014「分かれ道 4」
特殊魔導戦技部隊の主な任務は、瘴気汚染によって封鎖された地区内の魔獣駆除と、危険個体の討伐。そして瘴気汚染の拡大を防ぐための汚染除去である。
可能なら瘴気溜りの発散と封印も行うことが、それは小規模な汚染溜りに限られ、花衣町の様な中規模から大規模な瘴気溜りでは、連隊規模の魔法士がいたとしても発散しきれずに、逆に事態を悪化させることもある。
もし行う場合は、瘴気溜りに近づける多くの魔人と魔法士の招集が必要となり、年または数年に一度行えるかどうか。時には友好国からの協力を得て行う大規模な作戦になる。
現在は瘴気汚染の拡大が急速に進む南アメリカ大陸とアフリカ大陸に、世界各国から集められた上位魔法士や魔人と、それを支える各国の軍が連合軍を組み派遣されている。もちろん、日ノ本からも複数の魔法士と魔人、そして軍が派遣されている。
そして、自国戦力で対処可能と見なされた先進国を始めた国家は、後回しにされているのが現状だった。
そんな中に現れたのが仁成である。
たった一人、それも汚染度5以上の環境で半年以上も過ごしてもなお、変調をきたさない魔人。さらに言えば、この世界の人間ではないことも日ノ本政府にとっては都合の良い存在だった。言い換えるなら、使い潰せしても良心が痛まない駒。それが仁成だった。
都合の良い戦力として見る派閥は仁成が予想したように、懐柔または拘束した後に、今では人に対して禁止された隷属魔法を使用することが決まっていた。そしてより危険な、国内の瘴気汚染区域内に派遣し、危険個体の討伐を課す。
討伐に成功すれば、その成果を自らの派閥の物にし、次期選挙戦及び議会や政府内での発言を強めるつもりでいた。
だが、仁成は彼らの思惑通りには一切動かず、果ては汚染度6に上がった地に残り続ける愚行まで犯していた。
さらに反対派閥である穏健右派が、密かに仁成と接触を図っていることが分かると彼らは慌てた。もし仁成の身柄が反対派閥に渡れば、政局は大きく傾く可能性もある。
そんな中、彼らにとって都合の良い餌が目の前に現れた。それが景月が立案した「甲牙討伐作戦」である。
本来、花衣町の管轄は第20旅団の管轄ながら、同旅団内の魔導兵連隊の中からドイツへの派遣が決まっていることを理由に、自らの息がかかる第4師団内の子飼いの魔導兵部隊を送り込むことした。
そして、甲牙の討伐は後回しに仁成の確保に乗り出したのである。
「おうおう。もしかして亀とおっぱじめるつもりか?ついこの間、灰炎が討伐されたばかりだろうによぉ」
「さぁね。いきなり招集されたかと思うと、何の説明も無しにいきなり汚染度6の区域内の侵入とか、人使いが荒いわよねぇ。亀と戦うなら、風神さんや玄武さんも呼んで欲しいわ」
急遽第4師団の魔導兵部隊に同伴することになった二人の魔人。金崎新と小番よみは、最新の魔導鎧『朧三式』と魔導銃『雷電』を与えられ、同じ装備に身を包む魔導兵1000名と共に、少し前に汚染度が6に引き上げられた花衣町に侵入していた。
金崎と小番の二人は軍籍は持つが、正規の軍人ではない。普段は日ノ本各地の瘴気汚染区域内や、区域外に移動した魔獣を狩るフリーランスの魔獣狩りとして活動をしながら、たまに政府から裏の仕事を受けている。
彼らの様に軍籍持ちながら民間に所属する魔人は多い。その理由は南アメリア大陸とアフリカ大陸にある。
二つの大陸では現在、対瘴気拡大を防ぐための作戦が連合軍によって展開されている。この連合軍に派遣される魔人の条件の一つに、現役の軍人である事が明記されている。これは先進国各国が、自国内の瘴気汚染区域の対処を自戦力のみで行う事を押し付けられたことに対する意趣返しであり、この条件を飲まないのなら戦力の供出の中に魔人は含めないことを前面に押し出して勝ち取った条件である。
ただ、実際の所は先進国同士でつながりを深め、互いに連携して戦力を派遣し合っているのは公然の秘密となっている。
金崎と小番の二人は、それを回避するために敢えて軍ではなく、魔獣狩りの道を選んだ魔人である。
「やっぱりこの魔導鎧良いな。『陽炎』とは魔力の増幅量も桁違いだ。卸してくれねぇかなぁ」
「無理でしょ。最新式の魔導鎧で軍事機密の塊なんだから。魔導兵モデルの『陽炎』だって、本来なら卸してもらえないんだから我慢しなさい」
普段使用している魔導鎧と比べ、出力も安定性も桁違いの性能に子供のようにはしゃいぐ新。それを横目によみも同じことを思っていたが、敢えて口にはしなかった。彼女が話したように、民間の魔獣狩りに与えられることは決してないモデルだからである。
彼らに『朧三式』が用意されている理由は、魔人だからに他ならない。軍の要請で任務に従事する時のみ、この朧の使用が認められていた。
彼らが普段使っている魔導鎧も、実は軍から特別に卸してもらっている鎧。魔獣狩りに人気の一般モデル『風煉』に偽装こそされているが、中身は魔導兵用魔導鎧『陽炎』をカスタムしたものであり、民間会社が販売している物よりもスペックは高い物となっている。それでも、最新式の朧三式には届かない。
「でもよぉ~。これの後に陽炎使うとまじでやる気なく済んだよ」
「もう!私だって同じ気持ちなんだから、わざわざ口に出して言わないでよ~。欲しくなっちゃうでしょ~」
二人の通信は他の隊員にも漏れ聞こえている。本来ならこの様な会話はプライベート通信で行いたいところではあるが、今は灰炎と並ぶ危険個体『雷亀』の縄張り近くを行軍中のため、部隊通信を切ることを禁じられていた。
「金崎、小番両特尉。此処から雷亀の縄張りを一部掠める。数分で通過できるが注意してくれ」
そんな二人に対し、中隊長である藍堂啓介少佐から何度目かの御小言が飛んできた。
「ん?俺達の目標はその亀じゃないのか?」
「違う。詳細は河川を越えた後に話す。今は急ぎ、雷亀の縄張りを抜けることだけを考えて欲しい」
予想が外れた二人は疑問符を浮かべながらも、やけに緊張している藍堂の声に急かされるように、行軍速度は止めた中隊に続いた。
「金崎さん、何か知らないの?」
「いや、知らねぇ。俺はてっきり灰炎の討伐に成功したから、次は雷亀かと思ってたんだがなぁ」
「私も同じよ。他に私達が呼ばれるような個体となると『甲牙』や『泥沼』あたりかしら?」
「泥沼は風斬にやられて、甲牙もついこの間討伐されたらしい。何でも灰炎に届くくらい成長してたらしいぞ」
「えぇ~。なら何のためぇ~」
「さぁな。俺もそれを知りてぇよ。まぁ、この戦力なら灰炎や雷亀相手じゃなきゃ、何とかなるだろ」
「まぁ、そうだけどぉ」
楽観的な金崎に対し、何処か嫌な予感を背中に感じる小番だった。
仁成確保あるいは抹殺するために送られた魔導大隊は、無事に雷亀に気付かれずに縄張りを越え、水量が落ち着いた河川まで進んでいた。
そして全隊が河川を渡り切った後、大隊長藍堂は全隊員に向け本任務の詳細を明かした。
「傾聴」
河川端に並んだ隊員の前に藍堂が険しい顔と共に出る。
「本時刻を持って、任務を開封する」
藍堂はそう宣言すると、未開封の封筒を取り出し、数人の士官と共に魔法で封がされた封筒を開封した。
「今回、我らに与えられた任務は、現在この花衣町の警察署を占拠している魔人と思われる民間人の捕縛、あるいは排除である」
藍堂から明かされた任務内容にその場にいる全員が固まる訳もなく、若干二名を除いた全隊員が既に知っていることだった。
知らない二人はもちろん金崎と小番である。彼らは当初、数か月前に討伐された灰炎と合成獣の戦闘痕地調査及び記録を行うためと聞かされていた。しかし部隊に合流して見れば、明らかに魔物を討伐するために集められたとしか思えない戦力と装備を前に、聞かされた任務内容を疑っていた。
そして、ここに来て開封された真の任務は、まさかの魔人捕縛もしくは排除任務である。驚かない訳が無かった。
「おい。どいうことだ?説明しろ」
「そうよねぇ。まさか魔人殺しのために呼ばれたのかしら?それなら、ちゃんと準備をしてから呼んで欲しいわね」
異を唱えたのは金崎新と小番みよの両名である。二人は軍属に入っているとはいえ、今回の部隊帯同は正式な軍令を受けてのものではない。大抵、こういった場合は裏の仕事である事が多いが、その中で二人が最も慎重に為るのが殺しの依頼である。特に魔人は慎重に為らざる負えない。
魔人の強さは千差万別。身体特化の魔人の中には魔法を気合一つで弾くものいるし、魔法特化なら特級魔法士を越える者もいる。魔人を殺すなら、予め数か月の情報収集と計画を練るのが基本。
だが、今回はその準備期間も情報開示も無いままにぶっつけ本番で、魔人相手に捕縛、あるいは殺害を言い渡された事で、二人の魔人はその手に持つ雷電を藍堂に躊躇なく向けた。
「待て。二人にも参謀本部から正式な軍令が発布されている。まずはこれを読め」
銃を向けられた藍堂だが、彼は落ち着いて怒りを露にする二人の朧三式に、作戦参謀本部からの辞令書と共に命令書を送った。
「ちっ。本物だな」
送られた二枚の通知を朧のヘルム内に映し出した二人は、舌打ちをしながら藍堂に向き直る。
「まず勘違いして欲しくないのが、本作戦はあくまで魔人の身柄の確保であり、排除は最終手段であるということ。また、初めから交戦するつもりはなく、出来る事なら対話で持って対象を説得し、保護したいと考えている」
「・・・詳細を話せ、でなければ協力はしない。例え軍令でもだ。そういう契約のはずだ」
「右に同じ~。戦争なら仕方ないけどねぇ。理由は?」
彼らは裏の仕事を請け負っている関係上、魔人の中でも高い素質と技量を持つ。先程は戦いたくない様な雰囲気を出していたが、灰炎クラスの魔獣とも何度も戦って来た事のある魔人である。
そんな二人でも、魔人殺しは慎重に為らざる負えない。一歩間違えれば、返り討ちにあうの自分達だからである。
真っ当な理由がない限り、二人はてこでも動かないことがその言葉からは感じられる。
「・・・対象の魔人は、瘴気溜りが見える範囲内で約半年間、生身の状態で暮らしている。同時に五から四等級クラスの魔獣を一体。六等級クラスの魔獣を二体使役している」
藍堂は仕方なく、二人にだけ聞こえるように通信を切り替えから秘匿事項を伝える。
「ピュゥウ~。まじかよ。聞いたか小番。半年だってよ。それに魔獣も使役してるのかよ。すげぇな」
「聞こえてるわよ。でも、それだけで私達を参加させる理由にはなり得ない」
「はぁ。これから話す内容は口外禁止だ」
藍堂は二人にのみ聞こえる様に通信を切り替えると、二人にも切り替える様に指示を出し、切り替わったのを確認してから話を再開した。
「数か月前に討伐された灰炎と合成獣には対象が絡んでいる」
「待て、合成獣が出た何て聞いた事ないぞ?」
彼らが知らないのも無理はない。政府と軍は仁成の存在を感知して以後、徹底的な情報規制を敷いていた。
偵察と現地確認のために来ていたと旅団の魔導兵連隊と特級魔法士、そしてそれに準ずる魔人が、その任務中に偶発的に灰炎と交戦。そしいて討伐されたことになっており、合成獣の存在は秘匿された。そして、仁成の存在についても一切が秘匿されている。
「聞け。対象が灰炎に合成獣をぶつけ、共倒れさせたというのが真実だ。その時、対象は全身に火傷を負ったそうだが、今ではほぼ完治済みだ」
「・・・おい、嘘を吐くな。灰炎の20m圏内にいれば、高熱に熱せられた空気が一瞬で肺を焼き呼吸不全に落ちる。そうでなくても、全身が三度以上の火傷で魔人でさえ死からは逃れられない。そんなこと、お前らだけじゃない魔物狩りの間でも常識だぞ」
「それに雷電のリミッター解除した一撃でも、炎を纏っていたら届く前に溶かすほどよ。まだ表向きの理由の方が納得できるわ」
言いたい放題の二人に対し、藍堂は二人が元軍人である事をついつい失念してしまっていた。
「私も詳細は把握していない。ただ、実際に彼は全身を三度以上の火傷を負い、一部は炭化した状態から再生したのは事実だ。合成獣の等級は準二級相当だったと軍の解析班が出している。ただ問題がある」
「それは何だ?」
「対象はかなり性格に難があり、こちらに非協力的なのだ。半年間、こちらは彼に対し働きかけてきたが、無視を決め込まれている。何よりも、灰炎と合成獣をぶつける様な事を平然とやってのける精神の持ち主だ。今回は共倒れで済んだ。だが、下手をすれば特級に届く合成獣が生まれる切欠ともなる危険な行為。貴官らならしっているだろう。合成獣は一定の成長を遂げるとさらに変異し、生まれ変わる場合があることを。そうなれば、最低でも一級相当の魔獣が誕生することになる。このことを政府と軍上層部は危険視している。最悪、排除も視野に入れざる負えなかったのだ」
藍堂の声には焦りと共に、日ノ本のことを何よりも考えた真剣さが籠っていた。
「はぁ。どうする?」
「・・・藍堂さん。対象者の年齢は?」
「まだ十代と思われる」
「思われる?」
「私にも全ての情報が開示されていないのだ。ただ、今開示した情報はすべて事実である事は保証する」
「十代のガキかぁ~。肝座ってんなぁ」
「そういう問題じゃないでしょ。もしそれが本当なら、確かに危険よ」
二人は裏の仕事をしているからと言って悪人ではない。主に狩るのは犯罪者、あるいは他国の間者。その中に魔人がいると言うだけの話である。
「まぁ、そうなるよなぁ。つまり、ガキが魔人に目覚めて調子に乗ってる。百歩譲って、魔獣を倒してるだけならまだいい。が、度を越してるな」
「どうだろうか?協力して欲しい。出来ればこれは使いたくなかったが、強制依頼にしてもいい」
「・・・分かった。ただし、排除はなしだ」
「・・・いいでしょう。あぁ、最悪」
藍堂からの提案に、二人は渋々頷くしかなった。だが、人殺しはしない。それだけは確約を要求した。
「排除はなし、約束しよう。ではまずはこれを。対象の容姿と特徴だ。もちろんこれらも」
「口外禁止だろ?」
「あぁ頼むぞ」
藍堂は二人からの同意を得られ内心ほっとしていた。彼はある程度どころか、彼らを送り出した者達の完璧な手足であり、選抜された隊員も同様である。
問題は、対象魔人を抑えるだけの圧倒的実力を持つ、同派閥の魔人を用意できなかったことにある。そのため、今回は急遽魔獣狩りの中から手の空いている二人に召集をかけたわけである。
もちろん、今回の目的は第一に仁成の身柄の拘束である。彼らの目的は使い潰しても問題無い戦力の確保であり、使い潰す前に殺すつもりはない。だが、もし抵抗するなら、その是非は問わない。最悪、反対派閥に渡るくらいなら抹殺する。それが藍堂たちの方針である。
内心ではほくそ笑んでいる藍堂達に気付かぬまま、金崎と小番の二人は任務に参加することを選んでしまった。
そして二人は、狂人とも言える青年と出会うことになる。
『あれが小僧が言っていた連中か?』
こそこそと移動しているが、警察署からは丸見えの大部隊を前に、仁成は暢気に珈琲を飲みながら月夜と雑談をしていた。
「たぶんね。景月さんの部隊なら、テニスコートの方から来るでしょ。わざわざ亀さんの縄張り近くを通って、河川を越えて来る様な真似はしないと思うよ。それに、この半年の間に組織だった部隊が市街地に姿を見せたことは無い。つまり、普段は此処まで侵入する任務は無いってことでもある」
『なのに現れた。その意味するところは、狙いは我らか』
「そゆこと。まぁ、警察署まで来なと言ってはあったからね。律儀に守ってくれたんだから、歓迎の準備だけはしておこうか」
『先に子らは逃がすか?』
「うん。どうせ、俺達も逃げることになるだろうし」
『しかし、奴等も気の毒だな』
「・・・月夜さん、何か拾い食いでもした?」
『・・・何でもない。忘れろ』
「そう。でも、もし体調が…」
「ぐるるるるるるる」
牙を大きく見せ、さらに顔中に皺を寄せた月夜に、仁成は撤退を即座に決めた。
「・・・んじゃ、琥珀たちに手紙だけ持たせて送り出すから、月夜は監視よろしこ」
そそくさとその場を後にする仁成を見送りながら、月夜は視線を東に向けた。
同じガラクタその1に身を包み、同じガラクタその2を肩に置く姿は、この間出会った者達の姿と重なる。明確に違うのは、隠しきれていない敵意がその視線から感じられた。
『来るがいい。愚かな人間共よ。あの小僧は、お前らのために最高の宴を用意しているぞ。精々、みっともなく足掻くのだな』
月夜の姿を確認したのか、慌てて瓦礫の山に姿を隠す日ノ本軍に、月夜は不敵な笑みを向けるのだった。
「よ~し、いいか琥珀と千影。お前達は何時も視線を感じる峠の山頂付近。そこまで行け。ただし、罠が発動するまで隠れて待ってろよ。合図はあの音だ。いいな?」
仁成は裏口の外で琥珀の首に伝言を入れた水筒を掛けると、二頭に入念に指示を出す。それに対し、琥珀と千影は「了解」とでも言いたげに静かに吠える。
「伝言の中に、お前らに水と食事を与えてくれとも書いてるから、遠慮なく貰っとけ。さぁ、行け」
「わう」「わん」
撫でていた手をを止め、両手を高く上げったのを合図に二頭は警察署から北の耕作地帯に向かって走り始めた。
その背を見送った仁成は、自分も出迎える準備を整えるために警察署の中に戻った。
『そろそろ来るぞ』
「早いねぇ。さっきまでこそこそしてた癖に」
『私と眼があってからは堂々と姿を見せて来た』
「あぁ、なるほどね。まぁ、もう遅いけど。そもそも、景月さんの部隊なら北から来るだろうし、隠れるなんてことしないでしょ。馬鹿だねぇ」
これから来る相手が、景月の麾下部隊ではない事を確信しているかのように振舞う仁成だが、実際にはただの勘である。
だが、その勘は間違っていないという自信が仁成にはあった。
『余裕だな』
屋上で珈琲を飲みながらのんびりと待つ仁成に、若干呆れ気味の月夜はその傍に腰を下ろした。
「まぁね。そのための準備は終わってるし、どうなるかはまだ分からないけど、たぶん上手く行くんじゃないかな?」
『まぁ、私もそこは疑っていない。しかし、思わぬモノも引き寄せるかもしれないぞ?』
「例えば?」
『この町は広いようで狭いからな』
「なんだよそれ。答えになってねぇ。まぁ、言わんとしてる事は解る。だから、働いてもらいましょっ。なんせ、あいつらの本業なんだからさっ」
『ふっ。・・・来たぞ』
「では行きますか」
まだコップの半分ほど残っている珈琲を一気に飲み干すと、仁成はアサルトライフルが立てかけてある東側の縁まで歩き始めた。
「おうおう。あれが例の魔人か?まじでガキじゃあねぇか」
「ですねぇ。でも、あの子が灰炎と合成獣を戦わせるような大胆な作戦を決行したようには見えないんだけど?」
「見た目だけなら、確かにその他大勢の中に埋もれてる平凡なモブだよなぁ」
下から件の魔人を見上げた金崎と小番は、周りに気にすることなくその容姿を弄り始める。
その緊張感の無さに、若干の苛立ちを覚えつつも藍堂は部隊が警察署を囲み終えるの待ってから、一歩進み出た。
「私は―――」
「用件は?」
藍堂が自己紹介をしようと口を開いた途端、たった一言でそれは遮られた。
「(報告通り、見た目に反して随分と生意気なガキのようだな)」
内心、小さな怒りが込み上げて来るのを感じながら、藍堂は真面目な顔を崩さずにヒトナリの顔を見返す。
「私は―――」
「用件は?」
再び同じ質問で遮られた。だが、それでも藍堂は諦めず、三度口を開いた。
「私は―――」
「なるほど、言葉が通じないのか。誰か、俺の言葉が分かる人いる?いれば、前に出できてくれない?話が進まないんだよねぇ。生憎、猿の言語は勉強不足で分からないんだよ」
「き、貴様っ!」
ヒトナリの無礼な態度と容赦ない侮辱に、藍堂は必死に抑えていた怒りが漏れ出る。
だが、ヒトナリには届かない。今も藍堂を無視して、彼の背後にいる別の兵士に視線を流していた。
「俺達が話そう。藍堂少佐。いいな?」
怒りで震える藍堂の背後から、二人の兵士が前に進み出る。
「・・・任せる」
さすがに今の状態ではらちが明かないと思ったのか、藍堂は隣に並んだ金崎と小番の二人と視線を合わせると、一歩後ろに下がった。
「了解。さて俺は―――」
「用件は?」
藍堂と同じ様に自己紹介をしようとした金崎は、藍堂と同じ失敗をしたことに気付き、少し恥ずかしそうに頬を掻く仕草でそれを誤魔化す。
「はははは、こりゃ参ったね」
「もう、金崎さん何やってるのよ?あっちは用件はって言ってるでしょ?」
隣に並んでいる小番は、少し馬鹿にしたような眼を金崎に向けると、視線を屋上にいる青年に戻した。
「私は―――」
「用件は?」
「・・・・・・・・・」
「ぶははははははははは」
同じ轍を踏み顔を真っ赤にする小番に、金崎は先にその轍を踏んだ自分の事は棚に上げて、盛大に笑い散らかす。
それを見て、さらに顔を赤くした小番は容赦なく金崎の魔導鎧の脇腹を殴った。
「わ、わりぃ、わりぃ。でもよ、これで笑わねぇ奴はいねぇだろ」
「ぐっ。た、確かに」
「はぁ、ねぇ誰かいない?本当に申し訳ないんだけどさ、貴方達と違って猿と話した経験がないんだ。こっちの言葉分かる人~。挙手っ」
そんな中、二人のことさえも猿呼ばわりした青年は、他に自分が話す言語を理解できる者はいないか探し始めた。もし青年が今対峙している二人こそ、この場の最高戦力であることを知れば、少しはその態度を改めたかもしれない。
だが、それは起きなかった。何故なら、青年はただの一度も名乗らず、ただの一度も名乗らせなかったから。
「ははは、おいクソガキ。あんまり大人を舐めるな」
「そうよねぇ。これは少しお仕置きが必要かしら」
仁成の挑発に、二人は大人として、何より先輩魔人として教育を施すことにことにした。これは事前に藍堂とも相談しており、一度実力を見せれば大人しくなるのではないかと言う金崎からの提案でもあった。
「だれか~。自分は人間だよ~って、人、手を上げて~」
二人の声は届いているはずだが、それでも青年は二人を無視して、挑発を続ける。
「だれか~、いないの~。おっかしいなぁ~。天月の姉ちゃんはちゃんと会話できたのになぁ?日ノ本軍って半分は猿なのか?はぁ、仕方ねぇ。ウキッ、ウキキキ、ウキ、ウキキ。・・・・・・まじかよぉ~、全然通じねぇ。俺が知ってる猿語これだけなんだよ~。頼むよ~。こんだけ人、じゃなかった猿が居て、飼育員はつけてないのぉ~」
「ぐ、クソガキめ」
「性格に難ありどころの話じゃないわね」
金崎と小番の二人は決して油断してはいなかった。周りを包囲する兵士達もだ。
「おい、話が進まないでしょ。さっさと用件言ってよ。こっちが折角出迎えてやったんだぞ?」
青年から無意識に駄々洩れる魔力が、屋上から滝のように流れ、藍堂達を全員を包み込む。
「しっ!」「はっ!」
魔力の奔流に晒されたことで動きを止めた藍堂達とは違い、荒々しい魔力の濁流を逆登り、青年の懐に入ろうとする者がいた。
金崎と小番である。二人は魔力の奔流を感じた瞬間、反射的に飛び出していた。
この時の仁成は知らなかったが、相手に解るほどの魔力を向ける行為は開戦を告げるもの。魔法士でなくても、なんなら魔力をほとんど持たない一般人でも知っている。昔ながらの挑発行為だった。
警察署の剥げた外壁と窓の縁を利用し、二人は青年がいる屋上へと一気に駆け上がる。そして。
「ようこそ。そして、さようなら~」
そして、満面の笑みでアサルトライフルを構える青年に出迎えられた。
ードンッドンッー
「ぐっ」「ちっ」
秒の隙間もなく撃たれた二発の銃声と共に、二人は空中に投げ出される。
そのまま地上に落下するかと思われたが、そこは自身も魔人であり、魔人との戦いを幾度も経験している二人である。
即座に空中で身を翻すと、落下速度と姿勢を魔法で制御し、静かに駐車場に降り立った。
「あんの野郎。躊躇なく撃ちやがったぞ」
屋上を見上げ、そこに佇む青年は先程と同じ笑顔のまま、金崎を見下ろしていた。
「うそでしょ・・・金崎さん」
「なんだ!」
「魔導鎧凹んでる。私のは?どう?凹んでる?」
「はぁ!んなこと…本当に凹んでるじゃねぇか」
金崎と小番は互いの魔導鎧を見て、言葉を失くした。
その腹部には弾痕が生々しく残り、弾が減り込んだまま残っていた。
「おいおい。見間違いじゃなければ、あのガキが持ってたのは魔導兵の一般的な魔導銃のはずだぞ。至近距離とはいえ、魔力で硬質化した朧に減り込むほどの威力は無いはずだ。俺の記憶違いか?」
「いいえ。私もそう記憶してる。あり得ないわよ」
「おい!藍堂。ガキが逃げないように包囲だけは絶対に解くな。小番」
「分かってるわよ。もうただのガキとは思わない」
「行くぞ」
「待てっ」
止めようとする藍堂の声など無視し、二人は再び駆け出した。次は確実に意識を奪うと。だが、そんな彼らを嘲笑うかのように青年は次の一手を打ってきた。
「残念。そっちが先に手を出して来たんだからね?」
青年の声が頭上から聴こえた次の瞬間。
ーピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピー
警察署屋上に設置されていた警報拡散器から、けたたましい機械音が鳴り響く。
「うるせぇ。何の音だ!」
「分からないわよ」
混乱する日ノ本軍と金崎達を、青年は屋上から楽し気に見下ろす。
「一体何をした!タダノヒトナリいいいいい」
後方にいた藍堂は機械音に負けない様、声を張り上げた。だが、青年はただ笑顔を浮かべたまま動かない。
「全隊!構えろ!」
何か嫌な予感を覚えた藍堂は、何ふり構わずヒトナリを排除することに決めた。
命令を受けた周囲を囲む兵士達は、一斉に雷電の銃口を屋上に向ける。中には仁成の姿が見えない部隊もいたが、朧に搭載されている戦術リンクによって、全員のヘルム内には標的の輪郭がはっきりと映し出されていた。
音の元凶を生み出したであろう青年に、数百の銃口が一斉に向く。
「藍堂!やめろ」
「話しと違うわよ!」
金崎と小番は足を止めて藍堂に振り向き、止めようとした。
「おやおや。せっかちだねぇ。でもいいの?俺なんかに構ってて?」
何時の間にか鳴り止んでいた機械音の代わりに、その青年の声は気持ち悪い程はっきりと聞こえた気がした。
そして、何故かこちらを心配するその言葉に、金崎と小番は藍堂以上に嫌な予感を覚えた。
「藍堂おおおおお。すぐに周りを警戒しろおおおおおおお。来るぞおおおおおおおおおおおおお」
金崎の叫び。それが仁成が仕掛けた本当の開戦を告げることになった。




