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デジタルな世界で生きるアナログな僕ら  作者: 久遠
尾を飲み込む者の示唆と三頭番犬の免罪
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19/20

十七

 嫌な予感はしていた。

 俺に向かって降る隕石だ。むしろ今までよく当たらなかったものだ。

 そんなことを考えても、いくら取り繕ってみても、やはり無駄。虚しいだけだった。

 惨劇は終わらないし、現状は打破できない。


「……」


 俺は言葉を失う。

 目に映るのは全壊した我が家だった。

 大小様々な隕石が落下し、あの見慣れた家はひどく醜く、見る影もなかった。

 何でもあるが、何もない。

 そんな風に考えたこともあった。しかし、実際、現実に、帰る家を失うということが、どれほど悲痛なものか。

 すべての一日はここから始まり、ここで終わる。

 嬉しくて興奮しながら扉をくぐった日も、悲しくて一日中部屋の中でうずくまっていた時も、たまに帰ってくる親と過ごした大切な時間も、喜怒哀楽、それ以上の思いが詰まった宝の箱が目の前で崩れている。

 いつも気付くのが遅いのだ。

 

 失ってから分かる大切さ。

 使い古された言葉かもしれない。しかし、今の俺は、それが錆びているとは思えなかった。

 帰る場所の崩壊を機に、これまでの積み重ねで入っていたヒビからあらゆる感情が溢れてくる。

 それはとても懐かしいものだった。


 ずっと忘れていたものだった。


 左近は申し訳なさそうな顔をして、下唇を噛む。


「……ここも……あ!」


 左近の目の先には、雨中で息を切らせたマーシャの姿があった。

 どうやら、ちょうど今戻って来たらしい。


「境……! それに美夏も! って、あれ学校は?」

「マーシャ! 聞いてよ! というか、まず後ろを見て!」

「後ろ? ……ああ……理解したわ」

「理解したって……お前、そんな言い方ねぇだろ!」


 信じられないものを目にした。そんな思いがマーシャの表情から伝わってくる。


「……境、あなた……あ、いや、現状を把握したって言いたかったのよ」

「……そうか……そうだよな、すまん、早合点した。で、どうだった?」

「見つかったわ」

「本当か!」

「ええ、いくら探しても文献が見当たらなくて途方に暮れていたら、ある人が教えてくれたのよ」

「神か?」

「いいえ……悪魔」

「は? どういうことだ? どうして悪魔がこっちに味方する?」

「クラスメイトにいたでしょ。佐藤っていう……」

「佐藤?」


 俺も疑ってはいた。佐藤が悪魔だということを。しかし、マーシャが佐藤の脳内に干渉したこと、それに、天使は悪魔を、悪魔は天使を感知できるものだとばかり思っていたから、あいつが悪魔だという可能性は低い、いや、無いとすら思っていた。

 そう、思っていた。


「お前、一回あいつのこと洗脳したよな?」

「あれね、どうやら逆に洗脳したんだと私に思い込ませていたみたいなの」

「悪魔……おそろしいな……」

「まったく本当にね! 美夏は知ってたの?」


 そう問いかけられた左近美夏は浮かない顔で翼を広げた。


「……まあね、あいつは悪魔だけど、なんか違うっていうか、うん、まぁ害はないっぽかったから! それじゃあ私は上の隕石破壊してくるね! さすがにデカいのは無理だけど……。あとは任せたよ、マーシャ!」


 一瞬だけ俺の方を向いて、頷く。

 目と目が合うと、強い意志が流れ込んできた。

 きっと、これは別れの挨拶だろう。

 実際、それがどんな意図を含んだものかは分からない。なぜなら形にしていないのだから。


 豪雨を枯らす勢いで左近は飛び立ち、天に向かった。


「なんだか忙しい奴だな」

「そんなことより、境、聞いて」

「そんなことより、とか……左近が泣くぞ。でも、確かに、そんなことより、早く何とかしなくちゃな」

「あの人から聞いた情報だとね。そのレイズっていう力が最大限に発揮されるのは両方の性質を持つ者の中なんだって」


 両方。今までの話から二極である存在なんて限られている。


「天使と悪魔のことか?」

「その通りよ」

「いや……!」


 ちょっと待て! 俺が天使と悪魔、両方の性質を持つだって?

 私はヨーロッパ人であり、ドイツ人であり、バイエルン人である、と誰かが言った。

 そして、俺は天使であり、悪魔であり、人間である。

 そんなふざけた話があるか!

 俺は絶対に天使でも悪魔でもない!

 というか、そんな三位一体あり得ないだろう!

 自意識? 所属意識? それで種が変わるって言うのか!

 いや、考え方がずれている。気が動転しているんだ。落ち着こう。

 誰も、俺が天使、悪魔、だなんて言っていない。俺が勘違いしているだけだ。

 それなら、つまり。


「前に聞いた話だと、天使は天使と、悪魔は悪魔としか子を作らなかったんだろ? だったら、その理論は破綻してる!」


 いや、待て。人間と人間の間から生まれた人間でも、それはあり得る話なのか。血は受け継がれれば途絶えることはない。薄まりはしても、消えることはない。


「そうか! 人間なら誰でも」

「いいえ……」


 一切の抗議を受けつけず、マーシャは言った。


「あなたは正真正銘、天使と悪魔の子よ」

「そ、それは……」


 交わってはならないものが重なり生まれた疎まれるべき存在。

 禁忌の産物。

 決して許されない生。

 ……いや、そんな事実、俺にとっては屁でもない。

 ただ俺の心を悩ませるのは、親が人間でなかった、ということ。


「そっか……父さんと母さんは……」


 何をしているか分からない両親。滅多に帰宅しない両親。

 その不安はこの瞬間に爆発し、奥底へ沈んでいった。

 自分の親が自分とは違う生き物だと知る。狼に育てられた子、という話も聞いたことあるが、それとはわけが違うのだ。

 人の子として生まれ、人の子として育てられる。前者の誤りは意外にも重くのしかかった。


「境、本当に悪いんだけど、今は心を痛めている時間もないの。分かって。ごめん」


 彼女は真っ直ぐ俺を見る。


「……いや、いいさ。死ぬよりは、な」


 そう、なんてことはない。俺の親が天使だろうが悪魔だろうが、俺の親は俺の親だ。

 生きてくれていれば、それでいい。

 それに天使も悪魔も人間も、大差ないだろう。

 どれも等しく面倒臭いのだから。


「じゃあ、さっそく解決に移ろう」

「待って! その……なんていうか……理解がないと。分かってもらわないとダメなの」


 マーシャは妙に歯切れの悪い言葉で告げた。

 分かること。分かってもらうこと。それ以前に、分かってもらおうとすること、分かってあげようとすること。それが大切だってことは十分に理解している。

 いいや、やっと、理解できた。

 いくら愚劣な行為でも、俺達はそれをしなければいけない。


「ああ、そうだな。分かった」

「ありがとう。それでね、そのレイズの力は今、すべてを引き付ける状態になっているけど、反転させることができるのよ」

「どうやって?」

「内でコントロールするの」

「ちょっと待ってくれ。コントロール? そんなことできていたらとっくにしてるぞ?」

「うん。分かってる。その力は境の内側では制御しきれない物。だから、私が制御する」

「お前が? けど、両方の性質を持たなきゃいけないんだろ?」


 俺の疑問に彼女は苦笑して、目を下に向けた。


「私も半端もの、ってこと。……じゃあ行くわよ!」

「……!」


 唇に感じる仄かな温もり。不安を包み込む柔らかさと不安を掻き立てる非力さ。

 重なる唇は一糸の隙間も空けず、暴れて回る引力の逃げ場を無くす。

 暗渠と明渠の排水が綺麗に流れて一つになる。

 波が静まり、元の場所へと還っていくように、また動き出した。

 巻き戻る。束の間の暇を残しながら。

 体内を、無限に続く輪を、発狂しながら駆けていく。

 一定の静寂を見せると、白と黒は仏頂面で居座った。


「…………」

「…………」


 互いに頬を赤く染め、俺とマーシャは無言のままだった。

 非常に気まずい。


「……こ、これでなんとか……なったんだな?」

「…………」


 マーシャは捌けていく雲を見つめ、ゆっくりと首を縦に振った。


「そっか……。良かった……。意外と呆気ないもんなんだな」

「呆気ないってなによ! ばーか!」

「なんでそんなに怒ってんだよ!? ったく、意味が分からん」

「分からなくて結構!」


 怒りだしたと思ったら、マーシャはすぐに真面目顔になり目を泳がせる。


「どうした?」

「事態の収拾はついたわ。だから、その……」


 俺はマーシャが何を言い淀んでいるのかに気が付いた。


「毒を制すなんて苦しかっただろう。ごめんな」

「いいの。全然」

「そうか……それじゃあ、お別れだな」

「……うん」


 力が反転したということは、そういうことだ。

 天使と悪魔を引き付けていた力は、次に天使と悪魔を遠ざける。


「元気でやれよ。ポンコツ天使」

「だ、誰がポンコツよ!」


 声の後に微妙な間が生まれる。


「まぁ、その、あれだ……」


 良い言葉が思い浮かばない。あれだけ口達者に屁理屈ばかり並べてきたのに、ここぞという時に言葉が出ない。


 ――だから。

 ぎこちない、慣れない表情で、俺は必死に伝えた。


「またな!」

「うん! またね!」


 雲の割れ目から覗く黒い太陽が、意識だけを飲み込んだ。

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