侵入の痕跡
古城についたのは日暮れ間近だ。車を降りたフレッカーさんは、岸壁の上に建つ堅牢な石造りの城を見上げて、「想像していた以上にオンボロだな」と漏らしていた。アランは車の後ろから、荷物を下ろしてくれている。この車も駅を下りてから、彼が用意してくれたものだ。
「要塞として建てられた城でしょう。海からの侵攻をこの城が防いでいたのです。胸が高鳴るではありませんか。きっと面白いものが見付かりますよ」
私は門の鍵を開けようとしたけれど、錠が外れて落ちていた。「あれ……錆びてたのかしら?」と、落ちていた錠を拾う。そばにやってきてその錠を取り上げたのはフレッカーさんだ。
「こじ開けられてるな」
その不穏な言葉に、私は「え!」と驚きの声を上げて彼の顔を見た。
「それって、侵入者がいるってこと!?」
「今もいるかどうかはわからないが、誰かが留守中に入ったのは確かだろうな」
「まさか、泥棒!?」
「私が確かめて来ましょう。中にまだ誰かいるかもしれない」
荷物を門のそばに下ろすと、アランが門を押して中に入っていく。
「アラン、それなら私も……」
後に続こうとしたが、フレッカーさんに肩をつかまれて後ろに引っ張られた。
「足手まといになるだけだ。ここで大人しくしてろ」
「で、でも……」
アラン一人に行かせて賊にばったり遭遇したらどうするのか。相手は一人とは限らない。
「大丈夫ですよ」
ニコッと微笑んだアランは懐から銃を取り出していた。
「用心深いのね……」
彼が懐に銃を忍ばせていたなんて、少しも気付かなかった。荒れ放題の庭を進んだアランは正面の扉は鍵がかかっているのを確かめてから、私たちの方を振り返ってちょっと首を振った。裏口を確かめるつもりなのだろう。それを、私とフレッカーさんは門の前で見送る。
「フレッカーさんは、気付いていたの?」
「なににだ?」
「アランが銃を持っていたことよ」
「ああ」
だから、アランが先に様子を見に行くのを止めなかったのだろう。
「もしかして、あなたも持ってきたりしている?」
「さあ、どうだろうな?」
とぼけた顔をしているが、その様子ではどこかに隠し持っているのだろう。
「男の人って、やっぱり油断ならないわ」
「当然の用心だろ? 君が世間知らずで暢気なんだ」
「うちに猛獣かドラキュラでも潜んでいると思われたのかしら。うちにはかわいい子犬しかいませんよ?」
車の中に置いたままゲージの中で、ケティが早く出せとばかりに鳴いている。私は車に戻り、そのゲージを抱えて戻ってきた。犬が苦手なのか、フレッカーさんは顔をしかめる。
「うるさく吠えると、中にいるやつに気付かれるだろ?」
「犬にびっくりして飛び出してくるかもしれないわ。その時には、是非とも世間のことをよくご存じで用心深いフレッカーさんに対処をお任せするわ。私はか弱い世間知らずな小娘ですもの」
皮肉を込めて言い返すと、フレッカーさんは顔をしかめていた。
アランは城の中に入ったようだ。私は目を懲らして、城の小さな窓を見ていた。
「…………あいつにあまり気を許すなよ」
「誰のこと?」
「アラン=モーティルのことだ」
「あら、どうして? 彼は大学の講師だと言っていたじゃない。少なくとも素性の知れない怪しい人ではないわ。大学に確認を取ってみればわかることでしょう?」
「身分を詐称することくらいいくらでもできるんだ。あいつが大学の講師だという証拠は今のところ、何っもないんだぞ。誰かに成りすましている可能性も考慮しておくべきだ。そもそも、普通の大学の講師は銃を隠し持ったりしていない」
「普通の弁護士は銃を隠し持っているものなの? 依頼人の眉間に一発お見舞いしてやる場面なんてそうないと思うんだけど?」
「人に恨まれることが多い仕事なんだ」
「それは仕事のせいじゃなくて、フレッカーさんの無礼な態度のせいじゃないかしら?」
「君のその減らず口は生まれた時からか? それとも、下町育ちのせいか?」
「さあ、どっちもじゃない? 私、口げんかは負けたことないから。男の子たちも言い負かせてきたのよ」
私はエッヘンと胸を張る。フレッカーさんはこれ以上無駄口をきくのは無駄だと思ったらしく、黙って城を眺める。三階部分の窓が開いて、アランが顔を出して大きく手を振っていた。どうやら、中には誰もいないようだ。私とフレッカーさんも城に向かう。
一階の裏口まで戻ってきたアランが、「書斎と書庫に人が入った痕跡があったけれど、それ以外は特に荒らされてはいないね」と報告してくれた。
「書斎と書庫? そんなところに忍び込んだところであるのは本と書類くらいよ?」
私は首を傾げて、一緒に書斎に向かう。おじいさまが使っていた大きな書斎机の引き出しが開いていて、中の書類や手紙が机の上に散乱していた。書棚の本も何冊か床に落ちている。ただ、その程度だ。
「金庫でも探していたのかしらね?」
「机の引き出しの中に金庫があると思う泥棒はそういないだろうな」
フレッカーさんが私の横をスッと通り抜けて、机の上の手紙類を確認する。
「城の権利書や遺言書は?」
「ああ、それならここにはないわ。王都のおじさんとおばさんの家よ。弁護士の先生から受け取ったのが王都だったから。ここに持ってくる必要はないと思ったの」
「僕は、他の部屋を確かめてくるよ」
「アラン、気をつけてね」
私が声をかけると、彼は軽く手を振って部屋を出て行った。
「きっと、海賊の財宝を隠した地図がどこかに隠されているのよ。賊はそれを見つけようとしていたに違いないわ!」
「君の妄想には感心するが、その可能性ははなはだ低いだろうな」
「まったく、信じていないのね!? 伯爵家のご先祖様が海賊を蹴散らしたのは有名な話よ? アランに勧めてもらった歴史の本にもちゃんと書いてあったんだから。たった、一行だけだけどね。それに、敵艦をたくさん沈めたのよ。知らないの?」
「あいにく、歴史には少しも興味がないんだ」
素っ気なく答えたフレッカーさんは、机の上の本をペラペラとめくっている。ページをめくる手を不意に止めた彼は挟んであった手紙を手に取る。私は彼の側に寄って、横からその手紙を覗こうとした。
「誰にあてた手紙? おじいさまが書いたのかしら?」
「いいや。君宛には違いないけれど、差出人は不明だな。それに古いものではない。つい最近書かれたものだ」
フレッカーさんは封筒から手紙を抜き出す。
「ちょっと、私宛の手紙なのに先に見ないでくれる?」
「…………見ない方がいいと思うぞ。あまり気分のいいことは書かれていない」
「どうして? なんて書いてあるの?」
そう言われると余計に気になるじゃない。私は受け取った手紙を開く。
『死ニタクナケレバ デテイケ。ココハオマエノ城デハナイ』
赤いインクなのか、血なのか判別できないが、指で書いた文字だった。だから言っただろうと、フレッカーさんは私の手から手紙を取り上げて封筒に戻す。
「警告?」
「そうだろうな。君がこの城を受け継いだことに不満を抱いている者がいるらしい。スペンサー伯には、本当に君以外に親族はいなかったのか?」
「そのはずよ。おじいちゃん弁護士先生はそうおっしゃっていたもの。遠い親戚はいるけれど、遺言書では私の母に城を残すと書かれていたわ。母さんはもういないから、私がそのまま権利が私に回ってきたというわけ。他にほしい人がいるんだったら、もっと早くに文句を言ってきたと思うわ。おじいさまが亡くなってから何年も経っているのよ? その間、親族は一人も名乗りを上げなかったのよ? 今さら、ほしがるなんておかしいわ。それこそ、海賊船のお宝が隠されていることに気付いたのでなければね」
フレッカーさんは手紙を自分の上着のポケットにしまう。
「それ、どうするの?」
「警察に提出するに決まっている。それと、一応は空き巣が入ったことを報告した方がいいだろうな」
「そうね。何かあったら困るものね」
さすがに緊張感を覚えて、真剣な顔で頷いた。アランとフレッカーさんが一緒に来てくれてよかった。自分とケティだけで過ごすのは不安だ。
◇◇◇
アランに呼ばれて一度、城を出てから武器庫として使われていたらしい塔に向かう。そこの扉の錠も壊されていた。中に入ると、明らかに誰かが寝起きしていた痕跡がある。毛布が持ち込まれていて、ランプには油が残っていて、いくつかの空の酒瓶が転がっている。
「ここ、誰かが使っていた?」
アランに聞かれて、「いいえ!」と首を振った。
「実は入るのも初めてなの。私、おじいさまからお城を受け継いだのは最近で、まだ全部片付けができていなかったのよ。必要な部屋だけしか手が回らなくて……だから、まだ入ったことのない場所が多いのよ。塔も初めてよ」
「ということは、やっぱりここで誰に出入りしていたのは確かみたいだ」
「それって、私が来るまえのこと? それとも、留守にしていた時のこと?」
「留守にしていた間だろうね。瓶の中がまだ乾いていない」
アランが瓶を逆さにすると、確かに残っていたワインがこぼれる。
「この辺りを根城にしていた賊がいるんじゃないのか?」
円形の塔の中を見回しながらフレッカーさんが言う。アランも「そうだろうね」と頷いていた。
「私たちが戻ってきたことを知っているのかしら? 知らないなら、今夜もやってくるかもしれないということよね?」
「そうなるね。やっぱり、今夜は近くの街の宿に……」
「そうなったら、とっ捕まえるチャンスだと思うのよ!」
私とアランの声が重なって、お互い「えっ」と顔を見合わせる。
「捕まえるつもりでいるの?」
驚いた顔をされて、「もちろんよ!」と胸を張る。
「ここは私の城なのよ。賊に勝手に出入りされては困るわ。まず、警察にも応援を頼まないとね」
「君は……勇敢というか、無謀といいうか……」
アランが苦笑いをして、フレッカーさんに視線を向ける。
「私が言って聞くと思うのか? そいつの頭の中は冒険小説でいっぱいだ」
フレッカーさんは諦めたように肩を竦めていた。
「今夜は一緒に同じ部屋に固まっていた方が良さそうだね」
「塔が見やすい部屋を掃除しておくわ。徹夜になりそうだから、夜食も必要よね!」
私はニンマリと笑みを作った。




