21
酸っぱい匂いと生臭さが充満するリビングルームは、不気味なほど閑散としていた。本来の役割である、平穏なひとときを約束する場所ではなくなっていた。
腋と腰をリタに支えられながら、私は引きずるように立ち上がった。下半身はかろうじて歩けるほどになったが、右肩は力を入れてもうなだれたままだった。私たちはどろりとした粘液で滑る足元に注意を払いつつ、倒れているアイリとムウに近づいた。
仰向けになったアイリは目をぱっちりと開けていた。先ほどの虚ろな瞳ではない、彼女が生来持つダークブラウンに戻っていた。液体に濡れた胸部がかすかに上下をしていた。
アイリは私たちの影が差すと、たいそう気怠そうに身体を起こした。真赤なあざができた首元を押さえ、頭を三回振った。まだ十分な酸素が脳に行き届いていないようだった。
動かないムウを、アイリは横目に見た。私たちもその視線に続いた。
この喧騒の間でさえ、ムウは目を覚まさなかった。その頬は電灯の光を弾くように青白く輝いていた。紫色の唇が半開きになっていた。黒い糸がまつ毛として目元で固く交差していた。
アイリは這うように床を伝い、ムウの頬に手を置いた。その手は、どんなに小さくて見えないものでも一片として取りこぼさないよう、長い時間ムウを包んだ。
やがて、アイリの手が離れた。曇ったダークブラウンがまばたきを三回した。
「まだ息はある。ムウは助かる、と思う」
その言葉に私は安堵の息をこぼした。吐き出した、と表現する方が正しいかもしれない。勢いのあまり、口から内臓が飛び出しそうだった。張り詰めた緊張の糸が切れ、身体が一気に脱力していくのを感じた。すかさずリタが支えてくれた。ありがとう、と伝えると、彼女は口の端を綻ばせて微笑みを作った。
大地に根を下ろす植物のようにアイリはその場に座り込むと、疲れきった瞳を私たちに向けた。言葉がなくとも、感情の共有は十分だった。私の脳裏にはっきりとした言葉が伝わった。
全てが終わったんだ、と。
その事実に喜ぶにはまだ早いことも。
「リタ……ちょっといい?」
それを十分理解しつつも、アイリは手招きをした。リタがきょとんとした顔を浮かべる。私と一緒にアイリのそばに近づくと、アイリはリタの爪先から頭のてっぺんまで一瞥した。今さらそうする必要はないほど、私たちはさんざん互いの容姿を見てきたはずだ。おそらく、そういうことではないのだろう。
「本当にありがとう、リタ」
アイリの細い腕は、私もろとも、リタを抱きしめた。
「私たち、リタの勇気に救われたよ」
私はリタの顔をチラリと盗み見た。
彼女は目を閉じて、くしゃっと微笑んでいた。




