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ただの人也。  作者: 梅酒
彷徨う魂
16/51

016「分かれ道 6」

 望月和彦はその日、妻である望月絵美のことが心配でこっそりと花衣町の関所まで来ると、そのまま妻の帰りを待つためにその場に留まっていた。

 景月はおそらく愛妻家の和彦のことだからとついて来ると予想しており、待機させていた大隊の指揮官近藤辰巳中佐に連絡し、バレバレの変装していた不審者(和彦)を丁重におもてなしする様に通達。ついでに彼専用の魔導鎧も事前に運び込ませていた。

 そして、数時間もしない内に応援要請が届いたことを聞いた彼も、同行を申し出てくれたことで、景月は労せずして強力な戦術級魔法士の手を借りることに成功していた。


「近藤君。絵美は無事かな?」

 和彦は隣を歩く第20旅団特殊魔導戦技連隊で、副長を務める男近藤辰巳中佐に何度目かの問いを投げ掛ける。

「はい。先程、護衛小隊を率いる士官から無事に拠点まで後退したとの報告も受けています」

「なら良かった。さて、一応運んで貰っているから私も準備をしなければね」

「既に整備も終わり、あとは教授が装着するだけとなっています」

 近藤は少しうんざりとしながらも、世界でも100人もいないと言われる貴重な雷魔法を操る和彦に付き合い、彼専用の魔導鎧が置かれる整備場に案内していた。

「それにしても、魔獣の一斉移動とはね。何をやらかしたんだろうね?」

「我々にもはっきりとは。ただ、報告から対象が拠点にしている警察署付近で戦闘が始まっていることは事実のようです」

「正直、そんな所絵美を連れて行きたくはないから、私が出向くとしようか」

「お願い致します。そういえば、教授はドイツへは?」

「私は今回は同行しないよ。ドイツには四人いるからね。あぁ、でも久々に会って話をするのもいいかな。国が許可してくれるなら同行するよ。妻も一緒にね」

「お伝えしておきます。こちらです」

 関所内の一角に設けられた整備場。車両などを含む、軍が使用する兵器から装備の点検から修理までこなせる設備が揃っている。

 その中には魔力持ち専用の魔導銃と魔導鎧の整備設備も整っている。

 整備場に入った二人は、真っ直ぐ目的の鎧が置かれている場所まで足を進めた。

 二人が目的の鎧の前まで来ると、既に整備を終えた整備士達が和彦専用魔導鎧『雷雲』の表面を丁寧に磨いている所だった。

「やぁ、皆。ご苦労様。随分きれいに磨いてくれた様だね。新品の様だ」

「あっ。整列」

 和彦に声を掛けられ、彼の鎧を磨いていた三人の整備士が手を止めて並ぶと、近藤と和彦に向かって敬礼で迎えた。

「御苦労。休め」

 近藤が敬礼を返し終えると、整備士達はそのまま休めの姿勢で次の言葉を待った。

「何か不具合はあったかな?」

 和彦の問いに、一番右に並んでいる男がそれに応えた。

「一か所。部品の劣化が見られたため交換しています。魔導部品ではないので調整は不要です。その他の部品に異常は見られませんでした。こちらが検査数値です。確認宜しくお願い致します」

 整備士から手渡されたチェック表と数値を確認した和彦は、右下の空欄に名前を書くと整備士に返した。

「問題なさそうだね。それじゃ、装着しようか」

 和彦は改めて自分専用の魔導鎧に目を向ける。

 軍が通常採用する陽炎をベースにした雷雲は、全身は深い藍色に染められ、幾つかの専用パーツによって性能を引き上げられている。

 さすがに最新の朧シリーズに比べれば性能は一段落ちるのだが、彼の魔導鎧は完全オーダーメイド品であり、世界に一つだけの彼専用鎧。魔力増幅器を始めとした各種機器や部品は最新のものに置き換わっており、特級魔法士である和彦に最適化された特注品である。

 例え全体の性能は朧に劣ったとしても、魔法特化にカスタムされた雷雲は、和彦が使う事で雷電の一発の威力を二倍近く引き上げられる。

 そこに和彦専用の魔導杖『稲妻』を持つことで、彼自身の固有魔法「雷」の性能を最大限引き出すことが出来る。

「久しぶりに着るとやっぱり窮屈だねぇ。これが終わったら測り直してもらおうかな。さすがにこの歳になると身体の維持も大変になって来たよ」

「分かりました。魔導兵装課に報告しておきます」

「よろしく頼むよ」

 既に五十代の和彦にとって、実戦現場に出る頻度は減っている。特級であるがゆえに軍属から離れる事は出来ないが、本職は魔導大学の教授であり、普段は学生相手に講義をするか、自身の研究室で魔導学の研究と日々忙しく過ごしている。それに加え、年齢から来る運動能力や体力の低下は、避けて通れないものとなっていた。

 それでも、魔力を通すことで各種に配置されたパワーユニットが起動することで、鎧の重さはほとんど感じられない。

 雷雲とほぼ同じ背丈の杖を握った和彦は、近藤に再び案内されながら整備場を後にした。



 和彦は近藤中佐の指揮下に入り、彼が率いる殊魔導戦技大隊約1000人の魔導兵と共に峠の山頂で、監視任務を継続している隊員から報告を受けると、すぐに警察署に向けて出発した。その際、二頭の魔獣が彼らを先導する様に前を歩き始め。今も先頭で此方の歩測に合わせるように進んでいた。

「どうやら、まだ戦っている様だね」

「えぇ。ですが、報告では幾分か散っている様です」

「はぁ、絵美を連れて来なくて正解だったね。そんな事を聞けば、必ず付いて来ていたよ」

 少し前、和彦達は渡辺少佐が待機している拠点に立ち寄った。



「あら、和彦さんも来たのね。なら、私もついて行こうかしら?」

 会って早々、絵美からの爆弾発言に和彦は少し頭を抱えることになった。

「絵美。それは…」

「駄目なの?和彦さんがいるなら甲牙も大丈夫だと思うのだけど」

「いや、たぶん大丈夫だけど、何があるか分からないから。絵美は渡辺少佐と一緒に一旦待機していてくれると助かるんだが」

 ―――――――――20分後。

「仕方ないわね。此処で待っています。さっさと魔物を蹴散らしてきて頂戴」

 渋る絵美を何とか説得した和彦達は、絵美の気が変わらない内に渡辺少佐隷下の部隊から、半数を抽出すると紫雨大尉を中隊長に任命し出発した。



「あれは大変でした…」

 絵美の説得を思い出していたのか、近藤は少し遠い眼を浮かべていた。

 本来の予定では、監視小屋で小休止を取る予定だった。だが、思わぬところで足止めを喰らったため、予定は大きく変更して先を進むことになっていた。

「迷惑かけたねぇ」

「いえいえ。奥様に協力を仰いだのは此方です。ですが説得できてよかったです」

「私も同じ気持ちだよ。それにしても、これは彼の仕業かな?」

 耕作地帯を抜けた一行は、素人手ながら歩き易いように整備された道を進んでいた。

「おそらく、取引場所になっていたテニスコートまで、行き来しやすいようにしたのでしょう。偵察に出した部下から、左右の通りには放置車両や瓦礫が残っていると報告がありました」

「有り難いね。瘴気汚染区域の面倒な所は、長年放置された事で整備がされていない道や、時には瓦礫の上を歩かないといけない事だからね」

「えぇ、同意します。まだ雑草が生えているだけの田畑の方が歩き易いまでありますから」

「それにしても見事だ」

「見事とは?」

「このルートだよ。出来る限り最短ルートを通りながらも、それなりに強い個体や群れの縄張りからは外れてる。もしかすると魔獣の方も、この道を縄張りの境界線にしているかもしれない」

「…確かに。報告通りなら、この辺りの魔獣も警察署に殺到している可能性もありますが、それ込みでも襲撃が少ないことに違和感を覚えていました。教授の助言通り、あの魔獣の後をついて外れないように進んで正解でした」

「私も確信はないよ。あの二体の魔獣が、彼が共に暮らす魔獣であることは間違いないんだろう?」

「はい。紫雨大尉の話では、此方の言葉ある程度理解している様です」

「既に()()()()()()()()。成体になったばかりの個体としては早いね。もしかしたら高等級魔獣の血を継いでるのかもね」

「二か所ですか?」

 和彦に言われ、近藤は前方を歩く二体の魔獣を注視した。だが、一つは見つけられたが、二つ目の変異箇所は見分けることが出来なかった。

「申し訳ありません。身体の模様しか」

「分かりづらいが前足だ。犬にしては発達し過ぎている。変異箇所は偏る傾向にある。尾だけに偏るなら、その数が増えたり、模様が増えたりと法則性がある。だけど、たまに複数個所が変異する個体もいる。あの二頭は身体の模様と、足が変異している。もし次の変異箇所も違うなら、全体変異を遂げる可能性がある稀な個体だ。それが二頭。相当希少だよ」

 近藤は再び二頭の前脚に注視した。言われてみれば確かに、後ろ足に比べ一回り大きく、爪はより太く鋭く尖っていた。

「…確かに、前足は犬のそれではありませんね」

「近藤君。油断するな。まだ二ヶ所と思わない方が良い。全体変異個体なら通常個体より強いからね」

「はい。それにしても、彼は良く生き延びていますね」

「まったくだ。半年以上瘴気溜りの中で暮らした例は、実験以外では存在していない。それも瘴気耐性無しでの滞在期間は間違いなく、彼が最長記録保持者だ。秘匿されていないことが前提だがね」

魔人の中の魔人(瘴気愛好家)真魔人(ラー・ジン)ですか」

 近藤が溢した呼び名は、非公式ながら仁成のことを知る者達の中で囁かれている異名である。瘴気耐性が高いとはいえ、魔人でも瘴気溜りの近くには行きたがらない。それこそ、滞在なんてもっての他である。

 それが常識の世界でただ一人、その非常識を続ける人間が仁成である。

 瘴気対策を一つも行わず、瘴気溜りの影響濃い地で普通に暮らす異常な魔人。

「これはまだ私の中だけの持論だが、彼は魔人ではないかもしれない」

「魔人ではない?」

「いや、言い方が悪かったね。正確には私達が知る魔人ではない可能性がある」

「なるほど、言うなれば『理外の魔人』ですか」

「『理外の魔人』か。そこまで外れてはいないと思いたいが、確かに今のところは理外の存在だね」


「こちら先行部隊の明司。警察署を目視で確認。屋上に対象の青年と親魔獣を確認。その他二名の朧着用の兵士も屋上にいることを確認。朧の識別は二名とも魔人。随伴した魔人「金崎新」及び「小番よみ」と推定。甲牙と思われる個体は確認できず。報告は以上。指示を請う。どうぞ」


 先頭を行く部隊からの報告に、近藤は間に合ったことにまず安堵した。

「こちら指揮官。予定に変更無し。集結地点に到着後、後続が陣形を構築するまで警戒に当たれ。警察署から近づいて来る魔獣の対処も現場判断で許可。その場合は、先行中隊が陣形完了まで魔獣の迎撃を担当。こちらからは以上だ。どうぞ」

「了解。このまま予定集結地点まで進軍。戦闘陣形の構築を開始。魔獣の襲撃が始まり次第、先行中隊で陣形完了まで迎撃。通信終わり」

 この部隊の中核戦力は和彦である。彼の広範囲雷魔法は強力だが、同時に発動までに時間を要する。とはいえ、一般的な魔法に比べて数秒遅い程度。だが、その数秒が命運を分けるのが戦場である。如何にして和彦を護り抜くか。それこそが近藤とその麾下の部隊に与えられた任務と言えた。

「どうやら、間に合ったようだね」

「はい。対象は部隊に随伴していた魔人と協力して、警察署の屋上で籠城している様です」

「そうか。逃げなかったんだね。何故かな?」

「それは分かりません。また魔人二名も屋上にいる様です」

「あぁ、新君とよみ君だったね。彼らは賞金稼ぎの顔も持ってるけど、今回は彼らの信条から外れてると思うんだけど、何か分かっているのかい?」

「申し訳ありません。二名に関しては調査中のため何も申し上げられません。ただ、どうも二人は騙されたか、調査案件で脅して随伴させた疑いが高いのです」

「そうか。まぁ、あの二人のことは私も知っている。裏の仕事をしていると言っても、その中でも常識のあるハンターだ。私も何度か研究のために依頼を出したこともある。その調査案件とやらも嵌められた可能性が高そうだね」

「私からは何も」

「分かっているよ。出来れば手荒な真似はしないでやってくれ。私の姿を見れば、大人しくこちらに従ってくれるだろうし、私も説得しよう」

「お願い致します」

「あぁ、任せてくれ。それにしても確か全滅はしていないはずだが、生き延びた部隊は何処に消えたんだろうね?」

「それが、あちらでも行方を見失ったようです。生命反応は途切れていない為、何処か安全な場所に身を潜めている可能性はありますが」

「…もしかしたら、彼なら知ってるかもしれないね。もしあちらから話しかけて来たら、交渉して聞いてみるのも有りかもしれない」

「分かりました」

「近藤中佐。初手は警察署に沿って伸びる道路に真っ直ぐ、雷走戟(らいそうげき)を放つ。そのつもりで先行中隊にも伝えてくれ」

「了解しました」

 到着まで数十分の距離まで来た和彦は、数ヵ月ぶりの実戦に向けて静かに魔力を練り始めるのだった。



「よし!よし!希望が見えてきたあーーー」

「金崎さん。嬉しいのは分かるけど、マガジンの装填だけは終わらせて頂戴」

 第20旅団とそれに随行する望月和彦の魔導鎧を見てはしゃぐ金崎に、すぐに気持ちを落ち着けて迎撃に戻った小番からの小言が飛ぶ。

「おっ、わりぃわりぃ。すぐに終わらせる」

 小言を言われた金崎は、すぐに休憩場所に戻り魔導鎧を脱ぐと、それまで無表情で淡々と続けていたマガジンへの銃弾装填も、何処か嬉しそうに鼻歌交じりに再開した。

「さっきから嬉しそうだけど、何かあったの?」

 外の常識を知らない仁成は、先程まで死んだ魚の眼で淡々と弾込めをしていた金崎に問いかける。

「いや、お前。『雷神』の旦那がそこまで来てるんだよ」

「だからその雷神が何なの?大層な二つ名だから、強そうではあるけど」


「「・・・」」


 日ノ本において『雷神・望月和彦』と言えば、知らぬ者はいないほど有名な特級魔法士。魔人ですら畏怖する存在。

 彼の名が広く知られるようになったのは、約四十年前に発生した特級魔獣暴走事件である。

 この事件は、突如暴走した特級魔獣の一体が、縄張りとしていた地域から大都市に向けて一直線に走り出したことから始まる。当時の日ノ本軍はそれを阻止すべく全力で戦力を集中させるが、それらを一切無視して暴走を続ける特級魔獣に包囲を突破され、直線状にある幾つかの村や町は瞬く間に地図からその姿を消した。だが、その特級魔獣を止める者が現れた。

 それが後に雷神の二つ名で呼ばれる様になる20そこそこの青年。若き日の望月和彦である。

 当時はまだ魔力増幅技術の実用化は進んでおらず、一部の一級以上の魔法士にのみ、今よりも遥かに性能が劣る試作機が組み込まれた塊が支給されているだけだった。

 そんな中、その試作機を背負った和彦は、周りが止める声も無視して単独で特級魔獣に挑み、丸二日も足止めに成功する。

 その結果、日ノ本各地に散っていた特級クラスの魔人や魔法士の集結と、友好国からの援軍も間に合い、最終的に討伐までの道を切り開いた日ノ本屈指の生ける伝説にして、英雄である。

 この出来事は五月の始めにあったことから『皐の戦い』と呼ばれるようになり、和彦自身は『皐の英雄』として国民から広く知られる様になる。

 そして年が明けた翌年、その功績に天皇が直々に『雷神』の二つ名を与えたことで、他国にも彼の名が広まる切欠となった。


「だから、それ誰?」

 再び仁成の口から飛び出た同じ問いに、二人は「えっ?まじで知らないの?」と言いたげな驚愕の顔を向けた。

「(ちょっと、どういう事?何で知らないわけ?)」

「(俺が知るかよ!それより前見ろ!)」

「あっ」

 金崎に注意され、小番は慌てて視線を前に戻すと、魔獣の爪が目の前にあった。

 まだ魔力はあるとはいえ、ここまで長い連戦の経験がない小番は、疲れからすぐに反応することが出来ず、ただ硬直したまま迫りくる爪を見ていることしか出来なかった。

「(やられるっ)」

 そう思った瞬間、魔獣は殴られてたように真横にその身体を空中で滑らせながら、地上に落ちて行った。

「危ないなぁ~。集中して~。こっちは何時でも逃げれるけど、そっちは籠城するしかないんでしょ?仕方なく付き合ってあげてるんだからね~」

「・・・ありがと」

 続けて飛んできた追い打ちに、小番は仁成に聴こえるかどうかの小さい声で感謝を述べると、雷電をしっかりと構え直し迎撃を再開した。

「それで、雷神が来たらどうなの?」

 三度の問いに、金崎は通信で小番に迎撃に集中する様に伝えると、仁成の問いに答え始めた。

「・・・今来てる部隊に随伴してる人は、魔導大学の教授で学生相手に教鞭を振るってる特級魔法士だ。望月和彦教授。日ノ本人なら誰もが知る大英雄だ」

「ふ~ん。でも、何でそんな大物が此処に?(あれ?どこかで?どこだっけ?)」

「あ、ああ。望月和彦さんだ」

 一瞬手を止めた仁成は、すぐに迎撃を再開する。

「その人もしかして、見た目20代にしか見えない超美人の魔人の奥さんいたりする?」

「ん?確かに若い奥さんがいたはずだが、魔人かどうかは知らん。それがどうかしたか?」

 続いて飛んできた質問に、金崎は不審に思いつつテレビで見たままに答える。金崎は少し世代が若いため、魔人として活動した現役期間が短い絵美と仕事をしたことが無い。小番も同様だ。

 第20旅団は、時折和彦と仕事をする機会があるため、絵美が魔人であることを知っている人もそれなりにいるが、フリーランスの魔獣狩りである二人は絵美との接点が少ないがゆえに、和彦の妻である絵美はただの若作りか、元教え子を妻にしたのだと思っていた。と言うよりも、世間一般の人は二人と同じ認識である。

「ん~。まぁ、いいや。とりあえずもう少し粘れば、その雷神って人がどうにかしてくれるであってる?」

「おそらく。ただ雷神の魔法は高威力、広範囲のものが多いんだ。たまに教授として俺達魔獣狩りに護衛依頼がくるんだが、基本は雷神を護る密集陣形。じゃないと巻き込まれる」

「もしかして此処危ない?」

「魔法によるとしか言えん。おそらく、指向性の魔法で範囲を絞ってくれるとは思う。雷神の旦那曰く、制御が難しいらしい。それが面倒で広範囲にばら撒いてるとも言ってたからな」

「ふ~ん。なら見物でもするか」

「・・・その言い方。お前まさか…」

「ん?どうかした」

「い、いや。何でもねぇ(こいつ部隊が到着したら、逃げるつもりだったな!)」

 金崎の予想は当たっている。仁成は部隊が展開し攻撃を始めた瞬間に、月夜に跨ってこの場所から逃げ出すつもりでいた。が、望月の名を聞いて、何か引っかかるものがあり残ることにした。

「ん?どうした」

 観戦に飽きて途中から屋上の真ん中で寝ていた月夜が、仁成の傍に来ると北の小山方向に鼻先を何度か向けて何かを訴えていた。

『北で暴れていた猪が来るぞ』

 それを聞いた仁成は、ショットガンを金崎に投げ返し、代わりに雷電を手に取り北側の縁に走り始めた。

「お、おい!」

「うるさい。おかねは正面の敵を抑えてろ。猪が背後から来てる」

 仁成は金崎の文句を一蹴すると、背中を月夜を預け、雷電の銃身を屋上の縁に置き狙撃姿勢を取った。

「甲牙か!」

「ちょっと。こっち手伝って!」

 金崎は仁成の方に行きかけた足を止め、ショットガンを小番に迫る魔獣に向けて撃つ。

「ちっ。そっちは大丈夫なんだろうな!」

 声を張り上げて問うが、仁成からの返事はない。不審に思った二人はちらりと横目で仁成を見る。

 そこには、あり得ないほどの魔力を流し続ける仁成の姿があった。

「うっ…」

「小番。場所変われ」

 仁成に近かった小番は一瞬吐き気を催し、えずく。それを見た金崎は小番と素早く場所を代わり、上って来る魔獣の迎撃を再開した。

「ちっ。とんでもねぇガキだ。まるで瘴気じゃねぇか」

 漏れ出る魔力がその身を包み、二人の眼には暗い靄に包まれた何かにしか見えない。その異様な光景は、南に見える瘴気溜りそのものだった。



「魔獣の反応はどうか?」

 先に集結地点に到着していた先行部隊に続き、近藤達後続部隊も続々と到着すると、すぐさま陣形が組まれ始めた。

「想定より反応は薄く、展開は順調に進こ」

「報告!屋上に何か暗い靄を確認」

 先行部隊からの報告に、近藤はすぐに警察署の屋上に視線を向けた。

「対象は?」

「こちらでも確認出来ません。ただ、少し前に暗い靄付近に対象が居たのは確認しています。他二名は籠城を続けています」

「一旦暗い靄については警戒に留め、展開を続けろ」

「展開は順調に進行中。今のところ散発的に魔獣が向かってきますが、問題無く対処可能」

「後続部隊には予定通り密集陣形を組ませろ。それと、先程も伝えた通り、初手は正面の道路に群がっている魔獣に向けて、雷神殿が雷走戟を放つ。巻き込まれないように通達を忘れるな。以上だ」

「了解」

 やや東。そう聞いた近藤は親魔獣が去った方角に目を向けた。

「屋上に暗い靄が見えるけど、何か分かったかい?」

「分かりません。直前に対象がその付近にいた事は解っています」

「なら、あの暗い靄の中にいる可能性が高いね」

「我々もその点は気になっています。ですが、まずは彼との信頼関係を築く方が先でしょう」

「そうだね。…近藤君。彼が使ってた銃。もしかして市販品?」

 あまり銃に詳しくない和彦でも、軍に帯同する機会が多いためある程度の知識は持っている。ただ、確信が持てるほど詳しくないと言うだけだった。

「えぇ。彼は銃の手解きを受けたことが無いそうなので、こちらで反動が弱く扱いやすさを重視して選び、監視小屋に詰める兵に持たせておきました。もし接触して来た時、それとなく渡すように指示しておきました。魔導回路などは補強済みです」

「そうか…。補強済みとはいえ市販品で五等級以上の魔物と渡り合えるとは凄いね」

「はい。全く持ってその通りかと。ですがそれ以上に、この町の中心街にあれ程、等級の高い魔獣が増えていたとは驚きです」

「あぁ、確かにそうだね。もしかしたら灰炎クラスの魔獣も、まだどこかに潜んでいるかもしれない。この町は地形の関係で比較的魔獣が外に出づらい、だから監視に留めてたよね?」

「はい。その通りです。ここ数年は、他の地域が優先されています」

「これは一度大規模調査に乗り出すか、本格的に彼との友誼を結ぶべきだね」

「上申しておきます」


「後続部隊の展開も終わりました」


「よし。これより警察署に群がる魔獣の掃討作戦を開始する。初手は先に通達した通り、雷神の電撃魔法。合図とともに前衛は左右に別れ、視界を開けろ」

 近藤の命令に各隊は最終確認に入り、その時を待つ。

「何時でも行けるよ」

 魔力を十分に練った和彦は、魔導杖を真っ直ぐ前方に伸ばした。

「前衛部隊左右に展開。同時に防護魔法展開始め」

 近藤の合図に、和彦の前方にいた隊が彼を起点に半分に別れ、直線状の視界を開け始める。それと同時に、彼ら自身を雷から守るための防護魔法が厚く展開された。

 この防護魔法にはもう一つ、銃身(バレル)の役目もある。和彦の魔法は指向性を持たせても、どうしても一部が逸れてしまう問題がある。それをある程度抑制するため、彼と組むことが多い特殊魔導旅団が考案した戦術の一つだった。だが、この戦術のおかげで和彦は威力を重視して撃てるようになった。

「雷撃魔法、発動まで3、2、1、撃て!」

 近藤の合図と同時に和彦の魔導杖の先端から発生した雷撃が、まるで蛇のようにうねりながら、直線状の魔獣を飲み込んで通過していった。

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