6ー19
明日への英気を養ったところで店を後にしようと席を立つ二人だったが、何やら店内が騒がしいことに気付く。
客達の視線を辿れば、まさに話題の中心ドロシーが昼間に絡んできたアテナ教のジンと話をしていた……いや、よく見れば一方的に話しかけられているだけで、ドロシーは一人黙々と食事を摂っている。特徴的なとんがり帽子は脱いでいて、真っ赤な髪は人の目を引く。
「マーリン」
「ああ、絡まれてるな」
面倒事は避けたいのだろう、周囲の客も見守っているだけだ。端から見れば人の冷たさを感じる光景だが、彼女をドロシーと認識している者からすれば、心配の先は向かい側の連中になる。
「どうです? 貴女からしても悪い話ではない筈ですが」
「…………」
「一人で出来ることにも限度があります。私達といて後悔はありません、アテナ教の使徒として私が保証します」
「…………」
「魔女よ、どうか私達の仲間に」
「…………」
……凄いなと素直に感心するマーリン。絡んでる側も、絡まれてる側も自分の意志を貫き通している。尤も醜いと思うのは圧倒的に前者だが。
「貴様、話せないのか?」
すると、ジンの背後に控えていた二人の内、男の方が痺れを切らしたのか足を踏み出す。その言葉も無視して食事を続けるドロシーに明らかな苛立ちを見せる部下。
「ジン様が話をしている、返事くらいしたらどうだ?」
「…………」
「おいーー」
詰め寄ろうとした男に、食事の手を止めるドロシー。
「ぶんぶんと」
手にしていたフォークの先端を、部下の眼球に向けると同時にーー
「五月蝿い羽虫だ」
ーー正気かこいつ。
それを弾こうとした刹那、二人の間に割って入る影。
「ストップストップ!」
横にいたカナメが二人の手をとって制止をかける。
「貴女は……もしやアテナ教に興味を?」
「この状況でよくそんなこと言えますね……」
二人の手を離し、呆れた目線をジンに向けるカナメ。
「店の迷惑になる。今日は引け」
マーリンがそう言うと、振り返ったジンが「そうしましょう」と席を立つ。周囲の冷ややかな視線も一切気にしていない様子だ。部下二人を連れて、少年とのすれ違いざまに足を止める。
「一回戦おめでとう」
そうして消えていった三人の背中を見て、カナメの方へ視線を戻す。ドロシーが無表情のままカナメを見上げていた。
「優しいのね」
淡白な声。
「でもそれは、魔術師には要らない感情」
そう言って食事に戻ろうとするドロシーに「つまらなそうだな」と声を掛ける少年。フォークを動かしていた手がぴたりと止まる。
きっとそれは魔女にとって核心を突いた言葉。
それまで全てに興味がなかったかのような彼女がマーリンの目をはっきりと見た。
紅と蒼の瞳が交わる。
「随分と退屈そうに見える」
「退屈……そうね。別に、期待してた訳じゃない。でも、思ってた以上に……」
「話にならない、か?」
躊躇わずに頷く魔女。
「あなた達とさっきの虫、その他の試合も目を通してる。……正直に言うと相手にならない。いまは、参加しなきゃよかったって後悔してる」
「それなら約束しよう」
不敵な笑みを浮かべて。
宣戦布告をする少年。
「ここに来て良かったと、お前は敗北を知る」
「……そ。期待しないでおく」
二人の間に漂う空気に構わず「食事の邪魔しちゃってごめんなさい」と言葉を残し、カナメが直ぐマーリンの手を引いては店を後にする。
「ちょっとマーリン、何で挑発してるの?」
「先に挑発してきたのはあいつだ」
「子供か」
「子供だ」
「…………」
「ごめんなさい」
呆れたようにため息を吐くカナメ。
手を引かれたまま会話を交わす。
「昔の自分を見てるみたいでな」
「え?」
「いや、何でもない」
街の喧騒は未だ止まず。
明日の戦いに備えて魔術師達は眠る。
それぞれの想いを胸に、ただ一つの座を求めて。
アラディアの地。
死闘の幕は、まだ上がらない。




