魔王ディエスレ
「ディアナッ!」「くっ!?」「速い!!」
デビエルの突き上げた拳に吊るされたディアナを見て、大声を上げながら大慌てで各々の得物を手に取るメリッサ達。その時、ルドガの剣を見たサキュニの眉が微かに動く。
「おお! おお! いけませんデビエル様! どうかお静まりを」
「邪魔をするなニアリード! 積年の恨み、今ここで晴らしてみせる!」
一方、デビエルの凶行にニアリードがやはり大慌てで止めようとするが、憤怒の表情のデビエルが止まりそうな気配は微塵もない。
「いけません! 今の貴方は穏健派の長! 組織の長がその様に感情的に動いては組織は成り立ちません!」
「怨敵を前に感情を抑えろだと!? 冗談を言うなっ!!」
「ニアリードの言う通りです。デビエル、少し落ち着いて下さい」
ニアリードとデビエルの言い合いに割って入る声。その声の主…ディアナは、両手を組み懇願する眼差しでデビエルを見つめている。本当に突き刺さったかのように見えたほどにデビエルの拳は強烈に見えたが、このディアナの様子を見る限り、ダメージは全くない様だ。
「貴方の迂闊な行動一つで部下の命が消えていく…。長と言うのはそういう責任ある立場なのです。ですから、たとえどれだけ憎み嫌う存在が相手でも、まずは話し合いを」
「黙れぇ! 長の立場にありながら、暴走し数え切れぬほどの命を消した貴様が長の資格を語るなど笑止千万!!」
更に宥めようとするディアナを、ディアナの腹部に拳を当てたまま地面に叩きつけると同時に怒鳴るデビエル。これもまた、石畳が割れ体の半分が地面に埋まるほどの威力があったのだが、
「たとえ資格がなくとも言わなければならない事は言います! 資格がないから言わないなどと言うのは、一見尤もの様に見えますが、ただ逃げているだけです!」
ディアナは変わらずデビエルに訴え続ける。やはり、ダメージはない様で流石にデビエルの表情にも困惑の色が浮かび上がり始める。
「デビエル様! もうおやめください! 長が云々と言うのもありますが、そもそもディエスレ様に勝てる存在などこの世にはありません! たとえそのご子息のデビエル様であろうとも…です!」
「ふん! 俺はまだ実力の半分程度しか出していない! この程度が効かなかったからと見くびるのは止めて貰おうか!」
その微かな困惑を見逃さなかったニアリードの停戦の説得。しかし、デビエルもここまで手を出してしまった手前、もう引っ込みがつかなくなっている様子。
「なんと…。あれでまだ半分しか力を出していないと…。これが魔王の子孫…」
その言葉に驚きの声を上げたのはリュシアネルだ。そして、メリッサ達の表情を見る限りは、この言葉はメリッサ達の心境を代弁している様子。
「この程度で半分も力を使っているのなら、どちらにせよ私にダメージを与える事などできません! デビエル、とにかく落ち着いて下さい!」
が、続くディアナの到底信じがたい言葉にメリッサ達も、これまで静観していたサキュニも…そして、当事者であるデビエルも目を見開く。
「―――へ、へへ…。おもしれぇ…だったら、俺の全力…受けてみろやぁぁぁっ!!!」
倒れているディアナに向かって、絶叫と共に拳の乱打をディアナの全身にお見舞いするデビエル。並の者が喰らえば、一発で粉砕されそうなその一撃一撃をまともに食らって、しかしディアナの視線はデビエルから外れる気配はない。ただ、じっと…じーーっとデビエルを見つめている。
そのあまりに無機質な視線に、思わず拳を止めてしまうデビエル。
「ぐっ! く、くそっ! ならば、これでどうだぁっ!!」
が、怯んでしまった事を悟られたくなかったのか、咄嗟に振り上げた右足でディアナの顔を踏みつける。途端、踏み抜いた踵を中心に爆発が起きた!
その威力はすさまじく、爆風だけで近くにいたニアリードは吹き飛び、メリッサ達も立っていられなかったのか膝をつき、デビエルと実力が近いと思われるサキュニすら僅かに防御に構えたほどだ。
「もうっ! いくら何でもやり過ぎよ兄様っ! ニアリード、大丈夫?」
体勢を立て直し、直ぐに吹き飛ばされたニアリードに駆け寄るサキュニ。と、同時に非難の声をデビエルに浴びせる。
「う、むむ…。は、はい、私は大丈夫です…」
「はあっ……はあっ……。す、すまん…つい頭に血が上って…。へ、へへ…だが、どうよクソ親父。さ、流石にこれはたまらねぇだろ…」
腕を抑えて立ち上がるニアリード。そのニアリードとサキュメに謝罪をしてから、しかし息切れしながらも勝ち誇った様子で、仰向けに倒れているディアナに言葉を投げるデビエル。
「―――そうですね。まあ、スジは良い方だと思います」
が、唐突に響くディアナのあっけらかんとした声。返答が来るなど予想だにしていなかったのであろうデビエル、サキュメの二人はギクッと体を震わせ、倒れたままのディアナを凝視する。
むくっと起き上がるディアナ。そして、デビエルの攻撃でボロボロになった着ているシスター服をあちこち見まわした後、
「もうっ、いきなり襲い掛かるなんていくら何でも野蛮ですよデビエル。私を恨み憎む気持ちは分かりますが、もういい大人なんですから少しは自制してください」
まるで子供に言い聞かせるようにデビエルを叱るディアナ。その様子から、ダメージを受けている感じは微塵もしない。
「―――これが、魔王ディエスレ…俺達の親父…か…」
「あまりに、規格外過ぎる…。伝説にもなる訳だわ…」
「何度も言いますが、ディエスレ様と戦って勝つのはおろか、戦闘になる存在すらいないと断言しても問題ない程に、ディエスレ様は抜きんでておられるのです。かつての魔王大戦でも、勇者や数多の英雄を擁する何千万という軍勢ですら、勝てたのは奇跡と言われたほどなのですから…」
ここにきて、初めて畏怖の感情が見え始めるデビエルとサキュニ。そんな二人を窘めるように、ニアリードが言葉をかける。
「あと、ニアリード。貴方にも一つお願いがあります」
と、そこにディアナから声がかかる。慌ててディアナの方に向き直るニアリード。
「今の私の名前はディアナです。ディエスレは死にました。そこだけは間違えないように」
微笑を浮かべたまま、そう注意するディアナ。ニアリードは何か言いたそうではあったが、ディアナの微笑の圧を前に、結局頷く事しか出来なかった。
そうして、話し合いが始まる…と、思われていたのだが、デビエル達がディアナを呼んだのは、本当に恨みを晴らす為だけだったそうなのだ。
「何と身勝手な…。いいですか? 相手にも都合と言う物があるのです。それを無視して自分の意思を強行させるなど言語道断ですよ」
「ちっ…今更何を親面してやがる…」
「先ほども言いましたが、言うべきことは言います。それが例え資格が無かろうと説得力が無かろうと…です」
「ふん…正論はいてるつもりなのかしら…白けるわ…」
デビエルとサキュメの二人を叱るディアナだが、二人の鬱陶しそうな顔を見る限り、お世辞にも効果がありそうとは言えない感じだ。
「―――ねえ、ちょっと。そこの君」
と、ここで不意にサキュニがルドガに視線を移す。
「君、何でそんな物騒な剣を持ってるの? もしかして、父に無理やり持たされてる? だったら、さっさと突っ返した方が良いわよ。そんな物持ってても碌な事にならないわ」
不思議そうな表情でルドガの担ぐ剣を見遣るサキュニ。その言い草を聞く限り、ルドガの持つ剣がどういう物かのおおよその見当がついている様だ。
「悪いがそれはできない。俺にはこれが必要なんだ」
「うーん…。その必要な理由は何? 本当にそんな危険な剣じゃないと達成できないの?」
首を横に振るルドガだが、サキュニも引く感じはない。どうもルドガに剣を振るって欲しくなさそうな感じだ。
「親の仇を取るためだ。そして、この剣じゃなければ奴には攻撃が通らないと、シスターディアナに断言されている」
「親父の創った剣じゃなければ攻撃が通らぬ相手…。もしや、親父の鎧を着ていたあの化け物か?」
「奴を知っているのか!?」
理由を聞いたデビエルが、少しの思案の後に口を開くが、それを聞いたルドガが驚愕の表情と共にデビエルに詰め寄る。
「ああ…。半年ほど前に民が化け物に襲われていると通報があってな。俺の信を置く部下の攻撃すら通らないという事で俺が出張ったんだが、俺の全力でも追い返すのがやっとだった。忌々しい記憶だ。…しかし、ふむ…確かにあの化け物を人間が倒すとなれば、それレベルの剣は必要か…」
「あの…先ほどから仰っている化け物…というのは? 相手は獣人だと伺っていたのですが…」
ルドガの問いに答えながら、納得した様子で頷くデビエルに、今度はミティアが質問する。
「化け物は化け物だ。そういうしかない風体だったからな。少なくとも獣人などではなかった。まあ、このクソ親父が着ていた鎧なんぞを長期間装備していたのなら、あんな化け物になってしまっても何もおかしくはないだろう」
「―――なんか、あのひとたちあんまり魔族っぽくないね。魔族ってもっと偉そうでいやなかんじのひとがおおいんだけど…」
ミティアの質問にも答えてくれるデビエル。その姿に、ミルトは不思議そうにこぼし、それにバジリアとリュシアネルも相槌を打つ。
「ふう…。仕方ないわね。兄様、私は彼と同行するわ」
が、次に発したサキュメの言葉に、その場にいる全員が驚きに目を見開く。
「同行って…。お前学校は良いのか?」
「大丈夫でしょ。私以外でも優秀な子はいくらでもいるもの。それよりも、彼があの剣を持ったまましくじったら、また魔王の爪痕が何だとか言われて私達の肩身が狭くなるわ。そっちの方が嫌よ」
面食らった様子で問うデビエルに、やれやれ…と言った様子で答えるサキュメ。どうやら、彼女的には魔王に関りのある代物で問題を起こされる事が嫌な様だ。
「い、いや。気持ちはありがたいが、これは俺達家族の問題だ。それに、いざとなればシスターディアナにも力を貸してもらう。だから、あんたに手を貸してもらう必要は」
「だから、君達人間には荷の重い相手だって言ってんの。父に力を借りる? はん、余計にこじれるだけだわ。という訳で、暫く一緒にいるから宜しく。………………ねえ、何でこんなお通夜みたいな雰囲気なの?」
やんわりと断ろうとするルドガだが、残念ながらもうサキュメの意思は固まっている様だ。が、ルドガの例の相の件を知っている一同は(特に、ミルトとリュシアネル)表情が硬い。その様子に、サキュメは不思議そうに首を傾げるのだった。




