契約
マーリン達が到着する数日前、アラディアの酒場にてマネー・マネーは横長のソファーに背中を委ね、酒を口にしていた。先程まで見目麗しい女性に囲まれていた彼だが、いまは見知らぬ男が向かい側に座っている。
卓に置かれた金袋の口から見える輝きに視線を落とす黄金の魔術師。内の一枚を手にとってそれが本物であることを確認する。突然来訪しては二人で話がしたいと置かれた前金に「良い心掛けだ」と評価し、口角を上げた。
持っていたグラスを男の前に翳す。
「酒は飲むか?」
「遠慮しておこう。いまは本題に入らせてくれ」
「本題に入る前に。信用と名前を。ボーイ」
被っていたフードを外す男。
黒い髪は目元までかかっている。
見え隠れするその瞳は、どこまでも昏い。
「ヴァンだ。この名前に聞き覚えは?」
「……教団殺しの一人か?」
「情報は回っていたか」
「おいおい、自白か? 厄介事はごめんだ、さっさと金を持って自首しなベイビー」
ヴァンの懐から再び金袋が置かれる。
先に置いたモノより、明らかに一回り大きさが違うそれを目にして嬉しそうな笑みを浮かべるマネー・マネー。
「OK、ヴァン。話を聞こう」
続けて男は話す。
ここに来た、その目的を。
「ーーいいのか? そこまで話して」
「信頼を得る為に情報は惜しまないさ」
「警戒心が薄いと指摘しているのが分からないのかベイビー? 信頼は無能との間では成り立たない。俺が教団と繋がっていると考えたことは?」
「それなら心配ない。教団とギルドの仲は拗れている、それは術師と民衆の共通認識だ」
教団とギルドの方向性は殆どが同じだ。教団は犯罪者と魔物から民を守り、ギルドは魔物の討伐を専属としている。共に国を守る組織の筈が、いつからか大きな溝が生じていた。
もともとギルドは教団の下請けの立場にあったが、回される仕事に不満を持ったギルドは独立を宣言し、現在に至る。その間、どれだけの諍いがあったか想像に難くない。
「否定はしない。今回みたいな騒動でも起きない限り、アンタらの情報を共有しようとも思わないだろうしな、教団は」
「そもそもギルドとしてはどうでもいい話だろう? 何せ被害に遭っているのは教団だけだ。それに、一級術師が教団と懇意であることは有り得ない」
「どうして言い切れる?」
「それはギルド全体の信頼を損なう行為だ。昇り詰めた地位を捨てるほど馬鹿ではあるまい」
「分かった口をきく。だが正解だ。上を知れば知るほど下には戻れない」
教団の人間と会話をしているだけで嫌な顔をする老爺は多い。いまを生きる人間からすればどうでもいい話でも、過去に生きる人間からすれば許せないことなのだろう。
グラスの中を飲み干し、勢いよくテーブルに置いたマネー・マネー。
「何故、俺を選んだ? そこらのやつでも出来る話だろう」
「金の亡者だろう? 稼ぐことは信用の積み重ねだ、金さえ払えば完璧に仕事を熟すと思ってね。アラディアで一番信頼できる人間を選んだ、それだけだよ」
「ーー素晴らしい。素人に任せなくて正解だ。金を持ち逃げされるか、情報を売られるか、その二択だ。だが俺は決して金を裏切らない」
手を差し出し「交渉成立だ」と笑うマネー・マネー。
互いに手を握り、ここに契約は交わされた。
「明日またこの時間に。言われたモノは直ぐに渡す」
「任せた。ところでーー」
ヴァンの視線は店の奥でこちらの様子を窺っている女性陣に向けられていた。
「ああ、心配ない。そういう店を選んでる。酒と金さえ積めば、女の子達は皆、今日のことは忘れてくれる」
「そうか。それも任せたよ」
気前よく三つ目の金袋を卓に置き、ヴァンはこの場を去った。それを見て直ぐさま駆け寄ってくる女の子達に「待たせて悪かったな」と謝罪をするマネー・マネー。
「お金すごーい」
「今日沢山飲んじゃっていいよね?」
「ねえあのイケメンだれー?」
「オーケーオーケー、今夜のことを忘れてくれるなら幾らでも飲んでくれ」
一気に盛り上がる女性陣とは却って落ち着いた様子の魔術師。グラスに注がれる酒を受け取り、口につける。
その手元には、いつの間に取り出していたのか一枚の封筒が指に挟まれていた。
「それなにー? もしかしてラブレター?」
「これか? これはーー」
妖しい目でそれを見詰める術師の口元がグラスに映る。
自覚するほどに、醜悪。
それを見られないように封筒で口元を隠す黄金の魔術師。
「ーートップシークレットさ、レディ」
罪人と黄金の邂逅から二日後、酒場に一人の男が訪れる。
エルドラ魔導教団十番隊隊長 アイザック・ギガンテス。
彼が座ったのは奇しくも追い求めている人間と同じ席だったことに、マネー・マネーは静かに笑みをこぼした。




