8ー22
「アイザック、ここで決めーー」
膝から崩れ落ちる音を聞く。
見れば、戦斧は跡形もなく地面に散らばっている。
その時は訪れた。
限界を越えたアイザックに、立ち上がる気力は、もう。
「すまない……」
「いや、充分だ」
その執念は確かに届いた。
意志を継いで、罪人と相対する。
アイザックが残した癒えていない傷跡。メルリヌスが治癒を妨害している間に観客席まで駆けようと、魔女と少年が同時に動き出そうとしたそのとき。
「! 逃げろ!」
マーリンが大声を発する。アイザックの容態に目を奪われて気付くのに遅れた。
闘技場にいた全員の目線は罪人ではなく、観客席の通路に向けられた。
昨日、カナメに本戦で負けたジェイミーは闘技場の試合を観戦しようと思ってはいたものの、行くのをやめて街中を彷徨いていた。いまごろ、闘技場では決勝戦が行われているのだろう。
……何をしているんだ、俺は。
決勝の舞台は後学の為に見ておくべきだ。だというのに、足は目的もなくぶらぶらと歩いている。理由は分かっていた。悔しさで、羨ましさで、試合を見ることができない。神童と周囲に持て囃されて、どれほどの年月が経ったのだろうか。才能があると信じて疑わなかったその誇りを、何処ぞの女に踏み潰された。
親指の爪を噛むジェイミー。昨日の試合は油断していただけだ。相手を下に見ていた驕りで普段のパフォーマンスが発揮できなかった。
いつも通りの自分なら勝てた筈なのに……!
途方もなく俯きながら歩いていると、何やら辺りが騒がしい。
「……何だ?」
何かが起きたのだと一瞬で分かった。通り過ぎていく人々が、何かから逃げるように集団で動いている。見知った術師が避難誘導していたのを見て「何があったんだ」と声を掛けるジェイミー。
「教団殺しだ! 試合中に教団殺しが乱入したんだ!」
聞けば、決勝の舞台で乱入した男は斬り落とした人の腕を持っていたという。噂によれば止めに入ったエリオット術師も殺害されたらしい。
いまはあの天才少年が、教団殺しの相手をしているのだという。
「ともかく避難する人数が多過ぎる……! お前も手伝って……おい! どこへいく!?」
逸る気持ちを抑える、ことはできない。
気付けば足は闘技場へと駆けていた。
これはチャンスだ。
無様な負けを晒したことで自身の評価は地に落ちた。それを覆す絶好の機会。これを逃すことは許されない、魔術闘技場は一年に一度しかないんだ。もしここで教団殺しを捕獲できれば昇級も夢ではない、教団にだって大きな貸しができる。
膨らむ妄想に、思わず口角が上がるジェイミー。制止に入る術師や教団の人間を振り切って彼は闘技場へと向かう。
薄暗い通路。音をたてないように、ジェイミーは観客席へと歩いていた。
明らかに、おかしい。
本当に同じ人間がやっていることなのか?
魔力の蠢きが、この通路にまで伝わっている。それだけでジェイミーの気は狂いそうだった。恐怖で歯が鳴る。身を守るように自分を抱きかかえるようにして歩いていると、近くに人の気配がした。
そこで目が醒める。
ここまで来たのは何の為かと。
震えが止まらないまま歩くジェイミー。
「俺ならできる」と口にして自身を鼓舞する。
横取りできそうなら直ぐにしよう。
無理そうなら直ぐに逃げよう。
簡単な二択だ。とりあえず様子を見るだけでいい。先ずは通路から顔を出して、人の気配がする方へ目を向けると、
「逃げろ!」
静まり返った闘技場だからこそ、その声はよく聞こえた。だがそれが自分に向けられたものであるとジェイミーが気付いたのは、目の前に立つ男の姿が視界に収まった後だった。
「あ……」
いつの間に。
目は見開いていたのに。
熱が、体に伝わる。
炎が、目の前に。
「嗚呼、本当にーー」
これ以上ないほど嬉しそうな男の声。
それを聞いて、選択なんて最初からなかったのだとジェイミーは悟る。
「ーーこの世の中は馬鹿ばかり」




