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大丈夫だ。私は私としての私を保つことができている。みんながそばにいなくても、壁に隔たれて会えなくても、鉄の扉から出る余力がなくても、みんなは私の心の中にいる。目を閉じれば、いや、目を閉じなくとも、すぐに会うことができる。みんながいる。だから、私は大丈夫だ。
「箱庭」に戻ること、つまり空想に逃げることはなくなった。ただ現実を見据え、来たるべき時に向けて準備をする。これは妄想ではなく、思考実験をしているだけだ。
胸には希望が満ち溢れている。これほどまでに胸を躍らせたことなどあっただろうか?
それは夜になっても途切れることのない強い光に似ていた。世界には夜になっても太陽が沈まない場所があるという。私の心はそれと同じだった。たとえ分厚い雲に覆われても、嵐に包まれても、決して消えることのない、空の向こう側で輝き続ける太陽のように。
だから、身体が痛くても、吐き気を催しても、食事が喉を通らなくても、眠ることに恐怖を覚えても、ノックが返ってこなくても、泣きたくなっても、首筋が赤くなっても、あざが増えても、お腹がどんどん重くなっても、朝が嫌いになっても、パパの顔が見たくなくても、ベッドの上に吐き戻しても、どんな時でも、私は来るべき時を待ち続けた。
本当は分かっている。自分が大丈夫ではないことくらい。
心の底ではみんなに会いたくて仕方がない。寂しくて、寂しくて、ひとりの時間が苦痛だ。ずっと壁を叩いていたいくらいに、どうにかなってしまいそうだ。今すぐ鉄の扉を壊してしまいたい。こんな陰湿なところではなく、晴れた日の青空の下で話をしたい。笑い合いたい。身を寄せ合いたい。手を繋ぎたい。誰が一番早く太陽をふところに入れられるか競争したい。夜空に輝く星々のつながりを辿りたい。そして、夢の中を一緒に歩きたい。
分かっている。私は狂いかけている。正常な判断なんてできやしない。だから、こうやって大丈夫だと言い聞かせるしかない。あの危険な感情は、私が気を許せば今にも暴れ始めるだろう。もう片鱗は見せているかもしれない。もうひとりの私が目も当てられないような表情をして、見境なく攻撃をし始める。そうなれば、手に負えない。だから、もうひとりの私に対して、大丈夫だよ、と呼びかけを続けなければならなかった。
そうやってある日、ついに「そのとき」がやってきた。
私が思っていたものより、はるかに苦痛を伴う現実として。




