7ー8
「疲れたのさ、マルコー」
「疲れた?」
「体力的な問題じゃない。お前も見ただろう? アレを」
アレが何を指すのか言葉にせずとも、この街を歩けば嫌でも耳に入ってくる。
「見たさ、実力も分かってる。だがここで退いてみろ、周囲からの非難は当然ーー最悪、闘技場の出禁すら有り得る。それでもいいのか?」
ウィリアムが下を向く。ここまで萎れた友人をマルコーは見たことがない。闘技場の参加前まではあれほど酒場で意気込んていた彼とは別人のようだ。
だが気持ちが分からない訳でもない。ウィリアムが次に闘う相手はこれまでに圧倒的な才能を魅せていた。先の試合も壮絶で、手の内を晒すことなく、ただシンプルな暴力で会場が静まり返っていた。しかし、どれだけの実力差があろうともウィリアムならば立ち向かうと思い込んでいたマルコー。
静かな声が、沈黙を破る。
「……家族が、応援しに来てたんだ」
「…………」
「自分より歳が下の女の子に虐められる父親を、娘に見せたいと思うか? ……そう考えただけで心が折れちまった」
「ウィル……」
「ここらが潮時だったんだ。俺はもう、闘うのを辞める」
立ち上がるウィリアムを、マルコーは引き留めることができなかった。
ーー精神は魔術に作用する。
きっといまの彼では真面な試合はできないと判断し、寂しげなその背中を見送ることしかマルコーにはできなかった。
「彼女と仲が良かったのか?」
ヒバナを見送って、カナメの帰りを待つ為に宿屋へ向かっているとアイザックに声を掛けられた少年。
「盗み見は趣味が悪いな」
「む、それは……」
「冗談だ。旅の道中、魔物から助けたことを恩義に感じているようでな。仲良くさせてもらってるーー意外か?」
どこか得心がいってないようなアイザックの面持ちに、そう尋ねるマーリン。二人は適当なベンチに腰を掛け、人が混雑する通りを眺めながら言葉を交わす。
「君が誰かを助けることに疑問はない。ヒバナ隊員もそうだが、オリヴィエの件もある。……正直に言えば、君はもっと冷徹な人間だと思っていた」
「ほう?」
「魔術師の中でも明らかに別の次元ーーそこに立つ者はどこか人間離れしたイメージが、……」
言い淀むアイザックに笑うマーリン。
根本的に優しいことは充分、少年には伝わっていた。
「幻滅したか?」
「いや、逆だ。親近感が湧いたよ」
「それは良かった」
人として成長している証だ。
子供の姿でそれを実感するのは何とも不思議な話だが。
「それよりも不審な人物は見かけたか?」
「……いまのところは見当たらないな」
ばつが悪そうな顔をするアイザック。
いじわるな言葉を掛けたと反省する少年。そんな人間がいたら直ぐに彼はマーリンのもとへと駆け寄り情報を共有するだろう。
「実際のところ難しい話だ。来ているのか、来ていないのかすら分からない。奴等の素性は何一つ掴めていないのだろう?」
「調査班が必死に調べてくれている。いずれは分かることだが、それがいつになるかは」
「現時点では待つことしかできない訳だ」
さて、と立ち上がるマーリン。
「あまり思い詰めるなよ、アイザック」
「酷い顔をしていたか?」
「鏡を見れば分かる」
言って静かにこの場を去るマーリン。
面倒ではあるが来るなら追い払うだけだ。
試合中でも夜襲でも構わない。
結果など既に分かり切っている。
来やれ、有象無象。
完膚なきまでに斬り伏せてやる。
あとに残された巨漢は、その小さな背中を見つめてぽつりと呟く。
「思い詰めるな、か」
ぎゅっと拳を握るアイザック。
「それは無理だ、魔術の王よ」
届かぬ言葉を紡ぐ。
奴等をこの手で殺すまで心は晴れない。
ーー必ず、報いを。
立ち上がり、歩み出すアイザック。
通りを歩いてた人達に恐怖を与えるほど、その表情は鬼気迫るものがあった。




