の前を通過した。
「うおおおおおお」「きゃあああああああ」
警察署の屋上に届くほど太い稲妻が、雷電を構える仁成の横を一瞬で奔り抜けて行った。
日ノ本軍の開けた陣形の中心から警察署に隣接する道に沿って真っ直ぐ奔る、魔法によって生み出された稲妻。
一瞬ひりつく身体。稲妻の枝葉が掠め、仁成の身体を伝い月夜にもそれが伝わる。だが、仁成は。月夜は。微動だにしなかった。
「撃つ」
稲妻が通り過ぎるとほぼ同時、日ノ本軍の背後から音もなく忍び寄り、今まさに突進を始めようとする猪に向け、仁成は雷電の引き金を引いた。
ーキイイイイイイイイイイイイイー
ーゴオオオバリバリバリバリバリー
遅れてやってきた稲妻の轟音と重なる一筋の光。
その光は真っ直ぐ、密集した日ノ本軍の陣形を食い破ろうと、その鋭い牙を突き立てていた甲牙の頭部に吸い込まれ、破裂した。
「お前、死にてぇのか!馬鹿野郎…!」
「伏せてって言ったでしょ、この馬鹿…ちょっと、大丈夫」
稲妻が止み、急いで仁成に駆け寄った二人は、月夜に背中を預けぐったりとする仁成を見て、すぐに脈拍と呼吸を確認する。
「大丈夫だ。息もあるし脈もある」
「……」
「馬鹿野郎。生身で雷電を撃つ奴がいるか!小番。正面頼む。この馬鹿の状態を確認する」
「分かった」
金崎はすぐに仁成を寝かせると、上着を脱がせ仁成が銃床を当てていた肩を確認する。
「阿保。無茶しやがって」
服の下に隠れていた肩とその周りは朱く腫れ上がり、折れた鎖骨は皮膚を突き破り大概に露出していた。そこから軽く触っただけで、肩全体の骨が砕けているのが素人ながらにも解る。
「ど、うなったぁ?」
「?!」
意識がないと思っていた仁成が喋ったことで、金崎は一瞬驚いたがすぐに日ノ本軍に視線を向けた。
そこには頭部が破裂し、仰向けに倒れている甲牙の姿があり、分隊がゆっくりと近づいている所だった。
「(嘘だろ。甲牙の頭部といやぁ、あの灰炎より硬いと言われてるんだぞ。雷電とはいえ、頭部を吹き飛ばせる奴なんてそうそういねぇぞ…)」
「ど、どなったぁ」
痛みで顔面全体に深い皺を寄せる仁成。だが、気になるのは射撃の結果らしい。それよりも前に自分の身体を心配しろよと金崎は思いつつ、それに応えた。
「頭部が破裂して、どてっぱらを空に向けて死んでる。…よくやった」
「ひひ、いぎぃ。ど、どん、な、もん、じゃあ。いぎぎぎ」
痛がりながらも自慢気な笑みを無理矢理作る仁成に、金崎は心底呆れると同時に恐怖も覚えた。
「か、金崎さん…あ、あれ、見た?」
正面に警戒に行ったはずの小番が何時の間にか戻り、日ノ本軍の背後に横たわる甲牙を見て、声を震わせていた。
「見た。それより正面は?」
「だ、大丈夫。雷神さんの一撃で半分くらいが死んだか、虫の息。耐えた魔物と周りにいた魔物も逃げ出してる」
「そうか。助かったぁ。はぁ~」
金崎は大きな溜息と共に、その場で大の字になって紫がかった空を見上げた。
簡単には死なない。それは小番も同じ思いだろう。だが、笑みを見せてから気を失ったこの謎の青年がいなければ、自分達は死んでいた可能性が高い。
さらに言えば、雷神が来なければ小番か自分、どちらかは確実に死を覚悟しなければならないほどの死地だった。
「初めましてから数時間の付き合いだが、お前程の馬鹿は初めて見たぜ。ありがとよ」
気を失った名も知らぬ青年に感謝を告げた金崎は、その場で勢いよく立ち上がると屋上の縁まで小番を連れて進んだ。
そして、近づいて来る日ノ本軍に向けて、弾倉を外した雷電を両手で高く持ちあげて、降伏の合図を送った。
「こちら日ノ本陸軍第20旅団特殊魔導戦技連隊所属。紫雨大尉だ。所属と名を明かせ。どうぞ」
オープン通信を通じて送られて来た声に、金崎は自身の朧の通信もオープンにして返信を送る。
「こちら日ノ本魔物狩猟会所属金崎新、および小番よみ。両名とも魔人として登録されている。こちらに交戦の意思無し。一緒に籠城していた民間人が負傷している。治癒士を急ぎ頼みたい。負傷個所は右肩とその周辺。鎖骨が折れて飛び出しているほか、肩回りの骨や筋に重度の損傷が見られる。どうぞ」
「分かった。すぐに手配する。それと先程の援護感謝する。どうぞ」
「それは俺達じゃない。負傷してるガキに言ってくれ。生身で雷電を撃ちやがった。負傷も雷電への過剰な魔力供給による反動だと思われる。どうぞ」
「…はぁ。青年に意識は?どうぞ」
「ない。が、呼吸も脈もある。魔人なら再生すると思うが、さすがに骨が砕けてるなら治癒士の手伝いが必要だ。どうぞ」
「すぐに向かう。あぁそれと、そこに犬型の魔獣はいるか?どうぞ」
「いる。今もガキの傍でのんびり寛いでる。どうそ」
「君達の身柄については此方で預かる。たちまちは、此方が下を片付けるまでそこで待機。私が治癒士と共に上がる。それと、魔獣二頭も一緒に上るが、何もするな。そこにいる魔獣の子供だ。どうぞ」
「了解。それと、こんなこと言えた義理じゃないが、助かった。感謝する。通信終わり」
警察署のすぐ傍まで進んで来た大隊は、まだ息のある魔獣に止めを刺しつつ、散乱する魔獣の死骸を一か所に集め始めた。
その中から、10人の兵士が二頭の魔獣を連れて駐車場に入って来る。その背後には、雷電を屋上の二人に向ける兵士が数人。
金崎と小番は、それが治癒士を連れた紫雨大尉だろうと予想し、手を高く上げたままの姿勢で待つのだった。
一撃。そのたった一回の雷撃で、警察署に群がっていた魔獣は四方八方に散り始めた。
「密集陣形!こちらに逃げて来る魔獣だけ仕留めろ。その他は逃げるに任せる」
近藤の命令に、和彦の視界を開けるために左右に別れていた隊が一斉に元の位置に向けて動き出し、数秒で和彦を中心にした密集隊形が出来上がる。
「種崎中尉。後背の甲牙はどうなった!」
「こちら種崎。甲牙の頭部は完全に破裂。動きも完全に止まっています。どうぞ」
「こちら指揮官。全体に通知。甲牙はそのまま放置。予定通り前進を開始。警察署周辺にいる魔獣の掃討に移る。前進開始」
突如背後に出現した甲牙。その完全に虚を突かれた奇襲に、背後を護っていた部隊は肝を冷やした。
だが、彼らと甲牙がぶつかる瞬間、一筋の光が甲牙を捉えたかと思うと、次の瞬間には頭部が破裂し、その勢いのまま仰向けに転がりながら甲牙は死んでいた。
「近藤中佐。見たかい?」
「はい。一瞬瘴気溜りかと思うほどでした」
「あぁ。私もあんな濃い魔力を見たのは初めてかもしれない。だが、問題はその後だ。雷電のスペックは開発者の私が良く知っている。たぶん壊れてるね。帰ったら、彼が使った雷電の検分に私も立ち会わせてくれ」
「はい。要請しておきます。しかし、雷電のスペックで足らないとすると、彼専用の魔導銃が必要ですな」
「それを作るのも楽しそうだ。例の試作器を弄ってみてもいいかもしれないね」
「許可が下りればですな」
和彦は近藤と話しながら、視線を警察署の屋上に向けた。雷電の発射から姿を隠したままの青年。その代わりに、金崎と小番の二人が銃を両手に高く掲げ、投降の意思を見せていた。
屋上に上がった紫雨は、共に上がって来た四人の部下に金崎と小番の拘束を指示すると、隊付きの治癒士を連れて仁成の傍に膝をついた。
「始めてくれ」
紫雨の指示で治癒士は早速、仁成の右肩付近に魔力を通し、体内の様子を探り始めた。
治癒と言っても、ゲームの様に詠唱して魔法名を唱えれば、勝手に傷が治るわけではない。医学知識を習得し、問診や検査で患者の状態を把握し、手順を踏んで正しい治療を施す。通常の医師とあまり変りない。治療を魔法で行うかどうかの違いしかない。
「どうした?」
意識のある相手なら、検査にも時間がかかる。基本的に他者に施す魔法は防衛反応が働き、弾かれたり、抵抗を受けるのが常識だから。そのため、施設で治癒魔法を施す際も麻酔をかけることが一般化されつつある。
だが、今回は違う。治癒対象は気を失っており、抵抗はほとんどされない状態。にも拘らず、治癒士の眉間には皺が寄り、検査魔法を何度も掛け続けていた。
「…あり得ないことですが、内包魔力が多すぎて私の魔力を通す隙間が一つもありません。皮膚の表面程度なら届きますが、その下にまで届きません。これでは検査どころか治癒魔法さえ無理でしょう」
「…はぁ。参ったな。では純粋な医療措置が必要ということだな?」
「はい。ですが、彼は魔人です。既に再生が始まっている可能性もあります」
「こちら紫雨大尉。指揮官応答願います。問題発生。どうぞ」
「こちら指揮官。何があった?どうぞ」
紫雨は詳細を報告するなら治癒士からの方が良いだろうと判断し、治癒士に通信を繋いだ。
治癒士が近藤と話をしている間、紫雨は拘束された二人の元に足を運んだ。
「紫雨大尉だ。金崎新と小番よみで間違いないな?」
携帯武器を全て没収され、魔導鎧の幾つかの機能を封じられた状態の二人は、大人しく足を延ばした状態で腰を床に落としていた。
「俺が金崎新だ」
「私が小番よみで間違いないわ」
「一応聞くが、今回の同行は裏の仕事か?」
紫雨達は二人が魔物狩りと賞金稼ぎを生業にしている裏で、政府からの依頼で暗殺業も請け負っていることも知っている。特に賞金稼ぎの中に多く、金崎と小番の二人もその内の一人である。
「いや違う。今回は純粋に魔物狩りとして同行を依頼された」
「私もよ。依頼書もあるわ」
「分かった。詳細は帰投後に聞くとして、第四師団の部隊の生き残りは?」
「あそこに見える北の小山に向かったのを最後に見てない。少なくとも300は離脱できたはずだ。隊長の藍堂達は警察署の入り口で死んでるはずだ」
「あっ。それと六本尾の狐がいたわよ。他にも四つから五つの奴等が数十はいた」
金崎は顎で北にある小山を示しつつ、小番は思い出したように最も重要な情報を明かした。
「それは本当か?見間違いではないんだな?」
「俺も見た。そのほとんどが一時間か二時間くらいで、腹がいっぱいになったのか飽きたのかは分からないが、市街地に消えていった」
「それらも帰投後に詳しく教えてくれ。しかし、よく無事だったな。六本となると灰炎とほぼ同格だぞ」
「あのガキだ。何なんだあのガキ?軍の正式採用の紫電とはいえ、それで六本尾を一時間以上抑えこんだぞ。そんで雷電だ。あいつ、雷電を構えてから雰囲気が変わりやがった。瘴気溜りかってくらい魔力が全身を包んで、あれだぞ」
「私もそれ見てたわ。魔力が濃すぎてあの子の全身が目視出来なかったくらいよ。同じ魔人とは思えないんだけど?」
「探るな。上の判断で明かされるかもしれないが、その時はしばらく旅団に籍を置くことになるぞ」
「…はぁ。つかよ。俺達どうなんの?」
「あぁ、上の判断次第としか言えん。おそらく、しばらくは拘束される事だけは覚悟してくれ」
「分かった(わ)」
「とりあえず、生き残りの捜索を―――」
「そ、それ、だめぇ~」
紫雨は擦れ気味だが、はっきりと聞こえた声に振り向く。そこには軽く左手を振る仁成がいた。
すぐに駆け寄った紫雨は、近藤に仁成の意識が戻ったことを報告し、その青白い顔を覗き込む。
「大丈夫か?」
「いでぇ。そ、そのまえに、さっぎ」
「ここを囲んでいた部隊の生き残りについてか?」
「そ、それ。北の小山、行かない方が良いよ。蟻と蜂いる」
それだけで、仁成の言いたいことを理解した紫雨は、仁成の意識が途切れない様に話を振る。
「…手前までは?」
「大丈夫。だけど、田んぼの中にある赤の屋根の倉庫から先には行かない方がいい」
「分かった。こちら紫雨大尉。指揮官…」
紫雨が近藤に報告を上げている間、仁成はすぐ近くで心配気に寄り添っている琥珀と千影の顎を撫でつつ、傍で鎖骨の処置に入ろうとしている男に目を向ける。
「ど、どう?」
「…鎖骨が折れて飛び出ていた。再生の妨げになるから、飛び出している骨を一度切り落としたところだ。これから切開後に接着する。他より治りは早いはずだ。肩周りに関しては骨と筋が砕けている。ここではこれ以上の外科処置は出来ない。君の再生頼りだ」
「わ、わがった。き、気にせず、やっちゃって」
「…助かった。君の援護がなかったら、後方にいた私は一番に甲牙の餌食になっていたかもしれない。感謝する」
「へへ。なかなかやるっしょ?」
「あぁ、良い一撃だった。目の前で甲牙の顔が破裂した時は、さすがに腰を抜かしたよ。切るぞ。舌を噛まない様にしてくれ」
治癒士は迷いなくメスを仁成の鎖骨に沿う様に刃を入れ、切り取った鎖骨を接着し始める。
仁成は身構えていたが、意外にも痛みはなかった。それよりも肩の再生が始まっているのか、そこから来る痛みの方が勝っていたのかもしれない。
「終わったぞ。その頬や首周りの火傷は灰炎か?」
「そうだよ。あいてて。なんか右肩の中に虫がいるみたい出来持ち悪ぃし、いてぇ」
「再生が始まってる証拠だ(凄いな。そこらの魔人なら、まだ再生どころの話じゃないはずだ)灰炎に何処まで近づいたんだ?」
「あぁ~。すぐ目の前かな」
「目の前?!」
「そっ、目の前。丁度今の俺とあんたくらいの距離まで近づいた」
「そ、そうか(もしそれが本当なら、生きてること事態が異常だな)」
治癒士は切開部分を医療用接着剤で塞ぎつつ、仁成の火傷痕も触診し状態を見る。
「再生でも痕は治らなかったか?」
「何度か脚にある痕で試したけど、この状態で再生するんだよね」
「なるほど、この状態で定着したんだろう。尻などの皮膚を移植する方法なら、元に戻るはずだ」
「機会があれば試すよ。あぁ~、まじ気持ちわりぃ~。なんか勝手に動いてる感じがするし。痛いのに、掻きたくてしょうがないよ」
「実際動いてるぞ。再生の中で、砕けた組織や骨が元に戻ろうとしてるんだ。それにしても早いな」
「早いの?」
「早い。これなら一週間もしない内に、復元されるかもしれない。ただ、形だけ整っただけだ。スカスカの状態と言えばいいかな。そこから元のように動かせるようになるまでに二週間ほどかかるだろう」
「了解。そういや、火傷の時は皮膚よりも体の中が先に治った気がする」
「あぁ、それは君自身が無意識に内蔵から治そうとしたんだろう。今回も同じだな。折れた鎖骨よりも、肩を優先しているんだろう」
「そいうもんか。あっ!月夜。甲牙の魔臓。採りに行って良いぞ。あれは俺が仕留めた得物だからな。文句言われねぇだろ」
それまで目を伏せて、前足に顎を乗せて寛いでいた月夜が、むくりと起きあがりゆっくりと北の縁に歩き始めた。そして、その巨体がぶれたかと思うと一瞬にしてその場から姿を消した。
「紫雨さ~ん。下に転がってる魔物の魔臓。こいつらに食べさせたいんだけど。いい?」
一瞬で姿を消した月夜に呆気に取られていた紫雨達は、仁成が声を掛けたことで我に返ると、すぐさま近藤に連絡を送る。もちろん、月夜が甲牙の死骸の元に向かったことを報告するためである。
「…了解。積み上げている魔物を降ろすから、順番に漁ってくれ。腹を裂いておくか?」
「どうする?」
仁成は、落ち着きを取り戻した紫雨からの提案を、琥珀と千影に向ける。すると二頭は仁成が教えた通り、首を縦に振って提案を受ける旨を示した。
「だって。裂いてくれってさ」
「分かった。琥珀と千影だったな。こっちについて来てくれ」
紫雨は屋上の縁まで来ると、二頭に魔物の死骸を積み上げている空き地を指差しながら説明を始めた。
「あそこに見える空き地に死骸を集めている。今、手を振っている者達の所に行けば、順番に腹を裂いてくれる」
紫雨がそう告げると、母親ほどではないが二頭の子魔獣も常人では一瞬見失うほどの瞬発力で屋上から飛び降り、空き地に向かって行った。
「…やれやれ。あれでまだ第二段階か…末恐ろしいな」
見送った紫雨は、再び仁成の元に戻った。その顔は既に驚きよりも諦めたと言った感じだった。
「それで、どうする?」
「どうするとは?」
「このまま私達とここを出るか?それとも残るか?」
「う~ん。条件次第では一度出てもいいかな」
「条件か…。出ようと思った理由を聞いても?」
「単に魔力の扱い方が解らないんだよね。それを教わりたいってのと、この拠点を住みやすくするためにいろいろ揃えたいって感じかな?特に水回り。貯水塔設置して、風呂かシャワー使える様にしたいし、トイレとかね」
「この場所に戻る事前提な所は、君らしいな」
「どうも日ノ本の中には、話が通じない人間の皮を被ったおサルさんが紛れてるみたいだからね。今出たら、あれこれ面倒そうだ。仲間がやられたウキっ。犯人を差し出せウキっ。引き換えにバナナ一束あげるウキっとか言ってくるでしょ」
「まぁ、間違いではないな」
「サル共に伝えてよ。猿畜生の分際で人様に楯突くなってさ」
「ははははは。それを言えたらさぞかし気持ちいいだろうな」
「ですね。私も言ってやりたいですよ」
治癒士の兵士も深く頷きながら、仁成の健康チェックを続けている。
「一応、景月少将にだけは伝えておこう」
「あぁ、そうだ。渡す予定だった外骨格と武器。そこの裏に置いてるから持って帰ってね」
仁成が左手で示した先に紫雨が向かうと、朧と雷電が立てかけてあった。それらを手に戻った紫雨は、近藤に報告すると共に回収班を要請した。
「確かに受け取った。物資に関してだが、明日もう一度此処を訪れる。その時に受け渡そう。それと君の先程の要望についても、検討しよう」
「それでいいよ。あぁ、そうだ。そこにいるおサルさん二匹だけど、俺の素性やらは一切明かしてないから。名前も教えてないよ。二人も踏み込んでこなかったから、そっちで判断して」
「ふっ。君は17にしては判断が適格だな」
「とりあえず、一度此処を出るかは明日までに考えとくよ」
仁成は少し離れた所で、拘束された金崎と小番が担がれた状態で屋上から去るのを見つつ、紫雨と今後の事について話を進めた。
ある程度魔獣の片づけを終えた日ノ本軍は、金崎と小番、そして出来る限りの第四師団の魔導兵の遺体や遺品を回収して、撤収を開始した。持ち運びきれなかった朧の残骸などは明日、援軍を含めて再度回収に訪れることになる。
その際、仁成ガどのような選択をするかは分からないが、受け入れ態勢だけは整えるため、景月は深夜まで各方面との調整を重ねた。
「帰ったか…」
『どうする?』
仁成は屋上から撤収を始めた日ノ本軍を月夜と見送りながら、この場所を離れるかどうかの選択に迫られていた。
「どうすっかなぁ。正直、出てもすぐ暗殺されるようなことは無いと思う。けどなぁ。軍人を罠にかけたことに変わりないからな。景月少将の部隊の中にも良く思わない奴等もいそうなんだよなぁ」
『人間は面倒だな。先に仕掛けて返り討ちにあった。ただそれだけのことだろう』
「理性ではそう思っても、感情がそれについて来るかは別なんだよなぁ」
そうは思いつつ、一度はこの町から離れなければいけない事は仁成も理解している。この世界で生きていくなら、知らなければいけない事が山ほどある。
世界のこと。日ノ本のこと。魔法のこと。魔人のこと。魔物のこと。瘴気のこと。
上げれば切りがない程、今の仁成にはこの世界の常識と非常識を知らない。それらを知ることは、これから生きていくうえで外せない事だった。
それを知るには、書物だけでは限界がある。書物は所詮、国家や個人の思想がどうしても付き纏う。
実際に自分で見て、聴き、嗅ぎ、触れて、味わう。または触れ合い、話し合い、知り合うこと。
学びは所詮、活かす場所と機会がなければ、ただの知識でしかない。普遍的な知識ならそれでもいいだろう。だが、それが正しいか間違っているか判断が付かないものには積み重ねた経験が必要だ。
銃がまさにそうだった。銃を手に取ったその時から、または座学で学んだ瞬間から百発百中なんてのは、テストで0点ばかり取る何処かの眼鏡をかけた小学生くらいだろう。
実際はそんなことは無い。体力が無ければ、銃の重さですぐにばてる。筋力が無ければ、銃を構える姿勢も保てず、撃った時の反動を抑える事も出来ない。ましてや的に当てるための技術や感覚は、何度も練習し身に付ける必要がある。
なにより、人や動物を殺すことは精神異常者でもない限り、想像できないほどの精神的ストレスを伴うものだ。
仁成もそこは変わらない。最初に白骨遺体を見た時、吐きそうになった。最初に変異体を殺した時、数時間は手の震えが止まらなかった。今も慣れたわけじゃない。そうしなければ、自分が死ぬ恐怖に背を押され、脅されているから。そう自分に言い聞かせて誤魔化しているだけ。
何時か何処かで壊れるかもしれない。または既に壊れているかもしれない。壊れていることに気付かないまま、これからも生きていくかもしれないし、壊れていることに気付いて膝が折れるかもしれない。
それが何時なのか、それとも死ぬまで訪れることは無いのか。仁成自身に解る訳もなく、ただその日が訪れない事を祈るだけだった。
日ノ本陸軍第四師団を預かる佐山陸将は、部下からの報告で来年は自分のポストが無い事を悟っていた。
残り二年もすれば定年退役を迎える58歳。勉学に自身があったおかげで昇進試験に一度も落ちる事は無かったが、その代わり政治には疎かった佐山に大した後ろ盾も無かった。
彼が将官に上がれたのは、淡々と左翼連中の言う事を聞いていたからに過ぎず、彼らの要望に添えなければ切られるだけの傀儡。
だが、それもそろそろ潮時と感じていた時、現れたのが仁成だった。
魔人でも数ヵ月が限界とされる高濃度瘴気汚染区域。そこで彼は倍以上の半年を過ごしてなお、隊長を屑事も無く過ごす存在。
そんな存在を佐山を操っていた連中が放っておくはずもなく、あらゆる手を尽くして手に入れようと動いていた。
しかし、それを簡単に許すほど相手も甘くなかった。
特に彼の魔人がいる花衣町を任されている第20旅団旅団長景月陸将補は、極左翼とは反対の右翼寄りの将官。その後ろ盾も陸将の佐山よりも分厚く、来年には陸将に昇進することに加え、花衣町の汚染度が格上げされた事で第20旅団は再編され、戦力の拡充が決まっていた。
時には国を裏切る様な判断も下したことがある佐山にとって、自分より若く、愛国心も強い景月は妬み嫉みの対象であると同時に、羨望の存在でもあった。
「最後くらいはね。国のために働いても罰は当たらないだろう」
報告書に書かれた数百の殉職者の名と階級の羅列。それらを眺めながら、佐山はこれから乗り込んで来るであろう面倒な猿共にする言い訳を考えつつ、これまで溜めて来た数々の証拠を密かに景月に送る準備に入るのだった。
数か月後。第四師団師団長の席に佐山の名は無かった。
彼の名があったのは、軍の広報誌。
訃報を報せる御悔み欄。現役将官ということもあり、枠が大きく取られてはいた。だが、それに対して書かれていた内容はどこか事務的で、冷酷な感情が見え隠れしていた。




