012「分かれ道 2」
外骨格を回収した翌日を休息日とした仁成は、それから四日に一度は休息日を設けることにした。
それまで、特に意識して休息日を取っていなかったことに気付き、これでは噂に聞く闇落ち企業戦士ではないかと絶望もした。
だが、これはある意味では、仁成の中に正しく日本人の血が流れている証拠とも言えたかもしれない。
さらに翌日。仁成は朝も早くに警察署を出発した。
以前は猪の縄張りだった住宅地。今はその猪がどこかに消えたおかげで、警察署と東エリアを繋ぐ経路として利用できるようになっていた。
この経路を使えるおかげで移動時間は半分以下になり、日帰りでの探索も容易となっている。
「この辺りも戦いの余波かな?すげぇことになってんなぁ」
懐かしの整備工場はほぼ骨組みだけを残し、床に固定されていた器具や機械類も工場奥に吹き飛び、中には壁を貫通して裏手の小さな畑に転がっているものまであった。
『ここは一度立ち寄った所だな』
「そそ。ホムセンに籠る前だな。そんで、俺がこの町に来て初めて夜を過ごした場所だ」
この日はこの整備工場を中心に捜索をする予定で足を運んだ仁成は、約半年前のことを思い出しながら、建物の跡地を見渡した。
『…小僧。以前見た時に思ったが、こんなボロボロの場所で寝たのか?』
「以前?あぁ、ここを通った時の話だよな?」
『あぁ、その時の話だ。かなり朽ちていたと思うが?』
「いや、俺が寝た時はボロボロじゃなかったんだよ。初めてこの場所に来た時は、屋根も三分の一くらいしか落ちてなかったし、埃は積もってたけど言うほど酷くなかった」
『そうか。だが、よく魔獣に襲われずに今の住処まで辿り着いたな。私はてっきり初めからあの住処にいたと思っていたが』
「俺が最初に居たのは、此処から土手の中間くらいの位置にある住宅地だな」
『それまでよく魔獣に遭遇しなかったな』
「いや、普通に遭遇した。でも一部を除いてほとんどこのバールで追い払えるくらいの奴等ばかりだったんだよ。というか、警察署についてから周りに魔獣がわんさかいることに気付いて、ビビったことは覚えてる」
『…確かにそれは不思議だな』
「それよりも行くぞ。今回は外骨格を見つけた地点を中心に南側以外を念入りに調べる」
『何か当てでもあるのか?』
「いや、南はもう調べてるからな。虱潰しに探すだけだ」
『あぁ、確かそうだったな』
前回と同じように、あの煩い機械音を聞きながら歩き続けるのかと、月夜は不機嫌そうに歩き始めた。
その背を追う様に仁成は早速探知機を手にして、歩き始めた。
「わうわう」
だが、すぐに仁成と月夜は足を止めることになった。
「どした千影?あれ琥珀は?」
何時の間にか傍にいたはずの琥珀の姿はなく、千影は整備工場の前で座ったまま吠えていた。
それを不審に思った月夜と仁成は戻ろうと反転したところで、潰れた整備工場から何かを咥えた琥珀が出てきた。
「お?おお、おおおおおお。まさか、見つけたのか!?」
「わふわふ」
銃を咥えている事でくぐもった鳴き声で応える琥珀に、仁成は走り寄った。
「でかしたぞ琥珀。千影も良く引き留めてくれた」
銃を見つけた琥珀だけなく、千影のことも褒めた仁成は、琥珀から銃を受け取るとその重さに一瞬取り落としそうになる。
「お、重っ。何だこの銃。見た目ごついのは分かるけど、重すぎだろ」
軽く構えてみようとした仁成だが、銃の重さに腕が震えるどころか持ち上げるだけで精一杯。明らかに外骨格と共に運用することが想定された銃。
構えとも呼べない構えを解いた仁成は、地面に銃を置いて早速検分を始める。
「マークは…あるな。口径は…?あれ思ったほど大きくないな。これなら手持ちの銃弾使えるんじゃないか?」
銃口から目視で測ったため正確ではないが、天月に渡したアサルトライフルとあまり変わらない口径に感じた仁成は、嵌っていたマガジンから銃弾を取り出し、手持ちの銃弾と見比べる。
「いや、これ全く同じ規格の銃弾使ってる可能性あるな」
『それだとどうなのだ?』
「マガジンさえあれば、銃弾は今持ってるやつで代用できるってこと」
『マガジンとはその小さな箱か?』
「そう、これね。これに銃弾を詰めて、銃に取り付けると勝手に銃弾が補充されるんだよ」
『ふむ。ではマガジンを探すのか?』
「いや、たぶん此処には無い。あるとすれば外骨格に収納されてる可能性が高いな」
『あのガラクタか。では、今日はもう帰るのだな?』
「そうなるな。すぐに帰ろう」
仁成は思わぬ収穫に浮足立ちそうになる気持ちを抑え込み、ここまで来た道を戻り始めた。
警察署に帰ってきた仁成は、すぐに屋上に足を運んだ。
まずは銃の構造を把握する事から始め、セーフティの位置や、引き金の遊びなどを入念にチェックしていく。そして、最後に弾を装填して撃てる状態まで持って来る。
「基本的には同じだな」
誤射を避けるために装填した弾を一度取り出すと、いよいよ試射に移る準備に入る。
手慣れた手つきで耳栓とヘッドセットを付け、いざ射撃台の代わりに屋上の縁に乗せていた銃を持ち上げる。
「やっぱ重いよなぁ」
銃単体で10kgを超えるその重さに懸念を感じつつも、銃を構えた。しかし。
「駄目だな」
仁成の腕力では、銃を安定させることが出来なかった。
ふらふらと泳ぐ標準を眼にした仁成は、縁の上に銃を置き直すと、射撃台の代わりになるものを探しに行った。
『どうした?』
「俺じゃ持てなかったから、台座になりそうな物を探してくるよ」
意気揚々に屋上に立ち去った仁成が、肩を落として帰ってきたことに不思議に思った月夜は、その答えを聞いて呆れた眼を向ける。
『もっと鍛えろ』
「へぃ。月夜様の言う通りです」
とはいえ、手に入れた銃の重さは到底アサルトライフルの基準を超えた者であり、通常のアサルトライフルの重さに慣れていた仁成では扱い切れる代物ではなかった。
仁成は一階の部屋の鍵束を取りに上がると、すぐに一階に引き返して物置小屋になっている部屋を漁り、台座に丁度いい高さの小箱と長机を屋上に持ち運んだ。
小箱はよくある菓子折りや御中元などで使われるブリキの箱。これを銃身の丸みに合わせて蓋を凹ませると、中には重り替わりに5㎏の刻印がついた鉄アレイを二つ入れて蓋を閉めた。
そして反動もこれまで使ってきた銃よりも強いと予想し、リハビリ期間中に作り直した肩当試作十三号君を元にさらに改良を重ねた十七号君を身に付け、さらにその上から厚手のタオルを銃床との間に挟んだ。
銃がごついせいか、何時もより窮屈に感じる射撃姿勢に違和感を感じつつ、仁成はゆっくりと弾を装填し、続けてセーフティを外す。
そしていつも通り一呼吸置いて、伸ばしていた指を引き金に置く。
息を吐き出し、引き金を一段絞り、さらに一呼吸置いて引き金を絞った。
ーキイイイイイイインー
これまで聞いた事のない甲高い音と共に、銃口から放たれたはずの銃弾は一筋の光線を伸ばしながら、暗い靄の中に吸い込まれる様に消えていった。
「・・・」
同時に仁成もまた一瞬で意識を失っていた。
既に夜の帳が落ち、辺りは真っ暗な闇が支配する深夜。仁成は自室のソファーの上で目覚めた。
「あれ?俺地下に…いたよな?」
『何だ?何も覚えていないのか?』
仁成が目覚めたことに気付いた月夜は、鼻先を仁成の肩に押し付けながら叱責交じりの問いかける。
「いででででで。いだい。いだいから。それに何があったか教えてくれ」
押された肩に激痛が奔り、押し付けられた鼻先を押し退けつつ、月夜に問いかける。
『ふん。それはこっちが聞きたいわっ!屋上から騒がしい音が聴こえて来たかと思うと、急に静かになったから覗いて見れば、壁にもたれかかったまま気を失っているお前を見つけたのだ』
「まじかぁ…。反動半端なさすぎだろう」
『で、何があった?』
「銃の試射を一発した。そこから記憶ない」
『つまり?』
「たぶん、銃の反動で後ろの壁まで吹き飛ばされて、その衝撃で気を失ったんだと思う」
『つまり?』
「あの銃、使えましぇ~ん」
『・・・毛並みを整えるための道具も、一流の物を要求するがいい。それと、お前はもう少し慎重に事を運ぶことを覚えろ』
「すいません…」
こうして、うきうきで始めた銃の試射は、たった一発で交渉材料のためのガラクタになったのだった。
銃の試射から10日。仁成の肩の痛みが治まったところで、再びテニスコートに赴いた仁成は、箱に何も書かれていない封筒と依然と同じでかでかと日ノ本と書かれた封筒二枚を手にした。
「二枚?まぁ、いっか」
特に気にする事も無く、仁成は政府からと思われる封筒を開けてその中身を確認すると、一枚の封筒はそのまま箱の中に放り捨てた。
前回と同じ文面に、交渉の「こ」の字も読めない事に、仁成は持ち替える意味を見出さなかった。ただもう一枚の封筒は、仁成の保護を優先したい旨と同時に、丁寧に対話を試みる姿勢が見て取れた。また一枚目とは違い、代表者の名前なども書かれている点でも、仁成に好印象を与えたと言っていい。
その封筒と何も書かれていない封筒だけを背嚢に入れた仁成は、監視している部隊に向けて新たな伝言を書いたメモ用紙を見せながら箱の中に収めると、その場をすぐに後にした。
「受け取ったか?」
日ノ本陸軍第501特殊魔導技戦旅団、通称魔獣狩りと呼ばれる部隊に所属する如月曹長以下五人の隊員は、同部隊司令官である景月少将の密命を帯び、テニスコートを監視するために設けられた峠の頂上付近に建てられた見張り小屋にて、保護対象を見送っていた。
「受け取りました。が、どうやら政府からの書簡の内、一枚は一瞥したのみで箱に戻しています。それと、新たな伝言を置いて立ち去りました」
「分かった。回収班を向かわせろ。私達も交代要員が着き次第撤退だ」
「「了解」」
「…この眼で見てもまだ信じられないな」
如月の溢した一言に、隊員達も同意するように頷き合う。
「例が無い訳ではありませんが、それでも普通ではあり得ません」
「私も同じ意見です。魔人化を果たしたとしても、すぐに瘴気に耐性が付くことは無いと聞きます。それを彼は…」
「あと二、三週間ほどで半年が経つな」
言い淀んだ隊員の代わりに如月が口にすると、隊員たちは無言で保護対象である仁成の小さくなる背を追うのだった。
警察署に戻った仁成は第三者から、それも政府とは別のルートから接触を望む相手からの手紙を開けた。
「…おうふ」
『どうした?』
「政府の一部の連中が、俺を罪人として捕縛を画策と言うか実行しようとしてるらしい。罪をでっちあげて、受刑者として扱き使うつもりだと。ただ、この町の担当部隊はその連中とは別派閥だから、今のところ実行部隊の派遣にまでは至っていないらしい」
『それで、それを送ってきた相手は誰だ?』
「天月の姉ちゃんが所属する部隊の指揮官で。え~と、何て読むんだ?か、げつ。いや『かげつき』かな?」
『何故、名前がわからないのだ?』
「この文字は漢字っていうんだが、一つの文字に複数の読みや意味を持ってる。名前に使うと当て字や語感で使われることもあるから、たまにそんな読み方すんのかよってくらいちがうよみかたをすることがあるんだ。だから本来は読まない読み方をしたり、ほとんど使われなくて知られていない読み方があったりするんだよ」
『面倒な事だな。それで、そ奴は他に何を言ってきた?』
「基本的に政府からの手紙は無視して欲しいらしい。ただ怪しまれない程度に返事だけは送って欲しいんだと。政府側の穏健派。あぁ、たぶんこの封筒を送ってきた人の派閥だろうな。そっちの派閥からは了承済みらしい。その時は景月さんに送るものと分けて欲しいとも書いてるな」
『なぁ、小僧。私には人の社会を知らない。政府というのは何だ?』
「お前らで例えるなら、群れを従えるリーダー的な集まりだな」
『ならば、そのカゲツキとやらも政府の人間か?』
「そうだけど、少し立場が違うと思う。う~ん、すまん。こっちの世界とあっちだと物事が違う可能性があるんだよなぁ」
仁成が説明に窮したのには訳がある。簡単に言えばこの日ノ本が、仁成の知る日本と主義や思想が異なる可能性が高いためだった。
何よりも日本の教育は、政治に関して意図的に触れさせない。社会に出ても政治の話は御法度。そんな社会に未来があるとは到底思えないが、それが仁成が育った日本社会だった。
そのため、政治体制や仕組みを説明するには仁成自身の知識が不足していると同時に、この日ノ本の政治体制が不明なまま教えるのは誤った知識を与えかねなかった。
「すまん。やっぱ分からん。こればかりは専門家に聞いてくれとしか言えねぇわ。俺も中途半端な知識で説明するのは危険な気がしてきた」
『まぁ、いい。それで、他には何が書いてあるのだ?』
「俺達が見つけた外骨格。お前がガラクタって言ったあれな。あれを回収する部隊を派遣するから、渡して欲しいらしい。あと、奴さんが政府の代わりにこっちが要求した物は揃えてくれるらしい。だけど武器については、隊員から説明を聞きながら試射して選んでくれとさ」
『おい、肝心の品は?』
「それも用意してくれるってよ。ただ、大きい物はすぐには無理だそうだ。その他の物は小分けにして定期的に送る形にしたいって。穏健派の方が用意しないのも、強硬派にバレないようにしたいんだろ。ここに来る部隊の人に相談して、出来るだけ早く欲しいものだけ伝えればいいだろ」
『むっ。まぁ、それでよかろう。では早速返事を書け』
「まぁ、まて。そうだな。すぐに向かうぞ」
『返事は書かないのか?』
「一応、受け取りたいと言ってきた用の返事も用意してる。政府側に関しても、最初に書いた伝言を何枚か複製してある。それを置いてく」
『前回書いたばかりではないか?』
「その返事。たぶん政府に届いてない。たぶん、この手紙を書いた派閥が握りつぶしてる」
『・・・?』
「まぁ、良いから行くぞ…?!」
『!?』
月夜は部屋を出ようと立ち上がった時、何か異変を感じた。
『小僧!屋上に行くぞ』
「ん?どうした?」
急に焦りを見せ部屋を飛び出した月夜に、部屋に残された仁成は呆気にとられるのだった。
警察署の屋上に駆けあがった月夜は、すぐに南側の縁に駆け寄り異変の元である暗い靄を注視した。
「おいおい、月夜さん。なんか広がってねぇか?」
少し遅れて上がってきた仁成は、月夜の姿を見つけると彼女が見詰める先を見て険しい顔で横に並んだ。
『間違いない。広がっているな』
今までは、周囲の建物が邪魔で、屋上からでも暗い靄は一部だけしか見えていなかった。だが、今では市役所周辺一帯を包み込み、一目でわかるほど広がっていた。
『小僧。身体は?』
「特に何も。月夜は?」
『この程度なら問題ない。二月前なら、子供達は少し危なかったかもしれない』
「なら、琥珀と千影も大丈夫なんだな?」
『あぁ、だが。少し狩りの頻度の上げて、もう少し魔臓を成長させた方が良い。普通の生物にはさらに踏み込む事の出来ない地となっただろうな』
「すぐに出るぞ」
夕刻迫る時間。再びテニスコートに現れた仁成に、丁度交代要員が到着して引き継ぎを進めていた如月たちは緊張を滲ませた。
「対象、再び現れました」
「何だ?返事を書き直して来たのか?撤収前に回収して、帰と」
「待ってください。対象がこちらに近づいてきます」
望遠機能を拡大して見えたのは、月夜に乗って一直線に監視小屋に向かってくる仁成と三頭の魔獣の姿。
「警戒。だが、決して敵対の意思は見せるな」
「こっちもだ。警戒はしつつ、武器は向けるなよ」
如月と到着したばかりの田中曹長の二人は、即座に指揮下の部隊に指示を出すと共に、仁成を出迎えるために肩を並べて歩き始めた。
「何だと思う?」
「分からん。だが、町の中で何かあったのは確実だろう」
峠道の頂点で仁成を待っていた二人は、目の前で止まった魔獣から降りた仁成と数mの距離で迎えた。
「私は―――」
「あぁ、そういうのいいから。それより、あんたら景月さんの部下?それとも違う部隊?」
自己紹介をしようと前に出た如月。だが、仁成はそれを言葉と手で制して、自分の要求だけを伝えてきた。
その様子を一歩下がって見ていた田中は、前には出ずに答える。
「我らは景月陸将補麾下の部隊で間違いない」
「分かった。なら景月さんに直接伝えて。町の中心にある暗い靄が周辺を飲み込んで広がった。取引は一旦中止してもいいし、するならこの返事に書かれた日程で。んじゃ、よろしく」
一方的に話を終えた仁成は、すぐに魔獣に跨ると二人の前から去って行こうとした。
「待て。これを持って行け」
如月はその背に、自分が持っていたアサルトライフルと続けて弾倉を三つ放り投げた。
それを受け取った仁成は、初めて見る銃を手にした割には手慣れた手つきで一発だけ試射をして、肩に担いだ。
「いいの?」
「弾は7.62だ。弾倉にも装填済みだ」
「気前良いね。あぁ、そうだ。忘れる所だった。返事に書いてないんだけど、武器を見つけたんだ。形はこんな感じのアサルトライフルなんだけど、かなり重くて大きい。このくらいかな?弾はこれと同じ7.62だけど、解る?」
「その銃はこの辺りに筒状のパーツがついてるか?」
田中は自分のアサルトライフルを見せながら、銃身の下に手を入れて示す。
「ついてる」
「それは天月軍曹が落とした銃で間違いないだろう。・・・撃ったのか?」
「撃ったけど、反動でかすぎて吹っ飛ばされた。それに重すぎだよ。もしあれを平気で持てるなら、日ノ本人はゴリラの集まりだね。強化外骨格もサイズが合わないし、どっちも使えないガラクタだから返すよ。んじゃ、これ有り難く貰っておくよ。さいなら~」
それから一度も振り返ることなく、仁成を乗せた魔獣の親子は背の高い雑草生い茂る田畑の中に姿を消した。
そして二人は、唖然とした顔でそれを見送った。
「おいおい、本当に戻ったのか。あのガキ?」
「此処の瘴気汚染度は5だったよな?」
「あぁ。確かこの町は最初から4に指定されてたはずだ。もし広がったなら6に格上げされるかもしれないな」
「かぁ~。もしそうなったら、俺じゃ魔導鎧無しじゃ、数日くらいしかいられなくなるぞ」
「それは俺も同じだ。隊全体で見れば、半数が当て嵌まるだろな」
一定の瘴気耐性を持つ彼らでさえ躊躇するその場所に、何の対策も無しに帰っていく仁成を、まるで化け物を見るかのような眼で見送る二人。
「あの小僧、死ぬ気か?」
田中は仁成の無謀な行動を見て、素直な感想を溢した。
「…もし、適応していたら?」
「それはもう、貴重な存在所の話じゃない。何としても協力関係を築くべき相手だ。…なぁ、如月。作業服にただの鉄の棒一本であの町を歩けるか?」
田中は如月より二期早く軍に入隊した先任曹長だが、同い年ということもあり、上官がいない所では互いに気さくに話をする間柄だった。
「命令されてもやりたくない」
「だよなぁ。あれで17歳なんだろ?」
「らしいぞ。天月の話ではグラビア見てニヤニヤしてたらしい」
「ほ~ん。なら差し入れにグラビア雑誌付け足すか、あのくらいの歳なら成人雑誌の方が喜ぶか?それか、女優でも連れて来ればホイホイついて来そうだがな」
「それはありかもな。天月の話じゃ、グラドルの麗奈とか愛実辺りが好みじゃないかと言ってたらしいぞ。まぁ、本人連れて来る事は出来ねぇだろうがな」
「ほう。結構いい趣味してるな。気が合いそうだ。それで甲牙の方はどうだ?」
完全に姿が見えなくなった仁成たちから視線を外し、田中は頭を切り替えると話をもう一つの監視対象に変えた。
「あっちも動きはないな。午前に一度、侵入して来た魔獣を追いかけ回していたが、軽い運動程度のつもりなのか知らないが、最期は一瞬であの自慢の牙で串刺しにしてた」
「町の中心から離れた今なら討伐も出来るか…」
「どうした?作戦に不満があるのか?」
今の彼らの任務は主に二つ。一つは仁成の動向。二つ目は甲牙の討伐に向けた情報収集とその監視。
そして、ある程度情報が集まったことで、上層部は甲牙の討伐を決定し、あとは作戦決行日を待つだけとなっていた。
「いやな。さっきの小僧が教えてくれたことで、延期される可能性もあるかなと思ってな。…時間だな」
「如月斑。田中班に任務を引き継ぎ、これより帰投する」
「こちら田中班。如月班より監視任務を引き継ぎ、これより任務を開始する」
任務の交代時間が来て、何時も通りのやり取りを終えた二人は、如月は部下と共に西の関所に。そして田中達は監視小屋に留まり、テニスコート及び甲牙の監視任務に入るのだった。
同日の深夜。仁成からの返事を受け取った景月は、読み終わった手紙を部下の真田に渡すと、仁成が写った写真を手に取り大きな溜息を吐いた。
手紙には魔導鎧『朧』の引き渡し日時、欲する銃の種類と重量。銃弾の種類。その他に、魔法に関する教材。特に入門書や初心者用教材が欲しい旨が書かれていた。
また、これ以外にも現場で直接会話した如月曹長の話から、朧とセットで運用することが前提で造られた魔導銃『雷電』の回収も自分達の代わりにしてくれたことが分かっている。
だが、同時に彼は花衣町から出る気がない事が窺えた。
「信頼か…。それに雷電を撃ったのか…。そして、その感想があれか…」
『使えないガラクタだから返す』
景月は如月から聞いた仁成の言葉を思い返した。
対魔獣用に多額の費用を注ぎ込んで開発された最新の魔導銃と魔導鎧。それをただの「ガラクタ」呼ばわりされた事に、少々怒りを覚える景月だったが、それと同時に仁成の魔法師としての素質の高さにさらに興味が湧いた。
魔導銃『雷電』は、仁成が予想した通り魔導鎧『朧』と共に運用する事を前提に作られている。雷電単体ではその必要魔力の多さと強力な反動で、鍛え上げられた熟練魔導兵でさえ根を上げる。
その真価を発揮するには、朧に内蔵された魔力増幅機構と雷電に搭載された反動相殺装置の二つが必要不可欠となっている。
だが、如月の話では「反動が強すぎて使えない」と仁成は言っていた。それはつまり。
「・・・反動相殺装置の許容を越える魔力を圧縮した訳か…」
「ゴ、ゴリラに、ガラクタですか…」
真田大尉は渡された手紙を一読したあと、如月からの報告書にも目を通すと、不快を表明する様に眉間に皺を寄せた。
「仕方あるまい。確かに朧無しで使えば、そこらの魔法士では10発も撃てるかどうかの大飯喰らいだからな。彼の言う様にガラクタ認定されてもおかしくないだろうな」
「しかし…。いえ、確かに彼の言う通りです。出来れば彼には、補助無しで雷電を連続で何回撃てるのか試して欲しい所です」
「私も同じことを考えていた。雷電の連続試射記録は確か126発だったな」
「はい。特級魔法師の戸成信二と魔人中井咲奈の二名が出した記録です」
「それと、報告は受けたな?」
「はい。瘴気が増したと」
「これでまた一つ、我が国の土地が減ることになる。出来るだけ早く、彼とは直接会いたい」
「少しよろしいですか?」
「何だ?」
真田の提案を聞いた景月は、彼の案を採用し準備を進める様に麾下の部隊に命じた。
監視小屋から撮影された仁成と、彼が共に暮らす三体の魔獣の写真。景月はそれを封筒に戻し、執務机の引き出しにしまうと二重の鍵をかけた。
数日後、花衣町の瘴気汚染度は5から6に上げられ、同時に周辺地域の汚染度も見直されることになった。
仁成は受け渡し日を二週間後に指定した。理由は特にない。強いて挙げるなら町の中心にある暗い靄が広がったから。
月夜曰く、瘴気は純粋な魔力ではないかと言う。その純粋な魔力は生物にとっては毒になる。
これを仁成は魔力を元素と置き換えて考えた。
「空気中にはいろんな元素が混ざってんだ」
『元素?』
「目に見えない小さい粒みたいなもんだ。俺達の身体もその元素が数えきれないくらい集まった物体だ」
『私や子もか?』
「月夜達もだ。他にもこの建物や今食べてる食料。草や木、土もだな」
『世界を形作るものか』
「お前って科学的知識はない癖に、知的だよな」
『これでも知能は高く生み出されているからな』
「お前を処分することにした科学者たちは阿保だな。さて、話を戻すぞ。この空気中には、生物が生きる上で必要な酸素やらが含まれてる。俺達はそれを呼吸を通じて体内に取り込んでいる訳だ」
『呼吸の目的か』
「俺はこの魔素が空気中や食物、土や植物にも含まれているんじゃないかと考えてる。生物は日常的に呼吸や食事を通じて、体内に魔素を取り込んでいるんじゃないのか。そして許容できる量を超えると中毒、あるいはアレルギー反応を起こすんじゃないかと考えてる」
『アレルギー?また分からぬ言葉が増えたぞ』
「生物には免疫と言う機能が備わってるんだよ。この免疫は害となる細菌や物質を体内から排除する反応のことだ。本来は無害な物にも反応して起こる現象がアレルギー反応だ。そうだな。例えば、さっき食べた食事があるだろ?」
『それがどうした?』
「あの食事の中の成分の一つに、その免疫が間違って害をなすものだと判断した場合。月夜はその成分が入った食べ物を食べるだけで、呼吸が出来なくなったり、身体中が痒くなったりするようになる。そして過剰に摂取すれば死ぬ」
『…小僧は魔力そのものは無害だが、その免疫が毒だと認識していると言いたいのか?』
「違う。今のはアレルギーだった場合を説明しただけ」
『では、小僧は別の答えを持っているのか?』
「ある。というか、俺はこっちが本命だと思ってる。さっきも話したけど、人が呼吸するのは主に酸素と言う必要な物質を、体内に取り込むために行う生命活動なんだ。だけど、この酸素。体内に取り込み過ぎると中毒を引き起こす」
『必要なのにか?』
「必要以上に取り込むと、体内で処理できずに細胞を傷つけるんだ。最悪死に至る。他にも取り過ぎると中毒症状を起こす物質はたくさんある。と言うか殆ど取り過ぎると危険なものばかりだな」
『つまり、生物は魔素の処理が追い付かずに、中毒やらを起こして最悪は死ぬわけだな』
「まぁ、仮説だけどね。そんで、俺や月夜達はその処理能力が高いから中毒を起こさず、活動を続けられるんじゃないかと思う」
『…魔物は魔臓を持っている。人にもあるのか?』
「知らん。教えてくれなかったからな。たぶんあるんじゃないか。それか何か別の臓器が、その役目を担ってるのかもしれない。他に考えられるとすれば、世界に魔素事体が元々なかったか、あっても生物に害をなすほどなかった。が、何かを切欠に魔素が増えた。その結果、生物が魔素に順応しようと魔臓を生み出し、進化したのかもな」
『進化…』
「別に不思議な話じゃないだろ。毒を持ってる生物はそれなりにいる。そいつらは捕食者から身を守るために、その毒を生成できるように進化した。素子と、それを捕食する側も同じだ。その毒に耐性を持つように進化していくわけだ」
『ならば、我らは進化したということか?』
「そうとも言えるけど、どっちかと言うと進化してる最中じゃないかな?」
『まだ進化しているという事か?』
「たぶんね。だけど、一つだけ腑に落ちない事があるんだよなぁ」
『?』
「俺だよ。俺って並行世界から来たとは言え、あっちには瘴気なんてものはなかったし、魔法も概念程度しか残っていない空想のものだ。そんな世界から来た俺が魔蔵なんて持ってると思うか?もしくは、魔素を処理する能力があると思う?」
『・・・確かに、小僧の言う通りだな。お前の仮説が正しいとすれば、真っ先に中毒になって死んでいるはずだ』
「だよねぇ~。だから腑に落ちないんだよ。おそらく政府は俺の身体を徹底的に調べたいはずだ。その最中に死んでもいいとも思ってる連中もいるだろうな」
『この場所に入れる貴重な存在をか?』
「貴重な存在だから、徹底的に調べてそれを再現できる技術を生み出すんだよ」
『…すまない。よく分からない』
「俺は一人だ。何れ死ぬ。なら、俺が何故この場所に居続けることが出来るのか解明して、薬物や技術に転用できるなら、普通の連中が瘴気で死ぬ前に巣くう事も出来る。他には、俺に近い存在を生み出すとかな。それこそ、月夜。人口魔獣に、より強い瘴気耐性を付けることが出来るかもしれない」
『私の様な存在を生み出した輩がいたな。ならば、小僧をバラバラにすることを躊躇する連中ではないか』
「そゆこと。だから俺はしばらくここから動かない。と言うか動けない」
『なるほどな。何故小僧がここに留まり続けるのか理解した』
「まぁ、不便ではあるけど、死ぬよかましでしょ」




