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この頃、パパの様子がいつもと違うように見えた。
パパは私を呼び出すと、私のつま先から頭のてっぺんまで舐め回すように観察してきた。夜な夜な部屋を抜け出して、リタとアイリに会っていることに感づいたのだろうか?
凝視されている間はなんとも言えない気持ちになった。品定めをするようなパパの目は、いつも以上にどす黒く、いつも以上に何を考えているのか分からなかった。その視線が私の秘密を見抜こうとしているようで恐ろしかった。私は極力、その目と目を合わせないようにした。パパは何も言わず、私の手首を引っ張った。
『パパの日』を終えた次の日、私は窓の隅まで太陽が昇った頃に起きた。木々の隙間から木漏れ日となった陽光が、深緑の大地を照らしている。くっきりと見えるその光の線は、絵本で見た「天使のはしご」と同じものだった。森に小さなはしごが、いくつもかかっていた。
窓から机に向かおうとすると、強烈な吐き気を覚えた。その不快感は強く、まるで私の中に入れられた重い鉛が暴れだしたようだった。いつもは我慢できるはずが、私は一目散にトイレの扉を押し開け、便器に込み上げたものを吐き出していた。
口の中に広がった酸っぱい匂いに耐えられず、再び便器を覗き込んだ。黄土色の液体に大小の水泡が漂っている。昨晩食べたものは消化し終えた形でほとんど出てしまっていた。嘔吐を繰り返してもなお、腹の中にある鉛が消えることはなかった。もう一度迫り上がってくるものを外に吐き出すと、腹の虫が迷惑そうに大きく鳴った。
私はふらついた足取りでベッドに倒れ込んだ。深く息を吸うと、ちくちくとした喉の痛みがゆっくりと引いていった。少し安静にしてから、気休めに絵本を読むことにした。
ベッドから身を起こそうとするだけで、あるいは本棚の前に屈もうとするだけで、空になったはずの胃袋からまた酸味が逆流してくる。それをぐっと飲み込み、好きな絵本を一冊取り出してから、ベッドの上に身を投げた。室内は電灯をつけなくとも明るかった。
この絵本は、雨の日に犬と蛙が家で過ごす物語だ。登場人物である犬と蛙は、絵本というなんでも許される自由な世界の中にいるにもかかわらず、決して喋らない。全て表情や動作だけで感情を表現する。その方がかえって活き活きとしているように感じられるし、そのユニークさは、読者に元気を分けてくれる。そして何といっても、ここで描かれる世界は、現実世界でもあったらいいなと思えるものばかりで、とてもワクワクするのだ。無限の可能性がふんだんに詰め込まれていた。空の雲がアイスクリームの形をしていたり、蜘蛛が自分の巣に小さなドーナツを持って行ったり、耳の黒い小さな犬が主人公そっちのけで自由に遊んでいたりと、随所にたくさんの夢がこの世界にあった。
素敵な世界に没頭しながら、私はふと、いつアイリに真実を話そうか、考えた。
彼女は勘付いている。私と彼女との共通点に、私たちの現状に、パパと私たちの関係に、そしてリタが私とアイリとは違う存在であることに。私もそのことに気が付かなかったが、アイリと出会ったことで、違いははっきりと目に見える形となった。
漠然とした相違は、私を「真実」に大きく近づけてしまった。
まだ、私たちは普通の友達で居る。しかしその線引きはいつか消える。時間の問題だった。
楽しい時間だけを過ごすことはもはや不可能かもしれない。私たちはいつか「真実」を話さなければならなくなる。目の前の現実に立ち向かう時は来る。私たちは「箱庭」に閉じ込められた人形のままではいられない。私たちは人間だから、嬉しかったら笑うし、悲しかったら涙を流す。皮膚を触れば柔らかくて温かいし、物にぶつかれば赤く腫れて痛い。皮膚の下を通る血管だって緑色に浮き出ているし、胸に手を当てれば鼓動を感じる。
私たちは、人として何かを取り戻さなければならない。
そのために、私は「真実」に向き合うことを決意した。
次の密会の後に、私はアイリと二人で話すことにした。リタにはこの話を聞かせられない。私たちが話す内容は、まだ彼女に聞いてもらいたくない。決して仲間外れだとか、嫌がらせをしようとしているわけではない。私とアイリの二人と、リタの間にある根本的な違い——それが明確な形になるまで、むやみに彼女を傷つけられないからだ。
私は普通の友達で居ると同時に、普通の友達を辞めようとしている。これほどまでに矛盾した思いがあっただろうか。「真実」は必ず私たちの心を傷付ける。その時、私たちの関係にも傷がつくだろうか。私たちは普通の友達ではなくなってしまうのだろうか。できれば、何があっても、これからもずっと仲良くしたい、そう願う。
気付けば、絵本から視線を離し、室内をぼんやりと眺めていた。私の周りにあるものは全て、今にも壊れそうな古いものばかりで、目新しいものは何一つとしてない。壁や天井はしみだらけで、洗面台の鏡は割れ、トイレの便器はくすんでいる。まるである時期から時間が止まっているようだった。時の流れに取り残されているのは、私も同じなのかもしれない。
大好きだった「箱庭」は、日々その形を変えている。あるいは、私の見方が変わってきたのか。私が素敵だと思っていたものは、本当に素敵だったのだろうか?
だんだん物が減っていく部屋を見て、ひとり取り残されていくような気持ちになった。
ふとした寂しさを紛らわそうと、絵本のページをめくる。文字を、挿絵の細部を、登場人物の表情を、凝視する。それらの情報は一切として頭に入ってこなかった。




