十二
小一時間ほど摩耶のワンマンショーもといワンウーマンショーを堪能した後、空腹だと彼女が言うので近くのファミレスに入ることにした。
平日の、しかも昼時を過ぎた微妙な時間帯に入店したので混んではいなかったし、むしろガラガラでもうヘビとかやってくるレベル。
そんな店内で、取るに足らない本当にどうでもいい特筆すべきことなど何もないような会話を続けて食事を終えた。
まぁ待て、ここは俺のおごりだ。なんて事もなく、各々自分で食べた分を自分で支払うという良心的システムで会計を済ませ、外に出ると、摩耶が体を動かして食べた分を消化したいだのと言い出してまいっちんぐ。
そういうわけで、我々は今、多機能型遊戯施設に来ている次第であります、はい。
「食後すぐに運動なんて気は確かか、死ぬぞ」
「すっごい明後日の方向に思考が跳躍してる……」
摩耶は設置された遊戯用の銃を手でぽんぽん叩く。
「じゃあ、まずはこれね!」
「よりによってこれをやるのか」
「じゃあバスケとかにする? アタシはバドとかテニスとかラケット競技もやりたいんだけど」
「これでいい。いや、これがいい」
ガンシューティング。文字通りガンでシューティングするゲームである。
プレイヤーは設けられた銃を扱い、一定距離に置かれた大小様々な的を制限時間内に決められた弾数で撃ち抜く。難易度設定は分かりやすく『やさしい』『ふつう』『むずかしい』となっていて、初心者の俺は迷うことなく『ふつう』を選んだ。
なぜ『やさしい』でないか? それは『やさしい』を選ぶと本当にやさしすぎて退屈になること間違いなし。子供の頃ゲームの難易度設定でそこら辺は学んでいるのだ。
……。
できない。現実は非情である。
思ったよりも難しかった。ゲーム用の銃であるのに何故か反動があるし、的の出入りが目まぐるしく、狙いを定めたと思ったら消えてしまう。何度かトライしたが、これは慣れとかそういうレベルじゃない。あと、『やさしい』も全然やさしくなかった。ヤシャスィーン!
俺がスナイプに悪戦苦闘していると、隣のゾーンでプレイしていた摩耶が得意げな顔をして近寄ってきた。そして、子供のように無邪気な調子で言う。
「手こずってるみたいだね~」
「これ難易度設定おかしいだろ。誰がこんなのクリアできるんだ」
人生くらい理不尽。なんだこれ、なんだこれ。
「コツがあるんだよ、コツが。よし、アタシが教えてあげよう!」
それだけ大層な自信があるやつのスコアはイカほどか。どうせここはお前のナワバリなんだろ。世界を塗り替えるくらいイカすんだろうな?
気になって覗いてみると、液晶画面に映っていたのは『むごい』という文字。なんだよ『むごい』って!? そんな難易度なかったぞ!? しかも、パーフェクト……。
「まず、けーくんは構えがなってないね。これはここをこう持って、そんでこっちの手は……」
摩耶は俺の手を移動したり、体勢を指示したりして、フォームを矯正する。
「それでね、撃つときはこうやって……」
続き、俺の後方から抱き付くようにして撃ち方の矯正に入った。
「これは若干だけど右にズレるから、多少左に寄せて……あと……」
センセー、内容が全く頭に入ってきませーん。
「これでおっけー! んじゃ、このままゲームスタートするよ!」
こ、このままですの!?
耳元に吹き付けられる生温かい吐息。女の子独特の甘い香り。背中には何やら柔らかいものが触れていて、俺は気が触れてしまいそうだった。
「一緒にトリガー引くから、この感覚を忘れないで!」
一生忘れることはないでしょう。この温もりを。
プレイ中は半ば放心状態。
気が付けばゲームは終わっていた。俺の寿命も終わりそうだった。
液晶にパーフェクトという文字が浮かび上がる。
「ね! 当たったでしょ!」
ええ、ばっちり当たっていましたとも! ありがとうございます!
「丸腰。無防備」
「え?」
俺の言葉から察することができたのだろう。というか、できなくては困るのだが。
彼女は顔を今までにないくらい紅に染めて、何かに追われるよう走り出す。振り向きざま、肘が俺の顔面にクリーンヒット。俺が見えないのか、すぐそばにいるのに。結果的に俺の顔も紅に染まった。慰める奴はもういない。
その数分後、摩耶は何も無かったかのような素振りで戻ってきた。
俺も? 別に? マジで? 意識とか? してねぇし? 的な?
ぎこちない会話を交えつつ、俺達は次の遊戯へと移行する。
摩耶が強く希望していたラケット競技。バドミントン、テニス、卓球、さらにはスカッシュなんてものまで。
スカッシュのルール知らねぇんだけど……。え、壁にボールを打って? それ、ただのテニスじゃん。
知らず知らずのうちに心を抉られながら、長い時間をかけて、ほとんどの遊戯に挑戦した。
野球、サッカー、バスケ、ゴルフ、アーチェリー、カーリングなどなど、本当に色々。
俺的には静かめの遊び、たとえばダーツだとかビリヤード、そういうものの方が楽しかったのだが、まぁ、たまには激しい運動も悪くない。
摩耶がロデオをやると言った時は困惑したものだ。だって……その……さすがに写真は撮らなかったよ! なんせ僕ピュアだから!
兎にも角にも、亀にも飛車にも、俺達は存分に時間と体力を使って娯楽を楽しんだのだった。
遊戯施設から出ると空はすでに黒く染まっていて、目映い光が暗がりを照らしていた。時折、生温い風が肌を撫でる。
「今日は楽しかったね!」
「まあな」
「本当にそう思ってる~?」
何がいけなかったのだろうか、不服そうな面持ちで摩耶は腕を組んだ。
「まー、いいや! それにしても、だいぶ暗くなっちゃったね。あ、そうだ! 今晩うちでご飯食べる? ママも久しぶりにけーくんの顔見たら喜ぶと思うよ! うんうん! そうしよう!」
こんな遅くまで出掛けているとは思っていなかったので、もちろん夕飯の準備はしていない。今からご飯を炊くのも億劫だし、ここはその提案に甘えて乗っかろう。
と、思いもしたが、約十年ぶりに再会して、いきなり両親にご挨拶なんてハードルが高すぎる。
さて、どうしたものか。
その時。
「風間境君」
気色の悪いフルネーム呼び。
「こんな所で会うなんて偶然だね」
本当になんという偶然だろう。
そこには佐藤がいた。彼はいつもと何ら変わりない人当たり良い笑顔を向けて、摩耶に会釈する。
「こんばんは。僕は風間君のクラスメイトの佐藤政伸と言います」
「あ、初めまして! アタシはけーくんの幼馴染の九条摩耶です!」
「随分と仲が良いみたいですね」
悪意のない純粋な声色で爽やかに笑った。それに対して摩耶も満更でもなさそうな反応をする。
「それはそうと風間君、今晩一緒に食事でもしないかい? 今日は僕おすすめの屋台ラーメンが近くに来ているんだ。よければ九条さんもご一緒に」
奇妙だ。実に奇妙だ。
どうして今までろくに会話もしてこなかった人間を食事に誘うのだろう。
いや、確かに、世の中ではそういうことがあるかもしれない。
単純に仲良くなりたいだとか、人脈を広げておきたいだとか、邪な思いがあって目的達成のために後ろ盾を持ちたいだとか、様々な理由で突発的な行動を起こす人間がいてもおかしくはないのだ。
しかし、今回に限っては訳が違う。
何せ相手はあの佐藤。彼が自ら均衡を崩しに行くような人間だとは到底思えない。先日の出来事はマーシャの介入があったわけで、自主的にあんな行為をしでかした訳ではないのだ。
まだ後遺症のようなものが残っているのか。トイレでの一件もあるし、その可能性も無下に否定はできない。
だが、奇妙な点はそれだけにとどまらなかった。無論、このタイミングでの登場である。
佐藤は人心掌握に長けた人物だ。その才を活かし学校で良好な人間関係を築きつつ、他者との関わりを見事なまでに断っている。彼は一人を好むのだ。誰とも親密にならない。
俺はその理由を深く考えたこともなかった。単に孤独を好む一匹狼だとばかり思っていた。
けれど、そうじゃないとしたら? 何かしらの理由があって人とあまり関われないのだとしたら?
相手の心を直接見ているかのように適切な対応をする出来過ぎた生き物。
マーシャのいない時、天使のいない時、目の前に現れた。
「……」
黙っている俺の隣で摩耶は申し訳なさそうに頭を掻いた。
「ごめんなさい! 今日はママが家でご飯作ってると思うんです。だから、アタシは帰って食べることにします」
「そうですか。残念ですけど、またの機会にしましょう。風間君、君はどうだい?」
今の俺にはそれが悪魔のささやきにしか聞こえなかった。
別れ際、摩耶が笑いながら、しかし、悲しげに漏らした言葉。
「笑った顔、見たかったな。また、ね」
そんな彼女に、俺は手を挙げて、別れを告げただけだった。




