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おやすみ、メメ  作者: ようひ
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24

 

 森を抜けた後、私たちは見つけた民家に助けを求めた。主人らしき男性は突然の来訪に顔を青くしていたが、何も訊かずに受け入れてくれた。リタの服装と私の怪我から現状を読み取ったのだろう。彼はすぐさま救急隊を呼んでくれた。待っている間に主人が淹れてくれたホットチョコレートは、これまで口にした物の中で一番甘かった。

 救急隊が森の中に駆けつけ、あの家からアイリとムウが保護された。私たちは現場には行かずにソファの上にいた。その間、私とリタは決して離れることなく寄り添っていた。雨と汗とで蒸れた手のひらを合わせていた。暖炉の炎がパチパチと鳴り、暖かい空気は凍えきった心と身体を柔らかく包んだ。主人は私たちに対して近づきすぎず、しかし目を離さずにいてくれた。その距離感はとても心地が良かった。気づけば私たちは眠りに落ちていた。久しぶりの安眠だった。

 

 事の全貌を知ったのは、それから随分と後のことだった。


 まず、ムウについて。

 彼女は意識不明のまま搬送され、病院に着いてもなお意識は戻らなかった。診察の結果は植物状態であると判定された。呼吸や臓器等の生命機能は残っていたが、頭部への衝撃で意識は途切れてしまっていた。治る見込みは少なく、彼女はこのまま眠り続けるだろう、といわれた。その数年後、私は驚愕の事実を知ることになるのだが、それはまた別の話だ。……彼女は今、どこにいるのだろうか。夢の中で、あるいは身体を脱いだ魂だけの姿となって、自分の好きなことをしているのだろうか。


 次に、アイリ。

 彼女はあの血生臭いリビングルームで出産をした。救急隊が駆けつけた時には赤子の産声が聞こえていたという。彼女は憔悴しきっており、運搬車の中で緊急処置を施されたものの、のちに息を引き取った。彼女の小さな身体では出産という負荷は耐えられなかった。私が次にアイリと会ったのは、病院の霊安室だった。長い間会わなかった彼女は、トレードマークの黒縁の眼鏡もなく、ダークブラウンの瞳も固く閉ざされていた。しかしアイリはアイリだった。私は静かに眠るアイリの頬に頬を合わせた。冷たくて、硬かった。


 そして、リタと私。

 私は思春期の大半を病院で過ごすことになり、その後は身寄りのない子どもとして児童養護施設に引き取られた。退院はかなり遅くなったが、慎重な精神鑑定の末、移動した。

 リタと私は病院内で面会することができなかった。私は集中治療室に、リタは病室から精神病院へと移動した。私が「リタに会いたい」と駄々をこねても、治療が優先とされてしまった。私が思う以上に私の身体は危険な状態であったらしい。リタに会いたい気持ちは日々強くなっていき、毎晩夢の中に彼女が——ほとんどはアイリとムウも一緒だったが——出演した。朝起きるその度に、私は『メメの魔法』が発動しない現状を嘆いた。私はもう『メメの魔法』が使えないのだと悟った。


 そして最後に、パパについて。

 パパの正体は病院内に捨てられていた新聞で知った。とある大手企業の社長だった。推定資産は巨額なものだったらしい。しかしある時期に娘が洪水により溺死し、その後まもなく妻が失踪をしている。それから数年後に彼の会社は倒産し、その数ヶ月後に娘に刺殺された。当監禁事件発覚後に家宅捜査が行われた際、娘と妻の遺体は森の中にあった墓らしき物の中から見つかった。妻の死因は刃物による動脈切断であり、切り裂かれた首筋を分析するも、自殺か他殺かまでは判別できなかった。おそらくパパによる殺害だろう、と推察された。

 そして、パパは凶悪な未成年者略取及び誘拐・監禁致傷加害者として世間を震撼させた。「今世紀最悪の犯罪」「人道を反する悪逆非道の限り」「静かなる狂人」「生命の蹂躙」と表現は様々だったが、パパは卑下されるべき存在として、人々から恐怖と侮蔑をぶつけられた。

 後に知ったリタの罪——尊属殺は「判断力のない未成年によるもの」と「特定の状況下では到底下すことのできない合理的判断性」の観点から「違憲」との合意の上、通常の殺人罪が適応された。彼女は判決を受けた後、精神病院から医療少年院に送致されることになった。その間も私はリタに会うことも声を聞くことも叶わず、一切の関わりが断たれた。

 唯一、当事件について話すことができた私は、しかし病院側がおびただしい数の記者から守ってくれた。漠然とした不安を感じつつも、私の安寧は確実に保たれた。その中で、私の心身は思い出したかのように急激に成長していった。


 時間が流れていくにつれ、記憶は過去のものになろうとしている。あれだけ望んでいたリタへの想いも、みんなと過ごしたあの日々のことも、次第に薄らいでいく。そんな自分に嫌気がさそうとも、現実は何も変わりはしない。ただ私は、閉ざされた世界に戻ってきただけだと知った。潔癖に保たれた集中治療室は、あの部屋とは大きく違っていて大変落ち着かないものではあったが、結局は慣れていった。人間はどんな環境でも順応してしまうものらしい。「箱庭」で生きながらえていた私はそう思う。



 私情を挟んだが、以上が当事件の概要である。

 あの家で起こったことの全ては、私の中だけに残った。忌々しい出来事はやがて風化していき、世の中から忘れられた存在となり、あの家の扉が再び開かれることはなかった。


 そして、私が「ほんとうの幸せ」を手放してから、十年が経とうとしていた。



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