ディエスレは名君?
「ふーん、天人の占いで女難の相ねえ…。まあ、確かに天人の占いは当たるっていうけど、だからって出会う女性全てに惚れられるとか流石にありえないでしょ。現に私は君に関心なんてないし」
「そ、そうか…。そうだな…。考えすぎだよな…」
お通夜だった理由を聞いたサキュニは困惑気にしながらも関心はないと断言する。その言葉にルドガは胸をなでおろし安堵した様子を見せる。
「じゃあ、なんでるどがのかたきうちを手伝ってくれるんだ?」
が、ここにミルトからの疑問。その両眼には猜疑の色が見え隠れしている。
「―――まあ、親の仇を討ちたいって気持ちは分かるからね。私と兄様も、父を母様の仇として長年恨んで過ごしてきたし…」
その問いに、ルドガ達からフイッと目を知らし、若干悲哀の感情をだしながら答えるサキュニ。ただ、悲哀が少し強めに出ているというだけで、他にもいろいろな思考や感情がまぜこぜになっている様子だ。
そして、そのサキュメをただじっと見つめているリュシアネル。表情もないため、思考を読むことができない。
「ま、私の事はいいでしょう。それよりも、父はいつまで祈っているつもりなのかしら?」
そう言って振り返るサキュメ。その視線の先には、砦の中にあった数個の墓の前で跪き祈りをささげているディアナの姿が。
「ふん。かつて、自らの手で葬った者達への手向け…の、つもりか。殊勝な事だが、自分を殺した相手からの祈りなど、迷惑以外の何物でもないだろうよ」
そんなディアナの姿を、ふんと鼻を鳴らし腕を組んで見下すのはデビエルだ。声色から表情から態度から、何から何まで嫌悪感をこれでもかと発している。
「たとえそうだとしても、謝罪の祈りは必要だと判断なされたのでしょう。流石、ディエス………いえ、ディアナ様だ。暴走する前、名君と呼ばれていたあの頃と何の変りもありません」
一方、同じくその姿を見ているニアリードは懐かしそうにしている。まるで、在りし日の記憶を辿っているように…。
「名君? やはり…魔王ディエスレは名君だったのか!?」
が、その時発した名君と言う言葉に、不意にバジリアが大きく反応を示した。
「む? そなたは…」
「おお! 申し遅れましたな! 私はバジリアと言う者。人間の国で言語学と歴史学を専攻しています」
「へ? バジリア先生って言語学専門じゃないのか?」
訝しむニアリードに、バジリアは近づきながら自己紹介をする。しかし、その内容にアリアスが驚きの声を上げた。
「うむ。実を言うと歴史学こそ本来の私の専攻なのだ。ただ、歴史を知るにあたって言語の壁はどうしても越えねばならん。そうして学び続けているうちに、言語学の権威などといわれるようになってしまったのだ。私はただ、歴史を紐解きたいだけだったのだが…」
僅かながら不本意そうに語るバジリアだが、その内容ゆえにメリッサ以外の全員から感心の声が上がる。メリッサだけはこの事を知っていた様だ。
「いや、私の事はいい。ニアリード殿。もし差し支えなければ、名君と呼ばれていた頃のディエスレの話をお聞かせ願いたい!」
「ディエスレ様のお話か…。うーむ、ならば………」
そうして始まったニアリードとバジリアの対談。バジリアは始終ニコニコと上機嫌にニアリードの話を聞いていた。一方、ニアリードの方も最初こそ少し困惑していた様子だが、段々と興が乗ってきたのか話す声に力が入り始める。
「あのマジーヌ国総長に向かって毅然と言い放ったのには痺れた! これがディエスレ様だ! 我ら魔族の長なのだ! と、心から称賛したな!」
「うーむむ…。自国の民の事を考えつつも、魔族としての威厳も忘れない。これがかつてのディエスレか…」
興奮気味に語るニアリードに、バジリアもうんうんと頷いている。が、ここで急にニアリードの声のトーンがガタ落ちしてしまう。
「しかし…。そのわずか一年後の事だった。ディエスレ様が突然暴走を始めたのは…。そして、それ以降はそなたや周りの知っている通りだ。ディエスレ様…一体…一体何があったというのだ…」
ニアリードの悲痛な言葉。そのあまりの落胆ぶりに、バジリアは勿論周囲で話を聞いていた他の者達も声を掛ける事が出来ない。
「―――しかし、こう実際に近くにいた者の話を聞いてもなお信じられん…。あの魔王が実は名君だったなどと…」
「う、うむ…。正直、自分も強烈にディエスレ様に心酔している自覚はあるので、少し話を盛り過ぎておるかもしれん…」
そのなかにおいてポツリと呟くメリッサ。それにニアリードも少し申し訳なさそうに反応する。
「何を言うメリッサ君! ディエスレが実は名君であったという説は歴史学者なら必ず通る道だ! 魔族の国は竜人の国、天人の国、そしてマジーヌの国という三つもの強国と隣接している。更に土地も決して肥沃とは言えぬ。まあ、土地については魔族達の自業自得ではあるのだが、この状況で国を隆盛させるなど名君でもなければ不可能だ…と言うのがこの説の根拠だ。そして、今のニアリード殿の話でこの説はがぜん真実味を帯びてきたという訳だ…っ!」
だが、そんなメリッサとニアリードをバジリアが一喝する。その時のメリッサの驚愕の表情を見るに、ここまで感情をあらわにするバジリアを見るのは初めてなのだろう。
「となると、ますますわからないのは突然の暴走か。一体なぜ、そんな名君が暴虐の限りを尽くす恐ろしい存在に成り果ててしまったのか…」
そう言って考え込むアリアス。釣られるように隣にいたミティアも考え込むが、
「そんなこと考えていても埒が明かん。そこに本人がいるのだから聞けばよかろう」
間髪入れずにデビエルからツッコミが入る。
勿論それはそうだ。本人がいるのだから聞けばいい。…が、内容が内容だけに聞き辛いのも事実。
「―――うん、これくらいでいいかな…」
間が良いのか悪いのか、ここでディアナが立ち上がる。どうやら祈り終わった様だ。
「おい親父。一つ教えろ。なぜ貴様は突然暴走など始めたのだ?」
即座にデビエルが問い質すが、その遠慮も何もないぶっきらぼうな聞き方に、サキュメ以外の全員が大慌てでデビエルを止めようとする。
「暴走の原因ですか? ごめんなさい、それはちょっと教えられないんです」
「何故だ? 今更隠す事でもあるまい。それとも、実は憂さ晴らしがしたかっただけで原因などないとかか? 成程、これなら納得だ。無い物を教えるなどできんからな」
「おい! てめえいい加減に…っ!」
丁寧に頭を下げるディアナに、しかしデビエルはあくまで喧嘩腰かつ挑発口調で突っかかる。流石に酷いと感じたのかアリアスがデビエルの胸ぐらをつかもうとするが、
「お恥ずかしながら、デビエルの推察は当たらずとも遠からず…と言ったところなのです。勿論、そうなった原因はありますが、それも私の見通しがそもそも甘かったという前提が付くので、総合的には私の不明が引き起こした参事…と言って間違いありません」
まさかのディアナの肯定の言葉。これにはアリアスや他の者達も口をつぐむしかなく、
「何をいけしゃあしゃあと…っ! 貴様のその気まぐれのせいで、俺は…妹は…ニアリードは…そして、母さんは…っ!」
再び逆上寸前まで血が上ったらしいデビエルがディアナの胸ぐらをつかみ、鼻が当たりそうなほどに顔をひきつけ怨嗟の声をぶつける。
「ごめんなさい…」
対して、ディアナは謝るのみだ。無論、こんな事でデビエルの感情は収まりはしないだろうが、さりとてここでディアナを感情のまま殴り倒してもダメージは与えられない。
「―――くそったれ!!」
吐き捨てるようにそう叫ぶと同時に、ディアナを地面に叩きつけるデビエル。そして、ゆっくりと立ち上がったディアナは、怒りと無力感にブルブルと震えているデビエルに向かっていつまでも深く頭を下げるのだった。




