48 遠足
「きゅ、急に何するのよ!!?」
俺から離れると、顔を真っ赤にしてマナは動揺していた。
そりゃ、いきなり抱き寄せられてキスされたら驚くわな。
「どうだ?」
「どうだ?って、変態!!何考えてんのよ!」
「ちがう、女神のちからだ」
「・・・あっ」
彼女の背中から白隠に輝く1対の翼が現れる。
初めて彼女を見た時に輝いていた翼。
「あ・・れっ?」
驚いたように彼女は自分の羽を触り、さっきまでの怒り顔が嘘のように微笑んでいた。
「戻った・・・。力が戻ったよ!!」
「よかったな」
ルナと同じか。それでは、マナも大天使に呪いをかけられていた。ということか。
すでにマナとルナは天界に不要。そのまま堕天しろ、という事なんだろう。本人たちはまだ気づいていない
だろうが・・・。
「できるか?マナ」
「任せて!みんな、うちが祓って・・・もとい、救ってあげる!」
子供たちも先生も、マナの光を受けて醜い姿から元の人間の姿に戻っていく。
霧や煙のように不安定になった子供たちも、皮膚が剥がれ、体が腐っているようになった先生も、暗転した教室さえも全て平等にマナの光の前にあるべき姿へ戻っていく。
「我が名は星の女神マナ=ルーリエ。迷える魂よ。安心なさい。星の導きのまま、天界へ向かえば全て終わります。」
「あったかい!ぽかぽか!」
「お腹いいっぱい!女神様ありがとう!」
「どこも痛くないよ!ありがとう!」
子供たちは悲痛な顔から、一人、また一人と笑顔がこぼれ出す。
「みんな・・・。よかったな・・・よかった。ありがとう。ありがとぅ」
立ち上がる先生の姿は、初めて見たときのように肌や髪の毛が元に戻り、その笑顔からは卑屈さが抜け、死んだ瞳には光が戻っている。
希望の光。
この世界に絶望し、魂が闇落ちしないために、人間全てがもつ希望の光。
先生にも、子供たちにも希望が生まれたようだ。
「これは、うちからの特別サービスよ。」
マナは大きく翼を羽ばたかせると純白の羽が空間を舞った。
それは、新しい門出を祝福するかのように子供達の手に平に舞い落ちる。
羽は手に舞い落ちると淡く光り輝き、その姿を次々に変えていく。
「あったかーい!」
「わぁ、おいしそー!」
「かわいぃ!!」
人形、マフラー、食べ物。それは子供たちの手の平の上で形を変えていく。
子供たちからは歓喜の声が上がっている。
さながら、クリスマスにサンタが来たような光景だった。
(女神・・・。魔族の俺には眩しい存在だ)
「ふふっ、お姉ちゃんからのお祝いよ。欲しいものもって、新しい場所へ行って、また、元気になって会いに来てね!」
「うん!ありがとう!」
「見て先生!ほら!」
先生に駆け寄る子供達。集まる教え子の頭上から、先生の手にも一つの羽が舞い落ちる。
その羽は、1冊の本へ姿を変えた。
それは、この屋敷の2階にあったものと同じ、少女アンジェに家庭教師として雇われた時に使った教本だった。
「あぁ・・・。これは。僕の初めての教本だった。アンジェは算数が嫌いで、手を焼いたなぁ。」
ページをめくり、1枚、また1枚と進むたびに優しい笑顔が溢れる。
そして、瞳には涙が浮かび、肩を震わせながらページをめくる手が止まった。
【ありがとう、お兄ちゃん先生!】
アンジェからのメッセージだろうか。小さく書かれたそのメッセージを見ると、先生は涙を流し、声を殺し、生徒を抱きしめて泣いていた。
「お前、優しいな」
「これでも、女神ですからっ!」
少し照れたように、マナは笑っていた。
いつもの彼女からは想像できない。暴れて、怒鳴って、攻撃的で・・・。でも、これほど慈愛に満ちている女神とは・・・。
「女神様、私たちはみんな、一緒にいられますか?」
生徒の一人がマナのもとへ駆け寄る。
心配そうに、次々と集まってくる。
生徒の純粋な気持ちに応えてやりたいが、なんと言えばいいのか。
マナはさっき先生の魂は神にも見放されるほど腐っている。と言っていた。そのこともあり、マナは困ったような顔でいた。
「先生は・・・」
言いにくそうにマナは口を開いた。
「先生は、いつまでもみんなと一緒だ!女神様に新しい教科書ももらったからな!天界でもみんなで勉強だ!」
「あっ・・・」
「えーーっ!!また勉強するんのぉ!!」
彼女の言葉を遮って、先生は立ち上がると手に持つ本をかかげ、生徒たちの注意を引く。
マナをみると、『大丈夫です。』とでも言うような顔をしていた。
「さぁ!天界まで遠足しよう!みんな、靴履いて!女神様たちにお礼を言っていくんだよ!」
「はーい!!女神様!聖騎士様!ありがとうございました!」
せ、聖騎士様!?
俺がか?魔族代表みたいな俺がよりによって聖騎士?
暗黒騎士の間違いじゃないのか?
「はいっ、いい子ですね!みんな、うちからのプレゼント、ちゃんと持っていってね?無くしたら怒っちゃうから!」
「はーいっ!先生、ほら、行こうよ!!」
勢いよく教室から出ていく子供達。
数人の生徒に手を引かれ、教室を出ていく先生。
リアも、マナも3人目の少女アンジェも既に姿がない。魂が肉体へと戻ったのだろう。
この教室も役割を終えたのか、次第に暗くなり崩壊が始まっている。
「女神様。聖騎士様。ご迷惑をおかけしました。ありがとうございます。この御恩がお返しできるときがあ
れば、必ずお力になります。」
「えぇ、待っているわ。天界まで子供たちの引率。任せたわよ。」
「わかっています。もう二度と、私は道を見失いません。この本があれば・・・。」
先生はそう言って、深く頭を下げた。
最後に微笑んだ顔には、希望があふれていた。
静かに、扉が閉まる。
足音が、遠のいて行き、楽しげな話し声が聞こえなくなっていく。
それは、未来へ希望を持つ子供達と1人の大人の旅立ちの瞬間だった。
「終わったのか?」
崩壊した教室は、食堂の姿に変わっていた。
外はうっすらと明るくなってきている。
マナの翼は時間が来たのか消えてしまっている。
「うん。もう逝ったんじゃないかな。先生、張り切ってたし。」
「そうか、ご苦労さん」
マナの頭を軽くポンポンとすると、俺は食堂からでてエントランスへ向かう。
「ちょっと、聖騎士様!待ちなさいよ!」
「聖騎士様だと!?なんの冗談だ?」
「子供たちや先生にも呼ばれてたじゃない?聖騎士様って。」
「お前が女神だから、付き添いの俺に気を使ったんだろ」
「そーかなー?私のこと、守ってくれるんでしょ?」
「確かに、そう言ったが・・・。」
「女神様の護衛なんだし、ここはやっぱり聖騎士目指してもらわないと!」
無理なんだなぁ。魔族だし。
心の中で毒つくきながら俺ははいはい、と軽く受け流して玄関の扉を手にかけた。
そのままゆっくりと、力を加えるとさっきまでビクともしなかった扉はゆっくりと開いた。
「あ、あいたー!!外に出れるよー!」
マナは扉の隙間から外に飛び出していく。
随分、長かったな。
外に出て屋敷を見上げる。
不意に、窓ガラス越しにアンジェと先生が立っているような錯覚に襲われる。
生きていれば、2人は今もここにいたかもしれない。
(人間を虫のように殺してきたが・・・。こんな感傷に浸るとは)
見上げる空に、天界へ向かう子供達がいるのだろうか?
先生と生徒たち。生まれ変わっても一緒に入れればいいな。
「お姉ちゃん!!ヴァネット!2人ともいたよ!!」
天を仰ぐ俺にマナが遠くで呼びかけてくる。
そうだ、すっかり安心しきっていたが2人はどうした?
「生きているのか?」
屋敷の外にある物置小屋の中で2人は寝かされていた。
「うん、大丈夫。気を失っているだけみたい」
「そうか。よかった」
2人の気持ちよさそうに寝る姿を見て、俺とマナは笑いあった。
これで、この依頼もクリアだな。
今回もティグにしてやられた感はあるが、みんな無事だったんだ。よしとしよう。




