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モモに質問をする機会は、すぐにやってきた。
私は、モモの正体に対して好奇心を抱いているわけではなかった。人は知られたくない秘密を一つや二つは持っているものだ。私にも秘密はある。自分が失敗したことは誰にも知られたくないし、嫌なことは思い出したくもない。だから伝えない。秘密は自分だけのものとして、心の中に閉じ込めておくのだ。
では、どうして私は、この質問をモモにしたいのだろう?
私は何かを得たいと思っている。疑問を抱くことはつまり、知りたいからだ。だが、私は何を知りたいのだろう。モモのことを知りたいのだろうか。あるいは、モモから間接的にメメのことを知りたいのだろうか。
部屋に「ごん」と重い音が響き、四つん這いになったモモが這い出してくる。彼女は分かれた前髪から露わになった額を押さえている。「次こそ、次こそはちゃんと入るね」とくしゃっと笑った。私は彼女を迎え入れ、ベッドの端にふたりで座った。
今日はアイリの部屋には行かない。私が朝に『パパの日』を済ませ、夜になってアイリが連れて行かれたためだ。この絶好の機会を、逃してはならないと思う。
「ねえ、モモちゃん」
私は単刀直入に訊くことにした。
「ききたいことがあるんだけど」
モモは首を傾げて私を見た。藍色の瞳がまっすぐに向けられている。その純粋な反応に、私は騙しているような気がして、胸がツンとした。
「あのさ、モモちゃんって……リタ、っていうなまえなの?」
モモの藍色が大きく見開かれる。
くっきりと浮かんだその円球たちは、満月と同じ輪郭を描いていた。
そして、その表情から笑顔が消えることはなかった。
「そうだよ」
「え」
はっきりとそう言ったモモに、私は拍子抜けした。
「そうなの?」
「日記に描いてあったでしょ? 私は本当は、リタなの」
そうなんだ、と私はその先にあったはずの言葉を失った。
彼女がリタであることはモモにとっての秘密だと思っていた。しかし彼女はそれを隠しはしなかった。私はこの少女に対して、こんなにも素直な人がいるだろうか、と思った。
私が困惑していると、モモは私の手を握った。小さくて細い、冷たい手だった。
「黙っててごめんね。だますつまりはなかったの」
私は首を振った。乱れた髪の毛が視界の上部を隠した。モモは私の前髪を直してくれた。彼女の指先が額に触れる。齧ったようなでこぼことした爪の感触がした。
「私もそのときは悲しかったから……だから、こうするしかなかった」
彼女が自身につけた「モモ」という名前。「好きな人がいて、その人の名前をちょっとだけ真似したの」と説明していた。彼女の言う「好きな人」とは、おそらくメメのことなのだろう。語感や法則性からそう理解する。
明白なことは、モモにとってメメは特別な存在であった、ということだ。
そして、そのメメは、もう、ここにはいない。
私はモモにかけるべき言葉を見つけられなかった。何か思いついても、彼女の笑顔を見ると、たちまち消えてしまう。それを繰り返し、私は考えるのをやめた。彼女の手を強く握り返した。冷たかった手は温かくなっていた。その温もりを、抱きしめる。モモもそれ以上は何も言わなかった。
私たちの間に沈黙が生じても、この手が私たちを繋いでいた。
「メメは……それから、どうなったの?」
長い時間喋らなかったかのように、私の声は震えていた。急に部屋の気温がぐっと下がったような、血の気が引くような、自分の声でありながら他人が話しているような、気が遠くなる感覚がした。熱が引き、我に返った瞬間を味わうようだった。
モモにとって、この質問は酷なものであるはずだ。それでも彼女はその柔らかな微笑みを崩しはしなかった。
「二ヶ月くらい前かな、突然会えなくなったんだ」
「……どうして?」
彼女は静かに首を振った。
日記に書くほどの存在であるモモさえも知り得ない、メメの末路。彼女は今、何をしているのだろうか。モモ、アイリ、ムウを置いて、彼女はどこへ行ったのだろうか。これほどまでに友達に想いを馳せられているメメは、今、どこにいるのだろうか。
「でもね」
モモの声は、鈴を転がした音に似ていた。甲高く、跳ねるような明快さを含んだ、自身の感情をありのままに伝える音。
「メメは元気だよ。今もちゃんとね」
「それがわかるの?」
「わかるよ、うん。はっきりとね」
モモはくしゃっとした笑顔を私に向けた。しかし、いつもとは違う、寂しげなもののように見えた。それでも、彼女がよくするこの表情は、いつもより魅力的に見えた。
再び沈黙が訪れた。モモは無言のまま室内を眺めている。部屋という物たちに宿る思い出を一つ一つ辿っているその横顔を、私は静かに見つめていた。彼女の瞳には、この景色はどんなふうに映っているのだろうか。本棚、窓、机、ベッド、どこを切り取っても、メメとモモの姿があるのだろう。ふたりはどんなことをして過ごしていたのだろうか。メメはモモのことをどう思っていたのだろうか。
「ビビもさ」
鈴の音が沈黙を破る。
「これからは私のことリタって呼んで」
「いいの?」
「もちろん。もっと仲良くなろうよ、ビビ。私たちは友達なんだから」
「……ありがとう、リタ」
リタ、という名前を口にした時、私は初めて彼女に向けて名前を呼んだはずなのに、まるで今まで何度も口に出していたような、舌がこの特定の動きを覚えているように思えた。舌先が下の歯の裏に軽く当たり、上の歯の裏に触れ、「り」「た」と。それは、ただの名前とは違う、ただの音とは違う、何か特別なものが、見えない力のようなものが宿っているように思えた。腹の底から湧き上がってくる喜びに似た感情に、私はこの先も彼女の名前を呼び続けてもいいのだと思った。
私たちは自然と身体を寄せ合っていた。私の背中にリタの小さな手が当てられる。冷たくて、温かい手に、リタの優しさが含まれていると、そう思えてくる。彼女の体温は、モモのものであり、リタのものでもあった。




