8ー3
「っ……!」
背後に向けて箒を振り回すも空振りする。
いつの間にか横に回っていたカナメの蹴りを咄嗟に腕で防ぐドロシー。全身に魔力を纏っている筈なのに、重く、痛みが走る。
「え……?」
カナメの戸惑いが聞こえる。
その反応に助けられた。迷わず追撃されていたらきっと、そのまま勝負は着いていた。
結界の壁にぶつかるまで吹き飛ばされたドロシーは直ぐさま箒に跨って空へと避難する。いつもの安定した飛行ではないが、習慣化していたが故に飛ぶことはできた。一安心し、地上を見下ろす。
カナメには明確な弱点がある。
彼女は近接特化型の魔術師。空中にいる相手に対しては何もできず防戦一方を強いられるのみ。警戒する点は驚異的な跳躍くらいだ。
無造作に飛び続けるドロシーを彼女は見上げて立ち尽くしていた。懐から短刀をそっと取り出し、その刃に指を乗せるカナメ。
素早い一振りが地上から放たれる。
それは銀髪の少年が試合で見せた魔術、風斬。
不可視不可避の斬撃に思えるがそうではない。空間の一点、空気の揺らぎを感じ取ったドロシーは半月を描く形で華麗に回避する。予想外の一撃ではあったが予備動作の所為で簡単に躱せる。
半回転している間に箒の穂先は魔力を帯び、そこから射出されては雨のように地上に降り注ぐ。
嵐針。
広範囲に及ぶ魔術。一本でも針が当たればいい、付与した毒で体の動きは止められる。
ーーその目論見が自身でも甘いものであることは認識していた。
見惚れるほどの美しさをもってカナメは、踊るように降り注ぐ針を短刀で弾いては躱す。
そして踊っている最中で投げられた短刀。
避ける必要もないほどの的外れな投擲はドロシーの横を通り過ぎる。
外した? いや、これはーー
投擲された短刀はドロシーの頭上で割れ、激しい音をもって炸裂する。
雷槍。
反射的に目を閉じた頃には、弓で射られた鳥の様に地上へと堕ちていくドロシー。
紫電を扱えるなら予想するべきだった魔術。痛みの中、辛うじて手放さなかった箒によって無事に着地することはできた。僅かに黒焦げだ衣服、痺れる手足。ゆったりとこちらへ歩いてくる気配を感じて、乱れた術式のまま嵐針を解き放つ。
数えられるほどの針。その中には対象を通り過ぎ、届く前に落ちるものも。残されたそれも容易く躱されてーー
「…………え?」
先程のカナメと同じような反応を見せるドロシー。
カナメの腹部に、肩に、突き刺さった二本の針。
躱せなかったのではない。
そんなこと、観ている誰もが分かっていた。
「いつものドロシーじゃないことは、わたしでも分かるよ」
ドロシーは初めての感情を覚える。
「いまのわたしが貴女の相手として相応しくないことは分かってる。それでも」
悲しそうなカナメを見て、心が、苦しくなる。
そんな表情をさせるつもりはなかった。
ただ。
「全力で、来て」
ただ。
彼女を傷付けたくなかった。




