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デジタルな世界で生きるアナログな僕ら  作者: 久遠
矛盾がエゴで結ばれた素晴らしい世界で
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20/20

 黄色い太陽が白く輝く朝。

 いつものように目覚ましが鳴ると同時に起床し準備をする。

 いつものようにテレビをつけ、洗顔を済ませて、コーヒーのために湯を沸かし、パンが焼き上がればテーブルにつく。

 朝食が終わると、いつもの制服に着替え、学校に行く準備。

 そして、いつものように玄関を出て、いつものように登校するのだ。

 同じことの繰り返し。

 それはとても幸せなことで、とても有り難いこと。

 

 帰宅途中、商店街で買い物をして、両手いっぱいの買い物袋を抱えて歩く。

 今日は金曜日。週末だ。

 と、突然、頭上から何かが降ってきた。

 

 いや、誰かが降って来た。


 衝撃で地面が揺れる。

 地面に突き刺さって頭だけ地上に曝け出している天使は、ゆっくりと瞬きを二度した。

 俺は目を合わせて尋ねる。


「お困りで?」

「……はい、とてもお困りです……」


 地面に転がる天使の輪を取ろうと思ったが、それはやめた。


「何をすれば?」

「そこの……そこの輪っかを取っていただければ……」


 言われた通りに輪を掴み、天使の頭に載せてやる。


「キタキタ!」


 さっきまで涙目だった天使は、意気揚々と高らかに声を上げた。

 輪が金色に光りだして、大地が震えだす。


「助かったわ! ありがとう! この恩は近いうちに返すから! じゃあね!」


 回復するや否や、そそくさと去ろうとする彼女に俺は待ったをかける。


「おいおい! それはあまりに薄情ってもんだろ!」

「っと……それもそうね。うん、ちょっと待ってて」


 そう言うと、ゆっくりと大きな翼をはためかせ、静かな挙動で地に足を付けた。


「それにしても、驚かないのね。あなた」

「そりゃ驚いたさ。呆気に取られたって言うか、なんと言うか。まぁ、天使でも悪魔でも、俺は受け入れる所存だ」

「ふーん……あなた変わってるわね」

「お互いさまだ。俺は風間境。……お前は?」

「天使に向かって、お前呼ばわりとは、なかなか肝が据わってるじゃない」

「名前を知らんからな」


 一呼吸置いて、彼女は悩みながらも名乗った。


「……レイ……レイよ」

「レイ……」


 心の中でも繰り返す。

 レイ。これがマーシャの、彼女の本当の名。


「この名前……あまり好きじゃないのよ。でも、何故かあなた、いや、境には教えていいかなって、そう思えたわ。どうしてかしら?」

「さあな」



 そう――相手の感情なんて到底理解できるはずもない。

 俺達が伝える想いは決して数値化できない。

 どれだけ細かく刻んでも、完全に合致する目盛なんて存在しないのだ。

 連続量的な想いを離散量的な世界で正確に複製することは不可能。

 自分が抱いている想いは絶対に不完全な状態でしか伝わらない。

 でも、それでも、思っていることは伝える。

 俺は学んだのだ。可能性が眠っていた一つの世界で。

 結果的には……きっとうまくやれた。

 ある時、彼女から向けられた一言。

 ――『……それが一番浅ましいわ』

 相手のことを分かっているつもりで選択した行動。それは誤りだった。

 けれど、それは当たり前のことで、仕方のないこと。

 そんな瑣末事、いちいち気にしている方がアホらしいのだ。

 一度や二度、それ以上、何度やっても伝わらなくたっていい。

 何回、何十回、何百回だって誤解されていい。

 どれだけ、阿呆だとか、馬鹿だとか、愚昧だとか、軽忽だとか、言われようとも。

 俺達は伝えなきゃいけない。そうしなきゃ前に進めない。



「すべての感情が理解できるなら、俺は神にでもなっているさ」

「……! そうだ! 神様! 早く帰らなきゃ! またあとで、すぐに来るから! 待ってなさい!」

「はいはい」


 レイは華奢な身体にそぐわぬ翼で力強く宙に舞う。

 その姿に笑みを浮かべながら、また俺は彼女に声をかけた。


「あ! それと、もう一つ!」


 空中で静止するレイは、何か、と首を傾げる。


「家に入る時は玄関からな!」

「もちろん! ……その下手くそな笑顔、嫌いじゃないわよ!」


 伝わらないからこそ叫び続ける。

 白く輝く太陽の下――この本物の世界で。



 ・・・‐ ・ ・‐・ ・‐‐ ・‐ ‐・ ‐・・ ・‐・・ ・・‐ ‐・ ‐‐・



 心の底に巣食うペストは、いつだってそれを困難にさせる。

 いや、その存在があるからこそ、そのことを認識できたのであって、それがなければ、そもそも我々、いや、悪魔も天使も人間も、それを考えることさえなかったのかもしれない。

 言い換えてみれば、その死を思わせる病は苦しみだけを与えるのではなく、ある種の幸福を皆に与えているのであって、決して全部が全部まるごと悪いとは言えないということに、彼は遠からず気付いたのである。


 まったく、つくづく愛すべき存在だ。

 そう思うだろう?

 何がって?

 言わなきゃ伝わらない?

 本当に飽きないね――


 ――デジタルな世界で生きるアナログな僕らは。

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