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祖父の手帳

 あの傲慢で鼻持ちならない弁護士のアイザック=フレッカー氏を納得させるべく、私は祖父の顧問弁護士であった弁護士の先生のお宅を訪問していた。祖父の遺産と遺言の手続きをしてくれた先生はすでに高齢で事務所も片付けてしまっていたけれど、近隣の住民に訊いてまわり、ようやく隠居先を突きとめた。王都から少し離れた田舎町で、息子夫婦と一緒に住んでいるようだ。かわいらしい庭のある小さな一軒家だ。

 客間に通された私が事情を伝えると、弁護士の先生は「ふむ……城にまつわる話ですか」と考え込んでいた。

「ええ、なんでもいいんです。先生はお祖父様の顧問弁護士を長く勤めていらっしゃったのでしょう? それなら、城についての曰くとか、伝説とか、なんでもいいんです。聞いているんじゃないかと思って」

 私は出された紅茶を飲みながら答える。くたびれたカーディガンを羽織った先生は、髭も髪も真っ白で、皺が深く刻まれた落ち着きある老紳士だ。同じ弁護士だといっても、無礼なアイザック=フレッカー氏とは大違いである。

(あの人もこの先生を少しは見習うといいわ)

 似ているのは眉間の皺だけだ。それも、アイザック=フレッカー氏の眉間の皺は不機嫌な顔ばかりしているから刻まれたもので、目の前にいる老紳士の年季の入った皺とは大違いだ。


「そういえば……ええ、ちょっとお待ちを」

 先生はソファーから立ち上がると、書棚に移動する。そこから一冊の手帳を取ってきた。

「これは私がスペンサー伯爵から形見として譲り受けたものなのです」

「お祖父様の?」

「ええ……伯爵は大変几帳面で規則正しいお方でした。なぜ、これを私に託されたのかわかりかねておりましたが……貴女様がおいでになることを予見していらしたのかもしれません」

「その手帳にはそれほど重要なことが書かれていたんですか?」

 私はテーブルに置かれた手帳に手を伸ばす。随分と古めかしい手帳で、開いて見ると紙がすっかり黄ばんでいて、所々に染みの跡ができていた。お祖父様の字はひどくくせ字で読みにくい。晩年に書かれたものだから、手が震えていらしたのかしら。

「いいえ……さほどは。ただ、領地内の逸話や伝説を集めて、書き留めていらしたようですね。趣味だったのでしょう。屋敷からほとんど出られることはなかったので」

「逸話や伝説……それは面白そうですね。でも、これをいただいてもよいのでしょうか? 先生に残されたものでしょう?」

「一通り目を通しましたし、私よりも身内の貴女様がお持ちになる方が伯爵もお喜びになられるはずです」

「それでは、少しの間だけ預からせてください。読み終えたら、お返しに来ますから」

「そうですか……そのままお持ちになっていただいてもかまいませんよ」 


 弁護士の先生はそうおっしゃってくださったけれど、あまり長く借りているのも悪い。王都に戻った私はその日の夜、部屋で手帳に目を通していた。読みづらい文字をなんとか解読しながら読み進めていたけれど、意外と面白いわ。領地内の幽霊話、城の曰く、伝承などが書き記されていた。古い城だから、その手の話には事欠かなかったのだろう。幽閉されていた首なし王女の話など、ゾクッとする。あの城で何日か暮らしていたけれど、幸いにして私はまだ幽霊を見ていない。

(私に霊感がないせいかしら?)

 それとも、私みたいな図太い女の子の前に出てきても、あまり面白くはないから出てこないだけなのか。足にすり寄って甘えてくるケティを抱きかかえて膝の上にあげる。

「あなたがいたからかもしれないわね。幽霊は猫が嫌いというもの」

 話しかけると、丸まっていたケティが片目だけ薄らと開ける。もう眠たそうな顔をしていた。私はその背中をくすぐるように撫でながら、手帳の文字を追う。慣れてくるとくせ字も読めるようになってきた。

「私のご先祖様……というか伯爵家の先祖は、海軍提督だったのね」

 隣国との戦争が頻繁に行われていた時代は、スペンサー伯爵領は海の防衛の要所でもあったようだ。あの堅牢な城はその時の名残なのだろう。伯爵家のご先祖は、艦隊を率いて敵国の船や海賊船を次ぎ次ぎに沈め、その功績によって勲章を賜ったと書かれていた。そういえば、城の廊下の壁には、偉そうな髭の男性の肖像画が描かれていた。あれがその提督だろうか。

 その逸話の最後に、『拿捕した海賊船の宝を領地内のどこかに隠されていると、近隣の村の者は噂……』 と補足が書かれている。私は「海賊船の宝!?」と、驚きの声を上げる。びっくりしたのか、眠りかけていたケティがすぐに膝から下りてベッドに移動してしまった。

「それって、今も見付かっていないのかしら? だとしたら、領内のどこかに海賊船の宝が眠っているということ? それは重大な発見じゃない!」

 私は独り言を漏らして、ニンマリする。それを見つけることができたら、城の修繕費の心配も、私の学費の心配も、おばさんやおじさんのお店の心配もなくなるかもしれない。

「それに、見つけられなくたって、海賊船のお宝が眠っているかもしれない城だったら、興味を持って買い取ってくれる人がいるかもしれないわ」

 あの生意気で小癪なアイザック=フレッカーに城の価値を認めさせることができるかもしれない。ただ、これだけの情報では「ただの噂話だろう」と鼻で笑われてしまう可能性の方が大きい。

「情報収集よね。となれば、図書館かな……」

 先祖のことを調べたら、手がかりがあるかもしれない。スペンサー伯爵家は、それなりに古くて立派な家柄だ。没落しているとはいえ、歴史にその名前は刻まれていることだろう。


◇◇◇


 数日、王都で一番大きな図書館に足を運び、歴史関係の書物と記録に目を通した。スペンサー伯爵家の記述は思っていたよりも多い。隣国との戦争で、かなりの戦果を上げていたのは確かなようだった。

「私のご先祖様、なかなかすごかったのね」

 私は図書館の隅の机で本を読みながら呟く。埃っぽく薄暗い図書館は、それほど多くの人はいない。特に歴史関係の書架がある二階は、人の声が少しも聞こえず静かだった。あまり人気はないのだろう。小説や詩集ならともかく、小難しい歴史の本を読みたがる人はそういない。私だって、こんなことでもなければ、手に取ろうなんて思わなかっただろう。ただ、おかげで、少しばかり国の歴史に詳しくなった。それに、面白さも少しばかりわかった気がする。今ではオンボロの古城も、数百年前は難攻不落の要塞だったらしい。敵国の兵はあの要塞を攻め滅ぼそうと何度も挑んでは、そのたびに失敗を繰り返していたようだ。海側は岸壁で波が荒く、船をつける場所もない。迂闊に近付けば座礁してしまう。それでも、小舟で近寄り岸壁をよじ登って攻め込む作戦をとったりしていたようだ。

  

「私はまだ城の中を全部見てまわっていないけれど、もしかすると売れそうなものもたくさんあるんじゃないかしら?」

 私は頬杖をついて独り言を漏らす。ご先祖様の遺品を売ろうだなんて、罰当たりですって? いいえ、有効活用よ。骨董品は手入れが必要だし、飾られてこそ価値がある。私のようななにもわからない小娘が埃まみれの骨董品を物置に押し込んでいたところでそれはただのガラクタ。ご先祖様だって、価値の分かる人に大切にしてもらう方がずっといいと思うはずよ。美術館で買い取ってもらえるものもあるかもしれない。そして、私はそのお金でおじさんとおばさんの店を立派にして、大学に行く。全て完璧な計画だ。

「そのためには、あの石頭の弁護士先生をなんとか説得しなきゃ」

 私は本を閉じて立ち上がった。難攻不落なのはうちの要塞ではなく、あの頑固者よ。


◇◇◇


 翌日、私はジョアンナおばさんに作ってもらったマフィンとサンドイッチを持って、アイザック=フレッカー氏の弁護士事務所を訪れた。ちょうど昼前だ。もちろんアポなんて取っていない。いきなりおしかけては迷惑になるかもしれないけれど、アポを取ろうとしたところできっと拒否されるだろう。だったら、突撃あるのみよ。私は奇襲が上手かったという海軍提督のご先祖に倣い、勇猛果敢に事務所に乗り込むことにしたのである。

 ノックをしても返事はなく、私はしつこくドアを叩き続けた。

「いないのかしら? それとも、居留守?」

 首を傾げて、私はさらにノックを繰り返す。しばらくすると、中から物音が聞こえた。やっぱり居留守だったか。

「フレッカーさーん、いらっしゃいます?」

 私が呼びかけると、事務所のドアが開く。隙間から顔を覗かせたのは、不機嫌極まりない顔のフレッカー氏だ。今日は以前よりもひどい格好で、髪は乱れ放題、シャツなんてボタンを二つしか止めていないから、わりと筋肉がついているお腹が露わになっていた。ズボンもベルトをしていないせいかズレ気味だ。

「そんな格好で、レディの前に出てくるのはどうかと思うわ」

「いきなり押しかけてきておいて、説教を垂れるのか?」

 フレッカー氏はガシガシと頭を掻いて、うんざりしたように言う。「ようやく、寝たところだったのに!」と、ひどくイライラして文句を垂れていた。

「もうお昼よ? 休日でもないわ」

「…………昼休み時間だ。出直してくれ」

 そう言ってドアを閉めようとするので、私は「待って!」と急いでドアをつかんだ。

「いったい、なんなんだ!? 君は」

「お仕事の依頼をしにきた顧客に決まっているわ」

「その話は断っただろう。しつこいな……他所を当たってくれ!」

「あなたが不動産関係の手続きに詳しい弁護士だということは知っているんです。今日は、ちゃと言われた通りに城の価値を示すものを持ってきたのよ。絶対興味を持つはずだわ」

 私がニンマリして言うと、彼は眉間の皺を寄せて胡乱げに見る。

「城の価値を示すもの?」

「ええ、そう。中に入れてくれたら、うちのベーカリーの特製サンドイッチとマフィンをご馳走するわ」

 私は手に提げていたバスケットを見せる。フレッカー氏は視線を落とし、続いて顔を手で押さえて深くため息を吐いていた。

 ようやくドアから避けると、「二十分だけだ」と中に通してくれる。つまり、昼食を食べている間だけ話を聞いてくれる気になったようだ。いいでしょうとも。絶対食い付くはずよ。サンドイッチとマフィン以外にもね。


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