図書館での出会い
私が相談を持ちかけた、アイザック=フレッカーさんの反応は今ひとつだった。今ひとつどころか、「なんだって?」といかにも哀れむような目をして私に聞き返す。なにを寝ぼけたことを言っているんだろうという顔をして、その呆れ果てた心情を隠そうという気はさらさらないようだった。だから、私は胸を張って「ですから!」と声を張る。
「あの城に、もしかしたら海賊の宝が眠っているかもしれないんです! どうです? 驚いたでしょう?」
「ああ、驚いた。そんな与太話を信じるのは五歳児までだと思っていたからな。で、君はその夢物語を信じてやってきて、私の貴重なランチの時間を邪魔したというわけか。まったく、お嬢様。あんたは、人の迷惑ってやつを少しは考えたことがあるのか?」
うんざり気味に答えながらも、フレッカーさんは私が差し出したサンドイッチとマフィンをパクパクと食べている。お腹は空いていたらしく、手は止まらない。私はテーブルに置かれたポットを取って、空になっている彼のカップに紅茶を注ぐ。彼は感謝の変わりに一つ頷いて、その紅茶をゴクッと飲み干していた。こうして見ると弁護士でお金持ちそうなのに、その所作はあまり上流階級の人間に見えない。私みたいな庶民の小娘相手に、作法など無用だと思っているのかしら。まあいいんだけど。私も畏まった態度で接するのは苦手だ。むしろ、今のフレッカーさんくらい砕けた態度の方が親しみやすく、話しやすい。
「すぐに信じられないのはわかりますとも。私だって、お祖父様の手帳を受け取らなかったら、そんな話は少しも知らなかったのだし」
「祖父の手帳? それは故スペンサー伯の遺品ということか?」
ようやくフレッカーさんの興味を引けたらしく、彼は手をハンカチで拭って私を見る。その目には不審感とわずかな興味が浮かんでいた。
「ええ、そうです。伯爵家の顧問弁護士をしていらした先生がお祖父様から受け取って、私に渡してくださったんです。自分より、私が持っていた方がいいからと。お祖父様は屋敷に籠もって、あの城や近隣の逸話や伝説を集めて手帳に記録していたんです。それがこれ」
私はバッグから、古びた革表紙の厚い手帳を取り出す。フレッカーさんは、「見せてもらってもいいか?」と手を伸ばそうとする。けれど、私はサッと手帳を引っ込めた。これは貴重な取引材料だ。
「簡単にお見せするわけにはいきませんね。あなたが協力してくれる保証なんてないんですもの。貴重な情報を目にしてから、一人でお宝を探し出すつもりかもしれないでしょう?」
私は澄ました顔で、片目だけ開けて彼を見る。そう、この手帳はお預けだ。ヒラヒラ降っていると、案の定、フレッカーさんは渋面を作る。
「どうせ、大したことは書かれていないのだろう?」
「どうかしら? でも、海賊の宝なんてワクワクするでしょう? 調べてみたいと思わない? これが本当だとすれば、うちのあのオンボロな城も誰か買う気になるかもしれないわ。あなたが言った、価値を示すことになるでしょう?」
「あるかないかわからない真偽不明のお伽噺で吊ろうというのが、最初から無理な話だ。そもそも、探す手間と労力がかかる。その上、見つけたとしても運び出せないような場所にあれば? その分の費用がかさむ。海賊の宝とか、沈没船の宝とか、そういった類いのものは得てして、財宝の価値よりも、引き上げる費用の方が嵩むんだ。大赤字だよ。そんなものに手を出すなんてバカのすることだ」
紅茶をゆっくり飲みながら、フレッカーさんは肩を竦める。私は「むーっ」と、頬を膨らませた。この人、相当手強い! けど、こちらとしても引けないんだから。
「じゃあ……どうすればいいんです?」
「海賊のお宝があるという確たる証拠。信憑性のある情報。それが城の中にあるならまだ所有者は君だと言えるが、どこか別の場所にあるなら所有権の問題が生じる。そもそも、本当に城にあると書かれていたのか?」
「いいえ……スペンサー伯爵家が海軍提督だったのはご存じでしょう? それで海賊討伐を行っていたんです。押収した船を領内のどこかに隠した、という噂があるんです。もう何百年も前の話ですけど……」
私は渋々、手帳に記されていたことの一部を打ち明ける。もちろん、全部は話せない。それでは、この手帳の価値がなくなってしまう。
「それだけでは土台、無理な話だな。せいぜい、その情報の裏付けがないと」
「じゃあ、その裏付けを一緒に捜してもらえませんか?」
「は? なぜだ?」
あからさまに嫌そうな顔をするフレッカーさんに、「あのお城を売るのを手伝ってほしいからです」と率直に答える。フレッカーさんは、不動産関係の手続きに詳しい弁護士だ。その手の仕事はいくつも手がけているだろう。なんといっても不動産王のレイモンド=スミス氏の顧問弁護士でもあるのだ。
「すっごくいいお城なんですよ? 景観は最高です!」
「断崖絶壁にある今にも崩れそうな古城だろう?」
「風情がある歴史的遺産です!」
「ものは言いようだが、つまり老朽化していてオンボロという意味だ」
「謎めいて神秘的だし、お宝つき物件として売り出してみては?」
「お宝が本当についてくるならいいが、なければただの詐欺だ」
「もーっ、あなたにはロマンというものがないの!?」
私は立ち上がって、ビシッとフレッカーさんを指差す。
「ロマンじゃ金は動かせないんでね。世間知らずのお嬢さんは知らないだろうが」
「そうですか。わかりました。では、お宝があるという証拠を集めてからまた来ます。その時には、絶対、唸らせてやるんだから!!」
私は負け惜しみに言い捨てて、フンッと踵を返す。
「ああ、今度来るならマフィンは忘れないでくれ。チョコチップ多めのほうが好みなんだ」
ニヤッと笑ったフレッカーさんは、マフィンを大きな口で頬張っていた。私は顔をしかめて部屋を出ると、強くドアを閉める。
「相変わらず、失礼で気に食わない人だわ!」
多分、大きな声で言ったから、中のフレッカーさんにも聞こえただろう。けれど、かまわない。あの人は傲慢で守銭奴で、鼻持ちならない人だ。私はイライラしながら、外階段を下りていった。
今度のマフィンは絶対チョコを少なくしてやるんだから。
◇◇◇
その帰りに、私は王都にある一番大きな図書館に向かった。一階は小説や伝記類、新聞などが置かれているため利用する人は多かったけれど、歴史関係の本や専門書が並んでいる二階のフロアはひとんど人がいない。静かで埃っぽい図書館独特の匂いがする。歴史関係の棚の前で、関係のありそうな本を探す。けれど、どれから読めばいいのかさっぱりわからない。とりあえず、私のご先祖様のスペンサー伯爵が海軍提督だった頃の記述がある本が読みたい。『王国海軍防衛戦略史』と書かれた分厚い本を見つけて手を伸ばす。けれど、上の方にあるためつま先立ちになっても届かない。「えっと、踏み台……」と、私は辺りを見回した。その時、「これですか?」と後ろから手が伸びて本を取り出してくれた。驚いて振り向くと、やけに身なりのいい金髪の青年が立っていた。女性がこの場にいれば騒がれそうなほど調った容姿で、背も高い。
「あ……ありがとうございます」
私はちょっとドキドキしてしまって頬が赤くなった。それを誤魔化すように受け取った本を胸に抱く。彼の視線はその本の背表紙に向けられていた。
「随分と難しそうな本を読まれるのですね」
「えっと、ちょっと調べ物をしているんです。でも、どれから読んでいいのかわからないので、関係のありそうな本から手に取っているだけなんです」
「調べ物ですか? よければ、本を探すのをお手伝いしましょうか? 海軍に興味がおありで?」
「えっ! いいんでしょうか。でもお時間を取らせてしまいますよ?」
パッと顔を上げて訊くと、彼はニコッと微笑む。その笑顔だけで、きっと女性の心を射貫いてしまうだろう。どこかのイジワルな弁護士先生とは大違いだ。彼の仏頂面を思い出して、私は一瞬だけクスッと笑ってしまった。
「どうかなさいましたか?」
「ああ、いえ。他のことを考えていただけなんです。ご迷惑でなければ、少しだけ手伝ってもらってもいいですか?」
「ええ、もちろん。それで、なにについてお調べを?」
「えっと……それがスペンサー伯爵家について調べているんです」
私が答えると、彼は意外そうな顔をして「スペンサー伯家ですか?」と聞き返す。
「はい。実はちょっとした血縁で……祖先の功績を知りたいと思ったんです」
「スペンサー伯爵が亡くなられてから、継ぐ者がいないと聞いていましたが……」
「爵位を継いだわけではないのです。遺産をちょっと受け取っただけで」
私は少し慌てて答えた。女伯爵として爵位を継ぐことはできるだろうけれど、色々と手続きも面倒そうだし、私は貴族令嬢になりたいわけではない。申し訳ないけれど、祖父の遺産である城も売るつもりだ。そもそも、貴族といっても領地もないような没落貴族だ。継いだところで、いいことなんて一つもなさそうだ。ご先祖には申し訳ないけれど、とりあえず血だけは絶やさずに継承する気はあるから、それで許してほしい。うん、今のところ、全然相手は見付からないし、結婚の見込みもないんだけどね。
「それは……なるほど。そういうことでしたか」
青年は口に手をやって考え込んでいる。
「あの……失礼ですが、貴族の家柄に詳しいのでしょうか?」
「ああ、ええ。まあうちも一応はそうですからね。ただ、詳しいというほど、詳しくはありませんよ。私も歴史は好きなので、スペンサー伯爵家のことは少し知っていただけです」
「そうなのですね!」
それは渡りに船だ。私が期待を込めて見つめていると、彼がフッと笑う。魅力的な笑みだ。
「実は私も軍に属しているので、イーデン=スペンサー提督のバーデミン海戦での活躍はよく知っています。その戦術は今でも授業で扱われるほどなんですから」
「あの、そのお話、詳しく聞かせてもらってもいいでしょうか?」
「もちろんです。何が知りたいですか?」
「えっと、うちのご先祖が海賊と戦ったという話を聞いたんです」
「ええ、もちろんですよ。海賊を掃討した話も有名です。それなら……こちらの本の方が詳しいかな」
青年は本棚から二冊ほど本を取り出して、私に渡す。
「ありがとうございます。助かります」
「……よければ、場所を変えてお茶でもどうです?」
「えっ! でも、迷惑になるのでは?」
「いいえ、かまいません。この下にカフェがあるのです。そこなら落ち着いて話ができますよ。それに、ケーキが格別においしいんです」
彼はそう言って、イタズラっぽくウィンクした。そう言われては、断る理由なんてない。この誘惑に勝てる女性なんてそうそういないだろう。それに、図書館内にあるカフェなら噂になることもなさそうだ。
◇◇◇
アラン=モーティルと彼はそう名前を教えて。名のある家のようだけれど、私は詳しくわからない。それをわざわざ訊くのも品がないように思えて、私はその名前を覚えておくことにした。階級なんて私のような庶民には関わりないことだ。なにせ、私は生まれも育ちも庶民だ。ただ、ちょっとばかり、貴族の血を引いていただけ。
図書館内にあるカフェテラスは、想像していたよりもずっと広くて立派だった。窓際の席は大きな窓があって明るい。しかも庭に面している。テーブルクロスが敷かれていて、給仕の人もきちんとしたお仕着せを着ている。貴族や金持ちの人が利用するからだろうか。貴族令嬢や奥様たちが談笑している。
「どれでも好きなケーキを頼むといい。私のオススメは、ラズベリーのムースケーキかな? あと、レモンのタルトもおいしいんだ」
ワゴンで運ばれてきたケーキを見て、私は目を輝かせる。どれも美味しそうで、迷ってしまう。
「えーと、それなら……」
「迷うなら、両方頼めばいいよ?」
「いいえ、一つで十分よ。ラズベリーのムースケーキをください」
私は給仕の男性に頼む。アランは「じゃあ、私はタルトを」と頼んでいた。
ケーキに移してもらったムースケーキを、紅茶と一緒にいただく。甘酸っぱくてムースもフワフワで確かにこれはおいしい。上に飾られている板チョコもおいしくて頬が緩んだ。
「気に入ってくれたみたいだね」
「もちろん! ああ、こんな幸せな時間が訪れるなんて思いもしてなかったわ」
私はほぉとため息を吐く。ちょっと前のフレッカー氏の無礼な振る舞いも、ムースと一緒に溶けて忘れられそうだ。
ケーキを堪能して紅茶を飲んでから、私はアランから先祖の海賊退治の話を聞く。それは冒険小説のようで聞いているだけでワクワクした。
「海上戦略において、君のご先祖ほど長けていた人はいないよ。その活躍のおかげで近海での海賊行為は激減したからね。海賊にもスペンサー伯家の旗を見ればすぐさま逃げ出していたほどだ。とにかく勇猛果敢で、怖れを知らない人だったようだ。私も軍人の端くれだが、祖国を護った英雄には尊敬と敬意を抱くよ」
「アランさんは海軍ですか?」
「いいや、陸軍だけどね。海軍に志願したんだけど、親に反対されてしまった。海軍は国を離れることが多いからね。それに、残念なことに僕は船酔いしてしまうんだ。だから諦めたよ」
肩を竦めるアランさんに、私はつい笑ってしまった。
「向き不向きがあるから仕方ないわ」
「それで、どうして君は海賊退治に興味を持ったの?」
「あっ、それは……えっと……冒険小説が好きだから」
「ああ、わかるよ。僕もよく読んでいたからね。よかったら、うちにある小説を貸そうか?」
「いいんですか?」
「もちろん、もう読んでしまって書庫にしまわれているものだからね。それに、最近蔵書が多くなりすぎて困っていたんだ」
「じゃあ、お借りするわ。あの、アランさん? ちょっと変なことを聞くけれど、海賊の宝って信じたりする?」
私が声を小さくして聞くと、彼はパチッと瞬きする。そしてニヤッと悪巧みするように笑ってちょっとだけ前屈みになり、頭を寄せてきた。
「それって、沈没船の話?」
「わからないけれど……もしもよ。そういう伝説が残っていたら調べてみたいと思う?」
「もちろん、興味はあるな。ただ、その手の話は大半が眉唾物だけどね。ないとはいえない。数年前にも、南洋の島で船が打ち上げられているのが見付かった。それが、五十年前の商船だとわかったんだ」
「それは、私も新聞で読んだわ。騒がれていたもの。その中にお宝があったの?」
「いいや。積み荷のほとんどは食料だったようだね。あと、陶器だな」
「陶器?」
「カップや皿だね。割れていたものが大半だったけれど。それと、いくつかの彫像とか、そんなものだよ。金銀財宝はなかったようだ」
「それは残念……でも、結局、そんなものかしら?」
海賊船の宝を見つけたところで、中に財宝が詰まっているとは限らない。中身が大したものでなければ見つける労力が無駄だ。
「…………骨董品なら、買ってくれる人もいるのかしら?」
私は呟いて小さくため息を吐く。おじさまから受け継いだ城に眠っているのは、どれもこれもガラクタばかりだ。それでも、歴史的価値やアンティークとしての価値を見いだして買い取ってくれる人がいるかもしれない。
「これは、のみの市でも開催した方がよさそうね」
「いったい、何の話?」
「おじいさまの遺産のお城よ。なんとか売りたくてイジワルな弁護士に相談したのだけど、何の価値もないって相手にもされなかったの」
私はつい愚痴をこぼす。
「それは、それは。確かに、今は貴族でも金策に苦労して城を売りに出す人は多いからね」
「やっぱり、そう?」
私が視線を上げてアランを見ると、彼は優雅にお茶を飲みながら頷く。二杯目のお茶を給仕にさりげなく注文していた。もちろん、私の分ものだ。
「スペンサー伯爵家の城といえば、かつて砦として使われていた?」
「ええ、そう。岸壁の上に建っているの。潮風に当たってもう外壁もボロボロよ。雨漏りもするし、手入れもしてないから中はひどい有様だわ。買い手が付かないのも当然なの。わかっているけれど、私が持っていても仕方ないでしょう?」
「その弁護士って? 誰に依頼したの?」
「アイザック=フレッカーって人。若手で有能みたいだけど、とにかく嫌な人よ!」
私は思い出して眉間に皺を寄せた。アランは驚いたような顔をしてから、急に声を堪えて笑い出す。
「ああ、それは確かに……けれど、よくアポを取れたね。彼は滅多に依頼を受けないよ。レイモンド=スミス氏の顧問弁護士だからね。いったいどういう縁?」
「えっ、そうなの? 公園でサンドイッチを食べていたのよ。それで声をかけただけだわ。でも少しも相手にされていないわね」
「それじゃあ、僕の知り合いの弁護士に声をかけたほうがいいかもしれないな。紹介しようか?」
「いいえ、そこまでお世話になれないわ。今日会ったばかりでしょう?」
「僕も気になるんだ。その君のお祖父さんが所有していた城にね。相談に乗れることもあるかもしれないよ? 骨董品の処分について」
「それなら、是非お願いしたいわ! ああ、でもけっこう遠いのよ」
「知っているよ。大丈夫、問題ない」
私は「よかった……誰にきけばいいのかわからなくて、本当に困っていたから」と、胸に手を当てて微笑んだ。




