011「分かれ道 1」
警察署生活を再開して一月。仁成が灰炎から受けた火傷は、頬や脚などの一部の酷い箇所に痕を残しつつも、その他の傷はほぼ完治していた。
特に目を見張ったのが、骨が見えていた脚。日を跨ぐ毎に徐々に肉が再生していき、半月が経つ頃には完全に穴は塞がり、今では皮膚の色が周りの肌と違うこと以外に特に問題無い程に元に戻っている。
月夜が言っていた様に組織の再生に近い治り方に、仁成は自分が本当に人外になったことを改めて実感した。
しかし、残った傷痕を再び傷つけても綺麗な肌に再生することはなく、何故か傷つける前の傷痕のまま再生した。このことから、再生には限界があり、一度再生された箇所はその状態が記憶されるのではないかと仁成は考えている。
また、鈍った身体と体力が元に戻ることは無く、体力の回復のためのリハビリに同じく一月ほどを要した。
このリハビリ期間を利用して、仁成は幾つか自分の身体について検証を行った。検証と言っても、日本の義務教育で行っている体力テストをそのまま行っただけである。その結果は平均より少し上かな程度だった。
この結果に少し残念に思いつつも、人は魔物と違って急激な身体能力の向上などは見られず、単に魔力が常人よりも高くなるくらいと結論付けた。
そして二月が過ぎ、体力も戻った仁成は、いよいよ外の世界に対して行動を起こすことにした。
まず最初に仁成が行ったのは、琥珀たちが天月を送り届けたテニスコート。そのコートの床に『日ノ本へ』とでかでかと書き、頑丈な箱を一つ置いて立ち去った。
この時、遠目からそれを監視している何者かの視線を感じていたが、仁成はそれをあえて無視して淡々と作業を終えると、すぐにその場を立ち去った。
仁成が置いた箱の中には、天月を保護した事に始まり、灰炎と合成獣が相打ちの末に死んだことまでの一連の出来事。それらは自分の功績であり、その礼として欲しい物一覧を書き綴った伝言を入れている。
これに対し日ノ本は、その返事を約一週間後に返した。だがその後一月以上、仁成がこのテニスコートに姿を見せることは無かった。
この一月の間、仁成はテニスコートに行かなかった訳ではない。数日おきに足だけは運んでいた。
だが、日ノ本軍の部隊が付近の田んぼや家屋に隠れているのを月夜が見つけ次第、引き返すをことを繰り返していた。ついでに、部隊が伏せている場所に手を振るのも忘れなかった。
なかなか返事を受け取れない日々が続いた仁成は、この時間を無駄にしないために、テニスコートまでの行き帰りに道路の整備をしながら通うことにした。
そして、ある物を探すために町の東側に足を運ぶ計画を立てていた。
今の仁成に拳銃以外で魔獣を倒せる武器は無い。基本は月夜達頼りになっている。一応、警察署にあった丈夫な金属製の棒を持ってはいるが、武器術など学んだ事のない仁成にとっては護身用以外の用途はなく、今のところ只の杖か瓦礫をどかすための道具となっている。
そこで目を付けたのが天月である。
彼女はこの危険な場所に弾切れ寸前のハンドガン一丁しか持たず、仁成の前に現れた。しかし、彼女の言動から決して装備を持っていなかった訳でないことが予想できる。
それを決定付けたのが、月夜が琥珀たちから聞き出した軍の部隊の容姿である。彼らは全員が見た事が無い服を着ていたらしく、仁成は月夜を介して琥珀たちが見たであろうその服をスケッチブックに描き写していった。そして完成した絵を見た仁成の感想は、『SFに出て来そうな強化外骨格』だった。
さらにそこから仁成は、天月も同様の装備を身に付けていたのではないかと予想し、それを探してみることにした。
もちろん、灰炎と合成獣の戦いで燃えるか完全に破壊された可能性も考慮して、暇つぶし程度の感覚で始めている。
半月ほどでテニスコートまでの道の整備を終えた仁成は、中々部隊を退かない日ノ本軍に痺れを切らし、テニスコートに行くことを止めて天月が放棄したであろう装備と武器の捜索に当てた。
そのためには町の東。つまり、二か月前に大怪獣バトルが開催された場所に足を運ぶ必要があった。
町の東、正確には河川沿いに広がる住宅地一帯は、二体の魔獣が暴れた影響で瓦礫の山に変貌していた。さらにその周辺にいた強い個体や群れも縄張りを追われるか、巻き込まれて死んだことで、魔物の勢力図も大きく変わっている。
屋上から偵察した町の東側の現状は、新たに流れてきた魔獣同士の争いが起き、戦国時代さながらの様相を呈している。だが、さすがに更地に近いその場所に縄張りを作る魔物はいないのか、定住する魔物はいなかった。さらに灰炎に次ぐ危険な猪や狐の姿は忽然と消えていた。
その両方を死んではいないと予想していた仁成は、一応二体の魔物が何処に消えたか探しはしたが、今のところどちらもその姿を確認出来ていない。
そして、猪や狐ほどの強個体がいない住宅地一帯を見下ろせる崩れかけのビルの上に、仁成たちは立っていた。
「匂いで分からないのか?」
見事なまでに破壊されつくされた住宅地を前に、既にやる気が削がれ始めた仁成は、駄目もとで月夜に問いかけた。だが、その月夜の眼は呆れを通り越して仁成を小馬鹿にしていた。
『…無茶を言うな。あの灰炎と合成獣がここら一帯を瓦礫と焼け野原にしているんだぞ。分かると思っているのか?』
「ですよねぇ…。仕方ねぇ、虱潰しに探すかぁ」
『私から言わせれば、こんな無駄な事をする前に武器だけでも寄越せと脅せばいいのだ』
「それが出来ればしてるって。俺に国家を転覆できるような力があると思っておいでの様ですねぇ」
月夜から飛んできたジャブに、今度は仁成が軽くカウンターを入れながら、一向は一路、二か月前に半月ほど過ごしたホムセン跡地に向けてビルから飛び降りた。
仁成が何故目立つ場所に姿を晒したのか、端的に言えば月夜という強い魔獣がここに居るぞと、その存在を知らしめるためだった。
彼女は灰炎と合成獣の戦いから少しして、さらに一段魔物としての格が上がり、身体も一回り大きくなっている。内包する魔力もさらに多くなった彼女は、以前見かけた狐に近い存在になっていた。
琥珀と千影も既に通常の大型犬よりも大きく、そして逞しく成長していた。顔つきも可愛らしさが減り、より鋭くなっている。
幼体だった頃には分からなかったが、その顔つきは狼に似ていることから、父親はウルフドッグだったのではないかと仁成は予想している。
ただ月夜曰く、魔物としての格はまだ低いとのことだった。
魔物の格とは何を意味する言葉なのか、まだ仁成には理解出来ていない。
だが、そこらの魔物を単独で狩れる琥珀と千影が弱いとは到底思えなかった。時には月夜が出張らなければいけない相手でも、二頭で連携して倒すこともある。
その時の月夜は、何処か誇らしげに琥珀と千影を迎える。もしかしたら番の面影を見ているのかもしれない。
その点を月夜に聞けば、確かに琥珀と千影には父親の面影がある。そして父親は今の月夜より強かった。その影響で琥珀と千影は元から魔物としては強いのではないかとのことだった。
ならば何故、琥珀と千影の魔物としての格は低いのかという疑問が残る。また新たな謎が生まれたが、月夜にも分からない事だった。
月夜という存在がいても、襲ってくる魔物は一定数いた。だが、彼らは決して無謀でも馬鹿な訳でもなかった。
襲ってくる魔物の多くは、縄張りに侵入してくる襲撃者に対し行動を起こさねば、群れからの信頼を失うリーダー格が殆どだった。
そのため、戦闘が長引くことがたまにあった。
月夜が前に出て威嚇すれば群れ全体で身を引く場合もあったが、それでも丼で来る魔物はそれなりにいた。
大抵は一騎打ちのような形で、月夜とリーダーが戦うのだが、リーダーが倒された瞬間に群れが襲ってくる事も偶にだがある。大抵は勝負が終わると散って行くことが多かった
また賢い群れや単独の魔物は、そもそも通過するだけで何もしない月夜にちょっかいをかけて来ることは無かった。
偶に馬鹿な魔物もいる。月夜に見逃してもらったというのに、背後から奇襲を仕掛けて来る魔物もいた。が、月夜が相手にするまでもなく琥珀と千影が撃退するか、倒して終わっていた。
「魔臓を食べるのが、魔物の格を上げる方法なのか?」
魔物を倒した月夜達は、倒した魔物から贓物を喰らうことがある。その贓物が魔蔵だった。
今も琥珀と千影がそれぞれ倒した大きめ個体の腹を裂き、鼻先を体内に突っ込んで食べていた。
『正確には違う。魔蔵を喰らう事で、己の魔臓を少しだが強くすることができる。ただ小物の魔臓を喰らっても意味がない。格に影響があるのかは、私にも分からない』
「ふ~ん。まぁ、分からない事を考えてても仕方ないか。魔蔵が強くなったらどうなるんだ?」
『内包する魔力が多少増す』
「俺も食べたら魔力上がるかな?」
『食べてどうなるかは、私にも分からぬ』
「そっか。まぁ、帰る前に少しだけ分けて頂戴な」
『本当に試すのか?』
「生で食べる勇気は無いから、焼いて食べるけどな」
『馬鹿なのかどうか、判断に迷う小僧だな』
呆れた眼で仁成を見つつ、戻ってきた琥珀たちを連れ、一向は瓦礫の中を歩き始めた。
以前滞在していたホムセンは瓦礫となって潰れていた。その場面を遠目にだが見ていた仁成にも分かっていた事だが、それでも怒りは湧いて来る。
「あぁ、俺の貴重な物資たち…。許さんぞあの熊公」
『それはお前が仕向けたからだろうに…』
既に骨さえ貪られてこの世にいない灰炎に恨み節を吐きつつ、仁成はアスファルトが砕けた駐車場の手前で地図を広げた。
『それで、当てはあるのか?』
「ない。だから此処を中心に、こんな感じでぐるぐる周りながら探す」
仁成は地図上のホムセンに人差し指を乗せると、その指を内側から外に向かう様に渦巻きを画きながら見せた。
「これなら、辺りをまんべんなく探せるだろ」
『だが、瓦礫に埋もれていてはわからないだろう』
「ふっふっふ。そのために秘密兵器を持って来た」
『その棒きれのことか?』
月夜は、仁成の背に担がれている先端に円盤が点いている歪な棒を一瞥すると、得意げな仁成に視線を戻した。
「これは金属探知機って呼ばれてる道具だ。しかも、魔力でも動くみたいでバッテリーが充電されて無くても使えた」
仁成は担いでいた金属探知機を手に取ると、実演を交えながら月夜達に説明を始める。
この金属探知機は警察署内を片付けている時に見つけていたが、バッテリーの充電ができなかったことに加え、魔道具の存在を知らなかった仁成は柄に魔導銃と同じマークがあることに気付かなかった。
だが、改めて何か使える物がないか探していた時、偶然マークを見つけた仁成は起動スイッチを何気なく押した。すると充電がないにも関わらず動くことが分かり、これが天月の装備探しに乗り出す切欠ともなっている。
「とまぁ、この画面に大体の大きさと形。それと重さ?かな。も、表示されるんだよ。これを手掛かりに探す」
『それは構わないが、今日だけで探せるのか?』
「探せないだろうな。だから、陽が暮れる前に帰るか、土手辺りで野宿だな」
『なら、さっさと終わらせて帰るぞ』
「へいへい」
月夜に急かされた仁成は、探知機を作動させた。
ーピピピピピピピピー
鳴りやまぬ音と、その音に引き寄せられるように集まってきた魔物を前に頭を抱えるのだった。
装備探索を始めて二週間。一度だけテニスコートまで足を運んだ以外は、警察署と土手沿いの住宅地を行き来する生活が続いていた。
その事から分かる通り、装備探しは難航していた。と言うのも、金属探知機が常に反応し、何かしらの金属を拾い続けていたからである。加えて、探知機が金属に反応する音で周辺の魔物が集まって来るため、その度に手を止める必要もあった。
探索も20日目。本当にあるのかという雰囲気が月夜達から漂い始めた夕刻前。探索を切り上げて帰る時間が訪れようとしたその時、ようやくそれらしい反応に当たった。
「おっ?これ当たりかも」
その場所は瓦礫から推察すると、田舎ではそれなりに高い鉄骨マンションが立っていたであろう場所。
『それで、これを掘り返すのか?』
月夜は自分達の足元に山となって積み重なる瓦礫を見て、うんざりとした表情を仁成に向けた。
「その通りで御座います。どうか、どうか。この下僕のお願いをお聞き届けくださいませぇ~」
わざとらしくその場で両膝をつき、両手を高く真っ直ぐ耳に沿う様に上げた仁成は、腰を何度も折りながら月夜に土下座を繰り返す。
『…まぁ、いいだろう。ただし――』
「日ノ本に高級ドッグフード一式と高級マットレス。それに毛布とかを要求しろだろ?」
『そうだ。今はまだ暑い。冷たい床で寝る方がいいが、寒くなってきたら床に直接寝るのは避けたい』
「分かっておりますとも。この下僕めの要求を減らし、月夜様がご所望の品を追加しておきますればぁ~」
『…死にたいのか?』
「…んじゃ、よろしく」
冷たい視線に即座に悪ふざけを止めた仁成は、琥珀だけを連れて瓦礫の山から退散する。千影は月夜と共に瓦礫を掘り返すため残るらしい。
『やるぞ』
月夜の念話で千影に合図を送ると、二体は同時に瓦礫が互い当たらない様に左右の敷地に弾き始める。
それから少しの間、一帯周辺に瓦礫の衝突音と砂埃が舞い続け、一部の魔物は遠目からその様子を窺う様に覗き見ていた。
仁成はというと、自分ではてこを使っても動かせない瓦礫の山が、次々と減っていく光景を目の前に、魔物の格について考えていた。
「・・・う~ん。格が少し上がったとか言っていたけど、それにしては身体能力の上り幅が大き過ぎる気もする。身体もこの一月で一回りは大きくなったし。限界はあるとはいえ、身体の伸縮とか物理法則を完全に無視した事も出来る。謎だよなぁ。それに千影と琥珀のことも気になる。格が高い魔物同士の間に生まれた子供は元から強いのか。それともただ瘴気に耐性が強いだけなのかによって、大きく変わるよなぁ」
仁成は魔物の格は、レベル制の様なものがあるのではないかと考えていた。
例えば、レベルが100に達する毎に魔物の格は一段階上昇して、レベルは1に戻る。格にも限界が存在するなら、何処かで頭打ちがある可能性もあるが、上がり続ける可能性もある。また格が上がれば上がるほど、上がり辛くなるのか、それとも変わらないのか。考えれば切りがない可能性が仁成の頭の中で生まれていた。
その考察の中で仁成が最も気にしているのは、琥珀と千影は生まれた段階でこの格が一番低い状態だったのか、それともある程度両親の格を引き継いだ状態で生まれたのかだった。
もし後者であれば、琥珀と千影は生まれながらの強個体とも言える。この事が他の魔物にも共通するならば、世代を重ねるごとに魔物全体が強くなり続け、人類は淘汰されていくのではないかと考えられた。
また元の動物によって、強さがどれほど変わるのかも気になった。灰炎は熊だった。甲牙は猪。元が犬である月夜達とそれら魔物と比べると、どうしても熊や猪の方が生物としては強い。であるなら、同じレベル1でも月夜達は熊や猪に勝てないことになる。
「う~ん。まぁ、こっちの世界のことだし、俺には関係ないか」
考察はあくまでも今を生き抜くためであり、この世界の行く末など異世界人である仁成が気にするような事ではなかった。
ただ、自分はもう元の世界に帰らない方が良い。何故かは分からないがそう感じていた。
それが、元の世界にとって一番良い選択だと。
仁成がそんなことを考えている間に、月夜と千影の動きが止まった。
『小僧、来い。どうやら当たりだぞ』
月夜からの念話に、仁成は琥珀に跨って瓦礫の山を登り、カルデラのような形になった瓦礫の中心にいる月夜の元に駆け下りる。
「まじであった」
月夜の足元には、強化外骨格らしき脚部の一部が姿を覗かせていた。
『掘り起こすぞ』
そこからは慎重に周りの瓦礫や土などを仁成も参加して掘り起こした。
そして、仁成がスケッチブックに描いたものよりも少し無骨で、想像より二回りは大きい人型を模した強化外骨格が姿を現した。
『持って帰るのか?』
「もちろん。自分で使えなくても交渉材料にはなるからな」
『こんなガラクタがか?』
「月夜の眼にはガラクタに見えても、人間社会にとっては莫大な費用を投じて作ってる可能性が高いんだよ。このガラクタ一つで、月夜達のドッグフードが百年以上の量を買える可能性だってある」
仁成の説明に、率先して動き出したのは月夜だった。琥珀や千影でも運べるかもしれないが、この近辺で月夜が出張らなければいけない魔物は今のところいない。戦闘は琥珀と千影に任せ、強化外骨格は月夜が口にくわえて引きずる様に運ぶことになった。
「すぐに帰ろう」
そして、今日の探索は此処で打ち切りとなる。欲をかいて外骨格を捨てて逃げ帰ることになれば、それこそ元の木阿弥。仁成はすぐに警察署に帰ることを選んだ。
警察署に戻ってきた仁成は、まずは駐車場で外骨格の全身についた汚れを落とすと、月夜に頼んで一階の両扉がついた空き部屋に持ち込んでもらった。
「こうしてみると本当にSFに出て来そうな兵器だなぁ」
砂埃を取り払った外骨格の体長は約2.5m。立たせれば部屋の天井に届きそうなほど高い。各パーツは取り外しが可能で、部位毎に身に付けることが想像できる。
『SFとはなんだ?』
「あぁ。Science Fictionの略で。意味は空想科学。科学は分かるか?」
『分からない』
「自然の摂理を解明する学問と言えばいいのかな。空想は出来るか出来ないかよりも出来たらいいな見たいなことを考える事だな」
『つまり、頭の中で考えた何の根拠もないものということか?』
「まぁ、概ねその通り。だけど、その空想が人類の文明を大きく飛躍させたのは間違いないんだよ。遥か昔、鳥の様に空を飛びたいと考えた人がいた。その人達の夢が叶うのは数千年も先の話になったけど、俺の世界では空を飛ぶための道具は幾つも開発されて、実際に人が空を飛んでいたからな」
『ほう。私でもそれを使えば可能か?』
「う~ん。飛行機なら乗るだけだから簡単だけど、その他の手段は人に最適化されてるからな。でも、それを月夜達の身体に合わせたものに変えれば可能かな」
『いつか試してみたいものだな。それで、これは動かせるのか?』
「これは人が装着して動かすタイプの兵器だ。おそらく色んなアシスト機能がついてるはずなんだけど…。問題は動かし方や動力が何か分からないってことだな。それに、もし起動に成功しても認証システムがある可能性が高い」
『認証?』
「この外骨格の鍵みたいなもんだ。特定の人や集団以外に鍵を開けれないんだ」
『では、持ってきた意味は余り無いのではないか?』
「いや、ある。まずこの世界の今の文明レベルを知れるし、あっちでも話したがこれは日ノ本軍からすれば貴重な兵器の可能性がある」
『交渉材料か』
「その通り。だから、決して無駄じゃない」
それから仁成は、二日かけて外骨格のあらゆる箇所を調べ上げたが、外骨格を起動させることは出来なかった。
しかし、そのおかげで二つの世界にそれほど大きな技術格差はないことは解った。一部の技術に関しては仁成の世界が先を進み、また違う点ではこちらの世界の方が先を行っている。だが、そのどれもが10年から20年程の違いに収まる程度。
そして、大きな違いはやはりこの世界にあって、あちらの世界にはない魔法だった。
「全く意味不明な部品が多い」
特に分からないのは、各所に謎の模様が刻まれた部品である。見える範囲でもあちこちにあり、見えない部分にもおそらく模様入りの部品があるのだろうと予想できる。
「…う~ん。これは日ノ本との交渉材料に使うしかなさそうだなぁ」
この判断に至った理由の一つに、強化外骨格が仁成の体格に全く合わなかったからだ。おそらく、この外骨格は個人ごとに作られたオーダーメイド品の様で、記憶が確かなら天月の身長に合いそうだった。
決心した仁成は早速、日ノ本に送る伝言内容(月夜の要望含む)を書き換えると、テニスコートに足を運ぶ準備に入った。
その日の昼。約半月ぶりにテニスコートに訪れた仁成は、ようやく近くに隠れていた日ノ本軍が諦めたのを確認し、伝言を入れているために置いた箱に返事がないか確認した。
中には入れた覚えのない封筒が一枚だけ入っており、他には何もない。表にはでかでかと日ノ本の文字と、仁成の名前がカタカナで書かれていた。
仁成はその場で封筒を開けて、中に入っていた便箋を軽く読んだ。そして新たに書いた伝言を入れると、すぐにその場を後にした。
『それで、何用を言いつけてきた?』
「あぁ、そうか文字は読めないんだったっけ」
警察署に戻ってから、テーブルに放り投げていた書簡を覗き込む月夜に、仁成は説明も交えながら読んで聞かせていた。
「まぁ、ざっくり言うと、一度直接話がしたいってこと。こっちの要求には一切触れてないね。まぁ、予想通りかな」
『どうするのだ?』
「何もしない。俺は天月の姉ちゃんに伝言を残してるからな」
『…ひねくれ者め。それが無理な事は知っているだろう』
「それは月夜から聞いたから知ってるだけだ。向こうはその事を知らない。だから俺も知らないままでいい」
『…それでは全く話が進まないように思えるが?』
「駆け引きだよ。向こうは高濃度の瘴気の中を自由に動ける俺を利用したい。だけど、自分達がこの場所まで来る事が難しいことは、俺に知られたくないんだ」
『意味が分からない』
「あいつらは俺に有利になる交渉材料を与えたくないんだ。もし俺にそれを知られた場合、俺にしか出来ないんだから待遇をより良くしろって言えるでしょ?」
『なるほど。あちらは少ない報酬でお前をこき使いたい。それに対し、お前は逆のことを考えている訳か』
「そゆこと。それに向こうからすれば俺はまだ不審者だ。この世界の情勢がどうなっているのか知らないけど、他国のスパイかもしれない。そんな奴を初めから信用するのは為政者として間違った行いだ。だから、まずは探り合い。同じ内容のメモを残しておくだけ。それ以外はしない」
『それで向こうは納得するか?』
「するかしないかはあっちの勝手だよ。それにこれは天月の姉ちゃんを助けたことと、灰炎を排除してやった報酬だと俺は考えてる。その事に向こうがどう対応するか見てる段階だからな。俺は折れるか、向こうが折れるかの我慢比べ。何か進展あるまで、ここでの生活を改善するために動きつづけるだけだね」
仁成は日ノ本政府の書簡を棚の引き出しにしまうと、別の引き出しから複製したお手製地図をテーブルに広げた。
地図にはここ一月で集めた情報と、月夜から聞き出した情報が追加されており、以前よりもさらに詳細なものになっていた。
その中で一際誇張されているのが市役所を中心に描かれた赤い斜線が入った円。この円の中が、月夜と相談して決めた進入禁止エリアになる。
月夜の話では、あの灰炎でも市役所には絶対に近づかない。他の強個体もそれは同様。
そしてあの靄の正体は、超高濃度の魔力の塊ではないかとのことだった。
もちろん月夜も一度も近付いたことはないし、他の魔物も市役所周辺には一切近づかない。この町で唯一、絶対安全で最も危険なエリアが市役所とその周辺だった。
仁成でさえ近づけば死ぬ可能性が高いため、これまで一度も試したことは無い。
「さて、まずはもう一つのお宝探しだな」
日が暮れかけた空を見つつ、仁成は夕食の準備のために部屋を後にした。
日ノ本陸軍第20旅団を率いる景月徹陸将補は、高濃度瘴気区域に何の対策も無しに長期間滞在できるほど瘴気に順応したタダノヒトナリを、東方勢力や一部の腐敗官僚よりも先に確保するために、麾下の部隊を密かに花衣町に配置し、対象が何かしらの行動を起こすのを待ち続けていた。
しかし、幾ら待っても行動を起こさない対象に、徐々に対象者死亡の可能性が高まり始めた作戦開始から約二ヵ月が過ぎた頃、ようやく対象が動いた事に彼は安堵した。
彼個人としては、若手ながら将来有望な魔導兵である天月を保護した彼を、出来る事なら直接感謝を述べ、同時にスカウトしたい気持ちがあった。
だが、上の判断は大きいく二つに分かれていた。
一つは景月と同じ、友好的に仁成を迎えようとする穏健派。そしてもう一つは仁成を拘束し、傀儡にしようと目論む強硬派。
ただ、景月達も完全に仁成を信じている訳ではない。高濃度の汚染区域に長期滞在できる逸材であることは認めつつも、身元不明の仁成を警戒していた。
海を挟んだ半島の雄、真朝鮮王国。エイジア大陸からオリンピア大陸を股に掛ける北方の大国ルージアナ連邦。エイジア大陸元覇権国家「彗」が分裂し、「彗」「栄」「秦」の三国。太平洋を越えた先、アメリア大陸の諸外国。それら勢力が送り込んだ工作員の可能性も勿論危惧していた。
日ノ本が警戒する理由は他にもある。
単体で都市を壊滅させることができる危険個体に指定されている『灰炎』を刺激し、あまつさえ特殊変異体の中で最も危険な合成獣とぶつける前代未聞の作戦を、ほぼ一人で完遂させる凶器的な精神力が、自分達の懐に迎えても大丈夫なのかと言う点。
また、二体の魔獣の戦いが関所付近で行われた場合、区域外の街や都市に流れた可能性がある。もしそれが現実となった場合、町一つを犠牲にしなければならないほどの甚大な被害が想定され、政府は仁成を魔獣被害未遂犯として拘束する判断を下した。
しかし、彼らの思惑を嘲笑うかのように仁成は二ヵ月以上も沈黙を続けた。
そして、ようやく対象が接触を試みて来たかと思うと、図々しくも灰炎と合成獣を始末した功績を笠に、物品の要求をしてきた。
この事に仁成を利用しようと考えていた勢力は激怒したが、ようやく訪れた対象の捕縛のために動き出した。しかし、ここでも彼らの思惑は空振りに終わる。
彼らが何を考えているか、情報化社会と腐った政党政治を見て育った仁成は、幾つもの可能性を考慮して行動していたことで、安易に姿を晒すことはしなかったのである。それどころか、伏せている捕縛部隊を挑発するかのように手を振って返る映像に、さらに彼らは激怒する結果となった。
その反対に、軍部と一部の政治家や官僚は仁成への評価を一段上げた。彼はまだ十代だが、自分の置かれている立場と存在を正しく理解し、此方を値踏みしている。どちらが手に取ってはいけない握手を求めてきているかを見定めるために。
こうして日ノ本政内では、仁成を傀儡にしたい派閥と、仁成の主体性を尊重し対話によって信頼を築きたい派閥に別れ、水面下で激しく争っていた。
そんな中、新たに仁成から伝言が送られてきた。
この伝言をいち早く見た景月は、秘密裏に仁成との接触と魔導鎧『朧三式』の回収を決めた。
彼の独断に見えるこの動きだが、彼の立場的にそれをするだけの理由と他に選択の余地が無かったとも言える。




