8ー5
先ずは距離をとって様子見の風斬を放とうと懐からスペアの短刀を取り出す。
瞬間。
カナメの目の前にある空間が割れ、大きな牙が見えてーー
「ーーーー」
ぎりぎりで躱せたと思ったが、肩からの出血がそれは勘違いだと教えてくれる。
「はっ……はぁ……!」
速さだけは自負を抱いていた。この大会に参加してからそれは膨らみ、確固たる自信となっていたのに目の前の化物が否定を示す。天才と凡人の差。だがそんなものは身に染みついている。一体自分の隣にいるのは誰なのか、いま一度考えて冷静さを維持するカナメ。
空間を渡り歩けるのか? あの速さであれば下手な魔術を発動した時点で敗北か。マーリンから教えてもらった風斬も雷槍も未熟故に発動まで時間が掛かる。短刀を介さずに風斬を発動しても威力はお粗末だ。
結論は一つ。
この獣には勝てない。
ならば、直接ドロシーを叩くしかない。
肩の傷が痛む中で定まった思考。早速実践へ移ろうと動き出した瞬間に魔女が距離を詰めてきた。
箒での高速移動ーーカナメの前で着地したと同時に箒の形状が変化する。流れるような一連の動作に隙はなく、振り下ろされるは巨大な槌を模した鉄塊。すんでのところで回避したのも束の間、背後から再び空間が割れる音。
背後からは怪物。
前方には魔女。
詰みのように思える状況の中、前方へと向かっては体を回転させて倒れ込むカナメ。槌を振り下ろす前のドロシーに目掛けて放たれるは胴回し回転蹴り。紫電による速さも相俟ってこの一撃は必中、防ぎようがないと左脚に魔力を集約させ、
ドロシーとカナメの間に、ひびが入る。
……幾らなんでも有り得ない。
背後にいた筈ではないのか。
「最初から後ろにはいない」
ひび割れた空間から現れた前脚に攻撃は防がれ、黒い爪が見えたときにはもう遅い。
「背後のひび割れは騙す為の演出」
そうして爪痕は刻まれる。
夥しい出血。意識が朦朧とし、膝をつくカナメを見下ろす魔女。眩む視界、けれども、まだ戦えーー
「ストップ! ストーップ!」
「…………ぁ」
周囲の音が消えるほどの集中下にいたカナメでも、その制止だけは耳に届いていた。体の動きに支障はないが、出血の量で止められたことは分かる。
負けた。
その現実を受け入れて、カナメは地に伏す。
あれだけ息巻いたのに、蓋を開けてみれば瞬殺もいいところだ。情けなさで涙が出そうなところに寄り添う影。
「ありがとう、カナメ」
担架に運ばれるカナメに感謝を伝える魔女。
「貴女と試合できて良かった」
「……わたしも。相手がドロシーで良かった」
短い遣り取り。本気を出してくれたことに感謝を伝えたかったが、運ばれるカナメを気遣ってかドロシーは口を閉ざした。
離れる二人。
悔しいけれども、これをバネにして成長を誓うカナメ。
観客席に視線を向ける。
ごめんね、マーリン。
本来の目的は一級術師の到達。
相手のコンディションに構わず非情に徹するべきなのに、どうしてもカナメにはそれができなかった。そこに後悔はない。だからこそマーリンには申し訳なかった。
鳴り止まぬ歓声の中、敗者は退場する。
その間、誰にも見られたくない表情をカナメは腕で覆い隠していた。




