015「分かれ道 5」
仁成は以前、魔導鎧の捜索のために金属探知機を手に持って市街地を歩き周った。そのとき金属探知機の音に反応し、かなりの魔獣が仁成たちの前に姿を見せ、襲ってきた。
その時の経験から、この機械音は魔獣の何かを刺激するのではないかと思い至った仁成は、雷電を回収してから封印していた。
だが、景月の警告から近いうちに実力行使に出て来る輩がいると踏んだ仁成は、すぐに対応を迫られることになった。
数日考え込んで思い付いたのが、金属探知機を使った罠。
仁成が見つけた金属探知機の面白い所は、魔力を電力に変える点だった。つまり、即席の発電機になるのである。
この特性を生かし、仁成はうろ覚えの電気工学を思い出しながら、小型の試作機を作り何度か実験した。そして、試行錯誤すること数日。ようやく実験が成功し、本番に挑んだ。
仕組みは単純。警報拡散器と金属探知機を繋げ、機械音を拡散器で周囲にばら撒くだけ。たったそれだけの罠である。
ただ、一度慣らすと大量の魔獣が周囲から集まる惧れがあり、動作確認だけして試験運用はしていない。ぶっつけ本番の罠となっている。
「月夜」
仁成の合図で、屋上に続く階段に控えていた月夜が金属探知機に魔力を送り込む。仁成では近くにいるだけで鳴らしてしまう惧れがあるため、月夜の役割となっていた。
ーピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピー
動作確認はしていたため心配はあまりしていなかったが、それでも拡散器から音が鳴ったことに安堵した仁成は、先程驚異的な速度で外壁を駆けあがってきた二人を見下ろした。
その二人は駆け出した直後に聴こえてきた音に反応し、周囲を警戒し始めた。
そうこうしている内に、けたたましくなっていた金属探知機の音が鳴り止むと、下にいる「おさるさん一号」が何やら激昂している姿を仁成に披露していた。
そして、間を開けずにおさるさん一号は、仁成にも聞こえるように麾下の部隊に命令を下した。
四方から向けられる銃口を前にしても、仁成は何も感じなかった。
何故なら、あの灰炎を眼に前にした仁成にとって、猿の軍団が幾ら集まろうと、灰炎の方が怖かったからだ。
「おやおや、せっかちだねぇ。でもいいの?俺なんかに構ってて」
仁成のほんの少しの優しさ。だが、これから起こる悪夢を引き起こす張本人が言っても、やさしさの欠片も無い無慈悲な言葉でしかなかった。
「藍堂おおおおおお。すぐに周りを警戒しろおおおおおおおおお。来るぞおおおおおおおおおおおおお」
先程仁成に迫った内の一人、声からして男の方が何かに気付き、叫んだ。
「もう遅いよ」
仁成のつぶやきは誰にも届かない。何故なら、眼下では音に引き寄せられた魔獣の第一波が、周囲を囲んでいた日ノ本軍に雪崩れ込み、騒がしいダンス会場へと変貌していたから。
『さて、奴等の仕事とやらを見物するか』
「おや?気になる」
『お前が言っていたではないか。「敵を知り、己を知れば、百戦危うからず」だったか?』
「そそ。俺の世界の凄い古い時代を生きた人の戦略論だよ」
『やはり、先程昇って来た者達はやるな』
「正面から戦ったら勝てないかなぁ。さっきのは運が良かった」
『だが、多勢に…何だったか?』
「無勢だよ。数を凌駕する個は確かに存在する。灰炎なんかまさにそれだ。他にも例外はあるけど、それらを省けば一番お手軽で強いのは数の暴力だよ」
仁成と月夜が話している間にもまた一人、魔物の波に飲まれ姿を消していく日ノ本軍の兵士。ある者は魔法で、ある者は雷電やサブウェポンで状況の打破を試みようとするが、次々と覆い被さって来る魔物の前に為すすべなく沈んでいく。
本来の彼らなら苦戦する事の無いはずの魔物相手でも、数が揃えば全く別の脅威となっている証拠。
「あらよっと」
時々、屋上にいる仁成たちに向かって駆けあがって来る魔獣を、銃で撃ち落としながら、仁成と月夜の観戦は続く。
『南は既に半壊しているな』
月夜の言葉に、仁成は何時の間にか南に縁を覗いている月夜の隣に駆け寄る。
「あちゃ~。やっぱり町の中心地は魔境だねぇ。知らねぇ強個体も混じってるわ」
『そうだな。私でも一騎打ちでは勝てない個体がちらほらいるようだ』
仁成たちはある程度予想はしていた。だが、予想した数よりも強い個体や群れが町の中心にいることに、素直に驚くことになった。
南側を包囲していた部隊は本当に悲惨だった。彼らの背中には町の中心街が広がり、瘴気溜りがある。そこは、この町で最も危険なエリア。
灰炎などの一部の魔物を除けば、この世界の基準で言えば四等級以上の魔物がひしめき合う魔境。
その魔境を生き抜いて来た群れや個体が相手なのだ。ただで済むはずがない。すでに半数以上の部隊が壊滅する中、残った部隊が寄り集まり、必死の抵抗を見せていた。
まさに地獄絵図。だが、そんな光景を前にしても、仁成の笑顔は崩れなかった。屋上の縁をゆっくりと月夜と回りながら、時々上がって来る魔獣を打ち落とす。そして四方に展開していた日ノ本軍の戦いぶりを見物していった。
「北側は日ノ本が勝ちそうだね」
『さすがにな。あっちは北に行くついでに、そこそこ間引いているからな』
「間引き過ぎも良くないね」
『そうだな。次からは気を付けよう』
一番魔物の格が低い北側は徐々に日ノ本軍が押し返し始め、逃げ出す群れや個体が出始める中、東と西に展開していた部隊は南からの流れて来た魔物に側面や背後を突かれ、瓦解寸前の部隊が出てきている。
それでも何とか持ちこたえているのは、仁成に肉薄した二人の兵士の奮戦のおかげだろう。
日ノ本軍が勝つかは北側の部隊がどれだけ早く、東西の部隊に援軍を送れるかにかかっているだろう。もしくは、南から流れて来る魔物を犠牲覚悟で受け止めるか。
見ていてわかる通り、既に南に展開していた部隊は機能していない。少し覗いた仁成が最後に見たのは、魔獣に包囲された10人程の分隊が、雷電を四方八方に乱射している姿。
そして雷電から放たれる光線が消える度に、一人ずつ魔物の波に消えて行った。
「クソガキ!」
そんな中、仁成の背後に二人の兵士が降り立つ。ヘルムのカバーを上げて見えた顔は正に般若。今にも仁成を殺さんとするほどの勢いで、二人の男女は仁成に駆け寄ろうとした。だが、一瞬。ほんの一瞬、その脇にいた月夜が振り向いただけで、二人は足を止めた。
声から察するに、先程肉薄してきた二人だろう。それでも仁成は一切怯まなかった。それどころか、先程から変わらぬ笑顔で二人を迎えた。
「あっ、おさるさん二号と三号。ウキッ!さすが木登りが巧いだけはあるね。でも、いいの?こんなこと言えた義理じゃないけど、あんたらいなかったら本当に全滅しちゃうよ?」
今の状況を生み出したとは思えない態度とその台詞に、上がってきた二人の男女はさらにその顔に皺を寄せる。
「俺達二人がいた所でもう結果は変わらねぇよ!」
「何てことしてくれたのよ!」
「違うよ?あんたらが俺に武器を振りかざしたからこうなったんだよ。俺は自衛しただけ。ちゃんと用件を言えばいいだけなのに、いきなり襲って来たのそっちでしょ?いい大人が自分の行動の責任を子供に押し付けるのが日ノ本人の常識なのかな?あっ。違った。ごめ~ん。おさるさんだったわ。それなら仕方ない。ウキッウキキッ」
まるで懲りない仁成に対し堪忍袋の緒が切れたのか、二人の顔から表情は抜け落ち、武器を構える。
「はぁ、これだから話の通じないおさるさんは嫌なんだよねぇ」
「おい、大人しくついて来るなら痛い目見ずにすむぞ」
「そっちの魔獣も拘束させてもらう」
既に話し合いは終わり。そう決めた二人は一切隙の無い姿で仁成と月夜に雷電の銃口を向ける。
勝手に来て、勝手に人様の家に上がり込み、勝手に攻撃してきて、勝手に逆恨みして、勝手に話し合いを終わらせる。
「何とも身勝手な大人達だ。日ノ本人は猿にも劣るらしい」
それが仁成の日ノ本への素直な感想。
「お前も大概だろうが」
男の言葉に、仁成は肩を竦めて見せると背を向けた。そして再び下の戦いの観戦に戻る。この間、月夜は二人の侵入者を一瞥することもなく、ずっと下の戦いを見ていた。仁成より余程無礼である。
「かもね。でも道理は通してると思うよ?俺なりにね。かたやそっちは?勝手に押し掛けて、勝手に攻撃してきたのはどっち?」
返事をしながら眼下に視線を向けると、南から流れて来る魔獣の数が増えたことで、それまで必死に壁となって受け止めていた部隊は、既に魔獣の波に飲まれいなくなっていた。
そこからの展開は早かった。側面を突かれた東西の部隊は分断され、部隊間の連携は遮断される。既に指揮系統は崩れ、南に展開していた部隊同様に、小部隊毎に必死の抵抗を続けるしかない状況に陥っていた。
「おさるさん一号なかなかやるじゃん。粘ってるねぇ~」
視線を真下、警察署の入り口に向けると、仁成がおさるさん一号と名付けた男とその部下達が警察署の入口を背にして、迫りくる魔獣の群れを捌いていた。
雷電の銃撃を集中させ、確実に迫る魔獣を屠り続ける彼らだが、急にその光線の数が減っていく。
残酷にも、彼らをこれまで支えていた魔力が切れた証拠。
攻撃が途切れたその一瞬、魔獣達にとってはその一瞬があれば十分。数mあったはずの空白地帯は一瞬で魔獣で埋まり、彼らに殺到する。
だが、彼らもまだ諦めていない。予備のアサルトライフルを構えると、すぐ目の前に迫る魔獣の群れに斉射し、押し返す。だが、それも一瞬のこと。
「おっ。狐じゃん。久しぶりに見たな。あれ?あいつもでかくなってるな」
おさるさん一号達に群がる魔獣を押し退けるように入ってきた巨狐が、容赦なくおさるさんの部下を一人嚙み千切る。
「あちゃ~。あいつまた強くなってるよ~」
背中に銃口を突き付けられているにも拘らず、仁成は一切気にせず眼下の戦いを見続けていた。もちろん、たまに上がって来る魔獣を撃ち落としながら。
その全く変わらない態度に、雷電を突き付けていた二人は逆に冷静になっていた。
「おい。このガキ、頭のネジぶっ飛んでねぇか?」
「私、何だか怖くなってきたんだけど」
仁成は背後から近づく二人の気配を感じつつも、それでも動かない。一歩、また一歩。そして、足音は何時の間にか隣で止まった。
「おいクソガキ」
「ウキッ?」
呼ばれた仁成は自分が知る数少ない猿語で返し、横目でちらりと男の顔を見る。
男は眉間に深いしわを寄せつつも、空いている拳を握り絞めて必死に怒りを抑えようとしていた。
「いい加減それ止めろ。これどうするつもりだ?」
「ん?別に何もしない。こいつらが散るまで待つか、何処かに逃げるだけだよ。それより、捕まえないの?」
「ちっ。さっきは勢いで言っちまったが、今捕まえた所でこの場所から逃げれねぇから意味がねぇだろ」
「それより、数減らさないと本当に詰むわよ」
そう文句を言いつつ、二人も上がって来ようとする魔獣に向けて雷電を放ち始める。
「あっそ。それにしても不甲斐ないねぇ。もう少し粘るかと思ったんだけどなぁ。これなら甲牙クラスの魔獣を、数体おびき寄せるだけでも良かったかな?まぁ、出来ないんだけど」
仁成の言葉に、二人の兵士は絶句した。
「(おい。まじでやべぇぞこいつ)」
「(頭のネジぶっ飛んでるどころじゃないわよ。初めから無いんじゃない?)」
二人がひそひそ話をしている間に、地上では雷電特有の射撃音と発光は途切れ途切れとなり、銃撃の音よりも誰かの叫び声の方が多くなる。その声と血の匂いに惹かれた魔物が押し寄せ、魔獣同士の獲物の取り合いが発生している始末。既に人対魔獣ではなく、魔獣同士の戦いに変わっていた。
それはつまり、仁成たちにも逃げ場がないことを示していた。
「ところで用件は?」
ここに来てまさかの問いに、二人は固まった。
「まじかよ、このガキ」
「逆に関心して来たわ」
男は空を見上げ、女は少し引き気味に仁成を見詰める。
それを見て、仁成は失礼な奴等だなと思いつつも、話しを続けた。
「あんたら、軍人じゃないでしょ?」
「よく分かったな。一応軍籍はもってるが、普段はフリーの魔獣狩りとして各地を回ってる」
「雰囲気が違うからね。で?」
「でってなんだよ」
「だから、何しに来たの?」
「・・・お前を保護しに来た」
「ふ~ん。なら無駄足だったね。俺は別に保護を求めたことは無いし、好きでここに居るんだけどなぁ。それに、ここに居ることは認められてる。まぁ、要は済んだでしょ?道中気を付けて帰ってね」
あっさりとお帰り下さいと言いのける仁成に、二人は目を大きく見開き、互いに顔を見合わせた。
「こんな状況で帰れると思ってるのかよ」
「そうよ。さすがに四等級以上の魔獣が数十体もいる中を帰れると思ってるの?」
「それは俺には関係ない。あんたらが勝手に来て、勝手に敵対した結果なんだから。責任は自分で取ってね」
「薄情な奴だな。はぁ。俺は金崎新だ」
「私は小番よみ。君は?」
「そう。俺は…あれ?俺の名前知らないの?」
「知らねぇんだよなぁ、これが」
「機密事項とかで開示されてないのよ」
「ふ~ん。じゃ、名乗る必要なさそうだね」
「いや、お前よぉ。ここに来てそりゃないだろ」
「いや、これでも善意で言ってるんだけど。俺の名前知らないってことは、俺が何でここに居るのかも知らないんでしょ?」
「知らねぇ」
「知らないわね」
銃を撃ちながら会話をする三人は、何時の間にか互いをカバーする様に自然と持ち場についていた。
「可哀そうに…利用されたんだねぇ。でもここに来ることを選んだのはそっちだし、自業自得かな。あっ、そういえば北はどうなったかな?あっち善戦してたけど…。逃げ出したみたいだね。あぁ、でもあっちは…まぁ、いっか。運が良ければ逃げ切れるでしょ」
北側に展開していた部隊は既に掩護が無駄と悟ったのか、合流してきた一部の部隊を引き連れながら、一斉に北の小山に向かって撤退を始めた。
だが、その小山は仁成たちでも近づかない危険地帯。彼らがそれを知っているかは不明だが、逃げる様子から知らない可能性が高かった。
手の平を合わせ、小さく「ご愁傷様」とつぶやいた仁成は、瞬時に銃を構え上がって来ようとしていた狐に牽制射撃を入れた。
「あっぶねえ。怯んでくれて助かったぁ」
命中はした。が、一瞬怯んだだけで巨狐は真っ直ぐ仁成を見上げていた。
「ちっ、尾が六本かよ。おい。あの狐知ってるのか?」
「ん?知ってるよ。半年前からこの町の東にいたけど、それより前は知らない。熊と合成獣の戦いで棲み処から離れてたみたいだけど、どうやら町の中心に居を変えてたようだね」
「あれは俺達でも苦戦する。討伐するなら、俺達クラスの奴が10人必要だ。昇ってきたら終わりだぞ」
「そうなの?まぁ、その時は二人を置いて逃げるから気にしないで」
「「逃げるの(かよ)」」
仁成の薄情な宣言に、金崎と小番は綺麗に声が重なった。
「当たり前じゃん。何で戦わないといけないの。逃げるに決まってるじゃん」
返事をしつつ、狐に対する牽制射撃の手は止めない仁成に、二人も雷電の銃撃を狐に向けて放つ。
「尾が六本はさすがに硬ぇなあ」
が、雷電の一撃でも体毛が少し削れただけ。狐は悠々とこちらの様子を窺いながら、屋上に上がる隙を探していた。
「さっきから尾が六本とか言ってるけど、それ何?」
「・・・まさか、見えてねぇのか?」
「見える?何のこと?尾は太いふさふさした一本しか見えないよ?っと」
再び飛び上がろうとした狐に銃弾を撃ち込み、その動きを封じる。だが、狐は一瞬怯むだけ。仁成から視線は外さす、飛び掛かって来る魔獣を一瞥することなくその長く太い尾で叩き落とす。
「(見えてない?どいうことだ?魔人なんだろ?)」
「(私に聞かないでよ。それより、このままじゃ本当にやばいかも)」
仁成はその内飽きると言っていたが、二人には魔獣達は飽きるどころかますます激しさを増す饗宴に酔いしれているようにしか見えなかった。
「おい。本当に飽きるのかこいつら!」
「ん~、知らない」
「さっきと言ってる事違うじゃねぇか!」
「ねぇ」
銃を撃ちながら、小番はある奇妙な事に気付いた。自分達の背後や側面。つまり、東側以外の外壁から一切魔獣が上がって来ないことに。
「何で魔獣は東側からしか上がって来ようとしないの?」
「あぁ、それはあいつらが嫌がる音を出してるからだよ」
「音?」
意外な答えに、小番は一瞬銃を撃つ手が止まる。彼女は10年以上、魔獣狩りとして活動している。だが、そんな音がある事など今まで聞いたことが無かった。だからこそ純粋に興味が湧き、同時に驚いた。
「そっ、音。でも材料足りなくて東側には置いてないから、こっちからは上がって来れるんだよねぇ」
「おいっ!そんな事より、弾ねぇのか。切れそうだ。7.62あればくれ」
「あるよ」
「小番!」
その返事を聞いた金崎は、空になったマガジンを小番に投げ渡す。
「自分の分も詰めろ。その間―――」
「下に一杯」
明らかにわざと溜めてから発した仁成の一言に、金崎は固まり、小番は投げ渡されたマガジンを取り落とした。
「あぁ、くそがぁ。確かにあるな。あるよ。ありがと、よっ!」
一気に顔を沸騰させ苛立ちを隠そうともせずに、ややヤケクソ気味に銃を撃つ金崎の姿に、仁成は満足気な顔で自分も狐に銃を撃つ。
「ぷぷぷ。仕方ないなぁ」
小馬鹿にした顔から、やれやれと言った感じの顔に変わった仁成は、月夜に目配せして背嚢を取って来てもらう。
「あるのか!?」
「あるけど?」
「ちっ、寄越せ。お前だって、俺達が居なくなれば抑えきれねぇだろうが!」
「俺は最悪此処から逃げるから。無問題っ」
二言三言躱している間に、月夜が背嚢を三人の後ろに置いた。
「どこ?」
背嚢に走り寄った小番は朧から身を乗り出すと、仁成の背中に声を掛けながら背嚢のチャックを開き始めた。
「開けたら見える箱の下。赤の箱ね」
「ありがと」
「小番、急げ。最後のマガジンだ」
「分かってる。これ使って」
小番は赤の箱を取り出しながら、空いた手で自分の雷電から抜いた最後のマガジンを金崎に投げ渡す。
「わりぃ」
「それより、抑えててよね」
小番は赤の箱を逆さにして7.62弾を広げると、手慣れた手つきで空のマガジンに弾丸を装填し始めた。
仁成はその姿を一瞬だけ一瞥し、自分より遥かに速いその手つきに感嘆の声を上げる。
「はえ~。俺じゃあんなに早く弾込め出来ないんだけど。なんかコツでもある?」
必死な二人と違い、仁成の声は終始明るい。まるで今の状況を楽しんでいるかのようだった。
「数えきれないくらいやってりゃあ、誰でもあれくらいできるようになるだろう、よっ。それより、お前の弾はまだ持つのかっ!」
「ん?もうこれが最後」
「寄こしなさい」
「月夜~」
仁成に声を掛けられた月夜は縁に乗せていた顔を上げると、仁成の足元に転がる三つのマガジンを軽く前脚で小番の方に向けて滑らせる。
「あ、ありがとう…(賢い。しかも四等級クラス。従属の枷無しじゃ、絶対に使役なんて出来ないクラスの魔獣はずなのに…。この子、本当に何なの?)」
仕事を終え、再び屋上の縁に顎を乗せて観戦に戻った犬型魔獣の姿を横目で追いつつ、小番は一瞬止まりかけた手を再び動かし始めた。
「おい、お前の飼ってる魔獣。どうやって手懐けた?」
「ん?飼ってもないし、手懐けた覚えもないけど?」
「はぁ?嘘つけっ!」
「嘘じゃないって。第一、よく考えてみなよ。俺と月夜、どっちが脅威?」
「・・・魔獣の方だな。正直、その気になれば、お前なら片手間で殺せる」
「だよねぇ~」
「何が、だよねぇ~だよ。本当に使役してないのか?」
「してないよ?今のだって、やれやれみたいに面倒臭そうにしてたでしょ?」
「まぁ、確かに。そんな感じだったな」
「ということで、そんな関係なのよ」
「・・・(何がそんな関係だよ。そんな関係になれるのは、幼体からしっかり育てて、従属の枷で魔獣の本能を抑えた個体だけだっつうのによっ)あああああ、ちくしょう。こんな事になるなら引き返しときゃよかったぜ。まったくよおおお」
いつ終わるか分からない悪夢に、金崎のここからの叫びが町に木霊する。あの時、強制依頼だろうと断って置けば。それが脳裏に過ぎる度に、分かれ道に戻るも既に消えて、二人の眼には一本の道しか残されていなかった。
「交代よ」
小番は金崎に声を掛けると同時に彼の隣に立ち、屋上に上がって来ようとする魔獣や警察署に近づこうとする魔獣の迎撃を再開した。
「任せた。休憩に入る」
マガジンを撃ち切ってから下がった金崎は、彼らから少し離れてショットガンを撃ち続けている青年を一瞥する。
一向に引いて行く気配の無い魔獣の群れに対し、魔力切れを惧れて交代で迎撃を始めた二人に対し、鼻歌を歌いながら二人が撃ち漏らした魔獣を中心に、金崎が持っていたショットガンを淡々と撃つ仁成の姿があった。
「あいつ化け物かよ」
かれこれ籠城を始めて三時間以上。三人の顔には色濃い疲れが見え始めていた。
ただ幸いにして、一番の脅威と思われる狐は迎撃を始めて一時間程で、仁成が言った通り飽きたのか、はたまた面倒になったのか、町の中心街に姿を消した。
しかし、依然として血の匂いに誘われて集まって来る魔獣の数は減らず、予断を許さない時間が続いた。
さすがに数時間に及ぶ連戦を想定していなかった金崎と小番は、魔力喰いの異名を持つ雷電の数時間連続稼働による魔力切れを懸念し、交代で魔獣を迎撃していた。
だが、その隣で二人と共に迎撃をしている仁成は、ただ一度だけ弾薬を取りに階下に行った以外で休憩は一度も取らず、魔力切れも起こす気配もなく、魔導銃を淡々と撃ち続けていた。
「(魔力増幅機構無しで数時間。魔力切れの気配もない。魔力だけなら既に特級以上だな。だが、魔力を使っている気配が一切無いのは何故だ?もしかして、魔力操作できない?いや、そんなことないよな。魔導銃は使えてるわけだし…)まぁ、先にやることやるか」
金崎は底無しの魔力を持つ仁成から視線を外すと、弾込めと水分補給に入る。
二人が休憩中に口にしている水や携帯食は、仁成が弾薬と一緒に屋上に持ち込んだもの。本人は腰に吊り下げて、射撃の合間に口にしていた。
「(この携帯食もそうだが、あのガキの銃。偽装はされてるが魔導兵に正式採用されてるものだ。ここは確か景月の旦那の縄張りだ。あっちとは友好的ということか…。はぁ、ますます俺達来た意味ねぇじゃねぇか)」
携帯食を頬張り、それを水で流し込んだ金崎は、休憩場所に放り出されているマガジンを搔き集め、それらに弾を装填し始めた。
「(もうっ!何なのよあの子。こっちは魔力増幅機構あっても魔力の心配してるのに!しかもあの銃で、どうやって五等級クラスの魔獣と張り合ってるのよ!意味わかんないだけど!)」
金崎が背後で弾込めを始めた一方、仁成と並んで迎撃をしていた小番は悪態をついていた。だが、それも仕方ないのかもしれいない。同じ魔人である彼女から見ても、仁成は異常だった。
確かに仁成が今使っている銃は金崎が持ち込んだ魔導銃だが、雷電に比べれば数段劣る。そんな銃で自分達と同じ様に魔獣を撃退し続ける仁成は、確かに異常と言わざる負えなかった。
そしてもう一つ。小番も金崎が懸念していた様に、魔力を使っている気配がない事がより、隣で淡々と銃を撃つ青年を不気味に魅せていた。
仁成は魔法士なら当たり前の魔力操作がいまだに出来ない。では何故、仁成が魔導銃を使えているのか。それは仁成が銃を身体の一部として意識していることで、無意識に駄々洩れの魔力が銃に注がれているからである。
そのため、魔力に敏感な魔人である金崎や小番、そして月夜でも、仁成がどうやって魔導銃を使っているか分からなかった。
それでも、一度も魔力切れを起こさないあたり、仁成の魔力の井戸の深さを物語っていた。
「ん?」
仁成にも疲れが見え始めた頃、変化が起きた。
町の北側、それも仁成がテニスコートに行くために整備した道から、金崎達よりも多い数の日ノ本軍が南下してくる姿が見えた。
「あれはどっちだ?ちょっと~、おかねさ~ん。北から降りて来てる日ノ本軍、何処の部隊か確認して~。ついでに通信出来るなら、現状報告しといて~」
仁成は背後で休憩に入っていた金崎に声を掛けると、意識は再び眼下の魔獣に向けた。
「おかねって俺のことか?」
「他に名前にかねの付く人いるのお~?」
「・・・はぁ。すぐに確認する。ちょっと待て」
金崎は、誰にも聞こえない呟きで愚痴を溢しつつ、朧を装着し北側の縁まで移動し、目視で南下してくる日ノ本軍の部隊を確認した。
望遠機能を使い、朧の胸にある部隊章を確認する。
「第20旅団だ。数は凡そ1000。しかも雷神の旦那もいるぞ!よっしゃあ、勝ったな」
「まじで!本当に!本当にあの雷神が来てくれたの!」
「まじだ。雷雲の姿があった」
「やった。これで助かるぅ~」
銃を撃ちながらはしゃぐ小番を横目に見つつ、仁成の頭の中は?マークで一杯になっていた。
「雷神とは誰ぞ?」




