月夜のお話
日も暮れようかと言う頃、ディアナが一人の自警団員を背中に担ぎ、恐らくはその団員の装備であろう槍を片手に持ち、とある小屋に移動していた。その団員だが、酷く疲労している様だ。
「失礼します」
と、一声かけ小屋の入り口を開けるディアナ。なんとその小屋の中には、ディアナと訓練をしていた者達ほぼ全員が疲労困憊と言う様子で横たわっているではないか。
「はい、ゆっくり飲んでね」
「さあ、落ち着いて飲みなさい」
その者達一人一人に、水の入ったコップを渡していくエリルとバジリア。そして小屋の中心では、前線には出ていなかった故か、無事な様子のミティアとリュシアネルが鎮座している。ミティアの持つ杖から放たれる淡い光は横たわる者達を包み込んでおり、リュシアネルは柔らかく耳に心地よい歌を歌っている。
「この方で最後です。では、私とメリッサ様は教会へと戻ります」
小屋の空いているところに背中の団員をゆっくりと横にした後、今度は同じく横になっていたメリッサを担ぐディアナ。
「うっ…。は、放せ…き、貴様…などに…気やすく…触れ…られる……覚えは…」
「何を言っているのです。貴女はマルドリッジに私の監視を頼まれたでしょう? 子供たちが寂しがるので私は教会に帰らねばなりません。なら、監視のために私について来るべきでは?」
弱弱しくも抗おうとするメリッサだが、ディアナはしょうがない人だ…とでも言わんばかりの笑みと共にその抗いを軽くいなす。対するメリッサだが、疲労で頭が回らないのか、特に反論もせず「う…うう…」と悔しそうに呻くのみだ。
そして、一礼と共に小屋を後にするディアナとメリッサ。そうして暫くの間、リュシアネルの歌声以外に無音だった小屋内だったが、時間をおいてようやくビューイがゆっくりと上体を起こす。
「ぐ…ぬっ…。ふうっ、何とか…体が動かせる…くらいには回復したようだ。リュシアネル殿、ミティア殿、礼を言う」
「い、いえ…」
「礼には及びません。私が暴走してしまったのがそもそもの原因ですので…」
ビューイの礼に、少し遠慮がちに返事をするミティア。一方、リュシアネルは言葉通りに申し訳なさそうに項垂れている。
「ふー、ミティアの癒しの魔術はやっぱきくなぁ」「リュシアネル様の癒しの祝詞も心地よかったぜ」「ああ、叶うならもっと聞かせて貰いたいくらいだ」「でもよ、聞き過ぎたらまた効果が出すぎちまうんじゃねえか? あの…聖戦の祝詞…だったか? みたいに」「あれなぁ…」「聞いてる内は良かったんだ。際限なく体の内側から力が湧いて来るみたいで」「けど、終わった後の脱力感の凄まじさときたら!」「ああ、まじやべぇよ…。冗談抜きで指一本動かせなかったからな…」「際限なく能力を上げ続ける祝詞…一見、夢が詰まってるように見えるが…」「まあそりゃ、上げ過ぎて限界を越えちまったら反動が来るのは当然だわな…」
ビューイに続き、何とか起き上がれるくらいにまでは回復したらしい団員達が、口々に雑談をし始める。その内容を聞く限り、死屍累々だった原因はどうやらリュシアネルの祝詞の効果が強く出すぎてしまったからの様だ。
「控えめな振る舞いに反して、物凄く情熱的な性格だからな。リュシアネルさ………リュシアネルは」
「後、歌を歌うのも大好きだもんねリュシアネル様! 私もリュシアネル様の歌声大好き!」
「皆の気炎にあてられ、歌に力が入り過ぎました…。すべて私の不徳の致すところ。もっと精進しなければなりませんね…」
ルドガとエリルのフォローに、しかしリュシアネルは恥じ入るように顔を赤くして俯くばかりだ。
「しかし、それ程までに強化してもらって尚、結局ディアナ殿には一撃も当てられず…でしたな」
「うむ…しかも始終片手で防ぎきられてしまった…。リュシアネル殿の祝詞が極まったあたりは儂の力もほぼ全盛期に戻っておった。その渾身の我が剛剣をそよ風の如く止められた時は、流石に血の気が引いたわ。まさかあれ程までとは…」
一方、二ドレとビューイはディアナの恐ろしいまでの戦闘力について語り始める。これを皮切りに小屋内の雑談は先ほどの訓練の内容へと変遷し、各々が心境を吐露していくのだった。
「ほら、月が綺麗ですよメリッサ様」
教会への帰り道、煌々と輝く満月を見つめながらのディアナの言葉。
「―――一つ答えろ魔王。何故、あの町を発展させた?」
しかし、メリッサはその呼びかけを無視して質問をぶつける。
「メリッサ様はもう少し情緒という物をお考えになった方がよろしいかと…」
「ふん、貴様などとなれ合うつもりはない。第一、何か話をしたかったから、町へ降りた時の様な遠飛の魔術が使えるにも拘らず、こうして歩いているのだろう? なら、話を振っただけまだ有情だと思って欲しいものだ」
残念そうに肩を落とすディアナに、追撃を決めるメリッサ。「バレてましたか…」とでも言わんばかりの乾いた笑い声をあげた後、ディアナは語り始めた。
「何かあったときに、自力で脅威を跳ね除けられるようになってほしかったからです。私を育てた…と言うだけで、狙われる理由は十分ですからね。メリッサ様の様に話を聞いて頂ける方ならともかく、あのミスティラの様な話を聞かない蛮族が攻め入ってくる可能性も十分考えられます」
「私も、あの子供たちの対応がなければ、話を聞く気など無かったがな…」
その語りの最中にボソッと呟くメリッサだったが、聞いているのかいないのか、ディアナは構わずに語り続ける。
「無論、各種族の貴族、王族の連中も黙ってなどいないでしょう。彼等の中にはあの魔王討伐戦に参加した者達も一定数います。人間と違い、彼らは長命ですからね。特に、一番最初に狙われ、徹底的に振りまかれた炎毒の爪痕に未だに苦しめられているという妖精族は、その恨みで町が狙われる可能性が非常に高いです」
この辺りは悲しげに語るディアナ。そして、メリッサも辛そうな表情で歯噛みしているのを見るに、どうやら実際にその妖精族というのを見た事がある様だ。
「そして…。ルドガ様達の仇である例の盗賊。奴もこの町に来るでしょう。近いうちに必ず…」
「何…? 何故わかる?」
「魔王の鎧ですが、あれは魔王意外に扱えるような代物ではありません。それを無理に装備などすれば、その反動が来るのは明白。状況的には、先ほどのリュシアネル様の聖戦の祝詞を延々聞かされている様なもの。心身ともに崩壊していくのは明白です。事実、ビューイ様を襲った時は一躍悪名が轟き方々で暴れていたそうですが、今はその様な盗賊の話を聞いた事がありません。恐らく、もう心身が限界で迂闊に動く事もできないのでしょう。そのボロボロの体を治すべく、この町に…ひいては私に会いに来るであろうことは想像に難くありません」
ディアナの断言からの推察に、メリッサはむむ…と唸る。確かに、話を聞く限りではかの盗賊が町にやってくる可能性は非常に高い。が、必ず…と言われると疑問に思うのも無理はないだろう。
しかし、そんなメリッサの思いを他所に何故かディアナは歩む足を止めてしまった。
「そういう諸々の理由で、私もこの町から離れたくはない…のですが、無粋な輩はいちいちそんな事を考えてはくれないんですよね…」
そう言って、振り向くディアナ。その視線の先にはいつの間にいたのか黒いフードで全身を覆った人物が立っているではないか。
「ディエスレ様。貴方のご子息とご息女からです。どうかご一読を…」
黒いフードの人物は、ディアナに一通の手紙を押し付けてそのまま闇に溶けるように消えてしまった。
「な、何だアイツは…!? でぃ、ディエスレ…だと?」
「ディエスレは前の魔王の本名です。という事は、あの人も魔族でしょう。さて、一体何が書いてあるのでしょうか…」
驚き辺りを見回すメリッサに、ディアナは簡潔に説明しつつ、手渡された手紙をじっと見つめる。その表情には、迷惑そうな色がありありと浮かんでいた。




