8ー1
「いつまで落ち込んでるの、クレイ」
「……別に落ち込んでなどない」
「うそうそ、お姉ちゃんには分かるんだから」
「一歳差で姉面するなよ、ミレイユ」
アテナ教に属する三人は円いテーブルを囲み朝食を摂っていた。比較的落ち着いてる場所を選んだつもりのジンだったが、それでも人目がこちらに向けられていることはよく伝わる。
良い兆候だ。
二人のおかげで名は充分に広まった、が、それが霞むくらいの情報が今朝アラディアには広まっていた。
教団の隊長格であるデイヴィッド・ルーンと、副隊長一人の、訃報。
「落ち込まなくていいですよ、クレイ」
「ジン様、俺は落ち込んでは……」
「貴方は充分に役目を果たした。ただ相手が悪かった、それだけです」
「…………」
掛ける言葉を間違えたのか、クレイはますます落ち込んでしまう。俯きジンと同じ藍色の前髪が目元を隠す。そんな彼を「よしよし」と頭を撫でるミレイユに対し「やめろ」と手を払いのけていた。
「いつの世も、どうしようもない壁があります」
コーヒーを口に含み、一息吐くジン。
「圧倒的な才能、圧倒的な暴力。それらはいつだって我々の手の届かぬところにある。ーーとは言っても、二人は千人にも及ぶ術師の中から本戦に出られたのです。誇りなさい。アナタ達もまた、見上げられるべき存在だということを」
この言葉でクレイは納得はしないだろう、何故なら彼は若い。いずれは気付く。
金の髪を指でくるくると巻きながら、クレイの顔を執拗に覗きこむミレイユ。「近い」と掌で押し返される彼女にジンは声をかける。
「ミレイユ、次の相手ですが」
「おチビちゃん?」
「そう、おチビちゃん」
アレもまた、魔術の神に愛された存在。
本来ならリタイアを促したいところだが、それは許されない。
「出来るだけ粘ってください、これはあの方の望みです」
「粘る? 何で?」
「私も理由は知りません。ですが、危ないと感じたら直ぐに降参を、」
「ジンさん、私が負けると思ってるの?」
「……ええ、まあ」
「えー? もしかしてクレイもー?」
「……勝ってほしいが、現実的に厳しいだろう。あの子供は元二級術師を容易く捻り潰した。……アイツと同じ化物だ」
「お姉ちゃんは悲しいよ」
ジンとクレイに向かって、はあやれやれと手振りで呆れるミレイユ。
「まあ見てなさい二人とも。私だってやる時はやるんだよ?」
ふふんと鼻を鳴らすミレイユを見て、クレイとジンは見詰め合う。
期待よりも心配が勝る二人。
こういう時は大概ーー
「負けたー」
「…………」
「…………」
ーー彼女が調子に乗って良かったことなどないと、ジンとクレイは知っていた。
「……まあ、お前にしては頑張ったよ」
「そうですよ。本当によく頑張りました」
「それはそうだけどー」
医療班に治療を施してもらったあと、賞金を受け取ったミレイユと合流した二人。闘技場の熱気からは離れた道端で、ジンは行き先を指で示す。
「馬車のところへ向かいましょう。いまなら空いています」
「ジンさん、試合観ていかないのー?」
「ここでの仕事は終えました。それにーー」
言われたことを思い返すジン。
『役割を終えたら直ぐに帰っておいで』
「それに?」
「いえ、何でもありません。行きましょう、二人とも」
自身には見えていないものが、あの方には見えている。アテナ教のトップもまた、圧倒的な才能を持つ存在ーー
『戦場になるから』
二人を連れてアラディアを去るジン。
教団殺しが続く今、時代の流れは確実にアテナ教へと傾いている。
このまま一人残らず殺してくれ。
正体も分からない魔術師にジンは心から祈りを捧げた。




