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ムウはふたりとすぐに打ち解けた。
彼女は華奢な身体のおかげで、下口から部屋に入るにはそれほど時間を要さなかった。しかし難儀そうではあったため、次から私が鍵を開けることに決めた。彼女にはこれ以上辛い思いを抱いてほしくなかった。
リタとアイリは、ムウをまるで実の妹のように扱った。歳下と思わせる背丈と喃語がそうさせたのだろう。特にリタはムウをいたく気に入り、常に自分の懐に寄せていた。その中で輝くムウの屈託のない笑顔は、真っ暗な夜空に浮かぶ満月を彷彿とさせた。力強い光に、私はしばしば目を奪われた。
私たちはアイリの部屋に集合しては、ベッドの上で円を作った。円の中心には私が持ってきた絵本をたくさん置いた。何度も読んだはずの絵本は、みんなで読むとまるで初めて読んだかのように新鮮に思えた。
一緒に一冊の絵本を読み、そのつど感想を共有しあった。好きな絵や台詞、場面、設定、世界観、「自分だったらこうする」と登場人物に成り代わったり、後日談を考えたり、小さな声で朗読してみたりと、一つの絵本を隅から隅までしゃぶり尽くすようにして味わった。
もともと絵本が好きな私にとって、この時間は自室でひとり読んでいた時よりも楽しかった。絵本はひとりで読むものだと思い込んでいたから、人と一緒に読み、自分の好きなところを他の人が好きだと言ってくれることがこんなにも嬉しいこととは思わなかった。ずっとこの時間が続いてほしい、そう思った。
「へいたいさんたち、トトトトト。むしがないて、リリリリリ。こまったもんだ、ムムムムム。わらってみせてよ、ハハハハハ。おうたをうたおう、ラララララ——」
リタがムウに読み聞かせをする姿は、幼い妹に絵本を読んであげる姉のようだった。リタの胸元で絵本を覗き込むムウは「トット、リュィ、ム? リュ、ララ……」と詰まらせながらも声に出し、挿絵に指を差したり、リタの口元を見上げてはその口の動きを真似したりした。その光景に私は頬が緩くなるのを感じた。
その間、アイリは小さな声で歌を口ずさんでいた。私が何の歌か尋ねると、古い歌だと答えた。子守唄ではないようだったが、アイリの涼しげな声がそう思わせていただけかもしれなかった。アイリは「誰も寝てはならないのよ」と言ったので、私は「寝るなんてとんでもない!」と首を振った。アイリは困ったような笑みを浮かべていた。
ある夜、私たちは夢について語り合った。眠ったときの夢ではなく、将来の「夢」について。
ベッドの上で身を寄せ合い、互いの吐息が頬にかかった。
私たちの囁き声は、電灯を消した暗闇の中で静かに反響した。
リタは「すてきなお嫁さんになりたい」と言った。素敵な人とお付き合いをして、素敵なプロポーズを受けて、素敵な教会で式を挙げて、子どもを授かって、大変だけど、幸せだと言えるような日々を送りたい——リタの声は恥ずかしいのか、ときどき裏返っていた。私は「リタならなれるよ」と励ました。
アイリは「もっと知識を身に付けたい」と言った。難しい本で知識を得ると、思わぬ時にその知識を活用でき、自分を助けてくれる。だから、今以上に知識をつけ、日々をもっと意味のあるものにしたい。たぶん、私は学ぶことが好きなんだ——と、眼鏡の縁をつい、と上げる音がした。アイリは研究家のような性質を持っていたため、誰が止めようとも本を読むことをやめないだろう。だから私は「アイリならできる」と頷いた。
ムウは喃語や身振り手振りで感情を表現しているようだった。暗闇の中なので彼女が何を表現しているのか分からない。しかし不思議と、見えなくとも伝わった。私たちの間にはすでに見えない繋がりが出来ているようだった。ムウは「みんなと楽しく過ごしたい」と言っているようだった。私たちはすでに何十回としたであろう抱擁をした。愛撫をする私たちの腕の中で、彼女はキャッキャと笑った。
最後に私の番がやってきた。
私は三人の話を聞いて、その時に思っていたことを素直に話そうと考えていた。
「私は……えっと……」
言葉を選ぶふりをしたが、良い言葉はなかなか思い浮かばなかった。
私は今まで「箱庭」の中で過ごしてきた。それは、過去も未来も見て見ぬ振りをし、殻の中に閉じこもる行為だ。先のことは全く考えず、振り返ることもせず、今だけを無為に生きていた。その代償は大きく、私は将来の夢という未確定の未来を思い描くことができずにいた。
そんな私が今、未来への希望について口にしようとしている。
「夢じゃなくて、願い、かもしれないんだけど……」
前置きをしてから、震える唇を開いた。
その時にいったい何を話したのか——私は覚えていない。
早口になってしまったこと、顔が焼けるように熱かったこと、リタとアイリが強く頷いては、私の頭を撫でてくれたこと、ムウが笑顔を浮かべていたこと、それだけが後から思い出せる内容だった。いったい、私は何を話したのだろう?
ふと、この時の会話を思い出した時があっても、浮かんでくるのは話した内容ではなく、みんなの顔だった。それほどまでに、私は緊張していたのかもしれない。
その後も私たちは他愛のない話に花を咲かせた。鱗粉を撒き散らして飛ぶ蛾の様子、詰まったトイレをなんとかして窮地を脱したこと、嫌いな食べ物は鼻を摘んで噛むと味がしなくなること、アイリの眼鏡の縁が少し歪んできたこと、傷んだ髪の毛は自分で切った方がいいこと、ムウの奥歯がぐらぐらと抜けそうになっていること、窓の外に広がる森のこと、今感じていること、明日はどんな一日にするか、生まれ変わったら何になりたいか、空を飛べたら何を見に行くか、宇宙の果てには何があるのか——どんなにささいなことでも言葉に表した。
時間は不平等にも、瞬く間に過ぎ去った。




