古城に戻る
翌日、分からずやのアイザック=フレッカーさんの事務所を訪れた私は、コーヒーを一口飲んでから口を開く。
「ということで、私はアランと一緒に一度、城に行くことになりました」
簡潔明瞭に報告すると、フレッカーさんはグフッと大口で頬張ったサンドイッチにむせていた。急いでコーヒーを飲み込み、胸を叩いてから、ようやく落ち着いたように息を吐く。私の方を見た時にはとんでもないバカを見るような目をしていた。ちなみに、彼が食べているサンドイッチは、私が作ってもってきたものだ。そうでもしないと、この人はドアの前に立ち塞がって私を通してはくれない。けれど、サンドイッチという通行税を払うと、ようやく事務所に通してもらえるのだ。私は何度も無駄足を運んだあげくに、そのことをようやく学んだのである。ちなみに、フレッカーさんはトマトが嫌いだ。だから、サンドイッチの中身はポテトサラダ。もう一種類はベーコンとチーズだ。どちらも気に入ったのか、彼の口から今のところ不満と文句は出てこない。
「いったい、どこのアランだ? 君の話は脈略がなさ過ぎる」
「アラン=モーティルさんよ。昨日、図書館で出会ったの。これは運命の出会いじゃないかしら? 彼、城の骨董品に興味があるそうで、一度見て見たいというの。お金持ちそうだし、なかなかの美男子だし、信用できるんじゃないかしら?」
私がコーヒーを啜りながら答えると、相変わらず事務所ではネクタイを外しているフレッカーさんは、頭でも痛いのか顔をしかめて額を押さえていた。これは、あれね。強めの頭痛薬が必要そうだわ。いつも、仕事のしすぎなのよ。あと、コーヒーの飲み過ぎね。彼の部屋はいつもコーヒーのきつい匂いが充満している。私が換気しなければ、数分で気持ち悪くなっていたところだ。
「お嬢さん。率直に言おう。そいつは詐欺師だ」
哀れむように言われて、私はムッとしてコーヒーのカップを受け皿に戻した。
「どうして、そう言い切れるのよ? 親切そうな人だったわ。それに歴史にも詳しいのよ? 学のある人には間違いないわ。スペンサー伯爵家のこともよく知っていたのよ?」
「どこもかしこも怪しいだろう。そもそも、モーティルという名も本名かどうかわからないんだぞ」
「あら、貴族ではないの? 雰囲気からしてそう見えたけれど?」
「無知なお嬢さんは知らないかもしれないが、いくらでも貴族風に装うことくらいできるんだ。どこの家柄か名乗ったのか? 住んでいる場所は?」
「えっと、知らないわ……」
首を竦めて声を小さくすると、ますますバカにした顔をされる。
「そんな素性も定かでないような怪しいヤツを、城に招くつもりなのか?」
「だって、約束してしまったもの。それに、骨董品を見せるだけよ。歴史的価値の文化財に興味を持っている教養のある方だわ。もしかして、貴族じゃなくても古物商なのかも?」
首を傾げると、大げさにため息を吐かれる。
「そいつが盗賊の首領だとか、新しい根城を捜している犯罪者だとか、少しは疑え!」
「だって、うちの城なんて何の価値もないと言ったのはフレッカーさんじゃないの。だったら、ガラクタしかないようなオンボロの城に盗みにやってくる人なんていないと思うわ。いたとしたら、もっと早く持ち出していると思うわよ。お祖父様から亡くなってから、何年も放置されていたんですもの。その間に、空き巣なんて入りたい放題よ」
おずおずと言い返すと、フレッカーさんは一瞬黙ってサンドイッチをつまむ。それを口に押し込み、モグモグと咀嚼していた。目を瞑って頬杖をついているのは考え込んでいるからだろう。ゴクッと呑み込み、コーヒーを一口飲む。ようやく考えがまとまったらしい。
「確かに、それもそうだな」
「そうでしょう? それに、海賊のお宝があるかもしれないなんて、ちょっとワクワクするでしょう? きっとそれで興味を持ったんじゃないかしら?」
「で、その海賊のお宝とやらが出てきたら、丸ごとそいつにくれてやるわけか?」
「まさか! そんなケチな人じゃないわよ。私は大学に行く学費と、おばさんたちのお店を建て直せるくらいのお金が入ればいいの。それ以上のお金なんて必要ないもの。でも、城は買い取ってもらえそうにないし、それなら宝探しに期待してみたほうがいいと思わない?」
「まったく思わないな。そもそも、そんな眉唾な話を真に受ける方がどうかしている。今時、子どもでもそんな冒険小説みたいな話はまともに信じないぞ。君の頭の中はどうなっているんだ?」
「信じないというなら、別にそれでもかまわないわ。いいわよ。アランと一緒に、絶対にお宝を見つけるんだから。その時になって悔しがっても知らないわよ。じゃあ、そういうことだから、私は明日の記者でアランと一緒に城に戻ります。ごきげんよう、さようなら。フレッカーさん」
皮肉をたっぷり込めて立ち上がると、クルッと足の向きを変えてできるだけ足音を鳴らしながら事務所を出て行く。フンッとドアを強く閉め、「覚えてなさいよ!」と捨て台詞を吐く。
「もし、お宝を見つけても、あの人には少しも分け前をあげないんだから!」
私は腹を立てながら、事務所の外階段を駆け下りていった。
まったく、ロマンがわからないつまらない人だわ!
◇◇◇
それなのに、なぜか翌日の列車には、私とアランだけではなく、フレッカーさんも乗っていた。一等客室の個室だ。他に開いている個室がなかったのだから仕方ない。
「どういう風の吹き回しなのかしら?」
昨日は散々、私のことを小馬鹿にしていたっていうのに! ちゃっかり列車に乗っているんだから。
「たまたまあちらに用事があったから、ついでに君が言う物件の下見をしておこうと思っただけだ」
腕と脚を組んだまま、フレッカーさんは不機嫌そうな顔をして答える。
「そんなことを言って、本当は海賊のお宝に興味が出たんでしょう?」
「ああ、そうだな。本当にそんなものが出てくるなら興味深いところだ」
そう言いながらも、お宝が出てくるなんて少しも信じていなさそうだ。
もしかして、私が騙されないように心配してくれているのだろうか。
(そんなわけがないわね……きっと、今になって他の誰かに城を買い取られるのが惜しくなったんだわ)
きっとそのくらいのことだろう。
「初めまして。僕はアラン=モーティルと言います。アイザック=フレッカーさんですよね?」
アランは極めて友好的な態度で握手を求める。フレッカーさんは彼を一瞬見てから、「どうも」と素っ気なく答えて握手に応じていた。こちらは、極めて非友好的な態度を少しも崩そうとしない。アランのことを詐欺師だと疑っているのだろう。私が申し訳ない顔をすると、アランはニコッと微笑む。この程度の無礼を寛容に流せる人でよかったわ。
「不動産王の顧問弁護士をされている有名なフレッカー氏と、お会いできるとは思ってはいませんでしたよ。あんたにアポイントを取るのはかなり難しいという噂でしたからね」
「そうなの?」
確かに、彼は一日中忙しそうだが、事務所に押しかければいることが多い。
「よほどのコネか、紹介状がなければ難しいと言われているね。君がどうやって彼と知り合いになれたか、教えてもらいたいくらいさ」
「別に大した理由はないわ。サンドイッチを提供しただけよ。うちのおじさんとおばさんが、ベーカリーをやっているから」
「サンドイッチ? それだけ?」
「ええ、それだけ。フレッカーさんは、いつもお腹を空かせていて昼食を取る暇もないのよ」
呆れて言うと、向かいに座っているフレッカーさんに軽く睨まれてしまった。余計なことを言うなと目で訴えてくるけれど、そんなことは無視しておく。それにしても、やっぱり彼に話を聞いてもらえたことは随分ラッキーなことだったのね。それにしても、それほど多忙なくせに、どうしてわざわざついてくる気になったのか。
「失礼だが、なぜ古城に興味を?」
ようやく、不機嫌なフレッカーさんが口を開く。
「実はノイス大学で歴史学を教えているのです。それで、歴史遺産を巡るのが趣味というか、研究の一環なんです」
「えっ、大学の講師の先生? 教授なんですか?」
驚いて私が聞くと、アランは「いいや、ただの助教授だよ」と首を横に振る。
「それでもすごいわ! ほら、やっぱりおかしな人じゃなかったでしょう?」
私は疑り深いフレッカーさんに向かって胸を張る。
「なんなら、大学に問い合わせてもらってもかまいませんよ?」
「でも、大学の講義は大丈夫なんですか? しばらく、城に滞在するのでしょう?」
「ああ、それは心配ない。冬期休暇に入ったからね」
「ああ、なるほど。ああ、でも城はかなり寒いので覚悟しておいてくださいね」
「その心配は必要ないよ。仕事からどこでも寝られるから。野宿でも平気なくらいさ」
「さすがに野宿よりはマシだと思います」
私はクスッと笑って答える。そんな会話をしている私とアランを、フレッカーさんは眉間に皺を刻んだまま面白くなさそうな顔をして眺めていた。それとも、寒いのが嫌いなのかしら?
なんにせよ、歴史に詳しい人が同行してくれるのはありがたい。
「フレッカーさんは、うちの城はオンボロで少しも価値がないと言うんですよ? 確かにオンボロですけれど、見る人が見れば、十分に価値を理解してもらえると思うんです」
「そうだね。歴史的な建造物も管理者がいなくなって取り壊されてしまうことは少なくないんだ。貴重な文化遺産が失われてしまうのは研究者としても忍びなくてね。せめて、壊される前に実地調査だけでもさせてもらえればいいんだけど。それにも費用がかかるから……けれど、レイモンド=スミス氏はかなり貴重な城や宮殿を買い取って保全と修繕を行っている。彼の事業は素晴らしいと思うよ」
さりげなく、アランはフレッカーさんに気を遣ってくれているみたいだ。話を振っていたけれど、アランは窓の外を眺めていて知らんぷりをしている。まったく、その態度はどうなのよと私は眉を吊り上げて睨む。その顔が窓に映っていたようで、「なんだ?」と彼が迷惑そうにこちらを向いた。
「いいえ。歴史的建造物についてどう思っているのか、フレッカーさんの見解を聞いて見たいと思っただけよ」
「見解? そんなものはないな。金になりそうなら誰かが買うだろうし、そうでなければ放置されて朽ちるか壊されるだけだ」
「ね? これでわかったでしょう? フレッカーさんはお金と時間の亡者なんです。それ以外のことにッ興味があるとしたらサンドイッチくらいね」
肩を竦めてみせると、アランは隣で声を抑えて笑っていた。フレッカーさんは、「勝手なことを言うな」と顔をしかめている。
「だって、本当のことじゃないの。あっ、そうだ。あちらの城には残念なことに湿気た紅茶しかないの。途中、どこかでコーヒー豆を買えるかしら? フレッカーさんが来るなんて思わなかったから、準備なんてしていないわ」
「それは用意してきたからいい」
フレッカーさんは窓の外を眺めながら答える。
「気が乗らないような顔をしながら、準備万端じゃない」
「出かける時には常備しているだけだ」
「本当は、宝探しを楽しみにしているんじゃない?」
ちょっと意地悪く聞いてみたけれど、それは軽く無視されてしまった。
「楽しい冒険ができそうだね」
アランは私を見ると、そう言って微笑む。
「まったくだわ」
このメンバーは想定していなかったけれど。




