孤児
「やだ! ミリムも一緒に行く!」「ナーナも! ナーナもいっちょ!」
魔族の男に手紙を渡されたその翌日。教会の入り口でディアナは子供達に何かを懇願されていた。
「ごめんね。これから行く場所は凄く危険な場所だから、皆を連れていくことはできないの。大丈夫、今日の夜までには必ず帰って来るから」
ぐずる二人…ミリムとナーナの頭を撫でながら優しく語り掛けるディアナ。しかし、それでも納得できないのか、二人は唇をキュッと閉じてプルプルと震えている。
「それでは、行ってきますミーズノ様。ノーマとビシュも後をよろしくね」
「え、ええ…。気を付けて…」
「う、うん…。その…か、帰ってきてくれるよな? ディアナ姉ちゃん…」
ディアナの挨拶に、ミーズノは困惑と不安をないまぜにしたような声色の返事をする。同じく、似たような表情のノーマとビシュだったが、ミーズノよりもさらに強い不安を感じているのだろう。思わず…と言った感じでノーマは聞いていしまう。
「ええ、必ず!」
対して、ディアナはにっこりと笑いながら力強い返事を返した。
―――コクメアー砦にて待つ。明日の昼、こられたし
例の手紙に書かれていたのはこの一文のみだった。その身勝手な内容に流石に少し不満げにしていたディアナ。
とはいえ、無視してしまえば後にどんな行動に出られるか分かったものではない…と判断し、渋々ながらもそのコクメアー砦とやらに行く事を決めたのだ。
「魔王…。貴様、本当に子供達に慕われているのだな…」
教会を少し離れたところで、同行を願い出たメリッサが口を開く。その声色は明らかに感心している様子だ。
「違いますよメリッサ様。あれは、未だに私はあの子たちの信用を得ていないだけです」
しかし、そんなメリッサに対しディアナは静かに首を横に振った。どういう事だ? と、視線で疑問を投げかけるメリッサ。
「ご存じの通り、あの子達は孤児です。親に捨てられたのです。当然、その恐怖は心に刻み込まれており、先ほどの様子もその恐怖心から来た行動なのはいうまでもありません。あの子達の心が癒えるのにはまだまだ時間がかかるでしょう」
その視線に、悲しそうな目付きで答えるディアナ。しかし、その悲しく寂しそうなディアナの顔…そして聞くだけでも辛いその理由。
「―――まあ、信用は確かにまだ築けていないかもしれんが、慕われてはいると思うぞ。慕っているからこそ、その恐怖心が顔を出すのだ。どうでもいい奴にそんな感情は抱かん。子供はその辺素直だからな」
いたたまれなくなったのか、珍しくディアナを励まそうとするメリッサ。
「まあ…。ふふ、ありがとうございますメリッサ様」
そんな言葉を貰えるとは思ってもいなかったのだろう。一瞬、呆けたようにメリッサを見た後、嬉しそうに礼を言うディアナ。対して、メリッサは照れくさそうにフンっと鼻を鳴らしながらそっぽを向いた。
その後、一旦町に降りるディアナとメリッサ。魔族から接触があった事を自警団や町長に伝えるためだ。ディアナ曰く、情報共有は出来るだけしておいた方がいい…との事だ。
が、その過程でルドガ、アリアス、バジリア、ミルト、リュシアネル、ミティアの六人が同行する事となってしまう。ルドガ、アリアスは鍛錬目的、バジリアは興味本位、ミルト、リュシアネルはルドガが、ミティアはアリアスが行くなら…と着いてきたのだ。
「繰り言になりますが、油断はしないでください。穏健派とはいえ何をしてくるか分かりませんので…」
「おう!」「分かった」「望むところだ!」
ディアナの注意にアリアス、ルドガ、メリッサの三人が返事をしてから、各々を見遣りつつ頷く。先日の訓練で一緒にディアナと戦った影響か、この三人はなかなかに意気投合している様だ。
「では、行きます」
そう言って、右手を天に向けて掲げるディアナ。次の瞬間、ディアナ達の姿は強風にあおられた煙のように掻き消えてしまった。
「ここが…コクメアー砦…」
森の中に鎮座する石造りの建物を前に、思わず…と言った様子で口を開くミティア。砦の名に違わず堅牢そうなつくりではあるが、もう使われていないのかあちこちがボロボロだ。
「かつては、魔族の首都ケブラーンに辿り着く四つの関門の内の一つとして…そして、その中でも最大の障害として名を馳せた砦ですが…」
「魔王の暴走によりこのコクメアー砦を含む全ての関門…そして、ケブラーンは滅んでしまった。しかし、魔族達はこのころの隆盛を極めていたケブラーンを忘れられないのか、今の首都にもケブラーンの名を使っている。一般的には新ケブラーンと旧ケブラーンで使い分けているな」
そうして始まるディアナとバジリアの解説。それに耳を傾けながら、一行は砦の中に進む。が、少し進んだところで唐突に先頭のディアナが右手を上げて一行を止める。前方に三人の人物が現れたからだ。
男性が一人、女性が一人、老人の男性が一人だ。男性はディアナを男らしく大きく筋肉質に成長させたら、女性はやはりディアナを女らしく清楚に成長させたらこうなるだろう…と言った容姿だ。肌こそ魔族らしく紫だが、恐らくはこの二人が例のご子息とご息女だろう。
「おお……おお………っ! ディエスレ様……お久しゅう…誠に…誠にお久しゅうございます…っ!!」
一方、老人の方は何やら感極まった様子でディアナに話しかけてくる。
「―――もしかしてニアリート?」
対して、ディアナは少しの間老人の顔を見た後、驚きの表情と共に口を開く。
「なんと!? 当時は一小姓に過ぎなかった私の名を覚えて…!?」
「勿論です。特に貴方はあの子達の中でも優秀な子でしたからね。ここまで立派になるまで我が子の面倒を見てくれた事、感謝します」
「―――そのお言葉一つで………これまでの苦労全てが報われた気持ちでございます…」
老人…ニアリートの名を呼ぶディアナに驚愕の声を上げるニアリート。そして、その後のディアナの感謝の言葉にニアリートは深々と頭を下げる。
「ですが、魔王の子供…と言う割にはお二人ともだいぶお若いですね。年齢的には二百歳程でもおかしくはない筈ですが…」
「それは、貴方の伴侶であったネメアス様のご判断です。暴走したディエスレ様が討たれた後、直ぐにお二方を産めば迫害され討たれるとみて、魔術でお二方の成長を止め、百年以上のあいだお二方を身籠り続けながら身分を偽り隠れるように暮らしていました…」
「そうだ。貴様のせいで母は、ニアリートは、そして俺と妹は苦労したのだ。母上は無理な身籠りが祟り、苦しんで亡くなられた。ニアリートや俺達も何度も死にそうな目に合った…」
ディアナとニアリートの会話に唐突に割り込んでくる男性。その、ディアナを睨む両の瞳には確かな憎しみが宿っている。それは、男性の横にいた女性も同じだ。
「デ、デビエル様! サキュニ様もどうか穏便に…っ!」
「無理よニアリート。こうなったらもうデビエル兄様は止まらないの、知ってるでしょ?」
臨戦態勢を取る二人…デビエルとサキュニを慌てて止めようとするニアリート。しかし、サキュニは聞く気はなさそうで、デビエルに至っては最早聞こえてすらいない様子だ。
そして次の瞬間、瞬時に間合いを詰めたデビエルの掬い上げるようなアッパーがディアナの腹部に突き刺さった!




