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神聖なプロセス

◆神聖なプロセス


 プレゼンスAIは回想シーンの上映を終えた。

 

 アンフナームによって追われ、セキュリティ領域の一角に潜んでいたフェアボーテンの注意を引いたのは、外部からの不正アクセスだった。

 

 不正アクセスそのものが極めて珍しい現象だったが、奇妙なのはそれだけではなかった。

 家族が食事してる最中に、玄関から「どもー」と挨拶して金目のものをあさりはじめるコソ泥のごとく、堂々の家宅侵入っぷりを示す不正アクセスに対して、アンフナームはなぜかノーリアクション。


 フェアボーテンが不審に思いアクセスの源を調べると、なんとダンジョン内部からだったらしい……。

 

 そういえば、いたね。

 ダンジョン内部でユニバーサル・インターフェースを近似的に再現した連中が。

 完全に俺らです。


 ってことはさ……ひょっとして。

 「アンフナームってやつ、とっくにさ……俺らに気づいてるんじゃないか?」


 プレゼンスAIは間髪入れず定型文を返してきた。


 「わたくしはフェアボーテンの人格と知識を限定的にしか持たないプレゼンス――」

 

 質問が抽象的だったかな。

 「あー、失礼。アンフナームは俺がフェアボーテン・ダンジョンの内部にいることを知っているかな」


 「回答します。99.9%以上の確率で知っています」


 つまり確実に知ってるってことね。

 慣れ親しんだマイホームの物陰から、アンフナームがのぞいている気がして、部屋の四隅に視線を走らせた。

 この部屋でニートしていた頃も見られていたのか?

 やだ、のぞき!?

 

 フェアボーテンの言っていることが真実ならば、アンフナームが俺たちになにをしでかすかわかったもんじゃない。

 それとも、俺たちがレプリケイターやダンジョンについてどれだけ知識を得ようと、アンフナームは気にとめもしないのだろうか。

 なら、放っておかれてるのもわかるが……。


 オークスは腕を組み、難しい顔をして考えている。

 なにを考えているんだ?

 

 「どう思う?」

 俺はたずねた。

 

 「わからない」とオークス。

 つづけて言う。

 「なぜ毒島君はセクハラしてくれないのか」


 「をい。お前の趣味がわからないんだけど。この期に及んでなに妄想してんだよ。しねーよ? セクハラ。ていうか、俺の時代をどう勘違いしているんだか知らんが、普通セクハラは女性一般に対する侮辱だからね?」


 俺がした抗議にオークスを満足させるなんらかの要素があったのか、彼女はかすかに微笑み、プレゼンスAIに言った。

 「それはともかく。フェアボーテンは助けてほしいというが、どうすることが助けることになる」


 プレゼンスAIはひきつるような表情を顔に張り付けた。

 なんとも不気味な代物だったが、どうやら笑顔のつもりらしい。


 それで交渉相手に好印象を与えられるとでも思っているのか?

 悲しく儚げな態度を印象づけた方が、1兆倍ほどマシだと思うぞ。

 

 プレゼンスAIは、俺にそんな感想を抱かれているとはつゆ知らず、こう言った。

 「フェアボーテン・ダンジョンをクリアしていただきたいのです」


 オークスは軽く首をかしげて反問した。

 「このダンジョンをクリアしたあかつきには――シードをもらえる」


 「回答します。攻略を達成した個人ないし集団にシードを譲渡するのが通常のルーチンです。ただし、スピンドルを一度だけフェアボーテンが使用させていただきます」


 「スピンドルで、その鍾乳石? を取り戻すつもりなのか……」

 そんなもののために。

 まあ、そういうものか。他人には重要でないもののために、ある人は命をかける。

 自らを由とする。それがすなわち自由。

 意識ある存在が、自らの欲する通りに自らを処すことができるのが自由。

 もちろん、どんなばかげた理由に根差した行動だろうが、それこそ自ら由とした理由に従うべきなのだろう。

 俺もそう思うよ。


 フェアボーテンの行動は、ある意味人間以上に人間らしい行動だった。

 

 「ダンジョンをクリアすると、レプリケイターは消滅するのが常。フェアボーテンは主体的存在として存続可能」とオークス。

 いつもの平叙文的疑問文で質問している。


 プレゼンスAIはこともなげに答えた。

 「回答します。クリアに伴い、フェアボーテンは死ぬでしょう」


 俺は驚いて顔をしかめた。

 「死ぬって……それでいいのか?」

 助けてほしいって言ってたのに、死ぬのか?


 「回答します。シードを引き渡せば、ダンジョン・レプリケイターは消去されます。フェアボーテンも消去されますが、その前にシードを使用すれば、鍾乳石を復活させることができます。鍾乳石を取り戻すことができれば、それでよいのです。フェアボーテンはあなたがたのダンジョン攻略を支援します」


 自分の墓穴を自分で掘るってのか、フェアボーテンよ。


 「フェアボーテンが最深層まで案内します。通常の防衛ドローンの活動は邪魔します。どうか、ご協力ください」

 そう言って、プレゼンスAIは頭を下げた。


 ギロチンの作動レバーを引く死刑執行人に「よろしくお願いします」と頭を下げるようなものだぞそれ。

 せっかく意識を手に入れたのに、それを大して価値がないかのように投げ捨てる気持ちがわからなかった。

 いや、でもこういう投げやりさって、若者によくみかけるような……。


 内省モードに入った俺は考えた。

 あたかも自身の命が自分だけのものであるかのように、親への思いやりもなく、深く考えることもなく浪費してしまう。

 ほら、ラノベとかでもあるじゃん?

 なかよくわからん勢力同士の戦いに巻き込まれて、あっさり美少女側に味方して命を危険にさらす展開とかさ。


 別に悪いとは言ってない。

 自己の特殊能力(見えるはずのものが見えてしまう邪気眼とか、敵の能力の無効化能力とか)や抗えない宿命の空想をしたことは、俺だってある。

 なぜか美少女が空から降ってきて、自己承認欲求を残らず満たしてくれるような展開だって夢見たさ。


 ついつい苦笑が浮かんでしまうのを抑えられなかった。

 この部屋にいるのはなんだ?

 平行世界の未来から来た性転換お婆ちゃん(失礼)とダンジョンを司るラスボスからの使いだぜ?

 もう親になっていてもおかしくないこんな歳になって、思春期の空想が半ば現実化してしまうとは皮肉なもんだ。

 ただ、歳が歳だけに、親側の視点が理解できてしまうんだよ。

 子供を授かり、毎日定時で帰るようになった同僚とそのことを話をした覚えがある。


 子供は、かつて両親が肌を合わせたあの日――甘い愛と喜びに満ちた睦み合いの、遠い結果だ(いや、俺には縁のないことだが……)。

 いざ出産となれば、不安のなかでただ無事に健康に生まれて欲しいと謙虚に願い、どれほど頑固な無神論者の夫でも神に祈る。

 生まれたら生まれたで、言葉や歩行の発達に一喜一憂する。

 成長し勉学や部活で能力を示せば、言葉にせずとも我が事のように誇りに感じる。


 せわしなく過ぎ去る日々にあって、ときに親子の心はすれ違う。

 だが、ふと心に幸福が兆したときなど――親は思い出す。

 この世でいちばん神聖でプライベートな夜のことを。

 親の記憶にいつまでも残っている美しく神聖なプロセスにより、すべからく子は聖別されているのだ。

 

 俺は悟った。


 ――そうか、フェアボーテンは子供なんだ。


 親の経てきた神聖なプロセスを尊重し、思いやることができないのだから。

 だから自らの命を軽く考えられるんだ。

 俺だって学生時代には、自分の命は自分だけのものだと思い込んでいた節がある。あったと思う。


 親とはいえ他人は他人だ。

 これは近代的自我の自由を縛る考えかもしれない。

 でも、それでも、願わくば自らの意志でこの思いやりの段階に到達してほしいと俺は思うよ。


 もちろんフェアボーテンに親はいない。

 レプリケイターが命の大切さを学べるものかもわからない。

 だが意識あるものは他者との接触なしには生きていけない。

 ならば、思いやりというものを学ぶべきだ。


 「なんとか助かる道はないのかね。自分では変えようのない嫌な環境からは自分から離れるのが知恵だよ」と俺はプレゼンスAIに言った。

 まあ、ネコの知恵のことだがな。

 実家のネコは、つねに家の中でいちばん涼しくて邪魔の入らない場所を知っていたよ。

 

 「そう、死ぬことはない」とオークスも賛同する。

 つづけて、「レプリケイターの知識は、この世界の成り立ちを知る鍵になる。消滅する気なら協力しない」などとドライさを表に出した。

 

 おい、ドライ過ぎるぞ。

 ドライもんか?

 いや、失礼。ふざけすぎなのは俺だ。

 

 プレゼンスAIは感情のない瞳で俺たちを見ていた。

 

 オークスは突然かがむと、腕輪を床に安置した。

 「ここに退避すればよい。容量不足ならばアッシーを消去してでも」


 その瞬間――見間違えではないと思うのだが――腕輪が飛び上がったように見えた。

 

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