8ー10
クルミ戦のときに見せたそれは不完全な魔術だった。しかし、いまここに顕現するは完全なる形の黒剣。膨らんだ円の形を描いていた鍔の中央は以前のような空洞ではなく、環の中で球体が回転し続けている。数秒毎に色の変化が訪れてはゆるりと回り続ける球体。それとは別に術者の背後で浮遊する黒剣自体もまた、時折回転を見せていた。
突然、動きを止めた黒剣。
かと思えばひとりでに動き出し、割れる前の空間を素早く突き刺す。
「不意は打たせない」
異形の、怒りに狂った叫び。
虚空を突き刺した箇所がやがてひび割れ、血を流す獣の姿が見える。
ドロシーの困惑した表情を見て、口元が歪むマーリン。
自動で引き抜かれた黒剣は獣の血を払うかのように回り、次いで横に一閃。魔女の立つ場所以外は隙間なく生えていたそれらを全て斬り落とし、マーリンは難なく地上へと着地した。
それを見て即座に踏み込んできたドロシー。箒の形状は槌を象り、その鉄塊が振り下ろされると同時に背後の空間が割れる。
挟撃。魔女の一撃と異形の爪。だがトトの攻撃は振り下ろされる前に黒剣で腕を突き刺し、槌もまた、剣から放たれた風斬によって鉄塊部分のみがバラバラに切り刻まれる。
「そんなーー」
絶句する魔女。
形状が元に戻った箒を持って立ち尽くし、少年を見詰める。
「……貴方、なんなの? 一体、なに?」
「……そうだな、カナメに本気を見せてくれたお前には後で話そう。それよりもドロシー、気付いているか? この窮地、取る手段は一つしか残されていないことに」
「…………」
「見せてみろ、本当の解錠を」
半端な解錠ではコア・メルリヌスを止めることはできない。そのことは誰よりもドロシーが痛感している筈だ。
魔女の表情に迷いが見られる。当然だろう、情けをかけられているようなものだ。研鑽を積んだ魔術を斬り伏せられ、その上、本気を出せと言われている。屈辱以外の何物でもないだろう。
「カナメはお前が退屈そうだと言っていた」
それでもマーリンは魔女の心境に理解を示しつつも、挑発を止めない。
「俺にもそう見えた。自分の横に並ぶものは誰一人としていない。黙々と作業を熟すだけの機械的な立ち回り。だが、もう遠慮はいらない。迷いも、驕りも、俺の前では必要ない。見せてみろ、剥き出しのお前を」
ドロシーの、魂に問う。
「俺もカナメも、そしてお前自身もそれを望んでいる」
「…………どうしてカナメが貴方の傍にいるのか、疑問だった」
得心がいったような表情をする魔女。
その紅い目に迷いはない。
「でも納得した。似ているのね、あなた達は」
「どうだろうな。似てきた、というのが正解な気がするが」
「その選択、後悔するけど」
「後悔なき人生ほど、退屈なものはないだろう? それにお前も試したい筈だ。本気の自分を」
ドロシーが一瞬だけ笑う。
ーーこれでカナメが気負うこともない。
お互い同じ選択を取った。勝っても負けても納得してアラディアの地を跡にできる。
「そうね。私もあなた達に倣って、自分に正直でいようと思う。ーー死なないでね、マーリン。貴方が死ぬと、きっとカナメが悲しむ」
訪れた静寂。
観客も実況も息を呑んで彼女を見守る。
踵を鳴らし、割れるもう片方の銀靴。
祈るように両手を組み、奔流する魔力。
そして奏でるはーー
「聡明たる案山子が私達を導くーー」




