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おやすみ、メメ  作者: ようひ
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 『パパの日』があると、私は自室に戻った途端に眠りに落ちる。

 疲れ切った身体は、毛布の中で浮きあがり、全身を水のようなもので包まれているようだった。体内を巡る血液の流れをはっきりと感じ取る。そんな心地の良い体験をする場合、私は決まって意味のある夢を見るのだった。

 目の前には白い場所が広がっている。

 いつしか見た、夢の続きだった。

 二度目となると、驚きや不安よりも興味の方が優っていた。この世界でいったい何ができるのだろうか、とワクワクする。身体の感覚がないことにもすっかり慣れていた。むしろ、私ではない身体をまとっているようで、不思議な着心地だった。

 私は一歩を踏み出してみた。視界は白いままで、進んでいるのかさえも分からない。

 勇気を出してもう一歩を踏み出す。進んだような気分にはなった。

 風はない。寒かったはずの夜の空気は気にならない適温になっている。

 私は五歩ばかり歩いたのち、口を大きく開けて叫ぼうとした。声は出なかった。喉は震えている。腹がぎゅっとへこんでいる。音を出しているはずなのに、聞こえない。身体を折って全力を尽くしても、無音が響くだけだった。頭に血がのぼることもなかった。少しして、耳鳴りもしないことに気付いた。足音、呼吸の音、心臓の音、何も聞こえない。

 ここで、私は何をすればいいんだろう?

 疲れは感じていなかったが、私はその場に座り込んだ。

 前回と同様に、時間を計ることにした。今度は呼吸ではなく、頭を振って数える。激しく首を振っても痛くならないのが、この場所の良い点だ。一秒、二秒、三秒……と数える。が、果たしてしっかりと数えられているのか疑問だった。私の中の時間と、白い空間の時間に大きなずれが生じているのは明白だった。それでも時間は平等に流れているのが分かった。

 タイムスリップは起こらない。

 過去に失ったものは取り戻せない。

 アイリのいう「相対性理論」は、今はどちらの作用が働いているのだろうか。熱いストーブか。可愛い女の子か。私の時間は、私の感情は、どちらに寄っているのだろうか。

 「9」を数えた時に、目の前に光が現れた。それはぼんやりと丸い輪郭を持っていて、白い背景と同化して溶け込んでいた。私は首を止め、目を細めて光を凝視した。光球は私からそれほど遠くないところに浮かんでいた。色は白に近いが、乳白色にも、真珠色にも見えた。電球よりもずっと眩しかったが、目にしみることはなかった。涙が出ることもなかった。まばたきをしなくても、ずっと見続けられた

 私は立ち上がり、光球に向かって歩き出した。

 ちょうど十歩でそこにたどり着いた。

 それは太陽だった。直感ではあったが間違いない。空に浮かぶ太陽がそのままの大きさでここにやってきて、煌々と光を放っていた。実物は目を開けていられないほどの眩しさであるはずなのに、私はそれを見つめていた。感じない痛覚は眼球が焼けそうだと勘違いを起こしている。それでも、目は離せなかった。

 私は手を伸ばして太陽を手のひらに乗せてみた。私の頭ぐらいの大きさであるそれは、手を傾けると球体として手のひらの上を転がった。なかったはずの感覚はこの時から目覚めたのか、手のひらが燃えるように熱かった。

 私は太陽を掴んでは床に転がしてみたり、投げたりしてみた。バウンドをする太陽はまるで柔らかいボールのようだった。足で蹴ってみたり、枕にしてみたり、床に置いてじっと眺めたり、頭に乗せてみたり、肩の上でバランスを取ったり、両手で頭上に掲げてみたり、再び浮かばせてみたりした。太陽は私にされるがままに、輝いていた。

 随分と長い間、私は太陽と遊んだ。

 疲れは感じていなかったが、もう満足だと思った。

 私は太陽にお礼を言い、それを両腕で抱きかかえるように腹部にくっつけた。熱はじんわりと心地の良い温度になっていた。それと同時に、太陽から声が聞こえてきた。さっきまで何も聞こえなかったはずなのに、私の耳は人の声を捉えていた。とても小さな声で聞き取ることができない。何かを伝えようとしているのが分かった。

 私は太陽を腹部に当てたまま、首を曲げて耳を当てた。

 メメ。

 そう言っていた。

 私はハッとして、身体を深く折り曲げた。感じるはずの痛みは全くない。腹と額がくっついてしまいそうなほど腰が曲がった。小さかった声が、大きくなる。

 メメ、メメ、メメ。

 太陽は何度も同じ言葉を繰り返していた。しかし、その声音は全て違っていた。いろんな人がその名前を呼んでいるようだった。「メメ」と名前を呼ぶその声たちを、私は聞いたことがあった。それは私のそばにいてくれた人、私と一緒に笑って、私と一緒に辛い思いをして、私と時間を共有した、そんな友達の声。

 友達?

 もしかして、この太陽の正体は——。


「……メメ?」


 口が勝手に動いていた。出なかったはずの声が、音として空気を震わせた。私は自分の声を聞き、果たして私はこんな声だったか、と驚いた。そして、リタ、アイリ、ムウと話していた時に胸の中でわだかまっていた違和感——私が認識していないところにあった「何か」の正体を垣間見た。形のない存在に手を触れた瞬間、厚い膜が破れた。耳の奥で「ぷつん」と音がした。それは、太陽の産声だった。

 誰かが産まれようとしている。

 破れた太陽が、私の腹部から大きく膨らんでいく。その成長は凄まじく、私の両腕では抱えきれないほどの大きさになり、遂には白い場所全体を包み込むほどの巨大なものになった。私は太陽の中にすっぽりと飲み込まれた。

 光の中には、私だけが知っていたはずの、眩しいもので満ちていた。



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